ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



海客と海客 〜後輩〜


=14=





「台輔、お苦しそう……」

「大量の血をかぶってしまったのです。当然と言えば当然でしょう」

「ええ……」

「ところで、あなたの大切な人がどうかなさいましたか?」

「……あ!そうだわ、レギーナ!」

叫んでしまってから、小宗伯は慌てて口を押さえた。

「史官(しかん)が主上を呼びに行ったらしいのよ。入って来られてすぐ、難しい表情をなさっておいでで……何事かと思ったら、私と台輔が何者かに襲われたと史官に言われたとか……」

「史官ですか……」

「ええ、主上のお話から察するに、国官ではない史官よ」

小宗伯の言葉に、朱衡は顎に手を当ててから言った。

「岡亮(こうりょう)の……」

その呟きに、小宗伯は顔を上げて朱衡の瞳を見つめた。

しかし宙を見すえる朱衡と視線が交わることはない。

「山岡くん……彼が個人的に雇っていた史官なら、今は偃松(えんしょう)が面倒を見ているわ。だから滅多な事はないと……思いたいんだけど」

ふと瞳がかち合う。

「念のため、人をやりましょう」

「そうね……」

不安げに向けられた目に頷き、朱衡は立ち上がった。

六太が寝ているのを確認すると、小宗伯の肩に手を置いて耳元に顔を近づける。

囁きの後、頬に優しく口づけると、その場を退出していった。




















酷く不快な耳鳴りがする。

傷もずきずきと痛むような気がした。

「……」

潮の匂いは、これほど鮮明に香っていただろうか。

「……」

囂々(ごうごう)と唸る音を立てているものの正体は何だろう。

「ああ、風だ……」

だけど、体感のない風の音。

不思議な事もあるものだ。

「気が付いたか」

男の声が頭上から降ってくる。

そこでようやく、自分の瞳が固く閉ざされていることに気が付いた。

背後から抱きかかえられているような感覚。

そして何かにのっている。

「……」

は瞼(まぶた)に力を入れて、少しずつ視界を広げていった。

はじめに映ったのは、想像通りの星空。

そして月。

何か大きなものに騎乗しており、脇に男の腕があった。

は背後に顔を向ける。

「気分は?」

「……やっぱり、あなただったの」

その言葉に含まれるのは、あまりに多い思惑。

それゆえに、男は首を傾げてを見返した。

しかし口元には、すぐに笑みが浮かんだ。






























「一足遅かったようですね」

朱衡がそう言って入室してきたのを、小宗伯は蒼白の面持ちで迎えた。

「巧か芳へ向かったとみていいでしょう」

「やっぱり……」

「史官は一纏めにして夏官にみはらせております。しかしわたしの記憶だけを辿っても、幾人かが見あたらない」

小さな溜息と供に言われた事に対し、小宗伯は一筋の涙を流した。

「その予想は……外れていてほしかったのに」

「……」

朱衡は難しい表情を作ったが、すぐに小宗伯の側に寄り添って肩を抱いた。

そっと力を加えて、彼女が泣ける体勢を作り上げ、その上で静かに言った。

「彼からあなたを奪ってしまったのはわたしの罪ですね。しかしこれだけは譲る事が出来なかったのです。主上がレギーナを譲れなかったように……」

「ありがとう……。主上が……え?主上はどうされたの?」

泣ける体勢の中、本格的に泣きそうになっていた小宗伯は、朱衡の言葉によって涙をおさえた。

代わりに怪訝そうに朱衡を見つめ返して問う。

「大宗伯、主上はどちらへ?」

「……南へ」

「では、巧へ向かったのですね?」

「そのようですね」

「何故巧だと分かったのです?」

「それはわたしには知るよしもありません。ただ主上には確証があったようですよ」

はあ、と大きな溜息が房室内に響いた。

「これでは何も手伝う事が出来ないわ」

「わたしはこの五百年で、諦めて任せる、と言うことも学びましたよ」

さらに大きな溜息が、朱衡の腕の中に広がって消えた。










































どれほど進んだのだろう。

景色は一向に変化を見せない。

果てしなく広がる海と星空。

「ケフェウス……」

「ケフェウスってなんだ?」

「……星座よ。北極星の近くにあるの。やっぱりないんだなあと思って」

「北極星か……また見たいな」

その呟きに、は答えなかった。

前方には月が見えている。

「今向かっている方角は?南?」

「……」

「これから、どうするつもりなの?」

「……」

「本当に帰れるの?蓬莱に……?」

「もちろん」







しばしの沈黙。

遠くに海以外の黒い影を見つけたのは、のほうだった。

「ねえ……気持ちが悪いんだけど……」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃ……ないみたい……」

「揺れているからか?」

「たぶん……ちょっとどこかに降りれない?横になりたいの」

「どこかにって……」

「あそこは?あの遠くに見えているのって陸地じゃないの?」

彼方を差すの指が震えている。

「ここは慶だ。そう簡単には……いや、無人であればあるいは……」

「お願い。無理なら我慢するから」

「……分かった」

騎獣の首が黒い影に向かう。

さて、とは心中で呟いた。

















影が徐々に大きくなり、山岡が小さく呟いた。

「無人じゃなさそうだな……」

「建物があるからって人が居るとは限らないんじゃない?」

騎獣はそのまま島に向かっている。

山岡もの言葉を信じたのか、方角を修正するようなことはしなかった。

しかしさらに近付くと、首を振って言った。

「いや、灯りもある。無理そうだな。このまま巧へ向かおう」

「え……巧へ?」

「そう……いや、蓬莱へだ」

「巧から蓬莱へ向かうの?」

「そうだ」

「本当に?」

「……」

またしばらくの沈黙。

島影は随分大きくなっており、方角はまだ島に向かっている。

手綱を引き寄せようと山岡の腕が上がった。

そこへすかさずの声。

「自分が蓬莱へ帰るために、殺したの?……大卜を」

闇夜を斬るような、はっきりとした声だった。

「なに……?」

騎獣の首はそのまま影に向かっている。

それを確認したはさらに口を開く。

「どうして大卜だったの?本当に蓬莱へ戻るため?」

「……」

「ねえ、本当はどっちでもよかったんでしょう?」

「……」

「山岡さん、答えて」

しかし山岡の口は開かれなかった。

は振り返って山岡の顔を見つめていた。

先程とは違い、その表情は厳しくなっている。

「何も知らないと思っていたんでしょう?」

山岡が姿を現したとき、は素直に驚いた。

しかし状況が見えてくるにつれ、己の思考が導き出したいくつかの可能性――尚隆や朱衡でさえも、犯人である可能性――が否定され、胸を撫で下ろした。

そしてすべての辻褄(つじつま)があったのだった。

殺されたのが何故翫習(がんしゅう)だったのか。

そこに深い意味はなかった。

偃松(えんしょう)であってもよかったのだ。

ただ好機がなかっただけの事。

翫習が偶然にも当てはまってしまっただけ。

これだけは直感で分かっていたように思う。

だからは偃松に言ったのだ。

「生きている幸運を喜びましょう」と。

山岡が姿を現した事によって、それは確信へと代わった。

始めは誰か分からなかった。

庭院に現れた何者かは、視線の端でぱたりと倒れた。

麹塵(きくじん)の袍によく似た色合いに、は瞬時に大卜を思い出し、大きく鳴り響いた自らの鼓動を聞く。

入口から出て助け起こすべきか、窓から飛び降りて助け起こすべきか迷ったが、今にして思えば先に人を呼べば良かった。

駆け寄った瞬間、起き上がった山岡はを捉え、刹那の猶予しか与えず意識を奪った。

『蓬莱へ戻ろう』そう言って……。

「あんな言葉で惑わすなんて……」

「でも嫌だと言わなかった」

「言えなかったのよ。死んだはずの人が目の前にいて、唐突な話を持ちかけるから。何も言えるはずないじゃないの」

もう分かっている。

油断させるための言動であった事を。

「あなたがまだ生きていた頃……と言うのは変な感じね。葬儀の前に私に言った事を覚えている?」

『ところで今日は、一ついい情報を持ってきた』

あの時、何かと首を傾げたに、山岡は手招きして囁いた。

『蓬莱への道があるらしい』

『え……』

『驚いただろう?正確に言うと、巧にある海の道の果てに、蓬莱へ通じる門があるらしい』

『海の道?』

『そう。虚海側だと聞いた。巧から船に乗って一昼夜、虚海の航路に門が現れる。ある条件を満たすと』

『その条件とは?』

『それは今度あった時に……そうだな、一週間ほど待ってくれないかな。色々と準備が必要なんだ』

『分かったわ』

その時、の心情は激しく揺れていた。

この国に来たからこそ、巡り会えた人々を思うと、帰ることに抵抗すら覚えていた。

しかし帰ることが出来ると聞けば、そちらに傾く心もあった。

「こうやって私を連れだした、あなたの本当の目的は何?」

「だから蓬莱へ……ひょっとして戻りたくないのか?」

「それには答えられないわ。でもこれだけは言える。巧の虚海側には海の道なんてない。だから蓬莱へ戻る事なんて不可能なの。なら、何故あなたは私を連れ出したの?何が目的なの?」

「……」

「私、あなたの言葉に信憑性を感じられないの」

「……」

「この染めた髪のせい?巧はいないんでしょう?麒麟が……」

「どうしてそれを……」

「知ってるわ。気軽に出歩けなかったのは、体力が戻ってないだけじゃない。この髪のせいよ。話を聞いていれば分かるわ。金の髪のまま外に出るとどうなるのか。……今向かっているのは南。南には、巧があるんでしょう?」

「ふぅっ……」

大きく吐き出した息がの首筋にかかる。

背筋がぞくりとしたのは、その息がうなじにかかったからだろうか。

それとも……

「そこまで分かっているのなら、容易に協力を得る事は出来ないな」

「具体的にはどうするつもりだったの?」

「蓬莱へ戻るのは餌だった。このまま巧の王宮へ連れて行く。なんとしてでも協力してもらう。王位に就くために」

「王……位?麒麟の選定がないとなれない……それを私で代用しようと?」

「そうだ……」

は無言のまま振り返り、山岡の瞳を見つめた。

その瞳は多くを語らない。

だが悲しそうな表情を微かに含んでいるのを見つけた。

「どうして……そんな人には見えなかったわ」

「人は変わる。小さなきっかけ一つで」

「何がきっかけだったの?」

「他人には関係ない」

「そう……」

痛い。

心も体も。

は薄々感じ取っていた。

この国にとって、己と言う存在がどれほどの災厄であるのか。

蝕を呼び、殺人を招き、騒動を起こしている。

これが雁以外にも飛び火しようとしている。

「そんなこと……させないわ!」

こっそり握っていた手綱を引き上げ、騎獣の首を下に向けた。

すでに黒い影ではない。

大きな建物群が目前に広がっていた。

「やめろ!」

均衡を崩しそうになった山岡は、反射的にの肩を掴んだ。

「きゃあ!」

焼け付くような痛みが全身を駆けめぐる。

それでも手綱を放さず、落ちるようにして建物群へ向かう。

「このっ……!」

肩への力がさらにかけられ、ついに痛みによって手綱を握っていた力が抜けてしまった。

山岡が体勢を立て直す代わりに、の均衡は崩れて体が浮いた。

「あっ……」

そう言った時にはすでに遅く、伸ばされた山岡の手を取ることも出来なかった。

そのまま落下し始める体を感じ、焦って空を仰ぐ。

またたいた星は一瞬の煌めき。

「アルゴル……!」

食変(しょくへん)光星(こうせい)アルゴルがの目前に見えた。

「悪魔の星……やっぱり、魅入られてたの……?」

それが見間違いである事にも気付かず、は不思議な感覚のまま落下し、大きな衝撃を体に受けて意識を失った。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!