ドリーム小説




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夢幻の国


=20=



戦況は悪くなかった。

むしろ終わりが近いようだ。

妖魔騒ぎがかなりの功を奏したらしい。

陽はすでに中天を越え、西に大きく傾こうとしている。

見回るように移動を続ける更夜。

混乱の中に貞幹(ていかん)を見つけ、啓明(けいめい)が怪我をしている事を告げた。

「盟主が怪我を!?お命の方は…」

「大丈夫。すぐに治癒するだろうから」

そう言うと、貞幹は大きく息を吐き出した。

「啓明さまは今後の動きになくてはならないお方。もしもの時にはと、前もって啓明さま抜きの行動をも聞いていたから、無茶をするかもしれないと危惧していれば…しかしそれを実行せずに済む。よかった…」

「次の行動…」

「そうだ。更夜には言ってなかったな。次にもまだやるべき事は残っている。ただ盟主がいない場合、敗走の予定になっていたが」

「そう。それは免れたようだけど…」

顔を上に向けて笑った貞幹は、郷府が完全に投降すると、騎獣を集めるように指示をだした。

他にも二、三人捕まえては、個別に指示を出していたが、終わったのか更夜の許へと来て言った。

「とりあえず、俺がいなくても大丈夫だろう。盟主の所へ連れていってくれ」

頷いた更夜は、ろくたに騎乗する。

貞幹もどこかから吉量を出してきて騎乗した。

城内からそのまま騎乗し郷府を下っていく二人。

やがて着いたのは、盟主啓明の自宅だった。

冢次の根城に、啓明は戻っていたのだ。

「盟主!」

大きな音を立てて扉を開けた貞幹。そこに信じられない光景を見て、その足を止めてしまった。

豊かな金の髪の少女が座り、啓明をじっと見つめていたのだ。

どこか見覚えがあるように思えてよく見てみれば、それがだと分かった。

「麒麟…だったのか…」

そう呟いた瞬間、が貞幹に目を向けた。

「お帰りなさいませ。お疲れでしょう?お茶でもいれましょう」

「い、い、いや!そんな恐れ多い!!」

先の呟きが聞こえなかったのか、不思議そうに首を傾げるに、更夜は吹き出しながら言った。

、髪を覆っていた布は?そのままだよ」

はっと自らの髪を手にとって見たは、固まっている貞幹と、笑っている更夜とを交互に見てしばらく絶句し、ほどなくして苦笑しながら言った。

「黙っていて申し訳ございません。ですが、どうか前と同じように接して下さいませ」

貞幹はそれでも硬直したままだった。

更夜はますます笑いを深め、は困ったように更夜に目を向けていた。

盟主啓明の自宅では、乱の最中とは思えぬ、穏やかな空気が流れていた。



























貞幹(ていかん)がようやく落ち着きを取り戻し、更夜を含めた三者は眠っている啓明(けいめい)を囲んで今後の説明を受けていた。

「当初の予定としては、郷城にいる騎獣に乗って空を行き、国府に奇襲をかける予定でいた。中に入り込むことが出来れば、心ある官に直訴して果てるつもりでいた。空行部隊が嚠喨宮(りゅうりょうきゅう)内部で、冢宰と大司馬を糾弾し、粗悪の根元を絶てと叫び廻る。地から駆けてくる連中は、騎獣を使っても随分遅れて着くだろうが、今度は首都宝妥で同じ事をする。その頃俺達は恐らく生きていまいが、それなら尚更好都合。悪を正した為に処刑されたと触れ回るだけの事だからな」

「では、お二人とも死ぬ覚悟でいらしたのですね…」

悲しそうに啓明(けいめい)を見つめながら、はそう言った。

「そうです。しかし台輔がこちらに味方して頂けるのなら、別の方法を取ることが出来る。我々は死なずに済むかもしれません」

「死なせません。啓明さまは…そう、すでに死んではいけないお方におなりですから」

「それは…?盟主がどうなられたと…」

説明のためにが口を開けた瞬間、啓明の瞳が開かれた。

「貞幹…?ここは…俺の…?」

「盟主!ご無事でなにより」

「ああ…死ぬのだと思っていたが、どうやら助かったらしい」

そう言うと、ふと眉間に皺を寄せる。

その直後、啓明は飛び上がるようにして起きた。

止血の為に巻かれた布を取り、矢傷を確認する。

「これは…」

血はすでに止まっており、傷こそまだあったが、大きく回復している。

「驚いたな…仙籍に入ると、こうなるのか…」

「仙になったんですか…?」

貞幹の不思議そうな声が響いた。

それを静かに否定する声は、もちろんのもの。

「いいえ、仙籍ではなく、神籍に入られたのです。まだ正式ではございませんが、契約を終えましたから」

「神…何と?」

再び貞幹の硬直が始まろうとしていた。

それを見て、啓明は静かに言う。

「どうやら俺は、王になったらしい」

まるで知らない言葉を聞いたような感覚になった貞幹は、王、王?と数回繰り返し、最後に絶叫とも近い声を発した。

「王〜!!?清王!!!?盟主が!?」

それに頷いたのは貞幹以外の全員であった。

それによって、貞幹は前後不覚に陥りそうになった。

ただぱくぱくと魚のように口を動かしていたが、何の言葉も発する事が出来ない。

半身は仰け反っているし、腰は完全に抜けているようだ。

その様子を見て三者は笑っているが、ただ一人笑う事が出来ない貞幹であった。















貞幹が、本日二度目の落ち着きを取り戻した後、今後についてが話し合われた。

と更夜によって、旅の道中感じた、国府の内情を啓明は知ることが出来た。

「ですが、他に荷担している者がいても、おかしくないと思うのです」

そう言ったに、啓明が答える。

「それはないだろうな」

断言した啓明に、更夜が質問を飛ばす。

「何故そう思うのです?」

「まあ、少し言いにくい事ではあるのだが…」

ちらりとを見て、啓明は頭を掻いた。

「俺は目前に台輔が現れた瞬間に、麒麟を捕らえる決心をした。郷長の上にいる者に、閃揄が働きかけると踏んだからだ。俺が思った以上に、閃揄(せんゆ)の欲が強かったのは逆に助かったが…。を捕らえた功によって信用を得、次に取るべき行動を相談されるまでになった」

誰もが黙って啓明に注目している。

始めは笑っていた啓明も、今は真剣な面持ちで語っていた。

「相談されていく内に、背後に冢宰がいる事を知った。さらに突き詰めていくと、協力しているのが大司馬だと言うことも分かった。大司馬が協力している以上、俺達の乱の大きな妨げになる。どうしたものかと思っていた所に、閃揄から相談された。つまり、手の内にある宰輔を使って、国府に入ると言う事だった。その為の呪具を揃え、それが整えば少数で乗り込む手筈になっていた。その呪具…もう少し難航するかと思ったが、以外と早く出来そうでな」

「それで決起を急いだのですね…」

貞幹が感慨深げに、頷きながら呟いた。

「そうだ。閃揄は太宰が謀反によって消えた事で、寝首をかかれる必要がないだろうと思いこみ、冢宰及び大司馬はすぐに罷免し、それに付随する官…王師の将軍数名をも罷免すれば、玉座についても安心だろうと言いだしたからな」

「王師の将軍…数名?」

が訝しげに言って啓明に目を向ける。

「首都州師の右中将軍、禁軍中左将軍…まあ、つまり首都州師左将軍と、禁軍の右将軍以外は、油断できないと言うことだな」

禁軍の右将軍と言えば、北垂で更夜も会っている莫耶(ばくや)だ。

真面目そうな印象を持ったし、特に危険な感じはなかったように思う。

「乱を起こしてからすでに一日近くが経っている。国府に知らせを飛ばしていれば、数日後には禁軍の空行師が押し寄せてくるだろう。昧谷の住人のために、それをなんとか阻止しなければいけない」

「では、すぐにでも出発致しませんと」

がそう言うと、啓明は深く頷いて言った。

「貞幹、街を頼めるか?」

「はい、それは…でも、まさかお一人で向かうんですか?」

「一人ではございません。私も参りますし、更夜も…来て頂けますか?更夜」

「もちろん」

その後も詳細な打ち合わせが続けられた。



続く






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