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煌羽の誓い


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その日の夜、は手だけを拘束されて、国府へ向かう華軒に乗せられていた。

つけられた見張りは三名いたが、は一切それらを見ることなく、瞳を閉じて大人しくしていた。

ただは固まったようにじっとして、浩瀚の顔を思い浮かべていた。





あれからどうしているのだろうか。

潜伏しているのだから、無事でいると信じてはいたが、連絡と取り合っているわけではない。

もちろんが捕まったことも、知っているはずなかった。

今までは、麦州城で浩瀚が待っていた。

だが、今は何処にいるのか分からない。

最悪の予想は見事に的中していたし、は国府に向かっていたのだから。

だが、国府のすべてが靖共の言いなりとは思えない。

王は靖共に操られていると、浩瀚は言っていた。

それなら、まだ可能性はあるのではないだろうか。

王に直訴し、訴える事が出来るなら…。

華軒の振動を全体で感じながら、はそんなことを考えていた。

だからだろうか、予想よりも早くに国府についたような気がした。

外は暗かったが、陽が暮れたばかりなのか、夜中なのか分からない。

華軒から降ろされたは、すぐに輿に乗せられ運ばれることになった。

ただ、これまでとは違い、手も足も拘束され、口元まで布で覆われてしまった。

輿も幕で覆われ、どの道をどう進んでいるのか分からず、ここに来て初めて、は焦りを覚えた。

この輿は、の姿を隠すと同時に、に道を悟らせぬものだ。

だが、冢宰の名を持ってしても、輿の中を改める事なく、進んで行くのはおかしい。

それだけ、靖共の力が甚大だと言うことだろうか。

門を通す天官も、護衛しているはずの夏官も、靖共の言いなりなのだろうか。

「これは…難渋を極めそうね…」

父や母が国府にいた時とは、比べものにならないほど、靖共は力を付けているのだろう。

よく考えてみれば分かる事だったはずなのに…。

自責の念が身を襲おうとしていたが、もはや覚悟を決めるしかないのだ。


































輿が止まった場所は、しんとして何の音もなかった。

ここは何処なのだろうかと思っていると、幕が開けられる。

そこは暗い堂室だった。

手足を解放されたは、口元の布を自らの手で剥ぎ取った。

「ご苦労」

何もない空間なのか、男の声が響き渡った。

横を見ると、薄明かりの中に一人の男が立っている。

「お前が煌羽の盟主か?」

「…あなたは誰。母の仇?それとも父の仇?」

の言った事に対し、鼻で笑ったような音が帰ってきた。

「両方だと言ったら?」

「私に何用です」

「ほう…なかなか肝の据わった女だな。まるで…盟羽を見ているようだ」

「当然でしょう。母がそのように私を育てたのですから」

「盟羽を殺したのは、わたしの命ではない。あれは呀峰が勝手にやったことだ」

「誰の命でも、母が死んだ事に変わりない。白い花が、母の血を吸って赤く染まったあの景色…私は一生忘れない」

「そうか。ところで、国官になりたくはないか?」

は驚いて男の顔を見た。

薄暗がりの中で、男は笑っている。

「何…を…」

「国官になり、一緒に王を支えて行こうと言っているのだが?父や母の遺志を、継ぎたいとは思わんか?」

の手は小刻みに震え、それを押さえるために堅く握られた拳もまた、震えを露わにしていた。

「何故…私にその話をなさるのです」

声までもが震えていたが、は未だ名乗らぬ男を睨みながら言う。

「哀れに思うからだ。娘が国官になれば、盟羽も喜ぶだろう」

名乗らずとも、は目前の男が誰なのか知っている。

母と父の仇は、その娘に言っている意味を分かっているのだろうか。

「そう思っておられたのなら何故、私はここまで拘束されて来たのです?」

「…さて、拘束せよと言った覚えはないが」

それを受けたは、静かに、しかしはっきりと言い切った。





「靖共。煌羽を国に迎えたいのなら、それは不可能と申しておきましょう。煌羽の盟主は、和州侯呀峰に捕らえられ、大きな傷を負った。なんとか生き延び、療養しているその間、自然離散し、今は名ばかり。唯一煌羽と言えるのは、この私…盟主ただ一人です」

「何…?」

「そしてその盟主はこう言いましょう。倶(とも)には天を戴かずと」

「…自分の立場を、わきまえておらぬようだな」

「いいえ。よく分かっております。処刑したければ、この場で私を斬りなさい。父と同じ場所で死ねるなら本望です」

「ここは敦厚の死んだ場所ではないが、それでも斬ってほしいか」

盟約は守られず、この場で命尽きようとも、靖共に屈して生きることはしたくない。

明郭に居る麦州の民を守り、謀反の気配から靖共の目を反らす事が出来るのなら、それでも良いと思った。

「好きになさい」

自ら首を前へ出し、その場に跪いた。

瞳を閉じると、浩瀚の顔が浮かぶ。

酷く悲しそうな表情をしたの中の浩瀚は、首を横に振っている。

まだ諦めてはいけないと、そう言っているようだった。

しかし、このまま靖共の下につくことは、浩瀚をも裏切ることになる。

それだけは絶対にしたくないと思ったのだ。

が心の中で葛藤を繰り返していると、靖共の指示する声が堂内に響き渡った。

「この者を捕らえ、拘束せよ」

ざっと動いた複数の足は、の体を立たせて引きずり始めた。

ただなされるがままのは、消えゆく靖共の後ろ姿を見た。

そしてそれとほぼ同時に、違う戸口に消えた。

























また知らない場所に連れて来られたは、暗い房室に入れられる。

戸口に鎖を掛けられ、窓にも杭が打ち付けられる。

それ以外は普通の房室だった。

臥室ではないようだったが、牀が置かれている。

書棚の横には卓子と水差しが置かれ、それ以外は何もない。

扉を一つ見つけたは、そちらを空ける。

たくさんの襦裙と、浴室がそこにはあった。

ここで生活せよと言う事なのだろう。

簡素ではあったが、豪奢な感じは拭えない、よほど私服を肥やしているに違いない、とは心中で呟いた。

「私を拘留して…どうしようと言うの…」

靖共には殺すことが出来なかったのだろうか。

父を貶めておいて、その娘には手をかけられぬと?

「莫迦な…」

母に惚れていたと言った、呀峰の言が脳裏に蘇る。

しかし、は盟羽ではない。

その意志を継ぐ者として、影を重ねたのだろうか。

それとも、心変わりを待つつもりなのだろうか。

「共助など、出来ようはずもない」

暗闇の中で、はそう呟き、牀へ向かい横になった。

























翌日、あまり眠れなかったの許に、朝餉が運ばれてきた。

ここの官邸の者は、一様に事情を知っているのか、それともよくこういった事があるのか、鎖を外して入って来ることに抵抗がない。

とりあえず出された物を食べたは、再び器を取りに来た女御に問う。

「ここは靖共の官邸でしょうか?」

「…」

「私を拘留して、何か利点がございますか?」

「…」

「あなた達は、良心に恥じないの?」

「…」

「国府も…ここまで汚れてしまったのね…」

何も返してこない女に、は大きく息を吐く。

ここは一体、国府のどの辺りなのだろうか。

外朝か、内朝かも分からない。

金波宮なのだろうが、それも多少疑わしい。

なにしろ殆ど何も見ずに、和州から運ばれてきたのだから。

何とかこの事を、外に知らせる事は出来ないものだろうか。

そう考えていたは、次第に諦める事となる。





外に知らせるのは、全く不可能だった。

人が来るのは食事の時だけ。

それも女御が持ってくるのだが、背後には必ず三名の男が見張っている。

女には幾度か話しかけだが、やはり何も答えなかった。

しかしいつだったか、微かに申し訳なさそうな表情をし、ちらりと戸口に目をやり、器の回収に戻った。

窓は開けられることなく、灯りを頼らないと、一条も光が刺さない。

食事の時間は定期的だったが、幾日も続くと、次第に日を換算する事を止めてしまった。

唯一救いなのは、書棚の中にある、数々の蔵書だった。

母の好みそうなものが多かったのは、やはり靖共の指示なのだろう。



















いつものように、灯りをつけて本を手に取ったは、重々しい鎖の音に動きを止める。

本を持ったまま、戸口をじっと眺めていた。

やがてそこから姿を現したのは、いつもの女ではなく靖共だった。

「靖共…いつまで私をここに置いておくつもりですか?」

冷たくいったの言に、靖共は動じた様子もなく答える。

「国官になるのなら、今すぐにでも出て構わないが」

「…それはあなたの傘下に入れと言う事でしょう。あの時申し上げた事に、今も変わりありません」

「ふっ…。倶には天を戴かずと?」

「父と母を失った娘が、仇にそう思うのは当然でしょう?」

「…その本は」

手元に目を向けた靖共は、の返答を待たずに言った。

「盟羽が好きだったものだな」

母をよく知っているのかと、問いかけたそうになったは、慌てて言を飲み込んだ。

黙って本に目を落とす。

「また来よう」

靖共はすぐにそう言って、房室を後にした。

は本を持ったまま卓子に移動し、本を開いて読み始めた。

薄暗い房室で、母が好きだったと言うそれを。



続く






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