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煌羽の誓い


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「誠実な方…」

は一人呟きながら、郷城の中を移動していた。

煌羽の者を見つけると声をかけ、主楼に人を集めるように指示を出す。

しばし間隔を置いたは、主楼へと向かい、そこに集まった人々の許へと進む。

さま!」

各所から上がる声に微笑みながら、はなおも人々の前へと進む。

「ここにいる煌羽はこれで以上ですか?」

「はい!残りは和州城におります」

「そうですか…。では皆様、まずはありがとうございました。これだけの人数が集まってくれた事と、生き残ってくれた事を、深く感謝いたします」

深く腰を折った盟主に、煌羽の中からざわめきが生まれた。

「そんな…頭を下げないで下さい。我々は自らの意志でここにいるのですから」

「そうです!慶を思えばこそ!」

そう言った意見が多数あったが、はただ笑って人々を見つめていた。

よく見ると、後ろの方に虎嘯や夕暉が見える。

見守るように桓タイが腕を組んで入り口付近に立っており、陽子や乙、その隣に若い娘もいて、それぞれがこちらを見守っている。

それらに微笑みかけながら、は場が静まるのをじっと待った。

やがて静まった主楼に、凛としたの声が響く。

「煌羽はその昔、敦厚と盟羽によって、麦州で生まれました。盟羽の死により、一度離散した煌羽は、次に紀州で再度立ち上がりました。そして今、和州のこの地で、煌羽は再び離散いたします」

どよめきが辺りを包み込んだが、は再び冷静にそれが収まるのを待った。

次のの言に、全員が集中しようと顔を向け始めたのを見て再び語る。

「正道を貫こうとした我々の活動は、新しい時代…赤子の作る王朝には必要ない。そう感じることが出来たからです。その理由は、私よりも皆様の方が分かっておられる事でしょう」

は一人一人の顔を見るように首を動かし、続いて言った。

「生きることの大切さ、生き抜くことの大変さを、誰もが骨身に染みて感じていることでしょう」

は、さらに一同を見回して言う。

「心の中にあるものこそ、煌羽なのです。誰もが羽ばたくための翼を持っている。それは飛ぼうとする意思がある限り、煌めきを失うことなく存在するのです。慶と言う愛すべき国が危うければ、誰もが盟主となり、煌羽は再び動くでしょう」

はそう言って話しを終えた。

ゆるゆると沸き上がる煌羽の声を聞きながら、主楼を退出していった。



















「こちらに」

主楼を出ると、すぐに桓タイが追って来て、を呼び寄せる。

「主上がお話したいと」

はそれに頷いて桓タイの後に続く。

中に入ると、陽子は一人でを迎えた。

桓タイもすぐに退出していく。

「何故煌羽を離散させたのか、理由を聞いてもいいだろうか?」

率直に問う陽子に、は頷いて答える。

「戈剣(ぶき)を手に取らぬ煌羽が、戦いを決意した時から、そのつもりにしておりました。それに、先ほども言ったのですが、主上を見て決めさせて頂きました。天は…誠実で良い王を慶に与えて下さったのだと。主上が玉座におられる限り、煌羽は必要ないと判断したのです」

「…それは、違う。そんな事はない。わたしが道を誤らない確証など、何処にもないのだから。きっとわたしには、煌羽のような存在が必要なのだと思う。重石になってくれるような…そんな存在が」

「老師が、きっと良い重石になってくれるでしょう。靖共や呀峰が悪だと言える王ならば、煌羽がおらずとも大丈夫です」

「だが…前々王の頃から続いているのだろう?それを今になって解散とは…」

「慶の夜は明けたと、そう思ったのです。それに煌羽は無くなりません。もし、慶を再び暗雲が包もうとすれば、再び煌羽は立ち上がります。その時、盟主は私ではないかもしれませんが」

は言った。

心の中にあるものこそ、煌羽なのだと。

誰もが羽ばたくための翼を持っている。

それは飛ぼうとする意思がある限り、煌めきを失うことなく存在すると。

「さすがに、盟主の言うことは重みがあるな…」

陽子はそう言うと、大きく息を吐いた。

ゆっくりと息を吸って、再びに向き直った陽子は言う。

「国府に仕えて欲しいと頼むことは、可能だろうか」

「国府…に?私を、ですか?反乱を推進した者に言う事ではございませんが…」

「関係ない。それを言うなら、わたしも同じだ。それに浩瀚も」

浩瀚の名が出たことによって、ははっと目を開く。

「浩瀚にも、国府へと来てもらえないだろうかと考えている。誤解を謝りたいし、話しをしてみたい」

は微笑んで下を向く。

すべてが明るい方向に進んでいる事に、笑顔になったのだった。

だが、は真顔に戻って陽子に言った。

「主上…」



































浩瀚の許へと戻ってきたは、王と会った事を告げて報告をする。

再会を喜び合うために抱擁を交わし、後日訪ねてくる王の事を話す。

そして、煌羽を離散させた事をも告げた。

「煌羽が、離散?」

驚いた顔を見せた浩瀚に、は微笑んで答えた。

「今は何もお聞きにならないで。後日、あなたが主上とお話しされたあとに、その心情を言いましょう」

そう言ったに、浩瀚は頷いてそれ以上は聞かなかった。


















そして後日。

訪ねてきた王は、浩瀚に冢宰を任じた。

謹んでそれを受けた浩瀚を、は微笑んで見ていた。

自らが囚われていた、忌まわしい冢宰府。

そこはこれから、浩瀚が政務を取る場所になるのだ。

記憶もいずれ薄れ行くだろうと、は思っていた。

























その日の夜、は追懐に身を置きながら庭院に立っていた。

母と過ごした麦州の里から、松塾へと通っていた自分が浮かび上がる。

院子にあった石案で、よく話しをした。

父と母がそうしたように、浩瀚と向かい合って。

そんな日々がずっと続くのだと、あの時は思っていた。

だが、母は惨殺され、自らの身の危険を回避するべく、は麦州から離れてしまった。

紀州で伯父の庇護に預かりながら、煌羽の盟主として立ち上がった。

かつて、父がそうしたように。

父の亡き後、母がそうしたように…。

麦州から送られてきた煌羽の者からの言付けで、再び麦州に戻るまでに、実に幾年が過ぎた事だろうか。

思いを空に馳せて見上げれば、幾多もの煌めきが空を埋め尽くしている。



呼ばれた愛しい声に、静かに振り返ったは微笑みを向けて言った。

「浩瀚…」

「主上からお聞きした。国官にはならぬと?」

静かに歩み寄ってきた浩瀚は、の前で立ち止まってその背に腕をまわす。

「煌羽を離散させたのは、国府に上がるからだと思っていた。だが、には断られたと主上は…」

「ええ。私が煌羽を離散させたのは、国官にならないかと言われた前ですもの」

「…今日は、話してくれるのだろうか?ひょっとしてまた、わたしから離れようとしているのか?」

「…」

は何も言わずに浩瀚の背に腕を廻す。

少し力を入れて抱きつくと、答えるように力が返ってくる。

「煌羽は心の中に、いつまでも存在するのです」

はそう言って浩瀚から体を離し、和州で言った事を繰り返して浩瀚に告げる。

黙って聞いていた浩瀚はをじっと見つめ、その心情をくみ取ろうとしていた。

話し終えたは、浩瀚に微笑みかけ、その体を離した。

「私は国官になりません。ですが、主上は見せて下さると…父の果てたその場所に、連れて行って下さると」

「これからはが側にいるものだと思っていた…和州へ向かう前、離れるのはこれが最後と…」

「ええ。確かに、私はそう言いましたわ」

はそう言うと、浩瀚の瞳をじっと見つめて言う。

「私はあなたと供に参ります。国官としてではなく、個人的にあなたをお助けする為に」

軽く目を見開いた浩瀚は、すぐに表情を改めてに腕を伸ばす。

自らに近寄って、腕の中に包み込んだ。

「生きていて、良かった…。浩瀚、あなたにこうして抱かれる度に、何度もそう思うの」

浩瀚はそれに対して何も言わず、の顔を持ち上げて口付けた。

瞳を閉じる瞬間に、零れるような煌めきが空に見える。

口付けたままの二人に、満天の星が降り注ぐ。



続く






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次回で最後です。

もうしばらくだけ、お付き合いをお願いします。

                           美耶子

    

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