ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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次に意識が浮上したのは、激痛によってだった。

ベッドの上で治療を受けているのだと理解するまでに、しばしの時を要した。

しかし意識を保ったままそれに堪えた。

治療が終わると医者の側にいた女官が問いかけてくる。

「お加減はいかがですか?」

久しぶりに聞いた母国語に、涙が溢れそうになった。

「ここは…どこですか?」

「雁州国は横流郷(おうりゅうごう)でございます。王宮に連絡もしておりますから、すぐに迎えが参りましょう。今後のことはそれから考えるとして、今は心安らかにご静養下さいませ」

言葉は分かるが、その内容が理解できない。

今、この女性は何国と言ったのか。

その後の言葉はどう言う意味が含まれているのか。

ただ眠ってもいいのだと言われていることだけが理解出来た。

親切そうな女性の笑みに助けられ、は深い眠りの淵へと落ちていった。




























しばらくその場で療養し、起きあがれるようになると、男が一人尋ねて来た。

やはり見慣れない服装であるが、上等な服を着ているところを見ると偉い人物なのだろう。

「基本的な事をお聞きいたしますが、今後の貴女様の為、ご協力のほど、よろしくお願い申し上げる」

堅苦しい言い方にこの人もかと、少し辟易(へきえき)する。

初めは母国語を話す女性に感動したのだが、あまりに丁寧過ぎる言葉や言い回しに馴染みが無い。

医者も女性もそんな調子で話しかけてきたが、この男までもがそうだ。

「蝕(しょく)に巻き込まれましたか」

「蝕?」

「覚えておりませんか?」

蝕が何か分からないんですとは、言い出すことが出来なかった。

さも常識であると言った様子の問いかけであったからだ。

「貴方様はどこの国の台輔です?」

「私が…何?国を言うのなら日本ですけど…」

「なんと、日本からお越しですか!」

驚いた様子の男に、は少し身を引いて頷く。

「念のためにお聞き致しますが…貴女様の称号は?」

「私の…??」

訳されているとは知らず、は聞こえた言葉を呟いた。

ちらりと横に視線を動かし、これの事かと考える。

横にはの着ていた衣服が掛けられている。

悦恋(えつれん)から借り受けていた衣装。

これのことを聞いているのだろうか。

「これは、私のものではありません。一緒に仕事をしていた人の服なんです。悦恋と言う女性なんですけど…。それで、職場で私はレギーナと…」

「そ…それは!…真でございますか?」

「え?…ええ」

驚いた様子の男に、も驚いてしまった。

何が彼を驚かせたのか分からぬまま、次に何を言えば良いのか考えあぐねている。

すると男はおもむろに立ち上がり、深く腰を折って言った。

「どうやらわたしの手に負えない事態のようでございますね。すぐに国府に奏上し、指示を仰ぎとうございます」

そう言うと、男は部屋から出ていった。

何が起きているのか理解できないは、ただ唖然としてしばらく固まっていた。

「先輩…」

ふと口をついた呟きに、自ら驚いて我を取り戻す。

古い記憶が、何をきっかけにしたのか分からなかったが、急激に思い起こされた。

「先輩も…こんな風に知らない所に行ったんですか?」















それはもう随分と前。

まだが高校生で、アルバイトをしていた時に知り合った人物だ。

後輩の面倒見が良く、仕事に厳しく責任感が強い。

とても綺麗な顔立ちの女性だったが、それを鼻にかけた様子もなく、の憧れの人だった。

彼女はある日突然姿を消した。

のせいで従業員ともめ、その次の日から来なくなった。

これだからアルバイトはと、原因となった従業員が店長にぼやいているのを聞いた。

それから数日後、原因不明の失踪であることを知る。

アルバイト先から帰宅するまでの間、忽然と姿を消した。

それを知ったのは、バイト先に警察が聞き込みに来たからだ。

警察の口振りで、誘拐ではないらしいと言うことは分かったが、個人的な付き合いがそう深くなかったにとって、それ以上は知る術がなかった。

ただ何かの事件に巻き込まれた可能性は高いと言われ、ショックを受けたのは覚えている。

しかしそれも時間が経つと、自然に忘れられていく。

家出したのだと言う話も誰かから聞いたが、どうにもそれを信じられなかった。

だが、今の自分の状況に置き換えてみればどうだろうか。

見知らぬ土地に辿り着いたのだとしたら?

どうやら日本ではないようだが、日本語が通じる者もいる。

地震に遭遇した時に海を越えたのだとは思えないが、現にこうして他国らしき場所にいるのだから、そう思うよりないのだろう。

星座が分からないほど遠くの国に自分はいる。

あまり考えたくない事だが、生きていた…知っていた世界とは違った世界なのかもしれない。

自分がこういった不可思議な事態に陥ったのだから、先輩がそうでなかったと言い切れるだろうか。

少なくとも、何かの事件に巻き込まれて、死体すら見つかっていないと考えるよりは良い。

「こんな風に…怪我をしてなければいいんだけど」

はまだ痛む体をゆっくりと横たえ、瞳を閉じると深い眠りに誘われていった。












































「なあ、なんだっておれまでこんな目に遭うんだ?」

金の髪がさらりと揺れ、硝子を通して射し込む鬱金(うこん)に瞬いた。

恨めしげに見つめた主は振り向きもせず、御璽を片手に作業を続けながら答える。

「王と麒麟は一蓮托生だからじゃないのか」

「おまえが祭祀を忘れて出かけたからだろ!」

「抜け出す直前に見つかるような事はしていないがな」

以前、逃げ出す直前、内史に掴まってしまった事を言っているのだろう。

随分と前の話になるが。

それから見張りが強化されたのは、言うまでもない。

「目の利く女官がいるんだ。確か里謡(りよう)と言ったかな…」

今にして思えば、と六太が溜息とともに言った。

「春官府から移動してきたんだよな、里謡って。あそこは長官と次官があれだから…」

そのおかげで、悲しいくらい教育が行き届いていると言って、六太はさらに深い溜息をついた。

明日の祭祀が終われば、少しは楽になるだろうかと、不安げに筆を持ち直した六太。

今までで一番大きな溜息が房室に流れた。


































翌日、まだ未明の頃。

王の近辺に詰める者は一様に緊張を高めていた。

ここで逃げられたとあっては、夏官の名折れ、天官の名折れと、暁鐘(ぎょうしょう)も聞かぬ内に動き始めていた。

王の自室の外に配置された者も、眠い目を擦りながら見張りを続けている。

そこへ声がかかった。

「まだ暗い内からご苦労様です」

禁軍の伍長である彼は、声の主を捜そうと体を捻る。

「あ、大宗伯。こんなに早くからどうされたのですか?」

「少し心配になりましてね。色々と見ていたのですが、禁門へ抜ける辺りが薄い配置になっておりますね」

「え?それは問題では…」

「さて、どうでしょうね。内殿から逃がさねば、問題ないのですが」

「それはそうなのですが…心配になってきました。少し様子を見て参ります」

「そうですか。では頼みましたよ」

そんな会話に聞き耳を立てる者がいた。

朱衡と夏官の会話は窓際でのこと。

すぐ側の房室の中にまで聞こえていたのだ。

人気のなくなった庭院へ向けて、窓が開かれたのはそれからすぐの事だった。









































不可思議な質問をされて三日後の事。

また違った男が部屋の中に入って来て、椅子に座って様子を窺(うかが)っている。

男がいると気付くのに遅れたのは、飲み続けている薬湯の睡眠作用によるものだった。

扉の閉まる音に浅い眠りから目を覚ますと、何かの気配が有ることに気が付いた。

そこで身を起こし、辺りを見回してみて気が付いたという訳だ。

「誰…?」

「お前が女王と名乗った女か」

「女王?私が?」

「そうだ。郷長に問われただろう。号を名乗れと」

「号…?誰に問われたの…?」

男は物静かに問うていたが、そこからは威圧感が漂っている。

萎縮(いしゅく)するように肩を竦めた瞬間、先日問われた事を思い出した。

「職場の事を聞かれた時の話でしょうか…?レギーナと呼ばれていたと、そう言った事は確かですが…ラテン語をご存じだったんですね。確かに、ラテン語でレギーナは女王と言う意味を持ちますから」

「何語と?」

「ラテン語ですか?色々な国の元となった言語です。今は一国を除いて、ほとんど使われることはなくなった言葉ですが…外国では詩なんかにも使われていて、日本では商品名によくなっていますね。もちろん、私のような者も利用するわけですが…」

「ような者、とは?」

「私は占い師です。西洋の占いを仕事としています。私の着ていた服は同僚のもので、少しみなさんの服と似ているようですが、もともとは違った服装でした。ただ…大きな地震に飲み込まれて怪我をしたんです。その時着ていた服があまりにも酷かったので…」

急激に思い出される辛かった時間。

一呼吸置いたは再び語る。

「同僚から借りていた服に着替えたんです」

「その髪の色は?」

「染めています。ジプシー占いが専門だったので、それらしく見えるように金に染めたんです」

「やはりな」

男はそう言うと笑い、立ち上がって窓に向かった。

窓を大きく開け放ち、外を眺めているその背からは威圧感が消えていた。

その様子を見て、少し不安になった。

今答えたことによって、自分の今後が決まるのだろうか。

男の端正な横顔が陽に照らされ、冷たい風が室内に流れ込んできた。

その顔を見ていると、今感じたばかりの不安が薄れて行く。

不思議な空気を纏(まと)った人物だと思った。

寒かったのか、気遣ってくれたのか、男はすぐに窓を閉めると、の近くに戻ってくる。

と言います。あなたは誰?」

「尚隆だ。なおたかと書く。他国の麒麟が雁に庇護(ひご)を求めて来たと聞いて、国府から人を寄越す相談をしていたが、先に様子を見に来た」

「…しょうりゅう?他国?ここは…日本なんですか?」

こちらに来て初めて、それを口に出して問うた。

その瞬間、虚しい風がすり抜けて行った事に、自身驚きを隠せなかった。

そんな心情を知ってか知らずか、尚隆は否定的な言葉を発す。

「いや、日本ではない。雁と言う名の国だ。もちろん、中国でもない。蓬莱からの視点で簡単に言うと、影の国だ」

やはり、と頷きながら更に質問を重ねた。

「影の国とは、どういう意味ですか?」

「それを聞く覚悟はあるか?」

逆に問われたは、一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。

目前の人物は全てを分かっているようにの返答を待っている。

影の国と言ったこの人物なら、の疑問をすべて教えてくれるだろう。

は尚隆の目を見ながら頷き、口を開いた。

「…では、教えて下さい。この国の…いいえ、この世界の事を」

意を決した瞳を確認したのか、尚隆はゆっくり頷いて口を開く。



続く






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