ドリーム小説
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夢幻の国 =19= その頃。
糾正郷郷城では急激な妖魔の襲来に混乱状態だった。
舛互(せんご)と秕糠(ひこう)が、の見張りを交代しようとした時である。
突然、城内に獰猛な獲如(かくじょ)が現れたのだ。
もちろんこの獲如、の使令である晤繞(ごじょう)なのだが、常人にそれが分かるはずもなく、ただ逃げるのに必至になる。
晤繞は呪のかかった場所に侵入しようと試みたが、一歩たりとも中に入る事は出来なかった。
それでも幾度か同じ事を繰り返していると、外が騒がしくなった。
鬨の声が近づいて来る。
それを聞いて諦めた晤繞は、当初の目的を果たすべく郷城内へと進んだ。
その様子を物陰で見ていた者───啓明(けいめい)である。
啓明はすぐに房室内に入り、を起こすべく声をあげた。
しかしすでには物音によって起きており、不安げな紺碧を啓明に向けていた。
有無を言わさず、その腕をとって駆け出す。
房室を出て、郷城の外を目指した。
「どこに向かっておられるのです?」
走りながらも、は問うた。
「外だ。ここは今から戦場になる。麒麟がいても良い場所ではなくなる」
は不思議でならなかった。
ここに来て、逃がすというのだろうか。
「何故、今更そんな事を言うのです?私を…利用しておいて、何故逃がすと言うのですか!?」
悲痛な声であった。
しかし啓明は振り返らずに露台を目指した。
露台につくと跪き、静かな声でに言う。
「台輔、数々の非礼をお許し下さい。利用した事は、この騒動が終われば何とでも処罰を受けましょう。ですが、どうか今はお逃げ下さい」
啓明はしばしば、に気さくに話しかけていた。
丁寧に言うこともまれにあったが、どちらも常ではない。
舛互(せんご)や秕糠(ひこう)に混じって、非道な話に花を咲かせている事もあった。
日を追うごとに、絶望の淵に近づいていたと言うのに…今のこれはどうゆう事だろうか。
最後の良心だと言うのか。
「私は…私は…」
「ああ、そうでした。台輔を縛り付けている、呪を解かねば…逃げようがございませんね。これでは使令が台輔を見つける事も出来ない」
そう言うと啓明は立ち上がり、の首に手を伸ばそうとした。
「啓明!何をしている!!」
背後から大きな声が響いた。
郷長の閃揄(せんゆ)であった。
を庇うように立った啓明は、舌打ちをして前方を見据える。
閃揄の周りには、大勢の兵がいたからだ。
中には舛互(せんご)や秕糠(ひこう)もいる。
「どうにもうさんくさい奴と思っておれば、麒麟を逃がそうなど!!」
そう言った直後、指が攻撃の姿勢を取らせる。
先陣を切った者が、気合いとともに啓明に斬りかかる。
三人同時であったが、なんとかそれ回避した啓明。
しかし後方に控えていた弓矢に気が付くのが一瞬遅れた。
幾筋もの閃光が啓明を貫く。
その瞬間を、はしっかりと紺碧に映してしまった。
「やめて!!」
「飆翩!いた、だ!露台を避けて攻撃しろ!」
更夜の声が響き、は抱え込んだ頭を上げた。
囂(ごう)が暴れ回っており、四つの翼が起こす風が、の許にも届いていた。
飆翩(ひょうへん)に後方を任せた更夜は、と啓明(けいめい)を、天犬の背に乗せて飛び立った。
とにかく、この場から離れなければならない。
薄明るくなった山野に降り立った更夜。
ぐったりしたを降ろすと、啓明をも降ろした。
啓明の背にささった矢は、全部で六本あった。
それを慎重に抜いて行き、持っていた布で止血をする。
「う…」
呻きがあがったのは、と啓明の双方同時であった。
「台輔は…ご無事…か」
それに頷くと、更夜はに目を向けた。
よろりと、起き上がる姿が目に映る。
朝の蒼い世界の中、紺碧の瞳は漆黒に近い。
その漆黒はしっかりと啓明を見据えている。
すでに血の臭いによっているのか、足に力がない。
それでもは啓明の側に這って行き、はらはらと涙を流し始める。
「台輔…近づいてはいけません…血をたくさん流してしまった」
それでものほうにあげた力のない腕を、は両手で包んで頬に当てた。
「ふふ…また暑いな」
啓明はそう言うと、の額に手をあてて、自らの額にも当てた。
「やはり暑い…」
その諸動作に、更夜は驚いて啓明を見て、次いでを見た。
額に手をあて、麒麟が嫌がらずにそれを受け止めている。
これはあり得ない事だった。
考えられる理由は一つ。
「…」
更夜はにそれを問いただそうとしたが、はただ首を振るばかりだった。
しかし、迷っている間にも、啓明の灯火は消えようとしている。
「ああ、そうだ…」
喘ぐような声が聞こえ、二人は啓明を見た。
に手をかざし、小さく何事か唱えると、首の縄を引きちぎった。
「これで、あなたは自由だ…」
ついに更夜が見かねて言った。
「、契約を」
驚いた瞳が更夜を捕らえたが、怯えたような紺碧が大きく揺れて、ついには顔ごと逸らされてしまった。
「出来ません…。それは、靜を沈める行為です」
「何を言って…」
「この方は郷長に荷担し、麒麟を捕らえた。人道を分かっているとは、とても思えません」
「郷長に…あ、ああ、では内通者とは…そうか」
それならば、は大きな勘違いをしている。
「違う…それは違うよ、」
「違いません」
強く言いきったは、それでも涙を流し続けていた。
更夜はの肩に手をかけ、無理矢理自分の方へ顔をむけさせた。
その両頬を包むと、真剣な眼差しで言う。
「本当に違うんだ。の思っているような人物ではない。わたしを、信じてほしい」
更夜の瞳をしばらく見つめていた。
それでも決心がつかなよいようだった。
「台輔!」
「台輔!」
そこへ次々と現れる使令達。
呪が解かれた事によって、ようやくその姿を捕らえることができた。
を縛り付けていた呪は、たとえ目前にがいても気が付かない類のものだった。
露台に於いて飆翩はその姿を見ることができなかったのだ。
更夜の指示がなければ、うっかり攻撃をしていたのかもしれないと思うと、恐ろしい呪だ。
それをにかけたのが、この目前で死にかけている男、啓明。
「よかった…な」
啓明は笑ってそう言う。
その瞳は、今にも閉ざされようとしていた。
「、後悔したくないのなら、今すぐ契約すべきだ。この方は今回の反乱を引き起こした民衆の中心にいるべき人物。冢次の盟主なんだ」
「え…」
「間諜として郷城に潜り込んでいたんだ」
「嘘…だって、この方は私を…いいえ…駄目…駄目です」
は大きく首を振ると、啓明に手をかけて言った。
「目を開けて下さい!お願いです、目を開けて!」
それに答えるかのように、ゆっくり明けられた瞳。
の言った駄目だと言うのは、啓明の消えかかっている命に対してだった。
「何だ。ゆっくり眠れると思ったのに…」
更夜が啓明の体を支え、上半身だけをなんとか起こした。
そうすることによって、意識を保とうと思ったのだ。
それを見て、は啓明の前に移動し、その場で蹲るようにして座った。
深く頭を下げ、額を啓明の足につける。
「天命をもって…主上にお迎えいたします。これより後、詔命に背かず、御前を離れず、忠誠を誓うと…誓約申しあげます」
「…?」
「あなたが王です。この靜嘸国の正統なる君主、清王です。あなたを置いて、他に誰も王には成り得ません」
「…」
無言にいたたまれなくなったは、額ずいたまま言う。
「どうか、私を臣とお認め下さい」
「…」
「…」
それからはどちらも言を発することが出来なかった。
だが、しばらくして、静かで穏やかな声がに降り注ぐ。
「わかった。俺に出来るかどうか分からないが…この広大な国の礎になることが出来るのなら、喜んで引き受けよう。…を臣に招く事を認める」
そう言った直後、更夜の腕の中がずしりと重くなった。
支えきれなくなった啓明の体を地に置いた更夜は、息があるかどうかの確認をし、穏やかな息が規則正しく続いている事を知って安堵した。
「、わたしは乱の様子を見てくる。啓明…いや、清王を運んで治療を頼む」
「はい」
飆翩(ひょうへん)に王を運ぶ指示を出すと、女怪の嫖姚(ひょうよう)を看病に付け、残りの使令には着いてくるように命じた。
「、どこに向かうんだい?」
「乱の様子を見に参ります。更夜とともに…参ります」
「しかし…」
「優勢であるのなら、すぐにでも退散致しましょう。主上の率いた軍を、死なせるわけには参りませんもの」
「それは…まあ、大丈夫だと思うけどね」
「優勢なのですか?」
「もちろん。乱が始まる前に、宰輔の使令が大暴れしてくれたからね」
「え…?」
「の許へも行けず、場所も特定する事が出来なかった。だけど何もしないはずがないだろう?乱の先陣を切ってもらったんだ」
「まあ…そうだったのですか」
「だから。王についていたほうがいい。戦場に赴くのは、やはりお薦めできないしね」
「更夜…ありがとうございます」
ぱきん、とはっきりした音が耳に飛び込んでくる。
これで幾度目だろうか。
「では、私は街に戻って更夜の帰りを待っております。晤繞、聚撈、翹猗、瞶掾、蛻黯、更夜について守りなさい。必要があれば、更夜の指示に従うように」
是の返答を待たずして、更夜はろくたに騎獣する。
追ってくる気配を後方に感じながら、戦火の中へと戻っていった。
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