ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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翌日、のもとに返事が届いた。

の送った文面ほど複雑ではなかったが、その意思をくみ取ったのか、輪郭の薄い内容となっていた。

『一度カウンセリングした方は当店に深夜まで出航。Alibiは有り。おそらく白』

「当店に出航か……」

我ながら懐かしい事を思い出したものだ。

当店に出航。

二人が勤めていた先での特殊な言い回し。

社員は店長以外、常駐しているわけではない。

定期的に店舗を変えられるのだった。

本社から各店舗に出向いて行くことを、出航と呼んだ。

店舗が変われば、そこへ出航に行くと連絡がある。

固定で店舗に出勤するアルバイトにこれは適用されない。

社員にだけ使われるこの言葉に、国官である意味合いをのせてみたのだが、上手く伝わったようだ。

当店に出航と書いているから、偃松(えんしょう)は一日宮城にいたのだろう。

この素早い返事は、昨日の内に本人に聞いたのだろうか。

しかも小宗伯の見立てでは潔白のようだった。

不審なところがなかった、と言うことだろう。

「でも……」

夜中に偃松がいたのなら、やはり怪しいのではないか。

昼間債務を放りだして出かけていたのだ。

帳尻合わせに夜中まで働いていたとも考えられる。

「となるとやはり……」

山岡と偃松。

春官・内史府の上官と下官。

被害者と加害者であり、接点は大いにある。

「だけどもし……」

見間違いだったら……。

いや、それ以前に死んだはずの山岡が、この国を隠れもせず出歩くだろうか……。

偃松はともかく、山岡は見間違いかも知れない。

「どうした、随分深刻な顔で考え込んでいるな」

ふと声をかけられた

急激に世界が輪郭を帯びて目の前に現れた。

「ん……なんでも……なんでもない……。あっ!体調も悪くないからね」

また心配されては困ると思い、慌てて付け加えた

偃松を見たかもしれない、不安に思う、というだけの理由で、王である尚隆にこれを告げるわけにはいかなかった。

(先輩なら自分の部下だし、慎重に判断してくれるはずよね。朱衡さんに相談することはあっても、尚隆にまで言わないだろうし……帰って先輩と相談してから考えよう)

そう心中で呟いた

不自然に頷いたその様子に、尚隆は何も言わなかった。



























街を出て再び空を行く二人。

港町に着いたのは、昼を過ぎたところだった。

昼餉(ひるげ)を取り、騎獣を預けると街を見回った。

そして陽が少し傾きはじめたころ、歩いて街から出る。

高台を目指しのんびり歩く尚隆に、は後ろからついていった。

体の疲れをほとんど感じないのは、仙籍に入ったという証なのだろうか。

高台の頂上が見え始めると、尚隆は振り返って手を差し出す。

「目を閉じて登れるか」

無言で頷くと、尚隆の手をとって目を閉じた。

引かれるまま足を出して進む。

「いいぞ」

やがて言われた声に瞳を開ける

日に向かって立っていたようで、閃光に目が眩んだ。

しかしすぐに馴染んだ瞳は、斜陽に染まる世界を映し出す。

島影のある海が視界に広がり、橙の陽が反射してきらきらと瞬く。

「やはりこの時刻が一番美しいな」

「ここは尚隆のお気に入りなの?」

「そうだな。青海と黒海が同時に見渡せるからな」

二つの海が混在するのか、同じ海で二つの呼び名があるのか、どちらだろうかと思いながら口を開く。

「へえ……これが青海と……黒海なのね。黒海はどうしてそう言うのかしら」

そう言ってからだった。

目が異常を捉えたのは。

「え……?」

よく見ると、色彩の濃度が違う。

視界のちょうど半分で色彩は分かれている。

「青海……黒海」

左の海は青い水面に橙が反射している。

右の海はもっと深い色の波間に赤い陽が瞬いている。

「まさか……」

「不思議だろう」

「不思議、どころの騒ぎじゃないわ……」

この景色は異常だ。

自分の常識の範疇(はんちゅう)から、はるかに逸脱(いつだつ)している。

「でも……」

綺麗だと呟いたのは心の声だった。

世界を包む優しい斜陽(しゃよう)に、声が出なかったのだ。

恐らく昼に来れば海の色は、よりはっきりしているのだろう。

衝撃を考えての事か、単純にこの時間の景色を見せたかったのか、推察(すいさつ)することは出来なかったが、にとっては最善の事が起きたように感じていた。

なぜならその景色は……

「瀬戸内に似ている」

いつだったか、とは海を見つめながら言う。

「先輩がね、同じものを見つけなさいって言っていたの。きっと、この世界を受け入れるのに必要だからって。でもね、私はこの世界のことを否定したりしなかったわ。だって世界はそこにあるんだもの。人も、物も、すでに存在している。だからそんなこと必要ないって思っていたの。私や先輩が受け入れようと、受け入れまいと関係ない」

「思っていた、か」

「うん。先輩はきっと決別が必要だったの。過去と故郷に。新しい自分を受け入れるために。だけど私は……」

この世界で初めに直面したこと。

それが『死』だった。

痛みで気を失う直前、いつも思っていた。

このまま死ぬのはいやだと。

一番初めにそれを体験したとき、死へ向かう恐怖が全身を襲ったのを覚えている。

徐々に暗くなる視界に、嫌だと思っていても抗うことが出来ず、抜けていく意識の中で死を体感した。

「このままでは確実に死ぬと思ったあの恐怖を思えば、世界や常識の違いなど些細な事だと思っていたの」

海に向かっていた尚隆の視線は横に向けられたが、は変わらず海を見つめながら言った。

「でも違ったのね。心のどこかで叫んでいたんだわ。この世界が悪いんだって。この世界に来てしまったから、こんなことに巻き込まれたんだって。受け入れるしかない環境を、自発的に受け入れていると捉(とら)えるのは私の自己防衛だったのかもしれないわ。精神を正常に保つための……」

死からの恐怖は完全に取り除かれていない。

山岡が生きている事を言い躊躇っている場合ではない。

偃松を見かけたのなら、尚隆にそう告げて真偽を確かめればいい。

「ただ……」

しかし、煌く海を見つめながら今はよそうと思った。

その代わり、宮城に戻ったらすぐに言おう。

尚隆や小宗伯に。

「ただ?」

先を促した尚隆に、はふっと笑った。

まだの横顔を見つめていた尚隆のほうに顔を向け、さらに微笑んで言った。

「同じようなものを見つけるのも、いいかもって思ったの」

そう言うと再び海に顔を向ける。

あわせた様に尚隆も海に顔を向けた。

「先輩と一緒ね。きっと私もこれでこの世界を受け入れたんだわ。だって同じように綺麗なんだもの。同じであって異なるもの。だけど生きていけるわ。だって私には先輩がいるから」

「……先輩が、か?」

少し不満げに言った尚隆に笑う

「尚隆も味方してくれる?」

「していないように見えるか」

「ううん、見えないけど……」

「何か含むところでもありそうだな」

「……ねえ、私の味方、本当にしてくれる?」

そう言って尚隆に向き直る

海に向かっていた相貌(そうぼう)がに向けられる。

しかし何も答えない尚隆に、は不安になって胸元に手をあてた。

「少し前から考えていたの。ずっと……」

瀬戸内の話をしたときから。

「ねえ、私の母は因島の出なの」

因島、と声に出したは、まったく表情の変わらない尚隆の相貌を見つめる。

「もし私の考えが正しければ……私は……私には、尚隆が好ましくないと思う血が流れているかもしれない」

「どういう意味だ」

そう聞く尚隆の目は、解らないで聞いているわけではないと語っている。

が言いたい事は伝わっている。

だがなぜそれを言うのかを問うている。

「私の母の、父の父の母の父の母の父の父の……そのまた父が、尚隆の敵だったかもしれないでしょう?最悪の場合、仇であった可能性も……」

因島には親戚が多い。

それは長きに渡り生活してきた証ではなかろうか。

「随分いい勘をしている。気になるか」

「……うん」

そうか、と言った尚隆は軽いため息をつく。

その音が心を締め付けるようだった。

ときめきとは違った震動が胸元から伝わってくる。

ふと、せつなげに尚隆への想いを語った里謡を思い出す。

(そう……私は胎果でもない。もっと、尚隆にふさわしい人が身近にいるのかも……)

心洗われる景色が急激に様変わりし、斜陽の物悲しい光が増した気がした。

































前日の舎館には二つの部屋があった。

居間のようなくつろげる場所があり、部屋がそれぞれ分かれている。

しかし今日の舎館では格が下がるとかで、部屋は一間きり、着替えのためか、衝立が奥にひとつあるだけだった。

確かに昨日ほどの豪華さはないが、簡素なだけ、小綺麗な印象が強い。

しかし一間を気遣ったのか、尚隆は早めに寝るように言うと手紙を出しにでかけたまま、長い間戻ってこなかった。

一人舎館に残ったは寂しさで押しつぶされそうだった。

自ら手を離したのに後悔の二文字が脳裏を駆け巡っている。

里謡もこんな気持ちで夜を過ごすことがあるのだろうか。

尚隆を想い、遠すぎる距離を呪い、涙を流し……辛く、寂しい夜を過ごすのだろうか。

「こんな時……先輩に相談できたらいいのに」

恋の話は職業柄、腐るほど聞いてきた。

手の届かない人を好きになって、泣きながら占ってくれと言う客が来るたび、困り果てたものだった。

『彼女のいる学校の先輩』程度ならまだしも、『毎朝テレビで見かけるあの人』などと言ってくる女性もいた。

出会うところから始めなければならないため、どこから占っていいのか分からない。

そんな時、大抵は言う事が決まっていた。

『新しい恋が貴女を待っているでしょう』

もちろん、率直に言うわけではない。

可能性が低いことを匂わせておいて、落ち込んだところでより良い出会いがあると希望を持たせる。

今、好きな人が褪せて見えるくらいの出会いがあると。

よって占うのは今後の恋を予測するものだった。

実際、いつまでも振り向いてもらえず、苦しい時期が続けば疲れる。

そんな時に新しい恋に出会うことが出来れば、今まで好きだった人物は急激に過去のものとして映るため、色あせるのは必至である。

意識せずして訪れる新たな恋が、身近な人であればより早く切り替わる。

手の届かない辛さを癒してくれ、可能性を感じて幸せになれるからだ。

「私も……そんな風に思わなければならないの……?」

寂々とした夜の静けさが身を包む。

恐怖以外に涙を流したのは、この世界へ来て初めてだった。



続く






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