ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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里謡と別れた

房室に戻って一人考え込んでいた。

「山岡さん……」

見たことを伝えるべきだと叫ぶ心、生きていると伝える事によって、小宗伯の衝撃を想像し言いだせない心。

どちらの心に従えばいいのだろう。

「何故伝えるべきなの?」

当然である。

大卜(だいぼく)が山岡を殺した事になっている。

だが、殺されたはずの山岡は生きている。

では大卜が死んでいる事や、自分を攫(さら)った事を考慮すると、次の動きにでる前に警告が必要になる。

では何故それを尚隆や小宗伯に言うことを躊躇(ためら)っているのか。

「もちろん、先輩が傷つくからだわ」

山岡が大卜殺害を行った可能性が高いからだ。

以前もそう考え、小宗伯が目の前にいるのに言い出せなかった。

だがその時、言わねばならぬと警告する声があった。

ではその警告音の正体とは何か。

その正体が分からなければ、誰にも言えないような気がした。

「あの時彼は……」

他国で出会った山岡は、ここで楽しく会話した時の表情を欠いていた。

時折、悲しげな目を見せるものの、恐ろしい表情をすることが多かった。

「それでも、狂気のない目」

捨て切れぬ優しい心。

しかしその話を本人に告げると、傷口を掴んで黙らせようとした。

その時の表情を小宗伯が見れば、きっと酷く心を痛めるだろう。

「そうか、そうだわ」

恐ろしい表情をした山岡を思いだしたは、さきほどから疑問に思っていることの答えがふいにわかった。

「先輩に……いえ……尚隆に告げなきゃ」

警告音の正体が分かったのだった。

「どうして今ままでこんな簡単な事に気がつかなったの……私」

山岡が犯人である事を知れば、小宗伯の悲しみは増すだろう。

だが山岡が犯人であるのなら、小宗伯への接触はないのだろうか。

下手をすれば小宗伯も巻き込まれる可能性がある。

一番恐ろしいのは、山岡が小宗伯に危害を加えようとすることだった。

犯人である事実を知った時の悲しみや衝撃より、殺されそうになる時の衝撃の方がより激しいものとなるだろう。

犯人であることは避けようのない事実。

それなら最小の傷で留めておくべきだった。

生きていると知っておかなければ、危険である。

疑問が解けて少しすっきりした。

次に尚隆が訪ねてきたら告げようと房室を出た。

























「いつの間にか夕方なのね……」

思考に疲れた頭を休めようと房室を出た

いつか尚隆と眺めた雲海の見える露台へと辿り着いた。

陽の光を反射する水面。

橙と赤が瞬くその景色は、いつかのように瀬戸内を思い出させた。

「瀬戸内の海賊……」

陸と陸に挟まれた穏やかな海を、尚隆は駆けたことがあるのだろうか。

そして先祖も同じように駆けたのだろうか。

「私にはきっと、仇の血が流れている……」

胸元に手をあててそう呟いた。

確信などないが、直感がそう告げている。

そして占い師である以上、自分の直感は信じることにしていた。

「海が好きだな」

突然の声に驚いた

振り返ると陽に染まった尚隆がいた。

「い……いつからいたの?」

その問いかけに答えはなかった。

黙っての隣に並ぶ尚隆。

見とれている自分に気が付くのに、しばらくの時を要した。

「お仕事は……いいの?」

「効率が落ちてきたと言ったら休憩だと言われた。またすぐに戻らねばならん」

やれやれと言ったような態度がおかしかった。

尚隆と同じように海に目を向ける。

きらりと揺らめく水面に負けぬように笑顔を作った

「初めて瀬戸内の海を見たとき……とっても驚いたのを覚えているわ」

「驚くほど荒れていたのか?」

「逆よ。波が全然ないから湖だと思っていたの。水平線の見える湖なんて、ちょっとびっくりじゃない?それが横に長くずっと……ずうっとどこまでも続いているんだもの」

国道沿いにどこまでも続く海。

県を跨って続く海の道。

その昔、国を跨って続いていた風景。

「なるほど。大きな湖だな」

「ふふ。確かに波乗りなんて出来ないわねって思ったわ。その代わり空の色がとても綺麗に映えるの。波が邪魔しないから」

「波乗りとは?」

「サーフィンって言うのよ。そうね……体よりも大きな板で波に乗る……遊びだったり、競技だったりするものよ。瀬戸内ならそれこそ驚くほど荒れていないと駄目ね」

瞬く光に消されぬよう、さらに笑顔を意識する。

瞳を陽に染まる海に向けたまま、さらに続けて言った。

「ね、私やっぱり子孫だと思うの、その昔村上と呼ばれた水軍の」

手をぎゅっと握って早口で言う。

「でもね、関係ないわ。だって私は私よ。自信を持って生きなきゃレギーナを名乗る資格がないわ。だから私はではなく、レギーナとして言うわ」

柔らかくなっているが、直視するには陽の光は強すぎる。

それでもは見続けた。

その瞳に映る陽は瀬戸内の陽と同じ色。

「私は尚隆が好きなの。いつからか分からない。でも……気がついたら好きだった」

陽を見つめていた瞳は閉じられた。

肩は緊張から小刻みに震えていたが、まだ重要な事を言い終えていないは、最後の気力を振り絞るように瞳を開いた。

「だから、私は決めたの。あなたを信じるって」

尚隆に顔を向ける

視界の端で尚隆の腕が自分にかかりそうなのを見つけたが、勢いがついた心のままに口を開く。

「……巧で国主と名乗っていた男がいる」

「……」

決然(けつぜん)とした声に、尚隆は腕を戻しての瞳を見つめた。

「山岡さんは生きてる。私はあの人にここから連れ出されたの。でも巧では彼ではない誰かが……国主だと名乗っていた。その人と対面する前に、尚隆が助けに来てくれたの」

春官府に勤めている偃松(えんしょう)が限りなく怪しい。

だが証拠がない。

もちろん動機も分からない。

巧で国主と名乗った男が偃松であるなら、山岡と同時に姿を消すはずではないのか。

だがその後、と偃松は宮城で会っている。

しかし巧に連れて行かれた時間を考えると不可能ではない。

内史不在の内史府がどれほど機能しているか分からないが、調べれば不在期間は分かるだろう。

「今まで、信じていなかったと?」

ぽつりと尚隆が言う。

「へ……?」

予想外の返答に間抜けな声が出た。

「疑われるほどの行動をとった覚えはないのだが」

顔は笑っていたが、目が笑っていないように見えた。

「あ……それは……その、一通り全員疑ってみないと……平等にね?」

「小宗伯は欠片ほども疑っていなかっただろうに」

「う……せ、先輩は特別で……」

「俺はその他大勢だったわけだな」

にやりと笑った目がに向かう。

すでに逃げ腰になっていたは、引けた腰のまま海に顔をやった。

目のやり場に困ったからだ。

「だから、信じるって言ったでしょう?」

欄干に腕を乗せて頬杖をついた尚隆が横にいた。

その余裕の構えに焦りを覚える。

「信じているのをどう信じればいい?」

困った、と心の声が言う。

もっと深刻な話し合いになる予定だったのに、これは想定外だ。

「あ……のね?」

なんだと瞳で語りかける尚隆。

破裂しそうな心臓を抱えるように胸元に手を置いた

その手を尚隆の目元にやる。

視界をそっと隠すと、掠めるような口付けをする。

しかしあまりの恥ずかしさにいたたまれなくなり、尚隆の反応を見ずにその場から逃げ出した。































駆け込むようにして房室へ戻った

走れるほどに回復しているとは気付かずに、張り裂けそうな鼓動を感じていた。

「ばか、なんで逃げてきちゃったのよ」

山岡が生きている事をどちらが小宗伯に告げるのか、それを相談したかったのに。

「どうしよう……」

房室を行きつ戻りつしながら考える

今更戻ったところで、尚隆はもういないだろう。

すぐに戻ると言っていたのだから。

街で偃松らしき人物を見かけた事は言うつもりであったが、山岡と一緒にいた事を合わせて言うかどうかを迷っていた。

「ふう……」

いずれにしても小宗伯と話すのは明日である。

今晩は尚隆も来ないだろう。

「明日、先輩に会うまでになんとかしなきゃ」

そう呟いて自分の心に整理をつけると、さきほどの光景を思い出してまた一人照れる

しばらくすると我に返り、頭を振って映像を追い出した。



続く






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