ドリーム小説
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海客と海客 〜後輩〜 =25= 里謡と別れた。
房室に戻って一人考え込んでいた。
「山岡さん……」
見たことを伝えるべきだと叫ぶ心、生きていると伝える事によって、小宗伯の衝撃を想像し言いだせない心。
どちらの心に従えばいいのだろう。
「何故伝えるべきなの?」
当然である。
大卜(だいぼく)が山岡を殺した事になっている。
だが、殺されたはずの山岡は生きている。
では大卜が死んでいる事や、自分を攫(さら)った事を考慮すると、次の動きにでる前に警告が必要になる。
では何故それを尚隆や小宗伯に言うことを躊躇(ためら)っているのか。
「もちろん、先輩が傷つくからだわ」
山岡が大卜殺害を行った可能性が高いからだ。
以前もそう考え、小宗伯が目の前にいるのに言い出せなかった。
だがその時、言わねばならぬと警告する声があった。
ではその警告音の正体とは何か。
その正体が分からなければ、誰にも言えないような気がした。
「あの時彼は……」
他国で出会った山岡は、ここで楽しく会話した時の表情を欠いていた。
時折、悲しげな目を見せるものの、恐ろしい表情をすることが多かった。
「それでも、狂気のない目」
捨て切れぬ優しい心。
しかしその話を本人に告げると、傷口を掴んで黙らせようとした。
その時の表情を小宗伯が見れば、きっと酷く心を痛めるだろう。
「そうか、そうだわ」
恐ろしい表情をした山岡を思いだしたは、さきほどから疑問に思っていることの答えがふいにわかった。
「先輩に……いえ……尚隆に告げなきゃ」
警告音の正体が分かったのだった。
「どうして今ままでこんな簡単な事に気がつかなったの……私」
山岡が犯人である事を知れば、小宗伯の悲しみは増すだろう。
だが山岡が犯人であるのなら、小宗伯への接触はないのだろうか。
下手をすれば小宗伯も巻き込まれる可能性がある。
一番恐ろしいのは、山岡が小宗伯に危害を加えようとすることだった。
犯人である事実を知った時の悲しみや衝撃より、殺されそうになる時の衝撃の方がより激しいものとなるだろう。
犯人であることは避けようのない事実。
それなら最小の傷で留めておくべきだった。
生きていると知っておかなければ、危険である。
疑問が解けて少しすっきりした。
次に尚隆が訪ねてきたら告げようと房室を出た。
「いつの間にか夕方なのね……」
思考に疲れた頭を休めようと房室を出た。
いつか尚隆と眺めた雲海の見える露台へと辿り着いた。
陽の光を反射する水面。
橙と赤が瞬くその景色は、いつかのように瀬戸内を思い出させた。
「瀬戸内の海賊……」
陸と陸に挟まれた穏やかな海を、尚隆は駆けたことがあるのだろうか。
そして先祖も同じように駆けたのだろうか。
「私にはきっと、仇の血が流れている……」
胸元に手をあててそう呟いた。
確信などないが、直感がそう告げている。
そして占い師である以上、自分の直感は信じることにしていた。
「海が好きだな」
突然の声に驚いた。
振り返ると陽に染まった尚隆がいた。
「い……いつからいたの?」
その問いかけに答えはなかった。
黙っての隣に並ぶ尚隆。
見とれている自分に気が付くのに、しばらくの時を要した。
「お仕事は……いいの?」
「効率が落ちてきたと言ったら休憩だと言われた。またすぐに戻らねばならん」
やれやれと言ったような態度がおかしかった。
尚隆と同じように海に目を向ける。
きらりと揺らめく水面に負けぬように笑顔を作った。
「初めて瀬戸内の海を見たとき……とっても驚いたのを覚えているわ」
「驚くほど荒れていたのか?」
「逆よ。波が全然ないから湖だと思っていたの。水平線の見える湖なんて、ちょっとびっくりじゃない?それが横に長くずっと……ずうっとどこまでも続いているんだもの」
国道沿いにどこまでも続く海。
県を跨って続く海の道。
その昔、国を跨って続いていた風景。
「なるほど。大きな湖だな」
「ふふ。確かに波乗りなんて出来ないわねって思ったわ。その代わり空の色がとても綺麗に映えるの。波が邪魔しないから」
「波乗りとは?」
「サーフィンって言うのよ。そうね……体よりも大きな板で波に乗る……遊びだったり、競技だったりするものよ。瀬戸内ならそれこそ驚くほど荒れていないと駄目ね」
瞬く光に消されぬよう、さらに笑顔を意識する。
瞳を陽に染まる海に向けたまま、さらに続けて言った。
「ね、私やっぱり子孫だと思うの、その昔村上と呼ばれた水軍の」
手をぎゅっと握って早口で言う。
「でもね、関係ないわ。だって私は私よ。自信を持って生きなきゃレギーナを名乗る資格がないわ。だから私はではなく、レギーナとして言うわ」
柔らかくなっているが、直視するには陽の光は強すぎる。
それでもは見続けた。
その瞳に映る陽は瀬戸内の陽と同じ色。
「私は尚隆が好きなの。いつからか分からない。でも……気がついたら好きだった」
陽を見つめていた瞳は閉じられた。
肩は緊張から小刻みに震えていたが、まだ重要な事を言い終えていないは、最後の気力を振り絞るように瞳を開いた。
「だから、私は決めたの。あなたを信じるって」
尚隆に顔を向ける。
視界の端で尚隆の腕が自分にかかりそうなのを見つけたが、勢いがついた心のままに口を開く。
「……巧で国主と名乗っていた男がいる」
「……」
決然(けつぜん)とした声に、尚隆は腕を戻しての瞳を見つめた。
「山岡さんは生きてる。私はあの人にここから連れ出されたの。でも巧では彼ではない誰かが……国主だと名乗っていた。その人と対面する前に、尚隆が助けに来てくれたの」
春官府に勤めている偃松(えんしょう)が限りなく怪しい。
だが証拠がない。
もちろん動機も分からない。
巧で国主と名乗った男が偃松であるなら、山岡と同時に姿を消すはずではないのか。
だがその後、と偃松は宮城で会っている。
しかし巧に連れて行かれた時間を考えると不可能ではない。
内史不在の内史府がどれほど機能しているか分からないが、調べれば不在期間は分かるだろう。
「今まで、信じていなかったと?」
ぽつりと尚隆が言う。
「へ……?」
予想外の返答に間抜けな声が出た。
「疑われるほどの行動をとった覚えはないのだが」
顔は笑っていたが、目が笑っていないように見えた。
「あ……それは……その、一通り全員疑ってみないと……平等にね?」
「小宗伯は欠片ほども疑っていなかっただろうに」
「う……せ、先輩は特別で……」
「俺はその他大勢だったわけだな」
にやりと笑った目がに向かう。
すでに逃げ腰になっていたは、引けた腰のまま海に顔をやった。
目のやり場に困ったからだ。
「だから、信じるって言ったでしょう?」
欄干に腕を乗せて頬杖をついた尚隆が横にいた。
その余裕の構えに焦りを覚える。
「信じているのをどう信じればいい?」
困った、と心の声が言う。
もっと深刻な話し合いになる予定だったのに、これは想定外だ。
「あ……のね?」
なんだと瞳で語りかける尚隆。
破裂しそうな心臓を抱えるように胸元に手を置いた。
その手を尚隆の目元にやる。
視界をそっと隠すと、掠めるような口付けをする。
しかしあまりの恥ずかしさにいたたまれなくなり、尚隆の反応を見ずにその場から逃げ出した。
駆け込むようにして房室へ戻った。
走れるほどに回復しているとは気付かずに、張り裂けそうな鼓動を感じていた。
「ばか、なんで逃げてきちゃったのよ」
山岡が生きている事をどちらが小宗伯に告げるのか、それを相談したかったのに。
「どうしよう……」
房室を行きつ戻りつしながら考える。
今更戻ったところで、尚隆はもういないだろう。
すぐに戻ると言っていたのだから。
街で偃松らしき人物を見かけた事は言うつもりであったが、山岡と一緒にいた事を合わせて言うかどうかを迷っていた。
「ふう……」
いずれにしても小宗伯と話すのは明日である。
今晩は尚隆も来ないだろう。
「明日、先輩に会うまでになんとかしなきゃ」
そう呟いて自分の心に整理をつけると、さきほどの光景を思い出してまた一人照れる。
しばらくすると我に返り、頭を振って映像を追い出した。
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