ドリーム小説
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煌羽の誓い =21= 拓峰はまだ、燻る煙が残っていた。
そのまま真っ直ぐ郷城に降り立ったは、警戒した冬器を持った数名に囲まれた。
「さま!」
囲んだ一人がそう叫ぶ。
「あなたは…紀州の?」
「はい!よくご無事で!」
その者の声に、各所から反応があった。
の周りは、あっという間に人の山が出来た。
その人垣を縫ってやってくる人物を、は嬉しそうに迎える。
「虎嘯、夕暉…それに、将軍!」
「お久しぶりでございます。よくご無事で」
にこやかに桓タイは語りかける。
お互いあまり接点はなく、州城に於いて数回見かけた程度だったが、一つの目的のために動いた、同志のような感覚で話す事ができた。
「助けて頂きましたから。あの方に」
「は…?あの方と申しますと…。ま、まさか…!」
「そのまさか、で正解かと。私も驚きましたが」
はそう言うと、桓タイに軽く耳打ちしていった。
「実は冢宰府に閉じこめられていたのです」
「そ、そこに行かれたのですか?あの方が?」
「はい。驚いたでしょう?」
「驚いたと言うよりは…呆れました」
はそれに笑って、桓タイから隣の人物に目を移す。
「虎嘯、夕暉。無事でなりよりです。私の情報、少しは役に立ちました?」
「少しじゃねえな。大助かりだ。煌羽の連中も頑張ってくれたし、感謝しているぜ」
「さん、無事でよかった。煌羽の人から州城に囚われたと聞いて、とても心配したんだからね」
「本当に、心配をおかけしたようで、申し訳なく思っております」
二人とそんな会話をしていると、桓タイが横から口を挟む。
「なんだ虎嘯、この方と知り合いなのか?」
それに答えたのは、のほうだった。
「虎嘯達は、私の命の恩人なのです。以前和州に囚われた時、虎嘯に助けてもっらったの」
「拾ったに近いけどな…」
照れくさそうに虎嘯が言う。
夕暉が何かを言おうとした瞬間、虎嘯の背後から大きな声があがる。
「さま、わたしを覚えておられますか?」
気がついた虎嘯が体を退けると、そこには麦州で集めた人物が居た。
「ええ、もちろんですわ。拓峰にいらしたのですね。ご無事でなに…」
が最後まで言い終わらない内に、次々と声があがる。
の無事を喜ぶ者や、再会を喜ぶ者、まさに様々ではあったが、一度に全員が言うことを聞き取れるはずもない。
それに気がついたのか、虎嘯が人混みをかき分けて道を作り、桓タイが先導してを導いた。
軽く騒ぎになったことによって、各所から何事かと顔を覗かせる者がいた。
落ち着ける場所に移動したは、ほっと大きな息を吐き出す。
「やれやれ、とんだ騒ぎになりましたね」
呆れたように外を眺める桓タイに、はちらりと笑って言う。
「ええ、本当に。申し訳ございません。こんなにお騒がせするつもりはなかったのですが」
「いえいえ。煌羽の連中が終始不安がっていましたからね。一度顔を見せてくれると、ありがたいと思っていたところです。何しろ、足取りの掴めない状態でしたので」
乱が起きてから無事との知らせを受けたが、それを煌羽の者達に伝えることは不可能だった。
それどころではなかったのだから。
「それで…お話頂けますか。あの方の不審な行動を。瑛州で隠れているはずなのですが」
は冢宰府での出来事を、桓タイに事細かく説明をする。
話しが進むにつれ、頭を抱えるようにしていた桓タイに、は申し訳なく思いながら話しを終えた。
「まったく…すこしも自重しては下さらない」
「それは私も思いましたわ…随分と深く潜入していたようですから」
「潜伏の意味を分かっておられないのでしょうか…」
「どうかしら…。取り違えていることは間違いないわ」
そうが言うと、桓タイは軽く笑って返す。
「ああ、そうでした。先ほど、遠甫が此方に到着いたしましたよ。お体の方は大丈夫そうでした」
「老師が…?ご無事だったのですね」
大きな息を吐き出したに、桓タイは連れて来ようかと問う。
「いえ、それには及びません。私の方から老師を訪ねますわ。今はどちらに?」
「ああ、下でお話しされていたようですので、まだそちらにおられるかと」
「ありがとう。行ってみるわ」
は桓タイに礼を言うと、乙を探して下に向かった。
乙は緋色の髪の人物と話しをしていた様で、はそれが終わるのを待とうと、その場に立ち止まった。
しかし乙がそれに気がついた。
「おお、か。囚われたと聞いておったが、無事でなにより」
「…老師。ご無事で…里家の事は聞きました。どちらに囚われていたのです?」
「和州城じゃよ。も居たと聞いたかの。その後は何処に?」
「私は冢宰府へ籠められておりました」
「冢宰府?」
訝しげな声に気がついたは、乙の隣に立っている緋色の人物に目を向ける。
「あ…お話しの邪魔をしてしまって」
「今終わった所じゃよ。陽子、こちらは煌羽の盟主…と言っても分からんかの」
「いえ。何となくは知っています」
陽子と言われた緋色の人物はに微笑みかける。
「初めまして、陽子と言います。里家で遠甫に教えを請うていました」
「ああ…では貴女が生き残った娘さん…。初めまして、と申します。昔、私も教えを請うておりました」
「昔?ひょっとして…」
隣を見る陽子に、頷いた乙が言う。
「浩瀚と同じ頃に教えたかの。の場合は、両親の薫陶(くんとう)が大きいようじゃったが」
「その両親が教えを請うていたのも、老師でございますが?」
がそう言うと、乙は柔和に笑む。
同じように微笑んだに、陽子が問いかける。
「もし差し障りがないのなら、教えて欲しい。煌羽の事を。ちらりと耳にする程度で、実はよく知らない。ただ、とても強い意識によって繋がっている感じがした。虎嘯らとは違う、何かがあるような…」
「ああ、それはきっと、盟約でしょう」
「盟約?」
首を傾げた陽子に、乙が静かに言う。
「いかな境遇に於いても、必ず生きて戻られん。例え竄匿(ざんとく)し恥辱を舐めようとも、浩嘆(こうたん)の地に貶められようとも、それを盟誓されんとす」
「…それが煌羽」
陽子はそう言うと、をじっと見つめる。
「煌羽の盟約は、盟主・が、昔、浩瀚に宛てて書き残したものじゃな」
「麦州侯に?どう言う…」
話し始めたは、煌羽のあらましからを陽子に語る。
しかし途中で言を切り、陽子に向かって微笑んだ。
「乱に参加せよと言っておいて、酷い盟約ですわね…元々煌羽は戦いを主体とした同盟ではないのです。戈剣(ぶき)を手に取った瞬間から、私は…」
はそう言うと、首を横に振る。
「冢宰府に囚われていたと言うのは?靖共が何か関係が?国府で人が囚われていたと言うのに、誰も気がつかなかったのか?」
「靖共は、府第を私物化しておりました」
「なるほど…入れたくない訳だ」
「入れたくない?他の人物をですか?」
「まあ、わたしを、だな。何も冢宰府ばかりではないが、誰もわたしが入ろうとするのを好まない」
「?秋官であらせますか?では、それは都合が悪いからでしょう。官だけが動かす時代が、慶には長くございましたから…冢宰府ですら私物化されていたのです。他の官府とて同じでしょう」
笑ったままの乙がに言う。
「秋官ではないがの」
「ですが…」
「陽子は字を赤子と言ってな」
「せき…し…?赤子!?景…王…赤子?」
絶句したままのは、陽子と目が合うと慌てて跪(ひざまず)き言った。
「今回の乱について、煌羽は私の指示に従っただけなのです。どうかご温情を…」
「そんなことはしなくてもいい。混乱を引き起こしておいて、王などと言うのは恥ずかしいかぎりだが、一応そうなっている。だが、わたしは虎嘯の仲間だし、桓タイとも仲間だ。ただ…王と言う立場を利用させてもらって、遠甫を太師にお招きした」
陽子はそう言ってを立たせた。
唖然としたは、ただ陽子を見つめるだけで何も言葉が出てこない。
「煌羽にも助けてもらった。ありがとう」
「いえ…戦ったのは私ではございません」
「だが…」
まだ何かを言いたい様子を見せた陽子に、気を取り直したは大きく頷き、微笑んでから言った。
「主上、私はまだやり残した事がございますので、退がらせて頂きますわ。それから…もう一つ、騒ぎを起こすことをお許し下さい」
はそう言うと、立ったまま礼を取ってその場から消えた。
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