ドリーム小説
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煌羽の誓い =10= がたがたと揺れる感触。
体が上下する度、肩に痛みが走り、は薄く瞳を開けた。
「う…」
「お、気がついたな。ちっと我慢しろや。手当てぐらいはしてやるから」
どうやら荷馬車に積まれているようだった。
体は藁で一応隠され、木の荷台は直接的に振動を伝える。
漏れそうになる声を押し殺して、は荷台に蹲っていた。
見上げた先には、筋肉質の大きな背中が見えている。
「あなたは…」
「俺は虎嘯ってもんだ。あんたすげえよ。城から吐き出されて、何とか立って自分の足で街の外まで歩いてったんだぜ」
「そうですか…ここは、和州なのでしょうか?」
「ああ。ひょっとしてどこぞから浚われて来たのか?」
「はい。どうやら麦州から連れてこられたようですね」
「麦州から?なんかあったのか?」
「麦州産県に…」
ぴくりと虎嘯の肩が動き、を振り返った。
人好きのしそうな顔だと思ったが、その表情は真剣であった。
「支錦か?」
「支錦?ああ、昔の呼び名ね…。そう支松に塾があってね…そこが焼き討ちにあったの。たまたま居合わせたのだけど、男が数名いて矢を放ち、みんなを殺して周っていたわ」
「なんて…酷い事しやがる。安心しな、ちゃんと治療してやるから。産県から来たんだもんな。こりゃあ、何かの縁だ」
虎嘯の言っている事は分からなかったが、はそれによって安堵したのか、すっと瞳を閉じていった。
肩の疼きに、一度覚醒された意識が再び失われようとしていたのだった。
次に目覚めた時も、やはり激痛によってだった。
「う…あ、ああ!!」
「あ、起きちまったか…」
この声は誰だったろうかとは考え始め、虎嘯と言う人物に助けられたことを思い出した。
「兄さん、ちゃんと抑えていて!早く矢を抜いてあげないと、この人いつまでたっても痛いんだからね」
若い少年の声に、は薄く瞳を開ける。
それを確認してか、少年はの顔を覗きこんで優しく言った。
「こんばんは、お姉さん。僕は夕暉。まだ矢が三本残っているんだ。少し痛いけど、我慢してくれるね?」
軽く頷くと、夕暉は顔を上げて虎嘯に合図する。
虎嘯の両手が、の右足を押さえていた。
夕暉が矢に手をかけたのか、激痛が走る。
嗚咽を漏らしながらも耐えていると、一気に抜ける感触が激痛と供に襲ってきた。
続いて二本目の矢が抜かれ、夕暉の顔がを覗き込む。
「後一本だからね、頑張って!」
「は、い…」
左の腕が押さえつけられ、最後の矢が抜けたと同時に、深い安堵の息が各所から漏れた。
よく見回すと、幾人かの男が周りを囲んでおり、心配そうにを見守っていた。
ここは舎館だろうか。
「ここは…」
まだ痛む腕や脚を無視し、は横たわったまま夕暉に問いかけた。
「ここは和州止水郷の拓峰。郷城のある場所だよ」
夕暉は噴出した血を止めながら、に説明した。
「止水郷…では、私がいたのは、郷城?」
虎嘯が素早くそれに答える。
「いや、あんたが居たのは明郭だ。郷城じゃねえ。州城だ」
「やはり…ではあれが和州候呀峰か」
「和州侯に会ったのか?」
舎館の中にどよめきが生まれる。
「両足の傷…これは呀峰が」
夕暉の手が止まる。
気が付かなかったのか、足を見るために少し移動をした。
「酷い…」
しばらく傷を見つめていた夕暉は、気がついたように手を動かし始めた。
治療しながら、夕暉はに問う。
「お姉さんは麦州の人なんだって?塾が焼かれたとか」
「ええ。呀峰の指示だったようね…」
「呀峰の?そう…」
何か考えながら、治療を続ける夕暉を横目で確認したは、改めて辺りを見渡した。
「あの、皆様」
は治療を受けながら、周りをぐるりと見回してから言う。
「助けて頂いて、ありがとうございました。盟約に背かずに生きていられた事を、深く感謝いたします」
夕暉と虎嘯が同時に聞き返す。
「盟約?」
「あ、いえ。自分に言い聞かせる請願のようなものですわ。死なない事を、ある方に誓ったのです。ただ、それだけ…」
「ふうん。ま、何しろしばらくここで休んでいけや。どのみちその傷じゃあ、歩けないだろうからな」
明るく言った虎嘯の声に、賛同する頷きが見える。
「ありがとうございます」
は客房の一間を宛がわれ、そこで療養した。
矢の傷はすぐに塞がり、虎嘯を驚かせたが、足の傷だけは思うように治らない。
冬器であったのだろう。
寝たきりのまま一ヶ月が経過しようとしていた。
その頃、新王が起ったとの噂が街を駆け巡っていた。
「前王の妹が新しく玉座に着いたらしい。また女王だとよ。喜んでいいんだか、悪いんだか」
まだ女の少ない慶国で、寝たきりのの周りには、常に幾人かの男が囲んでいた。
別に何かしようとしている訳でもなく、ただ花を見る感覚のように接してくるので、も何も言わず、噂話などを聞いて一日を過ごしていた。
いつもはただ黙って、微笑みながら耳を傾けるだけのであったが、この時ばかりはさすがに口を開いてしまった。
「ありえないわ…」
「ありえない?」
一応見張りとしてその場に居た虎嘯が、否定したに聞き返す。
「ええ…あまりにも早すぎる…」
「どうゆう事だ?」
「偽王ではないかしら?だって、前王の妹が王に着くなんて、絶対にありえないわ。前例がないもの」
「え…でも旗が…」
「瑞兆はあったの?麒麟の選定は?前王は禅譲だったから、確かに台輔はまだご健在だわ。だから選定に入ったのなら、この時期に王が立つことも、ありえない話ではないけれど…だけどそれは違うわ」
きっぱりと言い切ったに、虎嘯始め一同はぽかんと口を開けていた。
言っている事がよく分からないと言った様子だったが、すぐに現れた夕暉がそれの後押しをした。
「さんの言う通りだよ。絶対に違う。偽王が立ったのなら、またこの国は荒れるね…」
「ええ…邪な官吏も増えるわ。王が立てば好き勝手出来なくなる可能性も出てくるし、焦って搾取を強化したりするもの。和州はどう?」
「ここは元々搾取されているから、これ以上悪くなりようがないよ…」
「…そう」
足の傷はまだ半分しか塞がっていない。
治りが異常に遅い気がした。
やはりきちんとした治療を受けていないからだろう。
は少し焦っていた。
あの後、皆どうなったのだろうか。
生存者は居たのか、乙は逃げおおせたのか。
そしてまたしても連絡の途絶えてしまった浩瀚に、何よりも早く知らせたかった。
私は生きていると。
しかし自らの足で動く事が叶わぬ今、虎嘯らに迷惑をかけるような事は出来ない。
早く治して、自ら麦州に向うしかないのだ。
それからさらに一ヶ月。
の傷は歩けるまでに治っていた。
その間に偽王は勢力を強め、ここ和州では誰もが新しい王が起ったと思い込んでいるようだった。
と夕暉が口を揃えて違うと言うので、ここに出入りしている連中だけは、偽王だと思っているが、それを他で言うことは憚れるような有様である。
足を引き摺りながらも、は舎館の仕事を手伝うようになった。
何度か出て行こうとしたのだが、夕暉にひきとめられて、出て行けずにいる。
そして、は不思議な光景を何度も目撃していた。
乙悦と名乗る者が、幾人か訪ねて来たのだ。
始めは声だけが聞こえ、は驚いて足を引き摺りながら飛び出した。
その様子に驚いた人物は乙ではなく、のまったく素知らぬ人物であった。
その後も何度か同じ事があり、それが何かの合図になっている事を知った。
一度合図だと分かってしまうと、舎館を訪ねる者の殆どが、共通の鎖を指につけていることが分かり、その鎖の元がこの舎館の中にある事までもが分かった。
あえて何も聞かなかったが、虎嘯らが何をしようとしているのか、には自然と分かり始めていたのだった。
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