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海客と海客 〜後輩〜


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が落ちた池の音に、建物の中から数人が集まってきた。

そして幾刹那(いくせつな)の後、均衡を崩した騎獣と男が池に落ち、その場は騒然となった。


















『彼女、今は占い師でね、髪を金に染めているの。それでどこの台輔かって横流(おうりゅう)郷ではちょっとした騒ぎだったみたいよ』

白くぼやけた景色が目前に広がっている。

(先輩……?)

『へえ、そりゃ大変だ』

(山岡さんだ……)

居酒屋のような場所だった。

人々の服装などから、宮城ではないだろうと思った。

ならば関弓だろうか。

二人で肩を並べて、酒を飲んでいるようだ。

(……あら?あの壁掛け……秋の星座だわ……。でも、蓬莱では……ないわよね……)

『でもよかったな、そいつ。上手いことここに流れ着いて。間違って巧なんかに行ってたら、それこそ凄い騒ぎになったんじゃないか?騒ぎが起きたって、何の事だか分からないだろうし、気付いた時には後戻り出来ない状態かもしれないだろう?』

(巧へ……?だって……山岡さん……?)

『それは確かにそうね……』

『これは聞いた話だけどな、国によっては、あるいは人によっては、麒麟について誤解している奴も少なくないらしいぞ』

『それはどう言うこと?』

『俺らは多分同じ事を雁の国から教えられている。仁の獣。神の意志を聞く者。民意の具現。まあ、あの台輔を見てれば本当かと思う時もあるが、基本的には間違っていないだろう。実際、台輔は酷く血に弱いそうだし、それによって病むこともある』

『神籍にありながら、病むの?』

『そう、血の臭いで病むらしい。もちろん殺生(せっしょう)は無理だし、基本的には慈悲深い。延台輔はただ政務が嫌いなだけなんだ』

『それが問題なんじゃない。まあいいわ。それで?』

『麒麟の特徴はなんだ?』

『髪が金で、二形を持つ?』

『そう、それと王を選ぶ。それも俺達はこう習っているはずだ。王は麒麟によってしか選ばれない。麒麟が選ばなかった者は、どれほど王の器であっても王ではない。逆にどれほど貧弱な器しかなくとも、麒麟が選べば王である』

『ええ、そう聞いたけど……』

『ここを誤解している者もいるって事だな。麒麟を捕らえれば王になれると思う者が、稀(まれ)にいるらしいぞ』

『じゃあ、間違ってそんな者に助けられたら……』

『そう、お前の後輩は利用されるだろうな。だから幸運だったんだ、まだ』

(ひょっとして、これが山岡さんのやろうとしている事……?この時から考えていたのだとすると、先輩に対して酷い裏切りだわ)

の思考を余所に、白く霞む景色の中で微笑む小宗伯。

それを山岡は不思議そうな顔で見る。

『なんだ?』

『麒麟を捕らえれば王になれる?じゃあ山岡くんも王になれるわね』

『?』

『だってほら、いつか台輔を捕まえてきたでしょう?』

(これは何……?夢にしては妙に現実的な……)

『ああ、確かにその通りだ』

笑った山岡の顔。

不敵な笑みが見え隠れしているのを、は感じ取った。






















「官吏の会話か。……二人は海客か?」

遠くで女性の声が聞こえた。

誰だろうかと思うも、瞼(まぶた)が動いてくれない。

指先一つ動かす事が出来ず、意識も浮上しそうでありながら沈んでいこうとしている。

「先輩……」

小さくそう呟いたのは、意識が滑る落ちる直前だった。




























(何……何の音……?これは……水音……?……ここはどこ……)

『大宗伯……何と書いてあるのですか……?』

(まただ……先輩……それに朱衡さん……?)

『自白ですね』

(もう一人いる……誰かしら)

『自白…?』

『翫習(がんしゅう)が岡亮(こうりょう)を殺したと、そう書いてあります』

(えっ!これって……)

『些細(ささい)なことで口論となり、内史府で揉(も)めたとありますね。近くにあった硯(すずり)で内史を殴ってようやく我に返り、どうしようかと思っていたところへ史官の一人が来て、慌てて身を潜めた。史官はその場をすぐに出たが、夏官を呼びに言った事は間違いないと腹をくくった。しかし来たのは小宗伯だった。気が付くと史官と小宗伯を殴って倒し、内史を引きずって雲海へ捨てた…』

「雁でこんな事があったのか」

再び女性の声が聞こえる。

それが誰の声であるのかは分からない。

しかし白く霞む映像に魅入(みい)られており、声どころではなかった。

(先輩……大丈夫かしら。あんなに顔を真っ青にして……)

『そのまま自宅へ帰って自ら謹慎(きんしん)しておりましたが、夏官が内史を知らないかと訪ねて来て覚悟を致しました。しかしその場で言う勇気はなく、こうして書面で綴ることしかできなかったわたしをお許し下さい。死んで……お詫び申し上げる……』

(ああ、先輩……座り込んじゃったわ……あ、朱衡さんがもう一人に声をかけて……)

『このことは他言無用です。主上に申し上げて今後の指示を仰ぎましょう。帰って休みなさい。後はわたしがやっておきます』

(部下か何かかしら……?)

『は……はい。大宗伯、ありがとう、ございました』

「雁の大宗伯に小宗伯……かな?それに、この泣いているのは……鶏人か?」

(またこの声。いったい誰なの?)

ようやく声に意識が向いた

白い靄(もや)が晴れていくようだった。

同時に瞳に映ったのは……

「私……?……!」

鏡に反射した己の顔……いや、剣に映った顔だ。

そう気付いた瞬間、弾かれるように瞳は開く。

体が横たわっていることを悟り、起こそうとしたが小さな呻(うめ)きとともに諦めた。

肩に手をやると、布が固く巻かれている。

これで傷が開いたのは三度目。

一生残るものになるのではないだろうか。

「目覚めたか」

剣を両手に持った赤毛の人物が、こちらを見つめていた。

落ち着いた声。

凛とした中性的な顔立ちである。

「い、今のは……っ!」

何かと問えずに蹲(うずくま)る。

勢い込んでしまったせいで発生した、肩の激痛によってだった。

「大丈夫か?すぐに瘍医(いしゃ)を呼ぼう」

先にどこにいるのかだけでも知りたかったが、激痛によってそれを口に出すことが出来ない。

冷や汗が額を伝うのが分かる。

扉が開く音を聞きながら、の意識は再び奈落へ向かって行った。























「―――彼女は混乱してい―――。意味不明な事をよく口走りますが、一時的な事―――。近頃―――続いておりまして、身内から―――――――――。心に大きな痛手を負った―――を連れ―――巧へ―――」

(?これは……山岡さんの声?)

「側についていてやりたいのです。―――たった二人きりの同―――」

「海客と言う意味でか?それを言うなら―――――――――――――――」

(女性の声……)

「確かにそうですが―――裏切り――――――なにより、愛し合って―――」

「そうか……。では――――――」

誰かの移動する気配。差しのばされた救いの手が、そっと引かれていくような感覚に陥った。

焦りが意識の急激な浮上を促す。

「今のは……」

思ったよりも枯れている自分の声。

それに振り返った髪は赤ではなく……

「山岡さん……」

「残念だったな」

無表情な顔がを見下ろしている。

はそれに対抗し、睨(にら)むように瞳を細めて言った。

「麒麟を捕らえることができれば王になれる?」

僅かに山岡の表情に変化があった。

眉間に一本の筋を加えただけに留まったが。

「私は麒麟じゃないわ。隠し仰せるものかしら。髪だってその内黒くなるのに」

「だから急いだ。自分を殺して」

は寝たままの体勢で首を横に振る。

それでも無理だと言ってさらに続けた。

「だって私は二形を持たない。王だって選べないもの」

「王を選ぶ必要はない。ただ側にいればいい」

「嫌よ……そんな嘘、すぐに見抜かれてしまうわ」

「見抜かれるような嘘の付き方などしない」

「……それは、本当にあなたの願いなの?」

「……」

軽く溜息をついたのはのほうだった。

「私にはどうしてもあなたを疑えなかったの。どうしてだか分かる?」

「さあ……どうしてかな」

「カウンセラーとしての私の目が、占い師として様々な人と対峙してきた私の目が、あなたの瞳の中に狂気を見つける事が出来なかったからなの」

「どういう意味だ?」

「これは一見して狂った行動だわ。自らを殺し、同僚を殺し苦しめ、私を宮城から攫い……自らが王になると言う。そんなことがまかり通るほど、この世界は安っぽくないはずよ」

「……」

「それでも、もし私が行動に移すとしたら、気が狂った時だと思うわ。そうでなければ、恐ろしくて出来ない事だもの」

「だが、実際にそうしてきた。その結果がこれじゃないのか?」

「そうね……でもこの結果の先にあるものが、玉座だとは思えない」

「何故と聞くべきだろうか」

「答えは同じよ。狂気が瞳に宿っていないから。あなたの瞳にあるのは、孤愁(こしゅう)」

「孤愁……」

「そうよ。本当の目的は玉座なんかじゃない。その孤愁を埋めるための行動のはず。殺人を許してしまえる目的なんて、私には理解できないけど……あなたは狂ってなどいない。ただひたすら求めているの。……人の、肌の温もりを」

「肌の……ふっ」

山岡はそう言い放ったに微笑を向け、肩に手を伸ばした。

同時にの口を手で覆う。

「言いたいことは終わったか?」

目を見開くの返答を待たず、肩の傷口に力が加えられる。

激痛が全身を襲い、激しい吐き気を感じた。

しかし体を動かす事も出来ず、視界が暗くなり始めたのをどうにも止めることが出来ない。

このまま気を失ってはいけない。

そう思いながらも、絶望が身を包み、瞳は次第に閉じられていった。



続く






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