ドリーム小説




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夢幻の国


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「あそこの民居へ」

幣帛(へいはく)は白い街だった。

何もなく、ただ白い。

「ここは…」

朽ち果てた街だった。

何の気配もない。

の指した民居の中、起居には囲炉裏のようなものがある。

囲炉裏の前に座ったは使令を呼ぶ。

「翹猗(きょうい)」

音もなく現れたのは、畢方(ひっぽう)と言う妖魔である。

翹猗は軽く羽をばたつかせている。

何だろうと見ていると、そこから火が生まれた。

囲炉裏に火を移すと、畢方(ひっぽう)は音もなく消える。

赤々と燃える火を、紺碧の瞳の中に映しながら、は幣帛について語った。

「幣帛は主上のお生まれになった街でした。空位になって一ヶ月…あれは、秋の初めの事でございます。ここ、幣帛は妖魔の大群に襲われました。あまりにも多いその群れに、なす術もなく…誰一人として助からなかったのです」

幣帛は、とは続ける。

「絹織物の産地でした。錦の絹が特に美しく、何処の織物にも負けぬ素晴らしいものでした。主上が登極なさってすぐの頃、その絹で織った襦裙と供に、私にと言う字を下さったのです」

火を見つめながら微笑む顔は幸せそうであったが、王を懐かしむその様子は少し悲しい。

どれほど堅い心の結びつきであったのか、伺えるようだった。

「麒麟と王とは、それほどまでに強い絆で結ばれているものなんだね」

頷く顔は儚く、寂しい。

「…大きな間違いを起こす所だった。大切な人を失いたくなくて、大切な人から王を奪うところだった」

ぽつりと聞こえた更夜の声に、は顔を上げる。

更夜は方膝を抱えて火を見つめていた。

その瞳は燃えるように美しいが、大きな悲しみを秘めている。

「おれは妖魔の子だ…。だけど、人の子でもある。だから、人が堪らなく恋しくなる。だけど、人はおれを受け入れる事が出来ない。…。…。…なら、どうする?声をかけてくれ、逃げなかった始めての人と、利用するつもりでいたけど、居場所を与えてくれた人。どちらかが死にかかっている。なら、どちらを助ける?」

「麒麟に聞く質問ではございませんわ。私はどちらも見捨てる事が出来ない…どちらも大切な人なのでしょう?」

「うん…そうだね」

「でも、更夜…。さきほど王と言いましたね?そのどちらかが王であれば、私は王を助けます。何があっても、王を助けるでしょう」

「王の事が好きでなくても?」

「王の事を好きではない麒麟など、存在いたしません。だって…」

昔の主を思い出したのか、は瞳に涙を浮かべて言う。

「始めて王を見つけた時、私は泣きそうになりました。嬉しくて、泣きそうになったのです。靜を託すのはこの方しかいないと、心が叫んでいるようでございました。初めは気がつきませんでした。王が黄海に入った頃から、私はとてもそわそわし始めていたのです。なにかとてつもなく大きな光が、こちらに向かっていると、そう感じていたのです」

涙を浮かべながらも、その顔は微笑んでいた。

「それが王気だとは気がつかず、ただその光が大きくなり始めると、居ても立ってもいられなくなり、私は知らぬ間に駆けだしておりました。そして、蓬山へたどり着いた一団の前に、転げるように進み出たのです。どの方が王なのか、それで分かったのです…」

ご存じですか、とは続ける。

「昇山してきた者は、まず、天幕を張ります。麒麟が進香し、女仙が進香し、その後一人一人、麒麟の目に触れるよう、進香をしていくのだそうです。ところが私はその進香はおろか、まだ誰も天幕を張る前に、王を見つけてしまったのです」

「…と言うことは、初めの昇山者の中に王が?」

「ええ、肩の荷がおりたようにも感じました。その時私は七つでした。いくら麒麟とは言え、たった七つが背負うには、一国はあまりに大きい…それを、主上は微笑んで受け取ってくれたのです。誓約を終えると、本当に、涙が溢れました…」

六太もこのように感じていたのだろうか。

延王を見つけた時、雁と言う国を託した時に…

「初めの昇山者であったのなら…武人?」

「いいえ。主上は幣帛で一番大きな、織物問屋を営んでおられました。周りに勧められて昇山したのです。商人が進むには、あまりに嶮しい黄海の旅であったことでしょう」

見つめる炎に気を取られていた更夜は、いつの間にか瞳が重くなっている事に気がついた。

それでも、の方に視線を向けて、意識を呼び戻そうとする。

「眠そうですわ。無理をなさらずに、寝ておしまいなさい。火はこのままにしておきましょう」

は?」

「私は…もう少しだけ起きております」

「外に出ないように。寒いだろうから」

「…ええ、大丈夫です」

それに返す事も出来ないまま、更夜の瞳は閉じられようとしていた。

座っているのが、酷くおっくうに思える。

何も羽織らずに、その場で横になると、眠りの深海に落ちて行きそうに思った。

しかし、おやすみと言いかけた更夜の声は、違う言葉を語る。

「よかった…」

ほとんど呟かれるように言われた更夜の声。

驚いたような、の視線を感じた。

王を思う麒麟の心に触れ、口をついて出た言葉だった。

六太が悲しむ事にならずによかったと、素直に思えた。

六太が悲しむよりも、自分が悲しいほうがいい。

何故なら、の語ったそれは、生きた境遇に左右されるものではないからだった。

自分の場合は、ただ激しい思いこみのようなものだったのかもしれないが、麒麟には思いこみなどない。

思いこみで天命が下るはずないのだから。

持って生まれた、性(さが)のようなものだ。

六太のように王を好きではないとしても、決して逃れる事の出来ぬ性質のものだったのだ。

それが、神獣たる所以なのかもしれない。

王のためだけに存在しているかに見えて、その実は国の為に存在する。

がいかに前王を忘れることが出来なくとも、次の王を選ばねばならないのだ。

靜の大司馬の言うことは正しい。

民としては、消えた前王の影を追って泣くよりも、新王を探してもらわねばならないからだ。

昇山して天命を受けたと言う前王…。











半分ほどを夢の世界に入りながら、更夜は疑問を感じた。

黄海は秋分を過ぎた頃だった。

令巽門が開き、昇山者の列を見た。

地門があるのは、それぞれの州国。

令巽門なら巧から入る。

他国へ行くことがかなわぬ国で、どうやって昇山を可能にするのだろうか?

しかし、それを問うことはもはや難しい。

体はぴくりとも動かない。

瞳を開けることすら、今は不可能と言えよう。

明日、問うてみようと思いながら、更夜は眠りの深海へと潜り込んで行った。



続く






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畢方(ひっぽう)を…

             美耶子