ドリーム小説
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煌羽の誓い =18= その日を境に、靖共はほぼ毎日来るようになった。
すぐに帰ってはいくが、国に仕えるように毎日言いに来るのだった。
ある日は、王について問う。
それに対し、靖共の言は完全に王を舐めており、己がすべての実権を握っているかの如し暴言を吐いていた。
「いずれにしろ、主上はおられん。蓬莱に逃げ帰ったとの噂も聞く。また空位の時代になりそうだ」
さもそれを待っているかのような言い様に、は靖共を睨む。
「空位になれば、天の理が傾きます。また、民が苦しんでしまう。一国の冢宰ともあろうお方が、それを望んでおられるようですが?」
「まさか。望んでいるはずなかろう。本当に困ったことよの」
笑いながら退出する靖共に続き、鎖の重々しい音が房内に響く。
「私は…こんな所で何をしているのかしら…」
拘留されて、もうどれ程の日数が経ったのか…。
こうしている間にも、和州では麦州の者が動いているのだろう。
煌羽も一緒に動いているはずだ。
背後に麦州が居ることを、決して悟られてはいけない。
靖共の手の内にあるのなら、なおの事だった。
「やはり…従ったふりをして、ここから出るべきなのかしら…」
だが、そう簡単に信じるだろうか。
「いいえ…信じるはずないわ。それに…下手に私が何かをすると、危険かもしれない」
和州での事が収まるまでは、大人しくしているのがいいだろう。
例えそれで幾年か過ぎようと、例え、それで命を落とす事になろうと…。
「浩瀚…」
無意識に呟いた声を慌てて消すように、は手を振って立ち上がった。
例え独り言でも、聞かれていたら問題になる。
浩瀚と繋がりがあるなどと露見してしまえば、どう利用されるか分かったものではない。
大きく息を吐いて、は牀へ横になった。
今が夜かどうかは分からないが、眠ってしまおうと瞳を閉じた。
「ん…」
がちゃりと大きな鎖の音に、の瞳が薄く開かれる。
食事の時間だろうかと起きあがり、軽く身なりを整えて扉が開かれるのを待った。
伏せた女御を見ながら、は首を傾げる。
いつもの女御ではなく、見慣れない女に見えたのだ。
しかし食事を持っている所を見ると、代わりの者なのだろう。
だが、いつもの女御はどうしたのだろうか。
「あの…いつもの方は?どうかなさったのでしょうか?」
「…」
「辞めた。お前を逃がそうとしていたからな」
女御ではなく、外の男がそれに答える。
「え…?私を?それは何かの間違いですわ」
は言いながら立ち上がって、戸口に向かって歩き出した。
慌てた男達は中になだれ込み、を止めようと腕を広げた。
「何も逃げようとはしておりません。…冢宰に言いなさい。私は彼女と一言も口を聞いていないと。彼女はいくら私が質問しても、何も答えてはくれなかったのだから。まさか、無体な事をなされてはおりませんわね?」
の鋭い眼光が、男達を一歩、後退させる。
「どうしました?早く冢宰の許へ行きなさい。何も彼女を戻してくれと、言っている訳ではないのですから。ただ誤解を解く手段を、私は持っておりません。これまで監視していた、あなた達がそれはよくご存じでしょう?」
「だが…」
「いいから行きなさい!」
男達は負けたように退き、扉を閉めて鎖を掛けた。
中に女御が居ることも忘れて。
「閉じこめられてしまいましたわね。まあ…すぐに戻ってくるでしょう」
はそう言うと、女に笑いかけて椅子を指した。
戸惑っている女御に、構わないと言うと、書棚に向かって一冊を取り出す。
ぱらりと捲ってそのままの体制で文字を読み始めた。
しかし、女御の気配が近づいてきたのを感じ、は本をぱたりと閉じてそちらを見た。
女御はのすぐ近くまで来ており、その桜色の袖は顔を隠している。
は訝しげにそれを見ながら、本を書棚に置く。
袖で顔を覆うその仕草に、泣いているのだろうかと思った。
桜色の襦裙に隠れて、女御は額しか見えていない。
「どうかなさったの…?あの、ひょっとして、以前ここに来ていた方に何かあったのですか…?」
その問いに対し、女御は首を振って否定した。
「泣いておられるのですか?それとも気分が悪…」
そこまで言った瞬間、その袖は大きく取り払われ、の視界を桜色に染めた。
何事かと思っていると引き寄せられており、気がつくと桜色に包まれていた。
「え…あの…?」
女性にしては大きな胸元を頬に感じる。
背もより随分と高いようだった。
体ごと伏せていたために、気がつかなかったのだ。
「あなた…男…?」
視界の端に笑った女御の口元が見え、はそれによって焦りを覚える。
逃げようともがく体を、桜色の女御は押さえつける。
「何をするのです!」
胸元に手を打ち付けながら言うに、女御の手が伸びてきて、顔を上に向けられる。
端正な顔立ちの女御だった。
どこかで見た面差しに、の力は弱まる。
しばらくその顔を見つめていたの瞳が大きく開かれ、それと同時に口も開かれた。
「こ…」
女御は一言しかそれを許さず、残りの言葉を口付けによって消した。
完全に脱力してしまったは口付けの後、女御に体を預けて小さくか細い声で言う。
「浩瀚…逢いたかった…」
女御姿の浩瀚は何も言わず、の背を撫でる。
は身を起こして、浩瀚の顔を見つめた。
「すっかり…騙されましたわ…それに、とても綺麗」
そう言ったに、浩瀚はちらりと笑い、再び口付けた。
思わぬ再会にの瞳は静かに閉じられ、口付けは深まっていった。
「いつから…ここに…?」
長い口付けの後、は桜の襦裙に頬を預けながら、そう問いかけた。
「随分と前から。信用を得るのに、少し時間がかかってしまった」
「何故こんな所に…」
「もちろん、を救い出すために…」
「竄匿中でしょう!」
「和州で捕まった煌羽の内、二名が桓タイと合流した。なんとしてでも、浚われた事を知らせねばならぬと、街に戻ったようだ」
「そんな…なんて危ない事を。真っ直ぐ瑛州に逃げなさいと言ったのに…」
「が運ばれた華軒を、見張りの数名が目撃している。その時は何か分からなかったようだが、後日合流した煌羽の者によって、である事が明らかになった」
「でも、どうしてここが?私ですら、ここが何処かも分からないと言うのに…」
「ここは冢宰府だ。私物化もいいところだが、官邸に移されていないのが救いだった。まだ動きが取…」
言いかけた声を、浩瀚は飲み込んでから離れた。
下がって叩頭し、扉が開くのをじっと待っている。
も再び書棚に向かい、本を捲りながら構えた。
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