ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =6= 利達はさきほどの動揺から立ち直らずに声を失っていた。
なにやら褒められたような気がして、がらにもなく少し照れていたのだ。のほうは近付く別れを憂いて、口を閉ざしていた。
これから官府に向うのだろうと、利達の後ろについて歩いていた。
前方の人物が立ち止まったのを視界の端で感じ取り、合わせて足を止める。
着いた場所は、布が積まれた店のようだった。
「ここは昨日…」
「母にもお土産をと思って。見立てて貰えるだろうか?」
「もちろんよ!利達には何度も助けて貰ったもの。これぐらしか恩返し出来ないしね。でも、私の見立てでいいの?」
「是非、に見立てて欲しい。わたしが選ぶ物よりも、評判が良いだろうから」
「そ、そうなの?じゃあ、選ぶわね」
そう言うと、は店内を一望し、利達に明嬉の特徴を聞き始めた。
年齢と性格的な所から、好みそうな色を割り出した。
それを持って利達の所へと戻っていった。
「これは膝掛け…かな?」
「うん。必要なのじゃないかと思って」
「なるほど。確かに幾つか持っているし、良い案かもしれない」
「よかった。他にはいないの?お土産を買っていく人。妹さんは?」
「妹は昨日…」
「あれは頼まれ物なんでしょう?お土産とは別でしょう?」
「ああ、そう言われれば…それなら、若い女性用に二点、年配の男性用に一点。若い男…ああ、これはいいか。帰っていないだろうから」
「?…。全部で三点ね。分かったわ」
は再度店内を見回し、利達の袖を引く。
外に出て違う店へと進んで行った。
「ね、妹さんは十八よね?華やかな簪は好きかしら?それから、もう一人の女性は?」
「妹は好きだと思う。もう一人…昭彰は髪を結わないな」
「昭彰って人ね。綺麗な人?」
「人…ああ、恐らくは」
「職場の人か何か?家族ではない?あ…詮索しているみたいね。いいわ、忘れて」
「構わない。家族のようなものだな」
「綺麗な人。家族のような存在。うん…そうね…」
はそう言いながら店内を巡り、やがて一つの帯紐を手に戻ってきた。
先に玉飾りの着いたもので、玉には美しい装飾が施されている。
「きっとね、そんなに高くないの。でも綺麗じゃない?でね、妹さんには、これをどう?」
そう言う手には、すでに花釵(かんざし)が握られている。
「二つとも喜ぶと思う。ありがとう」
「どういたしまして。後は…お父さん?男性には何がいいのかしら?着飾るのはお好きな人?」
「いや。特別な事がなければ、着飾ったりはしない」
「じゃあ食べ物が無難かしら。う〜ん、そうねえ、薄焼きの煎餅…とか」
自信なげに言うに、利達は微笑んで同意する。
「それはいいかもしれない。そうか、お父さんの好物があればいいのだが」
「じゃあ、探しに行きましょう!」
楽しげに言うにつられて、利達も微笑を見せる。
大緯に出た二人は、匂いを元に歩き始める。
少し歩くと、香ばしい匂いに行き当たり、は駆け出していた。
匂いの元はの言った薄焼きの煎餅で、香ばしい香りが辺りに充満している。
「おじさん、ここの煎餅はおいしいの?」
何を言っているのか分からずに、店頭にいた年配の男は困った顔でを見ていた。
「すまんが、もう一度言ってくれんか?」
追いついた利達が通訳をする。
「おお!おいしいともさ。なんだったら、一つ食べてみるか?」
利達からに伝えられ、は頷いて答えた。
煎餅の欠片を二人分渡され、味見をした二人は同時においしいと零し、店頭の男はそうだろうと満足気に笑う。
利達はその煎餅を一袋買い、その場を離れて行った。
今まで率先して歩いていたは、先に歩き出した利達の後を追い、やや早歩きで着いていく。
一軒の舎館の前で足を止めた利達は、迷わず中に入っていったが、は舎館に入る理由が分からずに、その場に立ち尽くしていた。
そこは今朝、出たはずの舎館だった。
利達が戻ってくる気配を感じ取る事が出来ずに、は少し不安になり始めていた。
中に入ろうかとも思ったが、中に入って利達がいなかった場合を考えると、それは出来ないように思われる。
「一人で行けと言う事なのかしら…?」
舎館の前でしばらく逡巡していた。しかし気を取り直したかのように顔を上げ、うる覚えの官府へ向けて歩き始めた。
「」
背後からかかる利達の声に、歩き出していたは立ち止まり、そのままの体制で振り返った。
「付き添っていくと言ったはずなのだが…」
「あ…うん。でも…」
「ああ、そうだ。はこの港町で届けを出すのか?他でもよければ、連れて行きたい場所があるのだが」
「何処とは決めてないわ。だって届けを出す事すら知らなかったんだから」
「では、この国の首都に住んではどうだろうか。ここよりも店は多いし、多種に富んでいる」
それに、と利達は続ける。
「さきほどの男から離れたほうがいい。この港に居住を構えて、また出会わないとは限らないだろう」
「あ…それはそうかも。嫌だわ、またあの男に遭うのは。言葉が通じないからと言って、周りに色々吹き込まれれば絶対に不利だもの」
「では、決まりでいいな?首都へ行くという事で」
「はい。ではお願いいたします」
礼儀正しく頭を下げたに、利達は微笑んで返し、騎獣ごと近寄って行った。
並んで歩き、街の外へと出る。
街道をしばらく歩き、少し開けた場所で騎乗した。
「わ!」
利達の前で、少し身を縮ませた。
「す、凄い!空を飛んでるわ!!」
上手く騎獣に掴まりながら、は広がる景色を見下ろしていた。
「人があんなに小さく…凄い…本当に凄いわ」
その景色は、色鮮やかに瞳を奪ってゆく。
緑がたゆとう野原は鮮明に、光る赤海は燦然(さんぜん)とし、街は海から反射した陽が覆う。
森を抜け、山を越え、海を渡ってきた、自分の道程が一望する事が出来そうだった。
「この世界は、とても美しいのね。私、こっちに来てよかったのかも」
後ろの利達に振り返って、は微笑みながらそう言った。
「そう言ってもらえると、嬉しい。わたしもこの世界が好きだから」
「うん。それに奏はとても綺麗。利達のような人もいるのだし」
「さっきの男もいるのだが…」
「あら、本当ね。でも、悪い人なんて何処の世界にもいるわ。蝕にあったのは災難だったけど、代わりに良い巡り合わせに出会った。蝕は天の摂理ではないのでしょう?天が存在するのなら、私は天に助けられたかも。あ、もちろん直接助けてくれたのは利達よ。本当にありがとう」
「礼など構わないが…わたしと出会った事が、僥倖だと思ってくれるのなら良かった」
「とても良い事よ。利達はとてもたくさんの事を私に教えてくれたわ。この世界の事も、実は利達から聞くまで全然分かってなかったの。そして、現実の世界に私が存在するのだと気付かせてくれた。私ね、ここまで結構無鉄砲に来たわ。でもそれって、死ぬ気になればって思いは半分なの。後の半分は夢じゃないのかって…だから、夢の中なら何をしても平気だって思ってた」
「それで男を殴る勇気が出たのだろうか?」
そう問えば、は気まずそうな表情で笑う。
「恐らくね…だけど、元々お嬢さんのような性格ではないから、夢と思ってなくても殴っていたかもね。だって理不尽じゃない。いきなり口元を押さえて引き摺っていかれたのよ?」
の言から、詳しく聞いていなかった事を思い出した利達は、閉じようとした口を制し、続きを促した。
「引き摺って行かれて、何かずっと喚いていたから、喚き返してやったの。あの男がよく言ってた言葉を真似て何度か叫んだら、逆上したみたいだったわね。でもあの小屋の中に、木の棒がごろごろ転がっていたから、泣くふりをして棒の近くに座ったの。あの男ったら、かよわい女性が泣いているのにちっとも怒りを納めないで、へらへら笑いながら近付いて来たのよ。だから殴ってやったの」
まさしくその場面こそ、利達が扉を破った瞬間だったのだろう。
「なんとも…逞しい」
「ありがとう」
こういった褒め言葉は素直に聞くのだと、利達はこっそりと頭に入れた。
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