ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
煌羽の誓い =8= しばしの抱擁後、は浩瀚に言った。
「父母の背負うものは…私一人ではなかった。煌羽の盟主になって、とてもよく分かったの。私の双肩には、多くの命が乗っている。だから、この場に留まる事は出来ません。私は紀州へ戻ります」
「煌羽の活動は、紀州でないと出来ないのだろうか」
「…紀州を正そうとしている訳ではございませんが、皆が紀州で待っております。私もまだ紀州の県城に席がございますから…」
「麦州に来ないか?」
「え?」
「過去に言ったようにも思うが…適当に取り計らって席を用意する。先程のの話しだと、さほど大勢でもないようだから、煌羽のすべてを麦州で雇おう」
「あ、あなたって人は…」
はそう言った直後、噴出して笑った。
「何も変わっていないのね」
そう言いながらさらに笑うに、浩瀚はただ静かに微笑みかける。
やがて笑いの収まったは、微笑んで浩瀚に言った。
「では、もう数年お待ち願えますか。煌羽は今回の事で、規律を著しく損なおうとしております。このまま続けるか、いっそ離散させてしまうか、伯父共々悩んでいた所ですので、すぐにに答えは出るでしょう。離散するにしろ、麦州で続けるにしろ、処理が残っておりますゆえ、整理のための時間を下さいませんか」
「何年も待ったのだから、後数年増えたとて構わない。だが…早く戻ってくるとだけ、約束するのならば、すぐにでも州城から出そう」
「約束できぬ場合は?」
「さて、どうしたものか…」
「まあ…あんなに素直な少年だったのに。本当に大人になってしまったのね」
がそう言えば、浩瀚も微笑んで言い返す。
「無邪気に笑っていた少女が、大人の色香を纏って目前に現れたのだから、離したくないと思うのは当然の事かと」
それによっての口は閉ざされた。
顔は薄赤くなり、目は再び雲海に戻ろうとしていた。
それを遮ろうと浩瀚が動く。
再び腕の中にを抱き、再度問うた。
「すぐにとは言わない。だが、早く戻って来て欲しい。いつも思い出していた。日々忙しさの中ですら、埋没させる事は出来ないほど色鮮やかに、院子と石案とが」
も自ら腕を回して、浩瀚に寄り添う。
「浩瀚…なるべく早くに戻ってくるわ。だから、その時まで待っていて」
優しく穏やかな日は、そうして暮れていった。
それから二年が経過した。
連絡こそは途絶えなかったが、未だは麦州に現れていない。
しかし急を要する事態に、時代は移り行こうとしていた。
王による、女の国外追放が施行されようとしていたのだ。
そしてようやくが麦州に到着したのは、かなり緊迫した頃合だった。
「、無事でよかった」
「浩…麦候。この度は我々一同、引きいれて下さってありがとうございます。ついては現在発布されている法令の事なのですが」
「女性の国外追放か…今麦州の青海に面した港町で、女達を匿っている。煌羽の中にも、女性はいるだろうか」
「目の前におりますわ」
「他には?」
「他にはおりません。実際はもう少しいたのですが、煌羽を抜けて巧へと逃れました。私だけが麦州まで来たのです。男が十二名、これが全部になります」
「そうか、ではは明日にでも港町へ。男達は預かろう」
「ありがとうございます」
二年を経て、やっと再会したと言うのに、この状況では喜べない。
せめて今夜語り明かそうと思い、浩瀚は紀州から来た官吏達の逗留する先へ、指示を出していった。
その日の夜。
が逗留している房室へ、浩瀚は訪ねて行った。
分かっていたのか、昼と同じ襦裙のまま、は浩瀚を迎える。
「まだ起きていたのか?」
「来てくれるだろうと思ったので、待っておりました」
そう言っては微笑む。
浩瀚も微笑み返して房室内に入った。
「二年ぶりなのね…」
「そうだな。結局、煌羽はどのように?」
「活動は続ける事になりました。今回、伯父を中心に紀州に残る者が殆どでございました。私を中心に麦州に来た者は、紀州に戸籍にない者ばかり。土地もすでに没収されて、浮民同然の者ばかりなのです。紀州を守って行こうとしているようですが、やはり女の数は激減していますわね。三公もあまり力が無くなってきておりますし、今は名ばかりになっていますわ」
「そうか…だが、今は致し方ない」
「靖共が冢宰に任じられたと言うのを最後に、太保から来た連絡も途絶えてしまったのです。ああ、王が著しく精神を害されているような事も書いてありましたわ。靖共が相当目を光らせて、見張られているようで…。皆様、ご無事だといいのですが…」
すっと伸びた手はの頭上に置かれ、優しく撫でられる。
「きっとご無事であろう。あの誓いを胸に抱いたのなら、大丈夫だろうと思う」
言い終わった浩瀚の手は頭上から頬に移動し、そこで留まっていた。
「麦候も、あの誓いを胸に留めると、誓って頂けますか?」
「が傍にあると言うのなら、いつでも誓ってみせよう」
「…あなたはいつも意地悪ね…明日にはまた発たねばならないと分かっていて、そのような事を仰るのだから…」
「すまない」
そのまま口付けを施し、浩瀚の顔は離れていく。
じっと見つめるの視線に、気がついた浩瀚は見つめ返した。
何かを求める目ではない事に、浩瀚は少し首を傾げる。
「どうした?」
「え…あ…いいえ。なんでもないですわ」
慌てて逸らした顔は赤く、二年ぶりに見るその様子に、浩瀚の腕は再び伸ばされていた。
しかし軽く跳ねる力に、腕の動きが鈍る。
「あの…麦候」
「昔のように呼んでいい」
「浩瀚…あの…」
ますます赤い顔を見せて、は途切れがちに言った。
「始めてあなたを見た時、なんて綺麗な少年なのだと思った。その面差しは、今も変わらない。だから、あまり近づけられると…その…恥ずかしいのです」
「近付かねば、口付けは出来ない」
唇を寄せながら言う浩瀚に、もはや何も言えなくなったは、ただなされるがままであった。
何度か続けて口付けた後、浩瀚は静かに染み入る声で言う。
「どのような事が起きようと、わたしは必ず生き抜いてみせる。もちろん、己に恥じる事はしない。だからもわたしに誓ってほしい。あの盟約を」
「はい、誓います。私はどのような境遇に陥ろうとも、必ず生きて戻って参ります。煌羽の関係で逃げねばならないような事があろうと、どんなに嘆き悲しむ事が起きようと、決して生を投げ出さず、生きてあなたの許へと戻って参ります」
そう誓ったの手を取り、浩瀚は切実に願いながら言う。
「必ず戻ってきてほしい。ここで待っているから」
「はい…」
薄い灯火の中で誓われた二つの思いは、闇夜に溶けていった。
翌日、港へ向けて発ったを見送り、浩瀚は州城の中に戻ってきた。
昨夜、がこの城内に居た事が嘘のように、いつもと変わらぬ州城。
浩瀚は露台へと向う。
二年前に語り合った木を遠くに見つめ、さらにその奥に広がる雲海を見つめていた。
ややしてその場から下がり、浩瀚はいつもの政務へと従事していった。
|