ドリーム小説




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四季を織る


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歩みを再開させてしばらく、郷城の方に向かっているのだと分かった。

心の奥底に沈着している何かは、さらに大きくなりつつあった。

しかし一向に正体の見えぬそれに、不安までもが大きくなっている。

郷城に着く直前、とある館第(やしき)の前で立ち止まった驍宗。

しんと静かな佇まいの館第に、人の気配はなさそうだった。

横を見れば郷城はすぐそこである。

その風景を、どこかで見たように感じた

「驍宗…さま…」

「恐いか?」

「…。…。…。いえ、中に入るのでしょうか」

「そうだ。嫌ならこのまま引き返そう」

「…いいえ。大丈夫です」

握られた手に、少し力がこもり、次いで体は引き寄せられた。

握られた手はそのままに、もう片方の手はの肩に置かれる。

それに力づけられるように、は前に進んだ。

荒廃の色が濃いその館第は、前院に藜(あかざ)が生息している。

整えられていないため、まばらに種子をまき散らしたかの如く生えていた。

比較的高い木は杏だろう。

梅によく似た花が満開を迎えている。

は驍宗から離れ、杏に近寄って木に手を置いた。

「淡紅色の小さな花…春を待って開花し、夏には実をつける…」

ふと隣を見ると公孫樹(いちょう)が佇んでいる。

公孫樹は窓際に植えられていた。

「冬が近付くと…房室内が黄色に染まる。陽を受けたこの、公孫樹の色に…」

はそう言うと振り返って驍宗を見た。

そして微かに震える声を発す。

「驍宗さま…私は…私はこの景色を知っております。ここを…この中を知っているような気が…」

頷いた驍宗はに歩み寄る。

目前まで来ると、懐に手を入れて木片を取りだした。

「これは…旌券…?」

のものだ。心ある官吏が保管していた」

「では…やはり私は…」

「戴で生まれた、戴の民だ」

馬州、蚤莫郷(そうぼごう)に仕えていたのがの両親だと、驍宗は説明した。

両親は冤罪によって国を追われた。

それを示唆したのは蚤莫郷の郷長。

王の目を盗んで軍を集め、富を蓄えていたのだと言う。

それが発覚しそうになった事が一度だけあり、その時、の両親に罪を着せた。

失意のもとに国を追われ、各国を放浪せねばならなかった両親の事情が、ここへ来てようやく明らかになったのだ。

松籟(しょうらい)はが幼き頃にいた場所。

はっきりとした記憶はなくとも、松の音、公孫樹の色、杏の花がそれを裏付けるようだった。

「よく戻ってきた。愛しい祖国へ」

「私も…戴を祖国と呼ぶ資格があるのですね…」

大きく頷いた驍宗の目前で、漆黒の瞳が大きく揺れた。

淡紅色の頬を伝う涙を、驍宗は指をあてて拭う。

そのまま引き寄せると、の震えが一際大きくなる。

腕の中に閉じこめ、その震えがおさまるのを、ただじっと待った。

































「蚤莫郷(そうぼごう)の郷長は先日罷免された。今は次の郷長を選出しているところだが、二度とこのような事がないよう、慎重に選んでいる」

再び空を駆けならが、驍宗は静かに言う。

「罷免されたのは…何故でございますか」

「過去に犯した罪と、現在も犯し続けている罪によってだ」

「では、両親と同じような境遇の者が他にもまだいるのでしょうか」

「さすがに二度目はない。だがそれ以来、慎重かつ狡猾に物事を運んでいたようだ。目立つ事は徹底的に避けていたが、よく調べてみればすぐに分かった」

「そうですか…。これで両親の疑いも晴れたのですね。供に喜ぶことは叶いませんが、これで少しは救われた気が致します」

遠い南国で、心ない者に命を蹂躙された両親。

無実の罪で国を追われ、失意のまま儚くなってしまった。

それを思うと、瞬く間に視界は滲み出す。

慌てて俯き、涙を抑えてしばし。

落ち着きを取り戻すと、すぐ側にある驍宗の相貌に目を向けてしばらく見つめていた。

「驍宗さま…本当に色々と…ありがとうございます」

微笑だけがそれに答えた。







































乍県に戻ったのは、すでに陽が落ちてからの事だった。

は官邸に着くとすぐ、見せたいものがあると告げて自室へと下がる。

外装を解いてくつろいでいると、は反物を抱えて戻ってきた。

「こちらを…」

「四点の青い反物…少しずつ色が違うのは?」

「四天を織り込んだのです。右から春夏秋冬のつもりで織ったのですが…」

「蒼天、昊天(かんてん)、旻天(びんてん)、上天か。確かに、それらを彷彿させる色合いだな。これは見事」

「ありがとうございます。戴だからこそ、この色が出てきたのです。色合いを変えてゆく季節。特に冬は、恐ろしいほど澄んでおります」

「確かに、上天の澄んだ色をよく表している。模様は秋の旻天に比べて単純だが、この色合いは今まで見た事がない」

「染めるのに一番苦労したのが上天です。なかなか思い通りの色が出なくて…」

春は蒼天。春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)とした薄い青。

夏は昊天(かんてん)。翠雨を含んだ明るい青。

秋は旻天(びんてん)。錦を彩った細かい模様が目を引く。暮れゆく空に舞う、黄葉と紅葉。

そして冬の上天。抜けるような青から深い藍へ変貌してゆく。

澄みきった空、朝から夜を表現しているのだろうか。

藍には星と雪が煌めいている。

「これは良い値がつこう。これほどまでのものを僅か1年足らずでとは…才能があったのだろう」

上天の反物を手に取って、未だそこから目を離さずにいる驍宗。

そのまま反物を見つめて言った。

「どうだ。そろそろ鴻基に場所を移してみては」

「…ええ。そうですね。では、鴻基で住まう所を探さねばなりませんね。鴻基へ行っても…驍宗さまはこうして作品を批評して下さいますか?」

ようやく驍宗の目が反物を離れ、を捉えて止まった。

「わたしのもとに居れば良い。そうすればいつでも見る事が出来る」

「これ以上のご迷惑は…」

「構わない」

そう言われてしまえば、やはり何も言うことは出来なかった。

しかし、これ以上はと思うのも事実だ。

の逡巡を見透かしたのか、驍宗はすぐに次の言葉を繋いだ。

「実を言うと、すでに用意している。織り機を」

「え…」

「二年待った。この地の四季をその目に映したのなら、次は鴻基だろうと勝手に揃えさせてもらった」

「驍宗さま…でも…」

「では罪滅ぼしだと思えばいい」

「罪…もしや両親のですか?」

「そう。戴から戴の民への罪滅ぼしだと。わたしは戴の国主ではないが、戴の民を護るべく存在する夏官の一人だからな」

いかに禁軍が王の私物とて、それぐらいは許されるだろうと、驍宗は笑みを持ってして語るようだった。

「あの…本当に私が鴻基へ行ってもよろしいのですか?」

頷くのが分かっていても、問わずにはおれない

不安気な漆黒が驍宗の双眸を捉える。

真紅の瞳は優しく頷き、は胸元に手を組んで頭を下げた。























































が鴻基に移り住んで一年が経過した。

驍宗の官邸の中は、静かな機の音が響く。

静かな音は夢の世界を紡ぎ出す。

短い春の花畑、涼しい満天の星、紅葉に染まる山々、風花舞う里。

あるいは万尋(ばんじん)の谷であったり、比翼の鳥であったり。

叢蘭(そうらん)を描き、穹窿(きゅうりゅう)壟断(ろうだん)を駆ける。

今や驍宗のもとにおらずとも生活していけるだけの価値が、の反物にはあった。

それでもは驍宗宅から離れていない。

それは離れたくなかったからだが、驍宗もそれを咎めることはなかった。

それでもやはり心の何処かで、いつかは出て行かねばならないのだと言う声が聞こえる。

そこから目を逸らし続けるのが出来るのは、後どれほどであろうか。





は過去、疑問に思った事の解答をすでに得ていた。

厳しい表情を忘れられぬのは、その瞬間、恋をしたからだ。

気付いたのはいつだったろうか。

ゆえに側を離れるのが恐ろしくさえあった。



続く






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