ドリーム小説
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煌羽の誓い =11= の傷もいつの間にか完治し、いよいよ本気で出て行くことを考えはじめたある日。
いつ出て行こうか悩んでいたの元に、夕暉が現れて告げる。
「さん。今は外に出ないほうがいい。麦州に戻るつもりなんでしょう?」
「ええ…そのつもりにしているけど…」
「無理なんだ。州境が閉鎖されて、越える事が出来ない」
夕暉の言った事に対し、は眉をひそめて問う。
「…どうゆう事?」
「偽王は正当な王として支持を集めつつある。今や勢力を増すばかりだ。それに強く反発している州がある」
「それが麦州?」
うん、と夕暉は頷いてを見る。
「紀州と麦州が偽王だと行って、まだ偽王の軍勢と拮抗している。だから麦州に行く事は出来ないんだ。こんなむさ苦しい所だけど、女の人がいると少しは和らぐから、ここに居てくれない?この状態じゃ、安心して送り出せないから」
紀州には伯父がいる。
煌羽として頑張ってくれているのだろう。
は誰にも聞こえないような声で、囁くように言った。
「伯父が紀州侯にそれを進言しているとすれば…」
やはりの考え通り、天啓がなかったのだ。
「だからね、変な事は考えない方がいいよ」
「でも…」
さらに何かを含ませるような物言いに、夕暉が問いかけてくる。
「何か問題があるの?」
「問題…ええ。でもそれはむしろ私の方じゃなくて…」
はぴくりと動いた夕暉の眉を見ながら、やはりと思う。
「…それ、どうゆう事かな」
「あなた達の…名は分からないけど、やろうとしている事が、分かってしまったの。もちろん、誰にも言う気はないわ。私もそのような場所に所属していた事があったから…だからこそ、私がいるとあまりよくないと思うの」
「何でだ?」
いつの間にか現れた虎嘯に、は驚いて振り返る。
「参加する事が出来ないからよ…私は所属するところが違う。もし私がここにいると知れたら、とても迷惑がかかるし…。それに、向かわなくてはいけない所があるの。盟約を果たしても、その人が知らなければ何の意味もない」
語尾を強めて言ったに、夕暉はくすりと笑う。
「大切な人なんだ。愛しているんだね」
「愛して…まあ、夕暉ったら」
「あれ?違うの?」
「ち、違わないけど…今その人はとても困っているの。だから助けに行かなくては…」
「どのみち無理だよ。その足では州境まで行く事は出来ないし、行っても和州からは出られない。さんの助けたい人って、やっぱり麦州の人?」
「ええ…そうよ。あなた達が頻繁に口にする、産県へ戻らなければ」
本当は産県ではなく、麦州城に行くのだが、さすがにそれを言うのは躊躇われた。
「昔、麦州産県に…」
はそう言って兄弟を見る。
面白いほど反応を露にした虎嘯に微笑み、は続きを言った。
「松塾と言う義塾があったの。そこで閭胥のような方に、私は何度か講義を受けたわ。焼き討ちの時、その老師と院子で話していたの。老師はどうなったのかしら…処刑された話は聞かないから、囚われてはいないとは思うの。…老師にも盟約を誓って頂きましたから、生きていると信じているのですけど」
自分の思惑と違った事に、ほっと胸を撫で下ろした虎嘯に、夕暉は溜息をついて首を振った。
「さんはもう分かっているみたいだよ」
「だったらここから出せねえじゃねえか」
「それは困るわ…」
「どの道しばらくは駄目だよ。諦めて舎館の手伝いをするんだね」
片目を閉じて言う夕暉に、は仕方なく頷いた。
州境が閉鎖されているとは、かなり緊迫した状態である。
無事でいるだろうかと心配しながら、その日は更けていった。
それから数ヶ月が経過し、慶東国の内乱は新王によって鎮圧された。
雁の禁軍までが加勢して、征州の州城にて偽王は打たれた。
今度こそ本物の王が立ったのだと、誰もが喜んでいた。
「これで和州が少しでもよくなるといいわね」
は夕暉にそう言った。
「どうだろうね…あまり期待は持てないから、僕達はこのまま活動を続けるよ」
「ええ。影ながら応援しているわ」
正統な王が経って一ヶ月。
旅装に身を包んだは、虎嘯を含めた数名の男に囲まれていた。
「さん、最後に一つ聞いてもいい?駄目なら答えなくていいから」
夕暉はそう言って、の頷きを待った。
「いいわよ」
「さんは産県の人だよね?」
「そうよ」
「煌羽って知っているかな?」
「…知っているわ」
「そう。やっぱりね。そこの人だったんだ」
「どうしてそう思ったの?」
「死なないと誓ったって言ったから」
「盟約を知っているのね。煌羽の」
「義民の一団としてね、聞いた事があったんだ」
そう、と言っては表に出た。
そして舎館を振り返って言う。
「煌羽の盟主から、名もなき義民に感謝の意をこめて、ここに誓約いたします」
深く腰を折って一礼し、拱手をしながらは続けた。
「いかな境遇に於いても、必ず生きて戻られん。例え竄匿し恥辱を舐めようとも、浩嘆の地に貶められようとも、それを盟誓されんとす」
そう言って、は颯爽と踵を返す。
一路、麦州に向けて歩き始めたのだった。
「さんて…煌羽の盟主だったんだ…さすがにこれは驚いたな…」
呟くように言った夕暉に、虎嘯が同意して頷く。
「お、おう…もっといかつい奴が盟主なんだと思ってたな」
「何言ってんだ!」
ぱちんと音がして、虎嘯は叩かれた腕を見た。
「お前達はここの盟主じゃねえか。感心してねえで、しっかりしてくれよ!」
「違いねえや」
の療養していた舎館を、大きな笑い声が包んだ。
「ありがとう。虎嘯、夕暉、みなさま」
幾日かをかけて瑛州に入ったは、和州を振り返ってそう言った。
秋も深まろうかという頃だった。
暑くもなく寒くもない季節に足は軽く、瑛州まではすぐに辿り着いたかに思われた。
次の里はもう目の前である。
旅路の間に聞いた噂では、近頃即位式があったようだ。
「登極から随分と時間があったのね…」
旅人達の噂話に耳を傾けながら、は一人そう呟いていた。
街道の奥に見えている小さな里目がけて、は足を速める。
閉門が近付いていたのだった。
陽が山にかかり始めた頃、は里に辿り着いた。
「固継…」
扁額に書かれた文字を読み中に入る。
小さな里で、舎館があるか少し不安に思っていた。
最悪、里家に止めてもらおうと思いつつ、は里の中を進んで行く。
「ここは何郷なのかしら…?」
「北韋郷よ」
「え?」
横から投げられた声に、は足を止めた。
「何郷かしらって言ってなかった?ここは北韋郷よ」
十五、六歳ほどの少女が夕陽を背に、微笑みながら立っていた。
「北韋郷?なるほど…瑛州の北の方ね。ありがとう」
にこりと微笑んで返すと、少女は嬉しそうに頷く。
「お姉さんは旅の人ね?」
「ええ。ついでに舎館の場所を教えてくれると、とっても嬉しいんだけど」
がそう問えば、少女は少し首を傾げてから言った。
「里家に来ない?わたし里家にいるの。最近来た閭胥がね、とてもいい人なのよ。普段から色々な人が訪ねてくるし、泊めてくれると思うわ」
「本当?」
「ええ」
少女は着いてくるように言い歩き始める。
里家が見え始め、は眠る場所がある事に感謝した。
「蘭玉」
里家の前には白髪の老人が立っており、少女の名を呼んだ。
「あ、遠甫!」
手を上げて答える蘭玉の背から頭を出した。
そこに信じられない人物を見た。
相手もそう思ったらしく、少し表情を変えている。
「蘭玉、この方は?」
「旅の人ですって。里家に一晩泊めてあげてはいけない?」
「構わんよ」
蘭玉に微笑んだ乙は、に向き直る。
「乙老…」
「お初お目にかける。この里の閭胥を勤めております、遠甫と申す」
言いかけた声を制すような乙の声。
は心得たとばかりに頷いて答えた。
「お初お目にかけます。私は和州から参りました、と申します。どうぞ一晩、夜露を凌ぐ事をお許しくださいませ」
「ようこそいらした。なかなかに学のある方とお見受けした。どうだね、後で論議でもくみ交そうではないか」
「はい。是非」
がそう答えると、乙は先に里家の中に入ってしまった。
は蘭玉の案内で客房に通され、そこを借りる事になった。
「何か手伝いましょうか?」
夕食の用意をしている蘭玉に、はそう問いかけた。
「いいえ、座っていて下さい。あ、桂桂!それはこっちよ」
「あ、そっか」
蘭玉の隣には、少年が舌を出して笑っていた。
「もう、いつも間違えるんだから。今日はお客様がいるのだから、しっかり作らなきゃね」
「は〜い」
ほほえましい一場に、思わずの顔に笑みが宿る。
「あなた達は、姉弟?」
「うん、そうだよ!」
の問いに、桂桂が元気良く答える。
「桂桂って言うの?何か手伝うことはない?」
「大丈夫!座ってて」
弟のほうにも断られたは、苦笑しながら座って大人しく待った。
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