ドリーム小説
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煌羽の誓い =20= 場所を浩瀚の自室に移し、乱についての詳細を聞いた。
「が直接声を掛けたのは、全部で五十余名。その者達が率先して、人を集めた。多い者は五十余名を引き連れて来たそうだ」
一人が最低でも十人は連れており、平均すると二十名ほどだという。
「それで千も…」
「煌羽の盟主は、それだけの信頼を寄せられる、魅力があったと言うことだな」
「巡り合わせが良かったのです。代わりに、靖共や呀峰までにも巡り会ってしまって…」
そう言ったは、ふと顔を浩瀚に向け、真剣な顔つきで言った。
「浩瀚…。謝らなければならない事があるの」
はそう言うと、椅子から立ち上がって浩瀚の近くに進み跪いた。
真剣な顔つきを見た浩瀚は、に向き直って耳を傾ける。
「私は盟約に背き、死ぬことを考えました。靖共に首を差し出し、跳ねよと…。挑戦的な事を言い、あなたと再会する事をいとも簡単に諦めました」
そう言ったに、静かな浩瀚の声が降る。
「不倶戴天か…」
はっと顔を上げたは、浩瀚を見つめる。
「何故…知っておられるのですか?」
「知っていた訳ではない。ただ、当然の事だと思ったまで。靖共は両親の仇であり、麦州の仇でもあり、慶東国の災厄ともあろう者だ。それに屈するのなら、煌羽の活動など出来ないだろう」
「確かに…でも盟約を反故にしたことに変わりありません」
「麦州の民を守る為の方便だろう。が煌羽の盟主と名乗り、和州から運ばれたのは聞いている。謀反の気配から靖共の目を反らし、すべての疑いを一身に受けようと…」
「それは…でも」
浩瀚はを立たせて、首を振りながら言った。
「が謝るのなら、わたしも謝らなければならない」
「何故です?」
「わたしはこの乱の責任をとる必要がある。国が動けば、乱はたちどころに鎮圧されるだろう。だが、その責任をとるのはわたしだ。わたしがすべて指示を出し、無理に麦州の州師を使ったのだから」
「浩瀚…」
「盟約は守りたい。だが…」
浩瀚が何を言おうとしているのか、には分かっていた。
代弁するかのように、言葉が口をついて出る。
「仰いで天に恥じず…」
がそう言うと、浩瀚は頷いて言った。
「上に立つということは、それだけ責任が重くなる。が明郭に集った千人の…いや、反乱を起こそうとしている、義民達の命を背負っているように、わたしも州侯として背負うべきものがある」
「それは…分かっております。もちろん、それによってあなたが私に謝る必要はございません…。今回も、麦州を守りつつ逃げて下さった。表に出て裁かれねばならない時がくれば、きっとあなたは迷わずそうなさる」
は瞳に涙を浮かべながら、続きを言った。
「だからその時がくれば、私はあなたと供に参りましょう。麦州で生まれた煌羽は、やはり麦州で離散するのです」
「…それはわたしが望む事とはほど遠い。出来ることなら、貴女には生きてほしい」
「一人で生きよと?愛する者を失って、それでもまだ生きよなど、惨いことを言わないで…私は母とは違う。娘も息子もいないのだから…あなたを失ってしまえば、もう…」
声は何かにつっかえ、代わりに涙が頬を伝う。
「だからお願い…今は何も言わないで…私だけ生きよなど、言わないで…」
近寄った浩瀚に縋るようにして、は泣き崩れた。
岩は水を弾く。
だが水は何度も岩に落ち続け、少しずつ削っていく。
そして岩は気がつく。
水の存在に。
だが、岩は水の存在に気がついても、逃げることは出来ない。
水もまた、岩を削ることを止める事が出来ない。
では、最終的にどうなるのだろう。
水と岩の行く末は、一体…。
ただ流れる涙をそのままに、は浩瀚の胸元に体を預ける。
気遣うように髪を撫でる手が、いつまでも動いていた。
その翌日、明郭で反旗があがったと知らせがあった。
柴望を中心とした、約一万もの反乱軍が、手薄になった州城を襲う。
それを聞いたは、一人安全な所にいるような気分に苛まれ、落ち着きを失いつつあった。
館第の中を何度も行き来して、気を紛らわせていたが、どうにも落ち着かない。
明郭にしろ、拓峰にしろ、知った者達が集っているのだ。
虎嘯や夕暉の顔が思い出され、柴望の顔も思い出される。
それと同時に、やはり煌羽の面々がありありと浮かぶ。
瞳を閉じると、断末魔の叫びが聞こえそうに感じていたのだ。
「」
呼び止める浩瀚の声にも気がつかず、はひたすら足を動かしていた。
先回りした浩瀚が止めるまで、ずっとそれは続いた。
「」
少し強めに言った浩瀚の声に、は目前の人物を見上げる。
「少し落ち着きなさい」
「でも…」
揺れる瞳は浩瀚に向けられていたが、その瞳には違うものが写っているのだろう。
乱の様子が見えるはずもないのだが、の瞳には戦火が映し出されている。
「信用してあげなさい。戦う者達を」
「はい…」
俯いたの肩に置かれた手は、軽く力が入れられる。
それによって浩瀚もまた、と同じ心情で有ることが分かった。
夜も深まり、夜中になってもまだ、は眠りにつくことが出来なかった。
乱が起きてしまったのだから、誰もが寝ずに戦っているのだろう。
戦況はどうなっているのだろうか。
明郭で乱が起きたというのを最後に、まだ何の知らせも届いていない。
明郭の事も、拓峰の事も分からないのだ。
「どうか…天帝のご加護を」
窓際に立って祈るの肩を、冬の冷たい風が通り抜けていった。
乱の終結は、二人が思いもよらぬ形で訪れた。
「今、何と?」
驚いたの瞳に、微笑む浩瀚の姿があった。
「拓峰に主上と台輔がお出ましになり、乱を鎮圧された。ご遊学中だとされていた主上は、瑛州に逗留されていたようだ。拓峰の義民の中に、主上御自らおわしたと、桓タイの知らせにはある。拓峰は鎮圧され、禁軍は明郭に向かうそうだ。呀峰を捉え、靖共もまた、捉えるとの事だ」
「義民の中に…?主上が?」
「そのようだな」
「そんな…まさか!」
「それから、老師も無事だと言うことだ」
「乙…老師が…」
はそう言うと、その場に座り込んでしまった。
先日とは違う意味合いの雫が、瞳から零れ始める。
「よかった…本当によかった…老師は無事だったのですね…」
浩瀚が歩み寄り、の肩を包んで言った。
「ああ、それから…わたしの罷免の件も取り消されたようだ。桓タイが直々に頼んでくれたらしい」
「これは…本当に現実の事ですか?夢ではなく、本当の事なの?」
「夢ではない。こうしてわたしがの側にいる。触れていると肌が感じているのだから、現実に違いなかろう」
「でも…でも…こんなにすべてが上手く行くなんて…ありえない事だわ。乱は成功に終わり、靖共の悪事は露見し、乙老師は無事、麦州侯の罷免も解けた…こんなに何もかもがいい方向に進む事なんて…現実にあるのかしら…」
「実際にあるのだから、ありがたく受け入れようではないか」
微笑む浩瀚の顔を見つめていただが、それでもまだ信じられないと言った様子を見せていた。
「とにかく、乱は終わった。わたしも裁かれることなく、再び州侯の任に就ける。と一緒に、麦州に帰ることが出来る」
「浩瀚…」
は浩瀚に腕を伸ばし、しっかりと抱きついた。
強く抱き返す腕が、に現実だと語りかけているようだった。
「それから、。知らせには、煌羽の殆どの者が、拓峰に集まっていると書いてある。盟主の到着を、強く望む声があがっているそうだ」
「煌羽の…」
浩瀚は頷くと静かに言った。
「拓峰に向かうのなら、ここに連れてきた騎獣を使うといい。空を行くのなら、馬よりは早く着くだろう」
「拓峰に…浩瀚、いいの?」
「行きたくないと言うのなら、止めはしない」
「いいえ!行きたいわ、とても」
「それなら、拓峰に向かうといい。だが、再び盟約をしてほしい」
一度破った盟約を、再びと言う浩瀚に、は拱手をしながら言う。
「煌羽の盟主としてではなく、ただの一個人としてあなたに誓います。いかな境遇に於いても、私は必ず生きて戻って参ります。例え竄匿し恥辱を舐めようとも、浩嘆の地に貶められようとも、それを盟誓いたします」
「では、快く送り出そう。名残惜しい気もするが、戻ってくるのなら、それを信じて待っていよう、この館第で」
「浩瀚…」
は浩瀚に縋り付くように腕を伸ばし、しっかりと体を付ける。
浩瀚もまた、を抱きしめていた。
「すぐに戻って参ります。これが最後…あなたの側を離れるのは、本当にこれが最後に致します」
「それは…?」
問いかけようとした浩瀚をそのままに、はその体から離れ、館第の外に出る。
素早く騎乗し、瞬く間に空上の人となった。
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