ドリーム小説
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煌羽の誓い =22= 「誠実な方…」
は一人呟きながら、郷城の中を移動していた。
煌羽の者を見つけると声をかけ、主楼に人を集めるように指示を出す。
しばし間隔を置いたは、主楼へと向かい、そこに集まった人々の許へと進む。
「さま!」
各所から上がる声に微笑みながら、はなおも人々の前へと進む。
「ここにいる煌羽はこれで以上ですか?」
「はい!残りは和州城におります」
「そうですか…。では皆様、まずはありがとうございました。これだけの人数が集まってくれた事と、生き残ってくれた事を、深く感謝いたします」
深く腰を折った盟主に、煌羽の中からざわめきが生まれた。
「そんな…頭を下げないで下さい。我々は自らの意志でここにいるのですから」
「そうです!慶を思えばこそ!」
そう言った意見が多数あったが、はただ笑って人々を見つめていた。
よく見ると、後ろの方に虎嘯や夕暉が見える。
見守るように桓タイが腕を組んで入り口付近に立っており、陽子や乙、その隣に若い娘もいて、それぞれがこちらを見守っている。
それらに微笑みかけながら、は場が静まるのをじっと待った。
やがて静まった主楼に、凛としたの声が響く。
「煌羽はその昔、敦厚と盟羽によって、麦州で生まれました。盟羽の死により、一度離散した煌羽は、次に紀州で再度立ち上がりました。そして今、和州のこの地で、煌羽は再び離散いたします」
どよめきが辺りを包み込んだが、は再び冷静にそれが収まるのを待った。
次のの言に、全員が集中しようと顔を向け始めたのを見て再び語る。
「正道を貫こうとした我々の活動は、新しい時代…赤子の作る王朝には必要ない。そう感じることが出来たからです。その理由は、私よりも皆様の方が分かっておられる事でしょう」
は一人一人の顔を見るように首を動かし、続いて言った。
「生きることの大切さ、生き抜くことの大変さを、誰もが骨身に染みて感じていることでしょう」
は、さらに一同を見回して言う。
「心の中にあるものこそ、煌羽なのです。誰もが羽ばたくための翼を持っている。それは飛ぼうとする意思がある限り、煌めきを失うことなく存在するのです。慶と言う愛すべき国が危うければ、誰もが盟主となり、煌羽は再び動くでしょう」
はそう言って話しを終えた。
ゆるゆると沸き上がる煌羽の声を聞きながら、主楼を退出していった。
「こちらに」
主楼を出ると、すぐに桓タイが追って来て、を呼び寄せる。
「主上がお話したいと」
はそれに頷いて桓タイの後に続く。
中に入ると、陽子は一人でを迎えた。
桓タイもすぐに退出していく。
「何故煌羽を離散させたのか、理由を聞いてもいいだろうか?」
率直に問う陽子に、は頷いて答える。
「戈剣(ぶき)を手に取らぬ煌羽が、戦いを決意した時から、そのつもりにしておりました。それに、先ほども言ったのですが、主上を見て決めさせて頂きました。天は…誠実で良い王を慶に与えて下さったのだと。主上が玉座におられる限り、煌羽は必要ないと判断したのです」
「…それは、違う。そんな事はない。わたしが道を誤らない確証など、何処にもないのだから。きっとわたしには、煌羽のような存在が必要なのだと思う。重石になってくれるような…そんな存在が」
「老師が、きっと良い重石になってくれるでしょう。靖共や呀峰が悪だと言える王ならば、煌羽がおらずとも大丈夫です」
「だが…前々王の頃から続いているのだろう?それを今になって解散とは…」
「慶の夜は明けたと、そう思ったのです。それに煌羽は無くなりません。もし、慶を再び暗雲が包もうとすれば、再び煌羽は立ち上がります。その時、盟主は私ではないかもしれませんが」
は言った。
心の中にあるものこそ、煌羽なのだと。
誰もが羽ばたくための翼を持っている。
それは飛ぼうとする意思がある限り、煌めきを失うことなく存在すると。
「さすがに、盟主の言うことは重みがあるな…」
陽子はそう言うと、大きく息を吐いた。
ゆっくりと息を吸って、再びに向き直った陽子は言う。
「国府に仕えて欲しいと頼むことは、可能だろうか」
「国府…に?私を、ですか?反乱を推進した者に言う事ではございませんが…」
「関係ない。それを言うなら、わたしも同じだ。それに浩瀚も」
浩瀚の名が出たことによって、ははっと目を開く。
「浩瀚にも、国府へと来てもらえないだろうかと考えている。誤解を謝りたいし、話しをしてみたい」
は微笑んで下を向く。
すべてが明るい方向に進んでいる事に、笑顔になったのだった。
だが、は真顔に戻って陽子に言った。
「主上…」
浩瀚の許へと戻ってきたは、王と会った事を告げて報告をする。
再会を喜び合うために抱擁を交わし、後日訪ねてくる王の事を話す。
そして、煌羽を離散させた事をも告げた。
「煌羽が、離散?」
驚いた顔を見せた浩瀚に、は微笑んで答えた。
「今は何もお聞きにならないで。後日、あなたが主上とお話しされたあとに、その心情を言いましょう」
そう言ったに、浩瀚は頷いてそれ以上は聞かなかった。
そして後日。
訪ねてきた王は、浩瀚に冢宰を任じた。
謹んでそれを受けた浩瀚を、は微笑んで見ていた。
自らが囚われていた、忌まわしい冢宰府。
そこはこれから、浩瀚が政務を取る場所になるのだ。
記憶もいずれ薄れ行くだろうと、は思っていた。
その日の夜、は追懐に身を置きながら庭院に立っていた。
母と過ごした麦州の里から、松塾へと通っていた自分が浮かび上がる。
院子にあった石案で、よく話しをした。
父と母がそうしたように、浩瀚と向かい合って。
そんな日々がずっと続くのだと、あの時は思っていた。
だが、母は惨殺され、自らの身の危険を回避するべく、は麦州から離れてしまった。
紀州で伯父の庇護に預かりながら、煌羽の盟主として立ち上がった。
かつて、父がそうしたように。
父の亡き後、母がそうしたように…。
麦州から送られてきた煌羽の者からの言付けで、再び麦州に戻るまでに、実に幾年が過ぎた事だろうか。
思いを空に馳せて見上げれば、幾多もの煌めきが空を埋め尽くしている。
「」
呼ばれた愛しい声に、静かに振り返ったは微笑みを向けて言った。
「浩瀚…」
「主上からお聞きした。国官にはならぬと?」
静かに歩み寄ってきた浩瀚は、の前で立ち止まってその背に腕をまわす。
「煌羽を離散させたのは、国府に上がるからだと思っていた。だが、には断られたと主上は…」
「ええ。私が煌羽を離散させたのは、国官にならないかと言われた前ですもの」
「…今日は、話してくれるのだろうか?ひょっとしてまた、わたしから離れようとしているのか?」
「…」
は何も言わずに浩瀚の背に腕を廻す。
少し力を入れて抱きつくと、答えるように力が返ってくる。
「煌羽は心の中に、いつまでも存在するのです」
はそう言って浩瀚から体を離し、和州で言った事を繰り返して浩瀚に告げる。
黙って聞いていた浩瀚はをじっと見つめ、その心情をくみ取ろうとしていた。
話し終えたは、浩瀚に微笑みかけ、その体を離した。
「私は国官になりません。ですが、主上は見せて下さると…父の果てたその場所に、連れて行って下さると」
「これからはが側にいるものだと思っていた…和州へ向かう前、離れるのはこれが最後と…」
「ええ。確かに、私はそう言いましたわ」
はそう言うと、浩瀚の瞳をじっと見つめて言う。
「私はあなたと供に参ります。国官としてではなく、個人的にあなたをお助けする為に」
軽く目を見開いた浩瀚は、すぐに表情を改めてに腕を伸ばす。
自らに近寄って、腕の中に包み込んだ。
「生きていて、良かった…。浩瀚、あなたにこうして抱かれる度に、何度もそう思うの」
浩瀚はそれに対して何も言わず、の顔を持ち上げて口付けた。
瞳を閉じる瞬間に、零れるような煌めきが空に見える。
口付けたままの二人に、満天の星が降り注ぐ。
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