ドリーム小説
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夢幻の国 =13= そのまま舎館に滞在すること二週間。
の体調は少しずつ回復に向かっていた。
妖魔が現れることもなく、平和な日々が続いている。
その日々が更夜に新たな疑問を運んでくる。
「何故、妖魔が現れないんだろう…」
「え?」
更夜の呟きに、は顔を上げて紺碧を向ける。
「今までの街から考えると、そろそろ何かあってもよさそうなんだけど」
「あ…ええ。言われてみればそうですわね」
「やはり、これはわたしの考えが正しいのかも知れない」
「え…」
更夜は真剣な面持ちでに向かい、静かに口を開いた。
「今までは何処にいるのか、きちんと報告をしていただろう?」
「はい。使令に文を持たせて宮城へ届けておりました。今は使令も弱っておりますし、誰にも知らせてはいないのですが」
「主(おも)に知らせていたのは?やはり大司馬?」
大司馬戛戻(かつれい)。
更夜の目から見ても、誠実そうに見えた。
「ええ、恣縦(ししょう)か戛戻か、その時手の空いているほうに渡すようにと」
「そう…残念ながら。どこからかその情報が漏れているのかもしれないよ。あるいは、二人の内どちらかが…」
「まさか。恣縦は犠牲者ですよ?戛戻にしても、私を殺す動機はどこにあると言うのです?」
「は成獣だ。その気になればいつでも王を選べる。身近にあって選ばれなかった者からすれば、邪魔ではないかな?靜の国土を手に入れたいと思っているのなら、新たな王を選ばれては困るんだ」
「そんな…」
「冢宰や大司馬がそうだとは言わないけど…太宰がに襲いかかった事から考えても、可能性は否定出来ない。誰が逆賊であってもおかしくない」
それに、と更夜は続ける。
「幣帛では妖魔が現れなかった。幣帛へ行くと知らせた?」
吹雪の中、幣帛(へいはく)へと向かった。
もちろん突発的にとった行動である。
は首を横に振って更夜を見つめる。
そして悲しみに満ちた紺碧は語る。
「寥郭の滞在と、北垂へ向かう事は告げました。道中、焼かれた里に出くわすとは思いませんでしたが…」
「それは誰に報告した?」
は少し考えてから、使令を呼んだ。
「聚撈、誰に渡したのか覚えておりますか?」
一頭十躯の魚がの影から現れる。
何羅(から)と言う妖魔だ。
「二通とも、大司馬にお渡し致しました」
「そう…」
「じゃあ。体力が万全になったら一つ頼みたいことがあるんだ」
更夜はそう言うと、に何を頼むのかを告げる。
それから三日後、見回りに行っていた、岐尾蛇(きびだ)と言う二股の蛇がに告げた。
曰く、淡久(たんきゅう)に妖魔の群れが現れたと。
「鴆の群れでございます。街へ向かっておりましたから、もう間もなくかと…」
「鴆が相手だと、瞶掾の鳴き声で誘導するのは危険ですわね…では、翹猗。くい止めることが出来ますか?」
肯定の返事をして、翹猗(きょうい)の気配は消えた。
翹猗は畢方(ひっぽう)である。
の指示で讙(かん)、つまりは瞶掾(きえん)がそれを追う。
窓を開けて東を見ると、蒼穹に朱点があった。
遠目に見える鴆(ちん)と呼ばれた妖魔は、朱色で鳥の姿をしている。
「猛毒を持った鳥です。街の上空を飛ばれれば、被害が出ましょう…」
東空を不安げに見つめながらの説明であった。
二人が見守る中、東空が赤く燃え始める。
畢方(ひっぽう)が火をつけているのだろう。
群れは分散しだした。赤かったものが、黒い影となって落下し始める。
ついには蒼穹を取り戻してしばらく、の影から畢方(ひっぽう)が現れる。
「ご苦労様、翹猗。瞶掾も」
そう言うと、は更夜を見つめて寂しく笑う。
「更夜の言った通りになりましたわね…偶然だと思いたいのですが、そのせいで罪のない者を巻き込むわけには参りません。これからは一切の報告をせず、旅を続けましょう…」
更夜がに頼んだこと。
淡久にいると冢宰に告げて、その場で待機することだった。
「恣縦(ししょう)も戛戻(かつれい)も…信じておりました…ですが、幣帛のような事は、二度とあってはならないのです。それを麒麟が引き起こしているなど…あってはならない事です」
「が起こしている訳じゃない。それに、これからは随分減るよ」
「ええ…」
ぱたり、と床に落ちた涙が滲んで行く様子を、更夜はじっと眺めていた。
真実、は一人なのかもしれない。
誰もこの国で信じることが出来ない。
信じては、いけなかった。
十七年間も助け合ってきた者に、裏切られる辛さは相当なものだろう。
少なくとも、三人に裏切られたのだ。
太宰、大司馬、そして冢宰。
朝廷のこれほどまでに高い地位の者が、裏切っていたのだとなると、もう他に頼れる者はない。
だが…
「、わたしがついているから。新しい王を見つけるまで、側を離れない。裏切ったりしない、絶対に」
「更夜…」
紺碧から溢れる涙は止まらない。
床に吸収されては、新たに落ちる。
更夜はを引き寄せて、優しく抱きしめて言った。
「だから、一人じゃないよ。には、わたしがついているから。いつまでも、ついているから」
「更夜…更夜…!」
崩れるように更夜に寄りかかったは、声を出して泣いた。
今まで信じていたものが足元からなくなって、落下しそうに感じていたのを更夜が支えたのだ。
「更夜、ありがとうございます」
ぱきん、と枝の折れる音が響く。
しかしもう更夜には気にならなかった。
「聚撈、冢宰へ文を」
泣き濡れた頬をそっと拭ったは、文箱を開けて筆を取った。
さらさらと書き付け、影から顔を出していた聚撈(じゅろう)に渡す。
「何を書いたの?」
「ただ東に向かうと。行き先は決まってから連絡するとだけ…これを最後に、連絡を絶ちます。蟲を用意するには、予め知っておく必要がありましょうから…」
大量の妖魔を呼び寄せたもの。
その正体はすでに見抜いていた。
警戒して街の周りを徘徊していれば、不審な人影を発見した。
使令が見張っている事も知らず、その人物は蟲を殺して逃げた。
驚いたのは、それが一人ではなかった事だ。
複数の者が、街のすぐ外で同じような行動をとっていた。
今までの妖魔は、蟲に引き寄せられていたのだ。
蟲に引き寄せられ、人里が間近にあれば、流れてくるのは必至。
実に巧妙なやり口だと思った。
翌日、二人は淡久(たんきゅう)を離れて西に向かった。
諄県(じゅんけん)を抜けると、すでにそこは汽州である。
汽州を進めるだけ進み、陽が沈む前に豈楽(がいらく)と言う街にたどり着いた。
「ここは汽州のどのあたりかな?」
舎館を決めてろくたを預けた二人は、街の様子を見て廻る。
「中央より東の街ですわ。ここは歓楽街で有名な街です」
南の気候がそうさせるのか、露店が多く活気がある。
行き交う人々も多く、喧噪の大きさに驚くほどであった。
北の州とは比べものにならない。
知らない者がこの様子を見れば、空位だとは思うまい。
「、あれは?」
露店の一つを指さした更夜の先には、大きな卵のような果実があった。
赤くかたい皮で覆われている。
「あれは瓜ですわ。黄朱と言います」
「え?まさか…本当に?」
「ええ、何かおかしいですか?」
「黄朱と言えば黄海に生きる民の事だろう?まさかそれが名…」
そこまで言うと、更夜は何かを思い出しそうになって口を閉ざした。
黄朱…何かあった…里…。
そう里にいた。
黄海の中に存在する、黄朱の里…。
「きゃ…」
の小さな悲鳴によって、深く沈んでいた思考の中から浮き上がった更夜。
に目を向けると、赤い黄朱と呼ばれた瓜を両手にかかえて、体勢を崩しそうになっていた。
慌ててそれを支えて質問する。
「買ったの?」
「ええ、食べてもらいたくて。とてもおいしいのですよ」
「持つよ」
「大丈夫ですわ、これぐらい持てます」
「いいから」
体勢を崩しかけて、大丈夫なはずない。
瓜はずっしりと重く、更夜の手に持っても大きい。
「ろくたにもあげましょうね」
は嬉しそうにそう言うと、舎館に向かって歩き始める。
舎館の者に頼んで切ってもらうと、半分を厩に持って行き、ろくたに渡した。
じゅる、と音が出るほど果汁の多い実だった。
実は黄色い。
「なるほど、黄朱だ」
房室に戻ると、二人も実を食べた。
水分が多く、とても甘い。
「おいしいでしょう?」
「うん」
「汽州はこの瓜の産地なのです」
「次の里でもあるかな?」
「もちろんですわ」
微笑む。
黄朱か、と更夜が心中で呟いたのには、もちろん気が付いていない。
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