ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


=16=



『はい、伝票の予備よ。ねえレギーナ』

『あ、先輩……。伝票、ありがとうございます』

(また……さっきと同じ感じ?ううん……白くないわ。とっても鮮明……これは)

『うん。ね、最近さあ……田中の風当たりきつくない?前まで全然なかったのに、急に酷くなったわよね?しかもレギーナに集中しているようだけど』

『そ、そうですか?』

(夢だわ……私自身の……。とても懐かしい夢)

『どうして急に変わっちゃったのかしら』

『……』

『何かあったの?』

『あの……実は……』

『ん?何?』

『告白されたんです……』

『告は……はぁ?田中に?』

『は……はい』

(こんなこと言わなければ……先輩は田中さんと喧嘩なんかしなかった)

『もちろん、断ったのよね。それで態度が変わったのね』

『たぶん……でも、他に原因があるかもしれませんし。私が何かミスを……』

『ないない!絶対ないわよ!仮にミスがあったとしてもそんな鋭(するど)くないって、あいつは』

『そ、そうでしょうか……』

(喧嘩しなければ、あの夜こちらに来ることもなかった)

『そうよ。それにしてもむかつくわねぇ。なんって小さい男!そんなことで態度を変えるなんて最低』

(こちらに来なければ……山岡さんと出会う事もなかった)

ふと目が覚めた。

痛みが現実を教え、景色が絶望を招く。

しかしの心は、驚くほど落ち着いていた。

「……そうか……」

はぽつりと呟くと、背後を一瞥(いちべつ)した。

「先輩と出会わなければ、あなたはずっと孤独だった……」

遠くに建物が見え始めた。

ついに山岡が目指していた場所へ着くのだろうか。

の呟きが聞こえなかったのか、山岡もまた呟いて言った。

「ようやく巧か……思わぬ寄り道をしたものだ」

「慶には海客の女王がいるんでしょう?話はしたの?」

「……」

無言のまま騎獣は進む。

しかし油断なく握られた手綱。

同じ事は二度と出来ないのだと、それが物語っていた。






























房室には大きな窓が一つ、扉が一つ。

窓には硝子と簡素な格子がはめられている。

扉は二重になっており、重厚な閂(かんぬき)がかけられている。

地に降り立った時、の傷口はまだ開いたままで、一人で立つことも叶わぬほど体力は摩耗(まもう)していた。

数人が建物から出てきて、自分が担ぎ込まれるようにして運ばれるのを、人ごとのようにぼんやりと見る。

すでに抵抗する力は残っておらず、まるで他人事のように感じながら、ここへ連れてこられた。

力無く横たわったその場所から、窓の外が見えている。

星空である。

「夜空の煌めきは同じ。並びが違うだけなのよね……」

痛みのせいか、半分しか開けることが出来ない瞳に、煌めく夜空を映していた。

「このまま……利用されてしまうの?」

自問自答したところで何の答えもでない。

「尚隆……」

気付けばその名を呼んでいた。

「彼はレックス……」

そう呟くと、力のない笑いが漏れた。

「レックスは王。レギーナは女王」

レギーナとレックス。

カシオペヤとケフェウス。

「二人は夫婦……」

娘を生け贄に差し出した両親。

それを望んだ娘。

「だけど……私はカシオペヤじゃないわ」

麒麟の代わりをさせられるのなら、自分は娘のアンドロメダだ。

もちろん、自ら願って身を捧げたわけではないけれど。

「アンドロメダだったら、勇者が助けてくれるのに」

勇者ペルセウス。

その手に悪魔の星を煌めかせながら駆けてくる青年。

「だけど……アンドロメダでもない……だって、私はレギーナだから……」

小さく呟き、ふと見上げた狭い夜空に、見覚えのある配置が見えた。

「え……?」

また、悪魔の星が見えた。

地震の前、確かにアルゴルを見た。

慶へ墜落する直前にも。

それと同じ光景が今、視界の先にあるような気がした。

「つ……」

少し力をいれて体を動かすと、激痛が全身を駆けめぐる。

瞳を閉じてじっと堪え、しばらくしてから再び空を見た。

「あ……見間違い……」

ごく一部の配置が、ペルセウスと似ていた。

見間違いだと判明すると、何故か大きな溜息が零れた。

ふと首を傾げると、肩の激痛に硬直する。

痛みを堪えながら疑問を口に出してみる。

「今の溜息は、どっちの溜息……?」

悪魔の星に魅入られたのではないと安堵した溜息なのか。

それとも、蓬莱への共通点がなくなった事に対する落胆の溜息なのか。

「分からない……」

だけど、分かった事もあった。

「尚隆はペルセウスじゃない。だって彼は……レックスだから……」

もう会えないかもしれない。

そう思うと涙が溢れ出す。

しかしそれを拭うことすら出来ない。

手も足も、痛みと疲れで動かすことが出来ないのだから。


























翌日、暁鐘(ぎょうしょう)の音に目が覚めた。

いや、重厚な閂の開く音が聞こえたからかもしれない。

「気分はどうだ……」

山岡が訪ねてきたらしい。

目は覚めたが、瞳を開けきる事は出来なかった。

半分ほどであろうか、狭い視界の中で気遣うような表情で問いかけてくる山岡。

「最悪よ。眩暈(めまい)が酷いわ……吐き気も」

昨晩運ばれてすぐに治療は施されていた。

しかし生身の人間にしては血を流しすぎた。

痛みを紛らわせるためと言って、微量の香が焚かれているが、眩暈がかなり酷い。

横たわって目を閉じているのに、目が回っているのが分かる。

それで気分が悪くなり、軽い吐き気が常にあった。

ただ確かに痛みは随分と緩和されている。

「その香のせい、なんじゃないの?」

「臭いか?でもこれがなければ痛みで眠れないだろう」

眠れなければ相当辛い。

眩暈と吐き気を抱えているよりも、眠れぬほどの痛みに堪える方がいいのだろうか。

「香で気分が悪くなるもんか?怪我のせいで気分が悪くなって、出血が多いために眩暈が起きているんだろう」

「そう……でも、この香り……嫌いだわ。……消してくれない……?」

「……分かった。少し弱めておく」

山岡はそう言うと窓を開け放つ。

清涼な風が流れてくると、気分も洗われるようだった。

山岡が窓際で深呼吸しているのをぼんやり見ながら、も傷を気にしながら小さく深呼吸をする。

さきほどより思考が冴えるような気がした。

「体が冷える。窓は閉めておくから、また少し休むといい」

瞳を閉じたに、山岡はそう声をかけた。

いかにも優しそうで、気遣う心が見えている。

「……」

額に深い皺(しわ)を刻んだは、いかにも苦しげだった。

「本当に香に酔っているようだな……」

香を弱めようとしているのか、高い金属音がしてしばらく、遠ざかる足音を暗い視界の中で聞いた。

やがて扉が閉まる音がして、はようやく瞳を開ける。

「山岡さんは……本当に……?」

冷酷になりきれない心。

気遣いの押さえられぬ声。

慕情(ぼじょう)と寂寥(せきりょう)の瞳。

大卜(だいぼく)を手にかけたのは、確かに山岡かもしれない。

だが自ら玉座を望む者としては、あまりに覇気がない。

必死ではあるのだろうが、狂気のようなものは身に纏っていない。

「真実がどこかに隠れているはずだわ……でも、どこに?」

深く甘い香りに誘われ、視界の揺れが激しくなるようだった。

考えなど纏まるはずもなく、苦しげに息を吐き出すと瞳を閉じる。

とにかく少しでも回復する必要があると思った。









































次に目を開けたとき、外は薄く赤みがかっていた。

朝なのか夕方なのか分からなかったが、暁鐘の後に射し込んだ光の位置を思い出し、夕暮れなのだと悟った。

視界は前に目覚めた時よりも広い。

「お目覚めになられましたか」

ふと声がかかり、は少し驚いて視線を左右に彷徨(さまよ)わせた。

それでも何も見えず、今度は少し無理をして首を動かして声の主を捜した。

の足元に、その人物はいた。

「お手伝いに参りました。さ、まずはお体を清めましょう」

見知らぬ中年の女官が一人、そこには立っている。

柔和な顔立ちの女だ。

「何の手伝い……?」

「これから主上にお会いになられるのですから、旅の垢くらい落としておきませんと」

「主……。あの、どこの国の王に会う予定に……」

「この国の主でございます。さては台輔、お怪我で少し思考が鈍っておられるのでしょうか」

「台輔……?違います……!私は……」

否定の言葉をいい終わる前に、女官は行動に移した。

の纏(まと)っている衣を剥(は)ぎ取るようにし、痛みに硬直する体を遠慮無く拭いていく。

旅の垢を落とす前に、血のこびりついた布を取り替える方が先決ではないのかと思ったが、痛みでそれどころではない。

口を開けば呻きが漏れるため、逆に唇をきつく結んだ。

怪我の部分は避けて拭かれたが、振動が傷に響いて痛みは増すばかり。

ついに堪えられないと口に出そうとした瞬間、終わりましたと告げられた。

支えられながら牀榻を離れ、扉を二つほど潜って移動する。

ついた房室で椅子に座らせられた。

「それでは台輔、主上がおいでになるまでしばらくお待ち下さい」

「ま、待って!主上って山岡さんの事なの?」

「やま……?」

「あ……こ、岡亮(こうりょう)と呼ばれる人よ。黒髪の若い男の人」

「ああ。いえ、あの方ではありません」

「え……。山岡さんじゃない……?」

「すぐにお会いになられます。しばしお待ち下さい」

去ってゆく女官を目で追っていたが気分が悪くなり、深く腰をかける事で廻る視界をなんとかやり過ごそうとした。

廻る視界を調整するように目を細め、辺りをそっと見渡した。

少し離れた所に窓がある。

風にあたりたい衝動はあれど、そこまで歩いていけるかどうかは疑問だった。

「空気がこもっていて……気持ち悪い」

足に力を入れてみる。

意外としっかり立てそうだった。

視界は変わらず廻っているが、なんとか歩けるようだ。

一歩を踏み出すと、今度は止まらなくなり、窓まで一直線に進んでいった。

体全体が窓にぶつかり、軽い衝撃によって足は止まった。

滑稽(こっけい)な姿だろうと思いながらも、窓に手をかけて開く。

清涼な風が雪崩れ込んでくる。

はゆっくり深呼吸を繰り返した。

眩暈が緩和されたような気がして、ゆっくりと目を開ける。

空はすでに闇が覆っていた。

「あ……また……悪魔の星」

それによく似た並びの星が目に入ってきた。

「ペルセウス。勇者……ペルセウス。せめて私がアンドロメダならよかったのに」

そう呟いて、すぐに首を横に振った。

「ううん……本物のレギーナだったらよかったのに……そうすれば……」

レックスと寄り添えるのに。

でも……

「私は……レギーナですらない……」

「なら、レギーナになればいい」

「!」

ふいに降ってきた声。

懐かしさで涙が出てきそうだった。

はどこから聞こえた声なのかを探して、辺りを見回す。

そして見つけたのは、不自然な影。

窓のすぐ下に影の塊を見つけたは、真上を仰ぎ見た。

白い虎のような生き物が宙に浮かんでおり、そこに騎乗した人物がを見下ろしている。

「尚隆!」

叫んでしまった事に慌て、口を押さえてから小さく問う。

「何故、ここに……」

「聞きたい事があってな」

「え……聞きたい事って……?」

思ってもいなかった返答に、困惑の表情を返す

しばしの間があって尚隆の口が開かれた。

「因島がまだあるのなら、来島や能島もまだあるのか」

「え?……ええ。もちろんあるわ……」

「それなら……」

いかにもこの場にそぐわぬ会話だった。

尚隆は一度口を閉ざし、何かを考えるようなそぶりを見せた。

しかしすぐに首を横に振って言う。

「いや、やめておこう」

ますます分からないと言った表情のまま、は尚隆の瞳を見つめた。

しかしその瞳は何も答えない。

代わりに差し出されたのは手だった。

「あ……」

もちろんその手を取らぬはずもなく、は無意識に近い状態で手を差しのばした。

体がするりと窓の外に移動し、次の瞬間には星が少し近くなっていた。

「辛いだろうが、しばらく……」

安堵のためか、体力の限界なのか、白と黒の毛並みを眼下に見ながら薄れ行く意識。

その中で響く尚隆の声。

なんとか頷いたのを最後に、落ちるように意識を失った。



続く






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