ドリーム小説




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夢幻の国


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寥郭(りょうかく)から遠ざかってしばらく、更夜は無言で丘へと降り立った。

無言であったのは、何も更夜だけではなかったのだが…。

地に足をつけてようやく、が口を開く。

「あの…ありがとうございました」

ぱきん、と何かが折れたような音がした。

はそれを気に止めずに、歩み寄って続ける。

「おどろかれましたでしょう?この子も…」

はそう言って、天犬の首に手を置いた。

硬直したような感じを読みとり、苦笑して一歩下がった。

「私の使令の気配に驚いたのでしょう。頭の良い騎獣なのですね」

「騎獣ではございません」

少々改まった物言いに、は首を振って言う。

「気負わなくとも良いのです。靜の名を知らぬのなら、この国の民ではないのでしょう?どこから来たのですか?」

「他国であれ、宰輔の御前で軽々しくは…わたしは雁…いえ、黄海から参りました。ろくたは天犬と言って、騎獣ではなく妖魔でございます」

「黄海…雁?妖魔なのですか?では、人を襲うのでしょうか?」

「襲うな、と…」

そこまで言った更夜は、制するの動きによって声を止める。

「普通にお話下さい」

頷くと最後までを言い切る。

「襲うなと言えば、人は襲わない。信じられないだろうけど、本当に言うことを聞くんですよ」

抜けきらない言葉使いに、は微笑んで答える。

「信じます。あなたへの愛情が見えますもの」

あっさりと納得を見せたを、更夜は訝しげに見つめる。

「ひょっとして、ここには妖魔が存在しない?いや、この国は一体…」

「靜国は外界から切り離された国。ですが、他国の者であればこの国に入る事は可能なのですね。妖魔は存在いたしますが、その中に天犬なるものはおりません」

「天犬がいない?切り離された?」

「恐らく、そうなのだと思います。この国から外に出ることは出来ません。そして、外から人が来ることもありません。たった一例を除いては」

「その、一例とは?」

物静かな瞳が、更夜に向けられる。

蒼く、深い、紺碧の瞳。

たった一例とは、どうやら自分の事らしかった。

では、世界の何処に位置する国なのだろう。

「この国の妖魔をお見せいたしましょうか?私の使令に限りますが」

「…では、お願いします」

天犬に目を向けてそっと撫でてやる。

大丈夫だと言い聞かせるように。

それを確認すると、は足下に呼びかける。

「まずは私の女怪から。嫖姚、ご挨拶を」

の影から、白い腕が現れる。

背中に大きな翼を持ち、肢体は馬のようだった。

嫖姚(ひょうよう)は丁寧に腕を折って更夜に頭を下げる。

腕と同時に折られている翼の片側は、延麒の女怪を思い出させる。

女怪に関しては、何ら疑問を感じる事はなかった。

「嫖姚の次は…そうね、晤繞(ごじょう)、出てらっしゃい」

すっと出てきたのは、またしても人の手だった。

しかしそれは前肢のようで、後肢は馬である。

全体的には鹿のようで、尾だけが白い。

「獲如(かくじょ)と言う妖魔ですわ。晤繞、もういいわ。次は聚撈(じゅろう)、前へ」

次に出てきたのは、頭は1つだが身体が十もある怪魚であった。

何羅(から)という妖魔らしい。

それからもは次々と使令を呼び出す。

瞶掾(きえん)と呼ばれたのは、目が一つの狸。

ただし尾は三本あった。

讙(かん)と呼ばれる妖魔だと言う。

翹猗(きょうい)と呼ばれた一本足の鶴は畢方(ひっぽう)と言う妖魔で、青い体躯に赤い斑で白の嘴をもつ。

岐尾蛇(きびだ)と言う妖魔は、蛻黯(せいあん)と名付けられた二股の蛇。

飆翩(ひょうへん)は囂(ごう)と言う妖魔で、四つの翼を持った獣である。

これも目は一つだけで尾は犬のようである。

それぞれの特徴を見聞きしても、更夜には知らない妖魔ばかりだった。

少なくとも、黄海ではどの妖魔も見たことがない。

すべての使令がの足下に消えると、更夜は新たな質問をぶつける。

「妖獣は?吉量や赤虎と聞いて、騎獣の名だと分かる?」

「赤虎?…残念ながら、知りません。この国で、尤も一般的な騎獣は赤馬ですわ。馬の三倍で走るのですよ」

「それは…青毛の三騅ではなく?」

「三騅?いいえ、赤毛の馬ですわ。でなければ、赤馬とは言わないでしょう?」

「あ…ああ、そうだね」

この国は自分の知っている世界ではないのだろうか。

妖魔も騎獣も違うなど、考えられない事だ。

妖魔も妖獣も黄海で生まれる。

更夜は黄海に居たのだ。

これを説明できる言葉は、たった一つしかないような気がした。

「この国は…ひょっとして…蓬莱?」

「いいえ、まさか。蓬莱のように、幻の国ではないわ…蓬莱なら良いのだけれど」

蓬莱や崑崙の認識は、こちらも同じようだ。

しかし唯一の可能性が消えてしまえば、もうお手上げだった。

更夜は再び辺りを見回した。

見渡す限りの雪嶺。

いつの間にか、陽は随分と傾いていた。

「どうやら、まったく知らない国に来てしまったようだ」

だとすると、摂理までもが違うのだろうか。

そう考えた更夜は、に目を向ける。

金の髪、紺碧の瞳。

傾き始めた陽を受けて、一層色合いが深くなったように見えた。

「麒麟は蓬山で生まれ、王を選んだのちは宰輔となり、首都州の州侯となる。王を唯一の主とし…王の側を…離れてはいけない」

「ええ…。その通りですわ。私は宰輔であると同時に、首都州の州侯でもあります。靜の国氏は清。よって私は清麟と言うことになりますわね。もちろん蓬山で生まれ、生国に下がったのですわ。王の登極と同時に」

「では、何故このような人里に…北部と言うことは、首都州ではないでしょう」

「ええ、晧州は首都州の北。靜の首都は彩州(さいしゅう)にあり、宝妥(ほうだ)と言います。王宮の名は嚠喨宮(りゅうりょうきゅう)…音がとても響く構造をしております」

そこまで言うと、は足元を見つめる。

陽は翳り、暮雪はもの悲しく語る。

「彩州の州侯は私ですが、今は冢宰にお任せしております。私は…と言う字をつけて頂いた主上を忘れ、新たな王を探さねばならないのです」

はそう言うと体を反転させて、今は小さくなってしまった里に目を向ける。

更夜はさらに何も言えなくなってしまった。

目前の麒麟は、主を亡くしてしまったのだ。

今の自分のように。

「何故ここにいるのか、私にも分かりません。ただ、気の向くまま里から里を渡り歩いております」

ふと、六太の言葉が思い出された。

王を探すのが嫌で、蓬莱へと逃げた六太。

そこで王と出会ってしまった。

まるで、見えない何かに、導かれたように。

「麒麟と王とは、何か見えない力で引き寄せられるものらしい」

その言葉に、の顔が更夜に向けられる。

輪郭だけを陽が彩り、その表情は伺えない。

「本当は…王など探したくはないのです。まだ主上が生きているのではないかと、そう思うのですから…」

「では、どこかに王気を?」

否定のため、横に振られた首と供に、の顔は陽に向かう。

「あれは一年前の事でございます。主上は朝議の後、気分がすぐれぬと自室へお戻りになりました」

連なる山の向こうに、陽は落ちようとしていた。

の手は腰付近で堅く握られていたが、豊かな金の髪によって、その表情は見えない。

「主上が退出してまもなく、白雉が落ちました。確認しに行った官の話ですと、御首がなくなっていたと…」

ぎゅっと手が握られたのを、肘の動きによって感じ取った。

「何の兆しもなかったのです。私は失道もしておりませんし、王気に翳りはなかったのです。逆賊と成り果てたのが誰かも分からないまま、私は宮城を出ました」

今や完全に落ちてしまった夕陽。

世界はの瞳のように、紺碧に包まれていた。

だが、夜目にも分かるほど、の肩は震えている。

「麒麟とは…王のために存在するのです。その命運を供にするべく、生まれて来たのです。私は確かに誓いました。御前を離れないと…なのに…それなのに…主上の御身に危険が迫っている事を、察知する事が出来なかったのです」

更夜はに歩み寄り、そっと肩に手を置いた。

どうしてそうしたのかは、更夜にも分かっていない。

ただ、自然と手が動いたのだった。

「王のためだけに存在した私が、王を失ってしまったのです。新たな王を探すなど…どうして出来ましょうか…」

「宮城から出たのは、誰かに言われたから?それとも、自分の意志で?」

問われたはすぐ隣にある更夜の相貌に目を向ける。

紺碧の瞳は涙に濡れていたが、真っ直ぐな視線に射抜かれてしまいそうだった。

「大司馬が辛いでしょうと…王気の残るここにいては、気が滅入ってしまう。それなら、新しい王を探しに行かれたほうが、まだ良いと…国土の荒れぬうちに…と」

「そう…」

「大司馬も冢宰も、良い方ばかりです。皆、主上を慕っておりました。なのに…」

「逆賊…か」

すっと肩から離れる手に、は涙を拭いて更夜を見つめる。

その表情に積憂(せきゆう)を見つけ、更夜の頬に手を当てた。

「あなたも、大切な人を亡くしてしまったのですね…」

「え…」

「とても、とても大切な…」

「台輔!」

の声を遮って、白い腕がどこからともなく現れた。

を抱えるようにすると、足下から四本角の鹿が現れる。

「三脚猫(さんきゃくびょう)の群れでございます。蹴散らして参りましょうか?」

言われたは少し考え、そっと女怪の腕を解いた。

「大丈夫ですよ、嫖姚(ひょうよう)。群れですか…晤繞(ごじょう)、三脚猫はどちらの方角へ向かっているのです?」

「里からは離れておりますが、こちらに向かっております」

「では、無駄な殺生は避けましょう」

そう言うと、更夜に顔を向けて言う。

「更夜、ろくたと供について来て下さい。ここにいては危険です」

名も知らぬ妖魔が近づいている。

黄海の中ならいざ知らず、大きさすら想像する事が出来ない。

その妖魔の群れを、相手に出来るはずもなく、更夜は頷いてろくたの背に乗った。

「飆翩(ひょうへん)!」

囂(ごう)と言う妖魔が現れ、を背に乗せた。

四つの翼が飛翔の為に動き出す。

それに合わせるように、ろくたの翼も飛翔の準備に入った。

ほぼ同時に空へと駆け上がり、の指さす方向に飛ぶ。

紺碧の世界は漆黒へと姿を変え、雲ひとつなかったはずの空には、凍雲が広がっていた。

ちらちらと舞い始める雪に、の声があがる。

「更夜!もっと早く飛べますか!?早くしないと吹雪になるわ!」

更夜の頷きを見て、は飆翩に命じる。

「飆翩、幣帛(へいはく)へ向かいなさい!」

飆翩(ひょうへん)は無言のまま、南に方向を修正した。

さきほど降り出したばかりの雪は、すでに視界を妨げるほどになっている。

瞬く間に体に降り積もり初めた雪を、払いながらの空行である。

しばらくすると、飆翩は高度を下げ始めた。

ろくたもそれにあわせて高度を下げる。

小さな里が眼下に広がっていた。



続く






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使令&お国紹介編?

設定を張ろうと考えついたのも、この辺りでした。

分からなくなったら、設定へGO〜!

                       美耶子