ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =8= 舎館から出た利達は、騎獣と供に街から出る。
少し離れた所で騎乗し、真っ直ぐ夕暮れの空へと駆け上がった。
禁門に降り立った利達を、夏官数名が出迎えた。
そのまま騎獣を預け、典章殿へと戻る。
「あら、兄さま!遅かったのねえ」
最初に出会ったのは文姫だった。
「あ、ああ。少し寄り道をしてしまったからな」
「ひょっとしてあたしの簪?」
「まあ、色々と。みんなそろっているか?」
「一人を除いていいのなら、いつものみんなは揃っているわよ。もうすぐ夕餉だもの。間に合ってよかったわね」
文姫に促されるまま、利達は夕餉の席へと導かれて行った。
中には利広以外、全員の顔が揃っており、利達はたくさんのお土産を出していた。
「これは文姫に頼まれていたもの。これはそれとは別の土産。それからこれはお母さんに。昭彰にはこれで…ああ、あった。お父さんにはこれを」
夕餉の運ばれる前の卓上には、たくさんの土産が積まれていた。
「今回はどうしたんだい?こんなにも」
明嬉の問いに、利達は答える。
「文姫の簪を探しに行っていたので、ついでですよ」
「ほう!これは」
ちらりと明嬉を見て、食べてもいいだろうかと目で問いかけていたのは、この国の王、先新だった。
「駄目ですよ。夕餉が終わってからにしてくださいな」
呆れたように言う明嬉に、素直に包みを戻す先新。
それを笑って見ていた文姫は自分の包みを開けた。
「あ、これよ、これ!まったく同じものだわ。よく見つかったわね」
「一日待つと入荷すると言われたので、遅くなってしまった」
「それで遅かったのね。兄さま、ありがとう!」
「もう一つも」
「まあ、この花釵とっても綺麗…先に着いた飾りがとてもいい感じね」
文姫は花釵を掲げて、光に反射させながら呟いた。
光を受けてきらりと光るそれを、嬉しそうに見つめている。
しばらくすると、文姫は花釵から目を離し、昭彰に向き直って問いかけた。
「昭彰は何を貰ったの?」
「珠帯をいただきました。この桜色がとても綺麗ですわ。ありがとうございます」
にこりと微笑みを向けた昭彰は、利達に礼を言う。
文姫は次に明嬉に向って問う。
「母さまは?」
「膝掛だね。これ、とても温そうだよ。夜の作業にはもってこいさね。だけど…」
そう言って明嬉は利達を見る。
「なんだか利達の見立てにしては、非常に良い感覚で選んであるね。これはお前が選んだのかい?」
なかなか鋭い意見に、利達は薄く笑って違うと言う。
「そうかい。じゃあゆっくり聞かせておくれよ。才の話も含めてさ。さあさ、みんな、夕餉にするよ」
ぱんっと大きく手を打った明嬉の合図で、卓上は一掃された。
その後すぐに用意の整えられた席に座り、一人分欠けた夕餉が始まる。
夕餉を取りながら、利達は長閑宮での話から始め、を助ける事になった経緯などを、掻い摘んで話していった。
「じゃあこの膝掛けは、その娘さんが選んでくれたのかい?」
明嬉の言に頷いた利達は、次いで問われる全ての土産物に対し、選んだ人物がである事を告げた。
それからがどのような旅をしてきたのか、現在何処にいるのかを言い、説明を終える。
「へえ、大変だったろうに、偉い娘さんだねえ」
明嬉の感心した声に、利達は同意して言う。
「そうですね」
「ね、兄さま。そのさんて人、ここに入っちゃ駄目かしら?そうしたら言葉も分かるし、住まいも確保される。どうかしら?」
「そうは言うが、何もない所からいきなり登用、と言うわけには行かないだろう」
文姫の言を制したのは先新だった。
「でも…彼女は海客なのでしょう?それなのに、この国の物を見て、話に聞いただけで、これだけみんなが満足するような物を探し出せるのって、とても凄い事だと思うの。そこを見込んで…駄目かしら?」
文姫の声に、明嬉も同意を示す。
「そうだね。冬官か、春官かが、合うかもしれないねえ。だけど文姫、父さんの言う通り、何もかも無視して登用と言うわけにはいかない。国官になりたがっているのは、他にもいるからねえ」
「でも…利広兄さまが仰っていたじゃない。巡りあわせは大切だって」
「それは供王の時の話だろう?」
先新の声に、文姫は首を振る。
「父さま、同じ事ですわ。滅多に外に出ない利達兄さまが出会ったのですもの。何か特別な縁があったのだわ」
しかしそれに対し、先新からは良い返事がない。
「私情で官吏の移動を行う訳にはいかない。だが、個人的に雇うというのなら、良いだろうが…それは利達が決めなさい」
「兄さま!雇うわよね?」
突然振られた会話に、利達は食べている手を止めて文姫を見た。
「文姫はに興味があるのか?」
「え?な、何で?」
「やけに熱心だから」
「うん…ちょっとね。友達になったら楽しそうだと思ったの。でも、話が出来るようになるのだし、きっと喜ぶんじゃない?」
「さあ…それは聞いてみないと分からない。虚海を越えることが可能だと言えば、喜ぶかもしれないが」
まだ流されて三ヶ月。
二度と帰る事は出来ないのだと知ったのは、つい昨日の事だった。
これからどう生き、どのようにして生活して行くのか、それを考え始めたばかりだろう。
何も知らない世界で、一人取り残された気分になっているかもしれない。
それならば…。
「そうだな…明日、聞いてみよう。大翠の許で働いて見る気はないかと聞けばいいか?」
そう言った利達に対し、文姫は満足気に微笑んだ。
翌日、利達は昼前に街へ下りていた。
のんびりとした街の音を聞きながら、と別れた舎館を目指す。
舎館に着いた利達は中に入ろうとしたが、ふと足を止めて考え始めた。
この舎館には、昨日から働き始めている。
それを辞めて宮城に上がるのなら、初めからそうしていればよかったのではないか?
舎館の者に迷惑をかける事もないのだし。
そのように考え始めると、かなかな中に入る決心がつかない。
「ちょっとお兄さん、入るのかい?入らないのかい?」
背後から不機嫌な女の声がし、利達は振り返らずに慌てて中に入った。
「いらっしゃいま…利達!」
番頭台の前にが座っており、利達を見て安堵の息を漏らしている。
「様子を伺いに…どうだろうか?」
「うん、なんとかやっているわ。今は女将さんが留守だから、ここにいるんだけど…誰か来たらどうしようかと思っていたの。でもよかった、利達で」
「なんだ、昨日のお兄さんじゃないか。様子を見に来たのかい?」
先ほどと同じ声がして、利達は後ろを向いて声の主を確認した。
声の主は昨日交渉していた、この舎館の女将だった。
「ああ、貴女でしたか。彼女はどうですか?」
「よく働くいい子だよ。働くのに必要な言葉も、昨日一日で随分と覚えたしね。飲み込みも早いし、器量もいい。いい子を紹介してくれたよ」
女将の言に利達は微笑んだが、それによって用件を言い出すことが出来なくなってしまった。
「そうか。では、また様子を見に来よう」
「もう帰っちゃうの?」
「あ、ああ。様子を見に来ただけだから」
「そう…。ありがとうね」
「いや…」
なにやらぎこちない動作のまま、舎館を去ろうとしていた利達。
「ちょっと」
だが、女将に声をかけられ、足を止めた。
「商売に協力しようって気はないのかい?昼餉でも食べてお行きよ」
「あ…で、ではそうさせて頂こう」
「お、女将さんったら」
慌てたに、利達は構わないと言って微笑み、飯庁への案内を請うた。
一人用なのか、小さめの席に案内され、良い香りの茶を出して、待つように言ったは、厨房へと足を運んで覚えたての料理の名を告げる。
「あっていたのかしら…」
まだ覚えたてである数々の言葉は、を少し不安にさせた。
だが、何も聞き返されなかったのだから、間違ってはいないのだろうと、自分を納得させていると、女将に呼び止められる。
「ちょっといいかい」
「はい」
なんでしょうかと言いたかったが、それがすぐには浮かんでこずに、そのまま女将に歩み寄った。
「あの利達って御仁、お役人だろう?」
「えっと…。…。あ、ええ、そうです」
「ゆっくり話そうかね…。あの御仁、を迎えに来たのじゃないかい?」
「うんと…来た?で…あぁ、ごめんなさい。分かりません」
首を捻ったがそう言うと、女将は溜息をついて首を振った。
「ならいいんだよ。なんでもないんだ。ただね、迎えに来たのなら、着いて行っても良いって言いたかったんだ。身なりもいいし、ここで働くよりも、良い暮らしが出来るのではないかと思ったんでね」
早口で言い切った女将の言葉に、はますます首を捻った。
二人が立ち話をしていると、厨房の方から声がかかり、料理の出来上がりを告げる。
女将の指示を待たず、は軽い足音を残してその場を去った。
すぐさま料理を受け取り、利達の待つ卓子へと向う。
「お待たせいたしました!」
元気よく卓子に料理を置いた。
「やっぱり駄目だわ。女将さんが言っている事、少ししか分からないの。でも、頑張らなきゃね」
鼻息も荒く言うに、利達は再度巡ってきた好機だと思った。
「話が出来るようになりたいか?今すぐに」
「いいえ。無理な事は望まない主義なの。利達と話が出来るからいいわ。もし利達とも話が出来ないのなら辛いけどね。でも頑張るわね」
片目を閉じて言うに、利達は言葉を失ってしまった。
頑張る意思を挫く様な事を、言い出そうとしている気分になっていたのだ。
「あ、ごめんね。こんな事言うと迷惑よね」
「迷惑などでは…わたしもと話をしていると楽しい」
「本当に?」
「もちろん、本当に」
そう言うと、は嬉しそうにして、奥のほうへと引っ込んでしまった。
本題を切り出せぬまま、は消えてしまったのだ。
利達は箸を取り、出されたものを食べ始めた。
何も言い出せなかった自分が恨めしく、情けなくもあり、少し惨めな気分を味わいつつ食べていたので、味を問われても分からなかっただろう。
黙々と食べ続け、やがて食べ終わった利達は箸を置き、勘定を済ますと帰って行った。
挨拶をと思ったが、忙しそうに走り回っていたので、妙な遠慮が出た。
「ふう…」
知らず溜息を残して、利達は隆洽山を登っていった。
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