ドリーム小説
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煌羽の誓い =16= 「いよいよ明郭ね…」
確認の為にも、煌羽の盟主としても、最終的には明郭に向かわなければならないのだ。
苦い思い出の眠るそこに、は足を入れねばならない。
「誰も覚えてなければいいのだけど…」
両足を貫かれたのは、もう一年以上も前になる。
松塾から浚われ、和州城でせせら笑う呀峰と対峙した。
出来ることなら、絶対に足を踏み入れたくない街だった。
「どれほど集まったのかしら…」
左将軍が引き受けているのなら、麦州の州師…少なくとも左軍は流れてきているはずだ。
その数七千五百。
そこに紀州の煌羽が加わる。
これで七千七百。
しかし乱を起こすには、充分な数ではない。
和州師だけでも、二万以上の兵がいる。
その兵力が明郭に集結していたら、勝ち目はない。
「となると…本当にあちこちで乱が起きなければ無理だわ…」
麦州の州師すべてが明郭に集まる訳にもいくまい。
浩瀚や柴望の罷免が原因で、左将軍桓タイが野に下った。
それなら左軍はそれを口実に、全員が野に下ることも可能だろうが、右中軍はどうなのだろうか。
それにしても、丸々麦州を空ける事は出来まい。
同行する意志があったとしても、半分は麦州に残らねば…。
「三将軍が同じ行動を取っては、かえって目立ってしまうかもしれないわね…となると…師帥が?」
右中から一人ずつ師帥が動けば、五千は確保される。
それでも、まだ足りないだろう。
そんな事を考えながら移動していると、もう明郭は目前にまで迫っていた。
は街の外で騎獣から降り、手綱を引いて街に入った。
「これが…明郭?」
虎嘯の話だと、和州城から今立っているこの場所まで、は自力で歩いたと言う。
しかし、目前に広がる風景に見覚えはない。
この異常にいびつな街並みは、の記憶にないものだった。
そこまで意識がない状態で、よく歩いて出たものだと我ながら感心する。
しばらく立ち尽くしていたは、首を横に振って足を出した。
考えても思い出せそうになかったし、先に向かわせていた煌羽と合流するほうが先決だと思ったのだ。
「さま」
ふいにかけられた声に、は振り返る。
男がそこには立っていた。
驚いたが、そのまま促されて男の後に付いていく。
偶然通りかかったと言ったこの男は、かつてが煌羽から永久追放した男だった。
今も表面上は煌羽としてではなく、麦州の者として活動をしているが、男の民居には煌羽の者が数名集っていた。
民居に入ったは、明郭の現状を報告される。
それはが思った通りだった。
むしろ、拓峰よりはましかもしれないと、そう思った。
は自分のやってきた事を告げ、幾人かを桓タイの許に送った。
どれほどの人数が集まるのかは暫定であったが、桓タイを訪ねて来る者が居ることを伝えておかねばならない。
少なくとも、紀州からは二百もの人数が着く。
が声をかけた者をいれると、三百にはなるだろう。
「あなた達も、すぐにそちらと合流して下さい。私はすぐにでもこの街を出ますから。まだまだ少ない…これでは心許ないでしょう」
民居に残った三名にそう良いながら、は浩瀚と合流する事を考えていた。
何処に行けば合流できるのだろうか。
大事をとって、詳しい事は紙に残していない。
桓タイに言って、柴望に連絡を取るのがいいだろうとは考え、明日にでも訪ねようと、この街の何処に居るのかを聞いた。
「ああ、左将…桓タイと言う人ですが、一応、傭兵として雇われておりますね。比較的大き…」
説明していた男の口は、扉の蹴破られた音と供に閉ざされた。
「見つけたぞ!煌羽だな!!」
扉からは大勢の兵がなだれ込み、一同は固まったようにそれを見ていた。
多勢に無勢とあって、為す術もないまま、達は州城に引かれていった。
を含めた五名は州城に引っ張られ、乱暴に床へと投げ出された。
冷たい床が頬に当たり、それによって過去の記憶が呼び覚まされる。
そしては、低い耳障りな声を聞いた。
「お前達が煌羽か」
それは今、一番聞きたくない声だった。
は顔を伏せたままで答える。
「煌羽など、知りません」
「ふん。ここで何をしておった?よからぬ事を考えていたのではあるまいな?」
「よからぬ事とは?」
「…ふん。まあいいだろう」
耳障りな声はそう言うと、一人の首をはねるように指示を出す。
「お待ちなさい!」
思わず顔を上げたは、再び呀峰と対峙してしまった。
「ん?お前どこかで…そうか。松塾焼き討ちの時に連れ帰った女だな」
にやりと笑って、呀峰はを舐めるように見る。
「そうか。煌羽の一員だったとは。これはこれは、おしい事をしたな。で、ここに戻ってきたって事は、やはり謀反の心づもりがあったのか?」
謀反の動きに気がついているのだろうか。
「何故、私達を煌羽だと?」
「勧誘されたと言う、街の者から告発があった」
「…」
「残念だったな。せっかく生き延びる事が出来たと言うのに」
「他の者を解放しなさい」
「…。状況が見えていないようだな」
「いいえ。しっかりと理解しておりますわ」
「では己の吐いた事がいかに愚かな言であるのか、理解する事もできよう」
「それも否定を返しておきますわ。とにかく他の者に触れる事は許しません。今すぐに解放なさい」
「さま…!」
「あなた達は黙って。関係ない者を巻き込むことは出来ません」
「戯けた事を。関係も何も、お前達は煌羽だろう。それとも他の者は違うとでも申すのか」
「ええ、違います。煌羽は今、たった一人しかいないのですから」
はそう言って正面を睨んだ。
そしてはっきりした、よく通る声で呀峰に言う。
「だから、…私を差し出しなさい。冢宰に」
突然言ったその言葉に、訝しげな表情の呀峰がを見ていた。
「生きて連れて行かなければならないのでしょう?盟主を。つまりは、この私を。他の者の命と引き替えに、差しだそうと言うのです。それとも、みすみす手柄を捨てますか?」
「お前が…煌羽の盟主?」
「そうです。彼らは関係ない。今すぐ解放しなさい。彼らに手出しすると言うのであれば、私はこの場で自害します」
「はっ!何とか拾った命を、こんな所で投げ出そうってのか。盟主ともあろう者が、いとも簡単に」
盟約は大切だったが、それよりも守らねばならないものがある。
例えこの身を差し出す事になっても。
「煌羽とはそのような集団なのです。元盟主とその夫がそうであったように。二人の志は、その娘の中で生きている。敦厚と盟羽の心が、このと言う者の躯に宿っているのです」
夢の中で聞いた母の声。
あの時、このような心境だったのだろうか。
しかしは、命を捨てる覚悟をした訳ではなかった。
一縷の望みをかけ、この場を凌ぐ方法をとっただけだった。
毅然とした態度に、呀峰の視線が注がれていた。
吟味しているのか、何も言わない。
随分と時間が経ってから、ようやくその口は開かれた。
「よかろう。他の者は解放してやる。ただしこの街に留まる事はまかりならん」
「では、私を縄にかけなさい。この者達の見送りを。無傷で州城を出ることが出来るのか、この目で確かめなければ信用できませんので」
「…。よかろう」
しぶしぶといった様子の呀峰は、に縄をかけるように言い、州城の外へと移動させた。
「いいですか。私はあなた達が消えるまで、立って見ております。私の姿が消えたら、全速力で走りなさい。街を出て、和州から逃げるのです」
「で、でもそれではさまは…」
「私なら大丈夫。無事、州境を越えてくださいますね」
「はい…盟誓致します」
男達は何度も振り返りながら、その場を離れていった。
もう見えなくなるだろうという位置で、駆けだしたのを確認して、は自ら州城に踵を返した。
「追うつもりなら、自害を慣行いたします。みなさま、このまま私と一緒にお戻り下さいますね?」
有無を言わさぬ空気を漂わせて言ったに、息を呑んで周囲の者は従った。
再び呀峰の元に戻ると、縄を解かれて座れと言われる。
今度はの方が訝しげな表情をする番だった。
「何故縄を解くのです?」
「逃げぬと言わなかったか?今逃げるのなら、先に逃げた者が危険であろうが」
「なるほど」は指された場所に腰を下ろし、呀峰を見て問うた。
「何か聞きたい事でも?」
「察しがいいな。煌羽が一人とは、どうゆう意味かを問いたい」
「言の通りですわ。一年前、ここで私が斬られ、生死を彷徨っている時に、煌羽は離散状態にあったのです。内乱もあり、戻った時には誰もおりませんでした」
「…それなら何故ここに戻ってきた」
「もちろん、あなたに一矢報いる為ですわ。彼らはそれに賛同してくれたに過ぎない。やっとあれだけかき集めて、どのようにしてあなたを狙うか、話を進めている時に見つかってしまったと、そうゆう事ですわね」
「いやにさらりと言う」
「これは私の賭でしたから」
「賭?」
「そう。見つからずにおびき出すことに成功すれば私の勝ち。途中で見つかってしまえば負け。勧誘など、だからよしなさいと言ったのに…」
悔しそうに見せて、は手を膝に打ち当てた。
「せめて煌羽が離散してしまった原因を、討ち取ってやろうと思ったのに…これで煌羽は完全に消滅だわ」
睨みながら呀峰を見るに、にやにやと笑う顔が得意げに答える。
「それは残念だったな」
「ええ。でも覚悟を決めたわ。冢宰が何故私を捜しているのか、皆目分かりませんけど。どうせ母の事でしょう」
「察しがいいな」
「あなたが私に教えた事よ」
「そうだったか…」
「ええ。母はもうこの世にいないと言うのに、今更私に何の用事がおありなのでしょう」
「さて、それはご本人に聞くがよかろう」
「では、そうさせて頂きますわ」
はそう言って呀峰から視線を逸らした。
辺りを見ていたが、脱走の機会をいつに設定するかを考え始めた。
やはり護送されている時が、一番いいだろう。
州城で逃げ出すことは、不可能だろうから。
しかしふと、ある思念に囚われた。
靖共は国府にいる。
国府は…父のはてた場所だ。
黙ってつれられていけば、その場所に辿り着くのではなかろうか。
そう思い始めると、せわしなく動いていた目は動きを止め、床に向けられて止まった。
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