ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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里謡が退出した扉を見つめ、は少し申し訳ない気分になっていた。

彼女は可愛らしいし、何も知らない自分に、それでも頼ってくるような雰囲気を漂わせている。

力になってやれる事があるのなら、力にやってやりたいと思う。

後輩が出来たような感覚も持っており、その点では嬉しいことではあるのだが。

「尚隆のこと……好きだって言ってたわよね」

そこだけが大きな闇となっていた。

自らの思いを貫くことは、里謡の思いを無視することである。

また、里謡の思いを尊重する事は、自分に対しての欺瞞(ぎまん)ではなかろうか。

自己犠牲に美徳を感じるような性格は持ち合わせていない。

しかし完全に無視する事も出来ないような気がした。

「一体、どうしたらいいのかしら」

頭を抱えた瞬間、ふとあることに気が付いた。

「あら……?」

今まで幾度と無く抱えた頭。

しかし思考の末に抱えた訳ではない。

抱えることを余儀(よぎ)なくされたからだ。

「今日は一度も眩暈(めまい)を起こしていない」

そう呟いた直後、扉から小宗伯の声が響いた。

「仙籍に入ったからよ」

「先輩……仙籍に入ったって……私がですか?」

「ごめんなさい、貴女の意思を確かめずに。でもここで何か始めるのなら、早く傷を治してしまわないといけないし、言葉の壁も取り払わなければならないでしょう?動こうとしている事が、貴女の意思だと思って先に仙籍に入れてしまったのだけど」

「あ、ありがとうございます。もちろん、嫌だなんて言いません。言葉が通じていても、意思の疎通が出来ないかもしれないと思うほど常識が違う世界です。ましてや言葉が通じないとなれば、通常に生活することもままならないでしょう」

「よかった。でもまだ無理はしないで。確実に良くはなっているでしょうけど、傷はまだ塞がっていないはずよ。痛みもまだあるでしょう?」

が頷くと、小宗伯もまた頷いて続ける。

「しばらくは様子をみないとね」

小宗伯はそう言って一呼吸置いて、再び口を開いた。

「実はそれを言いに来たのではないのよ。貴女の今後の身の振り方なのだけど」

するりと出された一枚の紙。

そこに視線を落としながら小宗伯は言う。

「は、はい」

慌てて体勢を立て直した

体をぴんと張ってそれに備えた。

「カウンセラーとしての仕事をしてもらいたのだけど、構わないかしら?」

「は、はい!もちろんです」

関弓と書かれた山のような図を見せた小宗伯は、図に指を走らせて説明した。

「場所は国府……下山する事になるのだけど、大学府でお願いしたいの。学生達だけではなく、一般の者もここまでは上がって来ることが出来るから」

そう言うと、小宗伯はに向き直って言う。

「本当の目的は少し違うの。雁は豊かな国よ。他国と比べると分かるわ。私はまだ行った事がないけど、聞いていると悲しくなる程よ。だからそう言った国ではいらない仕事かもしれない。だけど今の雁なら……国が豊かになれば、人の心も豊かになる。だけど豊かになった分、どこかに歪みが生まれているかもしれない。それを実際見て、感じ取ってもらいたいのよ」

「そ、そんな大役を私が……?」

「人の心を読むことには長けているでしょう?適任だと思うの。それに大学府でなら人の出入りは限られてくる。不審な者も近付かないわ」

まあ解らないと言っても、と小宗伯は声を低くして言う。

「主上が勝手に調査してくる事もあるんだけどね。ただ主上が出入りするところは場所が限られてしまうし、何よりも男の目と女の目では見える事も違ってくるでしょうから」

「わかりました。どこまで出来るか分かりませんけど、精一杯頑張ります」

小宗伯はそれに頷いて言う。

「開始出来るのは今から二週間後。その時貴女の傷が塞がっていなければ許可しません。多少距離があるから心しておいて。所属は私のいる春官で、住まう場所はしばらくこのままよ」

次々と具体的になってくる事に、は大きく前進出来たように感じた。

実際はまだ何も始めていないのだが、それでも心が軽くなったような気がした。







































翌日、いつになく軽やかな目覚めに自ら驚きながら体を起こした。

そっと床に足をつき、窓を開ける。

さわやかな風が髪を撫でて流れ込んでくる。

傷の痛みも随分と緩和(かんわ)されており、気分もすこぶる良かった。

明後日、と言った尚隆の言葉を思い出したは、軽い体に浮かれながら身支度を始める。

身支度がすっかり終わった頃、急激に里謡の事を思い出した。

「今日は……」

尚隆と会う。

里謡を無視して、夢中になってしまいそうな自分を想像して俯(うつむ)く。

気分が悪いといって断ろうかと考え始めた頃。

「気分はどうだ」

心を決める間もなく、鳩羽色の袍に身を包んだ尚隆が現れた。

「え……ええ。とてもいいわ」

何を取り繕(つくろ)う暇もなく、思ったままが口から流れた。

落ち着いた色がその人を引き立て、見とれてしまったためかもしれない。

「外へはでられそうか」

「大丈夫だと思う」

では、と言って尚隆は踵を返す。

自然の力で引き寄せられるように、その背についていった。









































何も言えないまま空へと飛び立った二人。

空を旅するのは巧で助けられて以来の事で、楽しさが表情に表れるのだが、未だ里謡の事が頭から離れない。

無言のまま快晴の空下を行く。

しかし次第に沈黙に堪えられなくなった

ついには口を開いた。

「いい天気ね」

「そうだな」

そんな分かり切った事を聞きたかったわけではないのに。

「ええと……どこに……そう、どこに向かっているの?」

「分かりやすく理解できる場所だな」

「え……?何を?」

そう問うと、ふっと笑うような音が背後から聞こえた。

は振り返って尚隆を見る。

しかしいつもより近い相貌(そうぼう)に慌てて前に戻った。

「行けば分かる」

そう言う声を背後に受けながら、一人頬を染めていた。

























どれほど空行しただろう。

陽が真上に来る頃、騎獣は下降を始める。

街が眼下に広がりを見せている。

どんどん大きくなる景色。

どこか不思議な感覚を覚えながら、はその景色に見入っていた。

























街には昼餉のためだけに降りてきたようだった。

しかしの目にはそれだけでなく、新鮮な世界として映し出されている。

昼餉の後、すぐに発とうした尚隆に、少し街を見たいと自ら願った。

「私……街を見たのは始めてだわ」

沛乎島(はいことう)から助け上げられた後、横流郷(おうりゅうごう)の郷城で治療を受けた。

その後は王宮に移動している。

攫われた時に墜落した、恐らく慶であろうところも景色からすると雲海の上だったし、巧でもかわり映えしなかった。

雲の下に住まう人々の活気に触れることがなかったのだ。

「随分寒いのね。聞いていたけど、宮城とは随分違うのね」

「そうだな」

「生活の匂い……」

自分が育ってきた場所とは違った匂いだったが、確実に人々の息づかいが聞こえる。

街をまっすぐ進んでいくと、大きな道が交差していた。

髪を隠すために覆った布が頬にかかり、少し視界を狭めていた。

その布を手で避けながら呟く。

「大経、大緯……?」

そう呟きながら、昨日学んだ事が形を帯びていくのを感じた。

街の構成などを思い出しながら歩き、店や街を行く人々を見てまわる。

「へえ……ねえ、この街って大きいの?」

返答を待ちながら辺りを見渡すが、背後から声は聞こえない。

「尚隆?」

ふり返ったが見あたらない。

夢中になるあまり、はぐれてしまったのだろうか。

「どうしよう……」

焦りとも落胆ともとれないような感覚が胸元に落ちる。

こんな見知らぬ街ではぐれてしまったままでは、どうすることもできない。

素直に街を発っていればよかったと考えながら、は途(みち)が切れたように見える正面まで急いで進んだ。

前後左右を見渡して尚隆らしき人物を捜す。

すると右の狭い途を、よぎるように鳩羽色が掠(かす)めた。

「尚隆!」

そう声に出して早歩きで右の途に進む。

突き当たると鳩羽色の消えた右に曲がる。

まっすぐ前を向くと鳩羽色はまだいた。

「よかった、見つけ……」

違うと思うと同時に声は呑み込まれた。

鳩羽色はに気付かず前へと進む。

ふと串風路(ろじ)から若草色の男が現れた。

横顔が一瞬視界を掠めたが、すぐに背中だけになった。

串風路から出てきた男と合流した鳩羽色は立ち話をしている。

そして再び歩き始めた。

今度は二人で。

はその光景に呆然と立ち尽くしていた。

広がる光景に目を奪われたまま、足を再び前に踏み出す。

「あれは……確か……」

こちらにきて知り合った人物は限られている。

どこで見たのか、忘れるほどの年月が経っているわけでもない。

「先輩は……知っているのかしら……」

春官にその身を置く人物。

「偃松(えんしょう)、さん……と……」

鳩羽色の男は偃松に似ているような気がした。

そして若草色の男は……。

「まさか……山岡……さん」

似ている、と思った。

二人とも横顔がちらりと見えただけである。

確証はない。

確認したい、そう思うと同時に腕を強くひかれた。

「!」

しまった、と心の中で呟いた

仲間が隠れていたのかと、半ばあきらめの心境でぎゅっと目を閉じ、身をかがめるようにした。

「体調が良くないようだな」

「……?」

声を聞いて尚隆だと分かった。

「え!」

分かったと同時に体が浮いて、抱え上げられるのを感じた。

「しょ……尚隆!大丈夫よ、私なら平気」

「今日はもう動かない方がいい」

恐怖心からでた行動によって、眩暈を起こしたのだと勘違いしたのだろうか。

もう一度大丈夫だと言いかけたは、あまりに近い双眸がこちらを見ている事に気付いて口を閉ざす。

恥ずかしさと幸福感がせめぎ合って、言葉が出てこない。

しかしこのままでは恥ずかしさが勝ってしまうと判断したは、口を頑張ってこじ開け、降ろすよう頼んだ。

「大丈夫、無理はしないわ。本当に大丈夫だから歩かせて」

そのまま運ばれてしまう事を考えると、顔から本当に火を出せそうだと思った。

尚隆の行動によって、さきほどの切迫した心境は少し宙に浮いたようだ。



続く






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