ドリーム小説
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煌羽の誓い =12= 里家の子童達と一緒に食事を取った後、は乙の元を訪ねた。
「。久しいのう」
は辺りを見回しながら乙に言う。
「…松塾に帰ってきたようですわ」
高く積まれた書物の数々に、は懐かしさを感じていた。
「そうかの」
「老師。ご無事でよかった…」
積まれた紙の山から目を離したは、そう言って俯いた。
乙が無事であったことが、こんなにも嬉しい。
「心配をかけたようじゃな」
「何故こちらに?」
「ここは麦候が台輔に頼んで、探してきてくれた隠れ家のようなものだの。あの焼き討ち以来、松塾の関係者が次々と襲われとる。みな散り散りになって隠れておるよ。だが…わしよりも。お主はどうしておった?」
「私は和州城に浚われておりました」
「何…?」
「呀峰に浚われたのです。煌羽は関係なく、松塾の関係者として浚われたようですね。私が仙であると知らなかった呀峰は、皆が死んだかどうかを私に聞きました。知らぬふりをし、死にそうに振舞ってなんとかその場を逃れ、その後、拓峰の親切な方に助けて頂いたのです」
「そうか。和州との州境は閉鎖されておったからの」
ええ、と答えながら、はずっと聞きたかった事を問う。
「あの時…、一体どれほどの人が死んだのでしょうか…」
「たくさんの罪無き命が奪われた…わしが助言せなんだら、焼き討ちはなかったのかもしれんのう」
「そのようなことを仰ってはいけません。靖共の手駒になってしまえば、松塾で教えていた事の意味が失われます」
「…」
「こうやって生きている者もいるのですから、そう落胆なさらないでくださいませ」
「そうじゃな…この里にも一人おる。松塾に通っていた事は隠しておるがの」
「あれだけの事があったのですもの…。当然でしょうね」
「しかし無事でよかった」
「はい。ご心配おかけ致しました」
「麦候が一番心配しておったよ。焼き討ちの瞬間まで生きていた事は伝えたが、その後の事はわしも知らなんだでな」
「はい。これからまっすぐ麦州城を目指します。ここは通過点でした。それにしても、偶然とは言え、天に感謝せねば。ここで老師に会うことが出来るとは、思ってもおりませんでした」
「そうじゃな。わしも驚いた。さあさ、今日はもう寝なさい。早く発って、麦候に会うことじゃな」
「はい」
はそう言うと、深く頭を下げて客房に戻った。
一日中歩いていたため、疲れきっていたは、乙に会えた興奮も冷めやらぬ内に、眠りに就いていた。
翌日、はまだ誰も起きていない早朝に目が覚めた。
早く発たねばという思いが、目を覚まさせたのだろう。身支度を整えて、物音を立てぬよう気をつけ、そっと里家を出ようとしていた。
「あら?おねぇ…さん」
声に驚いたは、慌てて振り返った。蘭玉がまだ眠そうな目をして立っている。
「あ…ごめんなさい。起こしてしまったのね」
「ううん。いつもこの時間に起きるのよ」
「働き者なのね」
そう言うと蘭玉はまた嬉しそうに笑った。
しかしすぐにに問う。
「もう、行ってしまうの?」
「ええ。開門と同時に発ちたいの。一晩泊めてくれてありがとう。遠甫とも有意義なお話をさせていただいたわ」
「そう。じゃあ、気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
丁寧に頭を下げたに習い、蘭玉も頭を下げていた。
微笑ましくそれを見て里家を出る。
昨夜、乙との会話で出た、松塾の者を訪ねて話をし、は固継を後にする。
固継を出てすぐ、追ってくるように走る荷馬車があった。
「よお、姉ちゃん。昨日里家に泊まってた人かい?」
振り返ったは声をかけてきた人物を見る。
「乗せてってやろうか?次の里までだけどさ」
荷台には何も積まれておらず、これから仕入れにいくのだと言う。
「お邪魔でないのなら、乗せてくださいませんか?」
「おう。乗んな」
荷台にが乗ると、すぐに出発される。
その直後、行き先を聞かれる。
「麦州の方へ行こうかと」
「へえ。あんたは麦州の出身かね?」
「…いいえ。私は和州から来ました」
「そうかい。麦州はいい所だよ」
「瑛州にいても、そう思うのですか?」
「そう思うのさ、黄領にいてもな。何故なら州侯がいいからね」
「台輔よりもですか?」
「そうさなあ〜。台輔よりも、目端が利くからねえ」
「へぇ…そうなんですか」
「とても民から慕われている、良い人物らしいし」
相槌を打ちながらも、の顔は笑みを浮かべていた。
そんな話をしながら揺られてしばらく、歩くよりもずっと早く次の里についた。
「ありがとうございます」
「何、良いって事よ。まだ妖魔も出るから、気をつけてな」
固継から乗せてくれた人物を見送って、はさらに次の里を目指す。
その日は荷馬車に乗せてもらえる事が多く、一日が終わる頃には随分の距離を稼いでいた。
翌日も、その翌日も麦州の州城を目指し、は歩き続けた。
道のりはすでに随分と進んでおり、は瑛州を抜けて麦州へと入っていた。
麦州侯を褒め称える噂は、州都が近づくほど増え、その度には笑んでしまいそうになる頬を、つねっては戻していた。
そして一週間が経過し、遠くに州城のある凌雲山が見えるほどまでに近付いていた。
「やっと…ここまで辿り着いた…」
凌雲山は高く天を貫き、は雲の峰を見上げながら足を進める。
高い空を見上げて歩いていると、胸が高鳴り始めるのを感じた。
「浩瀚…」
再会し、まず何を言えば良いのだろうか。今も変わらぬ気持ちで居るのだろうか。話をした期間はとても少ない。松塾で、あるいは州城で。数え上げる事が出来る程度のものだった。それでもの思いは変わることなく、胸の鼓動は打ち続けている。
同じ気持ちでいてくれていると、信じてここまで歩いてきた。
例え気持ちが変わってしまったとしても、生きていることだけは伝えねばならない。
麦州城で待っていると、約束したのだから…
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