ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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島を彷徨っている内に、日没が訪れる。

西であろう空は朱に染まり、惨状を思い出さずにはおれない。

それは無情な風景のように見えた。

闇を運び、世界を蹂躙(じゅうりん)するもの。

があの地震に巻き込まれたのは、夜中に近い時間だった。

時を同じくして、この島も襲われているはずだ。

夜を迎えるのが恐い。

また、あれがやって来ないと、誰が言えようか。

そして今度こそ、の命を奪っていくかもしれなかった。

それが堪らなく恐い。

















夜になってしばらく、は空が曇り出した事を悟った。

方角を特定することが出来なかった昨夜とは違って、太陽と同じような軌道を描く月だけが頼りだった。

しかし雲ってしまえばまた方角を見失う。

焦り始めたの頭上で、無情にも天は閉ざされた。

ぎゅっと自らを抱きしめるようにして、はその場に座り込む。

疲労に体が悲鳴を上げていると同時に、心が恐怖を叫んでいる。

何に対してかも分からないまま、それでも縋(すが)るものを見つけようと瞳だけは動いていた。

遠くに茂みが見える。

何とかそこまで辿り着こうと足を出した。

もう、何もかもが限界だと思う。

靴も底に穴があいたようだ。

足を守る機能を、どれほど果たしているのだろうか。

着替えたおかげで、服はあまり汚れていないが、それでも最初のものと比べてである。

血がついていない、切れていないと、その程度の事だった。

茂みに入り込み、低木を倒して眠りについたのだから、泥や木の葉が付着していて当然だった。

そして今のには、それに気付く余裕もなかった。

喉は渇き、体力は無駄に消耗されている。

発見したものと言えば、あの惨状のみで、他には特に何もない。

くらりと視界が歪むのを感じた。

茂まではあと少し。

しかしそれが今のには遠い。

足が覚束(おぼつか)ない事も無自覚のまま、茂みに到達した時には安堵の息が漏れた。

それと同時に意識は衰退を始めた。

































「ん…」

何かの音に意識が浮上する。

瞳を開けると起きあがり、何事かと辺りを見渡した。

上空から降るような音に見上げた

そこに信じられないものをみた。

巨大な鳥が島の上を旋回していたのだ。

これまで見たことがないほど大きな鳥。

あれは何だろうかと見上げたまま考える。

「夢、かな?」

が自分で思った以上に乾いた声が喉元を過ぎた。

鳥は宙で捻(ひね)るように廻り、地上めがけて落下を始める。

その落下地点は、の頭上である。

しかしそれを避ける体力がすでにない。

ぐんぐん近付いてくるそれをぼんやり眺めていると、急に現実を帯びて危険を察知した。

鋭利な爪が目前に迫っている。

「く…!」

何とか避けねばと、体を捻った。

強烈な風が背中を掠めて去っていく。

「こわ、い…」

気力のない声とは裏腹に、早鐘を打つ胸元に手を当てて、大きく息を吐き出した。

しかし立ち上がって逃げる体力はどこにも残されていない。

背後から同じような音が聞こえた。

辛うじて頭だけで振り返ると、すでに間近に迫った鋭い爪が目に入る。

顔を背けて目を閉じた直後、肩に衝撃が走って体が一瞬宙に浮いた。

言葉にならない悲鳴が喉を通り、なま暖かいものが背中を伝う感触。

ぐらりと視界が傾いた。

このまま目を背けていれば、命はないと咄嗟(とっさ)に思う。

落ちそうになる意識をなんとか呼び戻し、首を動かして状況を把握(はあく)しようとした。

頭上にいる獣の足には鋭い爪が見えており、そこから何かが滴っていた。

激痛が走っている右肩。

何が滴っているのかは容易に想像出来る。

右手は麻痺しているようだ。

動く左手で体を起こし、陽を背に足を出す。

一度動いてしまえば次は簡単だった。

焦りからいつのまにか走っている。

すぐに追いつかれるだろう事は想像していたが、本能が逃げよと命じる。

隠れられそうな場所を探そうと、走りながら四方を見回す。

「!」

突風が体を襲った。

爪にはかからなかったものの、獣の怒っているような鳴き声が頭上から聞こえる。

痛みすら忘れて足を速めた

そのおかげか、視界が変わる。

「海」

小さく呟いた直後、再び突風が背後から迫る。

あまりの強風に体が浮き、同時に顔に衝撃があった。

「痛っ!」

刹那、瞳を閉じた。

鞄(かばん)が顔に当たったのだ。

「あ、そうだわ…」

ふと、クラッカーの存在を思い出した。

しかしあの大きさの獣に、小さなクラッカーでどれほどの効果があるのだろうか。

なおも足を進めながら考えていると、突然視界が開けて、己の行く先が分かった。

「そんな…!」

視界の先は海だったが、浜辺へ続く道はない。

この先は恐らく絶壁。

高さは分からないが、端まで言ったら、右か左に折れなければならない。

「ううん、そんなことをしたら…」

きっとおしまいだと、強く思った。

鞄にいれたままのクラッカー。

これで少しは驚くだろうか。









クラッカーを出して走る。

やはり絶壁なのだと確信をもちながら、麻痺したままの右手で紐を指に絡める。

これ以上進めないところまでくると立ち止まる。

振り返って鳥に向き直った。

鳥の爪はすぐそこにあった。

「今だわ」

鳥に飛びかかるようにして跳ねると同時に、勢いよく引かれた紐。

小さな爆発音に鳥は驚き、宙で立ち止まるような体勢になった。

は鳥の起こした風に乗り、海に向かって落ちていく。

随分近いと思っていた海は、想像を超えて遠かった。

海面が近付いて来たと思った瞬間、大きな衝撃が全身を襲った。

透明度が判断を狂わせたのかもしれない。

そのあまりの痛さ、衝撃に、は気を失った。













































何やら騒がしい物音に意識は呼び戻される。

人の声だとすぐに分かったは、固く閉じられた瞳を、こじ開けるようにして動かした。

眩(まぶ)しい光が瞳を覆い、慣れるのにしばしの時を要す。

慣れてくると大勢の男が覗き込んでいるのが見えた。

何事かと体を起こそうと力を入れた瞬間、激痛に体が跳ねる。

仰向きから、半身だけうつ伏せになって痛みに耐えていると、狼狽(ろうばい)したような男達の声が上がる。

しかし何を言っているのか分からない。

ばたばたと走るような足音と叫ぶような声に、自分の状況が良くないものだというのは分かった。

背中の激痛が酷く、水が滴るような感触が全身にあった。

血なのか水なのか分からない。

痛みが麻痺していて、背中以外は無機質に感じられた。

半身をうつ伏せたまま、左腕の力だけで上半身を起こし、状況を把握しようと辺りを見回す。

木の柵、木の柱、白い帆、蒼穹(そうきゅう)…そしてちらりと見える海。

「ああ、船だ」

小さく呟かれた声が廻りに聞こえたのか、男の一人がに顔を寄せて何事かを問いかけた。

しかし何を言われたのか理解出来ず、目を見開いたまま固まっていた。

そこへ布を持った男が駆け込んできて、の背中へ持っていく。

ぎゅっと押しつけられるような感触の後、鋭い痛みが全身を襲う。

そのあまりの痛さに呻(うめ)くことも出来ず、再び意識を手放してしまった。



















意識から浮上する直前、柔らかい布団の感触を頬に感じた。

「ああ、そうか…ここって私の家だわ。恐い夢…」

そう呟き、体勢を変えるために体を動かす。

「つっ…!」

全身を駆けめぐった激痛に驚き、急いで瞳を開けた

頭だけを動かして見ると、広いベッドの中で眠っていたことを知った。

布で固く結ばれた胴が少し息苦しい。

止血のためだろうか。

少し力を入れるだけで痛い。

「病院…では、ないわよね…」

高級ホテルのような作りの部屋だった。

今までこんな豪華な所は見たことがない。

西洋と東洋が見事に一体化した内装である。

しかし、今の自分の状況では、豪華なホテルより、小さくとも病院のほうがありがたい。

念のために枕元を確認してみたが、ナースコールのようなものは見あたらなかった。

フロントへ続く電話も、寝ている視界の中にはなかった。

だが、これではどうしようもない。

何故自分がこの場所にいるのか、誰がここまで運んでくれたのかさっぱり分からなかった。

「あの…すいません。誰かいませんか?」

部屋の中からの返答はもちろんなかった。

そこでもう少しだけ声を張り上げて言う。

「誰、か…!」

そこまでしか言えなかった。

背中に負った傷のせいである。

しかしそれでも充分だったようだ。

すぐに扉の開く音が聞こえた。

覗き込むようして現れたのは、の借りていた衣装と同じような格好の女性だった。

女性は柔和に微笑むとに話しかけた。

しかし何を言っているのか分からない。

まただ、とは思う。

あの島から海に落ちて、中国にでも流れてしまったのだろうか。

そう思ったのは、女性の服がどことなくそのように見えたからだ。

目を見開いたまま固まっていると、女性は慌てて部屋を出ていった。

ややして古風な医者らしき人物が現れる。

医者は何事か問いかけてくるが、やはり言葉を理解することが出来ない。

ゆえに何も返せなかったのだ。

ただ呻くような声しか出すことが出来ない。

もちろんそれは怪我のせいではなく、ただ精神的な衝撃によってである。

しかし医者は勘違いしたのか、首を横に振って女性に告げる。

言っている事は分からなかったが、今はまだ駄目だとか、回復を待ったほうがいいとか、そう言った内容であろうと想像する。

呼ばれたついでなのか、医者は女性に指示して布を持ってこさせた。

何をするのだろうと思って見ているを俯かせ、服を剥ぐと傷口にあてている布を切りだした。

羞恥(しゅうち)よりも先に激痛が訪れ、手を握って痛みに耐える。

布は切り終わると取り払われるのだが、これがまた痛かった。

固まった血と皮が張り付いて、それが音を立てて剥がれていく。

握ったその手がすでに麻痺していたが、それでも痛みだけは麻痺せずに、激痛は未だ続いている。

新しく布が巻かれると、ほっと息を吐き出す。

処置が終わると仰向けになったが、痛さで現れた涙のせいで世界が滲んで何も見えない。

するとふいに首が持ち上げられ、管のようなものが口元に当てられた。

水だろうかと思った直後、苦いものが喉を通る。

むせそうになるのをなんとか堪えたが、その臭みに吐き気をもよおしそうだった。

再び管があてられ、もう無理だと拒否したかったが、どうにもそんな体力すらないようだった。

幸いにも、流れて来たのは水だったからよかったのだが。

水を飲み終わると、急激に意識が薄れ始める。

さきほど飲んだ苦いものが原因だろうかと考えながら、まどろむ眠りの中へ進んでいった。

























再び揺れるような感触に、はうっすらと瞳を開けた。

また船だろうかと思ったのだが、外の世界は一切見えない。

黒塗りの木材で作られた箱のようなものに乗っている。

揺れていると言うことは、移動しているのだろうか。

医者らしき者に見せられていたから、手厚い看病を受けていたと捉えていいだろう。

ゆえに生死に関わる不安はなかったが、理解出来ない事柄が多すぎる。

しかし揺れる度に痛みが増してきて、次第に何も考えられなくなった。

そのまま瞳を閉じると、再び埋没してゆく意識を感じたが、それを止める術も今は見つからなかった。



続く






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