ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


=7=



翌朝、目覚めると、昨夜よりも視界がすっきりしていることに気が付いた。

いや、視界だけではない。意識もすっきりしている。

どこか晴れ晴れとした気分で窓へ向かった。

不思議な模様を描く格子が嵌(はま)っている。

それに手をかけて開くと、眩しい日の光が射し込んできた。

「ストレスだったのかしら…」

恐怖、混乱、痛みによって涙を流した事はあった。

だが、いつも何かに遮(さえぎ)られていたように思う。

泣いている場合ではない状況が続いていたのだ。

それがようやく安堵できた。

知っている人物に再会し、その優しさに触れて心に堪(たま)っていたものを吐き出すことが出来た。

陽は寛容(かんよう)にの顔を照らし続ける。

瞳を閉じても世界は明るい。







































見知らぬ者がを訪ねてくるのは、これで幾人目だろうか。

粥を少し食べたところで来訪者があった。

「内史(ないし)を勤めさせて頂いております、山岡 亮(やまおか あきら)と申します。小宗伯以外は、岡亮(こうりょう)と呼びますので、どちらで呼んで頂いても結構です」

「初めまして…。先輩だけがそう呼ぶと言うことは、お二人は特別な関係なんでしょうか?」

「とんでもない。ただ同郷であったから、馴染みのある名でお呼びになっているだけでしょう」

「あの…いきなり失礼かも知れませんけど、こちらの人ってそう言う話し方が普通なんですか?」

「ああ、いいえ。慣れませんか?」

「そう、ですね…。慣れません、まったく。なんだか緊張してしまいます」

「そうですか。じゃあ、少し崩させてもらいましょうか」

「お願いします」

はそう言って頭を下げた。

しかしふと顔を上げて問いかける。

「山岡さんは、先輩と同郷って言いましたよね?ってことは日本から来たんですよね?」

「そう。小宗伯とは同級生で…」

「え!?」

「年は仙籍に入ると止まりますからね」

「そうだったんですか…じゃあ、本当に敬語なんていらないです。私の方が年下ですから。それにしても先輩、八年前と変わっていないと思ったら…年とってなかったんだ…」

「そう、そうだな。でも、あいつって小学校の時からあんまり変わってないと思う。俺も小学二年の時以来会ってなかったけど、すぐに分かったよ。八年前だから十九かな。十年近く会ってなかったのに、不思議だよな」

完全に崩れた感じの話し方が好感を引き寄せる。

「やっぱり山岡さんも、こうやって日本から来た人に色々教えてもらったんですか?」

「いや、俺は海客と出会うのに三年はかかったな。それも何かを教えてもらえるような状況ではなかったし」

「じゃあ…私は幸運だったんですね。日本から来た人と会うことが滅多にないのなら、先輩と言う知り合いに出会える事は、皆無に近いと言う事でしょう?」

「そうだな。それを言うなら、あいつが一番幸運かな。二人も知り合いに出会ったんだから。それに蝕を経験していない」

「え?そんな事もあるの?」

「おっと…これは俺が知っているって内緒にしておいてくれよ。あいつは知られてないと思っているだろうから。凄(すご)く気にしてるんだ。蝕に遭(あ)っていないことに、引け目すら感じているからな」

「蝕(しょく)によってでしか…こちらに来れないと聞いたんだけど…。蝕は自然の摂理に反することで、どこで起きるか予想も出来ない災害なんでしょう?だからこそ、日本には帰れないと聞いたんだけど」

「そう、俺もそう聞いていた。だけどあいつがここにいる。何かの事故か、そう言った事もあるんだろう。詳しいことは分からないが、調べてみる価値はあるだろうな」

偶然の事故、そんな言葉をどこかで聞いたような気がした。

「じゃあ…ひょっとしたら、日本へ戻る可能性もある?」

「ひょっとしたら、だけどな。そうだな、実を言うと、それについて調べているところだ」

「そうですか。じゃあ、何か進展があったら教えて下さいね」

「分かった。約束する」

そう言うと、山岡は仕事が残っているからと退出していった。





























それからしばらくすると、いつかの男が訪ねてきた。

「どうだ、調子は」

「あ…尚隆さん、でした?」

頷いた顔は軽い笑みを湛(たた)えている。

「少しは元気になったようだな」

「おかげさまで。ねえ、あなたも日本から来たの…?」

「そうだな。随分昔の話になるが」

「どれぐらい昔?」

「五百年ほど昔だ。信じられるか?」

少し目を見開いた、しかしすぐに頷いて答えとした。

「こちらに来て、一番驚(おどろ)いたことはなに?」

「男女の扱(あつか)いに違いがないと言う事だな」

「違いがない?」

「女は子を産まぬ。ゆえに働くことに支障がない」

「じゃあ、専業主婦ってのは、こっちじゃないのね」

「専業主婦?」

「ああ、ええっと…つまり、働かなくてもいいって事。結婚することによってね。経済力のある男の人と一緒になって、家庭に入ってしまうことね。主婦業ってのが専門になって、一日中家族の面倒を見るの。掃除とか、洗濯とか」

「ああ、なるほどな。少し違うがないこともない。だが、財力があれば、掃除や洗濯などは人を雇えば済むことだ」

「ふうん…どうして女性は子を産まないの?」

「それだけ、摂理が違うと言うことだな。子は木に成る。実のようなものでな、それをもぐ事で子が生まれる」

「もぐ…?実?」

「そうだ。呆れた話だろうが、こちらではそれが常識だ」

「え…じゃあ…」

その先を問いかけて、慌てて口を噤んだ

これについては、男性に聞かずに女性に聞いた方が良さそうだと思った。

しかしそれを見透かしたのか、尚隆は笑って答えを教えた。

「体を売る商売もあるからな。そう言った事もあるが、それが子を成す事には繋がらない」

「そ…そうなんだ…」

では、どうやって子が生まれると言うのだろうか。

「あまり考えこまない方がいいぞ。そんなものだと受け入れるしかない」

知らぬ間に難しい顔をしていたは、眉間に入っていた力を抜いて尚隆を見た。

ふと、思いついて口を開く。

「先輩にも、こうやって色々教えてあげたんですか?」

「先輩?ああ、小宗伯のことか」

尚隆はそう呟くと首を横に振ってから答えた。

「朱衡、と言うのが教えていた。まあ少々複雑な事情があってな」

やはり、蝕を経験していないと言った、山岡の意見は正しそうだ。

ふっと息を吐き出した

尚隆を再び見直して言った。

「いずれにしろ、海客の人の心には、深い闇がおりるものなんですね」

尚隆はそれには答えず、ただを見つめていた。

「いえ…人はみな持っているものなのかしら。私自身が、こういった境遇に至ったために、それを強く感じるだけなのかも…」

そう言うとは窓際に移り、朝そうしたように、硝子へ手をかけて窓を開ける。

冷たい風が雪崩れ込んできたが、同時に暖かい光が強くなった。

「占い師って、神懸(かみが)かりみたいだけど…本当は違うのよね」

「ん?」

陽に顔を当てながら、は続ける。

「その人の話を聞いて、その人の望む事を言って後押しすることもある。迷っていれば、言葉の端々からどちらに進みたいのかを判断し、答えに導く手助けをする。結局は何事も本人のする事なの。決断するのも、行動するのも本人が決めていくことだわ。だから、私はその手助けをしているに過ぎない。でもね、占いに依存(いぞん)する人って凄く多いの。だからこそ、間違った判断は出来ないでしょう?それなりに勉強もしなきゃいけないの。様々な職業や、人の心理を」

だからかしら、とは続ける。

「人が抱えている闇を、見つけるのがとても得意みたい。だけど今は駄目。それが上手くいかないの。闇があることは分かるのに、その闇が私の理解の範疇(はんちゅう)を越えてしまっているから。何も言ってあげられないし、私自身、その闇に吸い込まれている可能性もある」

「なかなか面白い事を考えているな」

「そうかしら。これが仕事だったから。ねえ…あなたの闇は深いのね。今まで出会った誰よりも深い。そしてとても複雑だわ。それは五百年の間に培(つちか)ってきたもの?それとも生まれ持ったもの?」

それに対して返答はない。

は陽から顔を逸らして尚隆を振り返った。

はたと見据えた、漆黒の瞳が映る。

その瞳に引き寄せられるように、は足を踏み出した。

一歩、また一歩近付く。

逃げない尚隆に辿り着くのは、容易い事だった。

「何を背負っているの?そんなに大きなものを背負っているのは何故?」

「…その為に生まれたからだ」

「その為に…ならば、あなたはそれから逃げる事が出来ない…」

すぐそばにある双眸(そうぼう)の表情を読みとろうと、の視線がより強くなった。

見つめることしばし、ふっと笑ったのはだった。

「でも、今のままでいるのなら大丈夫ね。それとも、維持は難しい事かしら」

「…いや。五百年これできたのだから、まだ大丈夫だろう」

返答を聞いて、は尚隆に背中を向けて窓辺へと戻った。

「そう…なら、私も大丈夫ね。自分の中の酷い闇が少し見えてしまったけど、闇の深いあなたが大丈夫なのなら、私が大丈夫じゃないなんて格好つかないもの」

「なんだそれは」

「さあ…ただの持論(じろん)。いえ、言い訳かもね」

ふっと笑った声がの耳に届く。

振り返ると漆黒がをじっと見ていた。

「あなたは面白い人ね」

そう言って微笑む

尚隆は少し不思議そうな顔をし、目を細めてこちらを見た。













窓の光が髪に透け、金の光を反射して瞬く。

横流郷(おうりゅうごう)で見た時とは随分(ずいぶん)印象が違う。

そもそも横流郷の印象が間違っていたのだろう。

あの時はまだ混乱していただろうし、体も随分と弱っていたはずだ。

口調も今ほど砕けていない。

だが少し体力を取り戻し、知り合いと会ったことで自信も取り戻したのだとしたら、これが彼女本来の姿、立ち振る舞いなのだろう。

王や宰輔(さいほ)ではない。

しかし光輝(こうき)が感ぜられるのは、その職業に由来するものなのだろうか。

「そうやって金の髪でいると、本当にどこかの宰輔のようだな」

「麒麟と呼ばれる?私はそれほど無垢(むく)な魂を持てないわ。人間だもの、心に闇を抱えて生きている」

「そうか。だがここでは、金の髪の者などおらんからな。髪が黒に戻るまで、あまり人に会わぬほうが良いだろうな」

「…そう…」

「知り合いは別だがな。海客なら大丈夫だろう。話も通じるし、今後の相談もしたいだろうからな」













「今後…そうね…」

不安に思っても、それ以上どうしようもない。

体力もままならない状態では、次の段間に進みようがないのだから。

自嘲的(じちょうてき)に笑って、再び体を反転させる。

外を眺めて瞳を閉じれば、気怠い眠気が体を覆う。

「また少し休むといい」

見透かしたように言われた背後の声に、頷いて答えた。

窓を閉めて尚隆を見送り、倒れるように眠りに就いた。



続く






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「ふりがなをもっと」

と意見が多かったので、わりと入れてみたんですが…

漢字の得意な皆様は読みにくくないですかね(汗)

                             美耶子