ドリーム小説




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四季を織る


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秋のある日、はいつものように機を織っていた。

そこへ何者かが訪ねてくる。

左軍の兵だと名乗ったのは、およそ軍人とは思えぬほど華奢な女性だった。

「将軍に頼まれていたものの修繕が終わりまして。こちらにお届けに上がったのですが」

そう言った女は、手に持った冬器を見せる。

太い短剣のようだった。

「あ…本日、驍宗さまは乍県へ出られております。直接頼まれたものなれば、日を改めていただいたほうがよろしいかと…」

ふっと息を吐き出した女は、軽く笑って言った。

「存じ上げております。実を申しますと、貴女を一目見たかったのです」

「私を、で…ございますか?」

「ええ、貴女を」

「それは…何故でございましょう?」

「噂になっているからです」

そう言うと、女は口角を片側だけ上げて続ける。

「大層華美な反物を織るのだとか」

値踏みするような視線がに向かっていた。

しかし当の本人は気付かぬのか、反物に対しての批評に返答をした。

「…華美かどうかは、お求め頂いた方の感じるところでございます。私はただ戴の景色を織り込んでいるだけの事。それ以上でも、それ以下でもございません」

「高値で売れると聞きましたが」

「材料費と総時間から値段を割り出します。その日の糧を得るほどには、良い値をつけて頂いておりますが、大層高価なものというほどのものでは…反物は素材の一つに過ぎません。それを仕立てるのは、私の仕事ではありませんから…」

の織ったものが、高官の身を包んでいるというのは、驍宗から聞いて知っていた。

それは単純に嬉しいことで、それに破格の値段がついていようと、には関係のないことだと思っていたのだ。

事実、反物だけではどうにもならない。

仕立ててもらわねば、飾り程度にしかならないのだから。

仕立ては、反物の良さをさらに引き出す。

しかしにその技術はなかった。

ゆえにそこから先の事については無頓着と言ってもよい。

「では、ここに留まっているのは何故?」

突き刺すような視線がに向かっている。

戸惑いだけが表情に出たが、口を開くことが出来ないでいたに、女はさらに言い寄る。

「生活の糧を得ることが出来るのなら、どうしてここに留まっている」

「それは…」

何も返すことが出来ない。

だがそれが女の怒気に触れたのか、すらりと短剣の鞘が取り払われた。

鈍色に光る刀剣がゆっくりとに近付く。

その喉元に冷たい切っ先が触れ、皮膚の上で止まった。

「加護を受けてそれを甘んじ、何時までもまとわりついて離れないのは、将軍に身分違いの想いでも抱いているからではないか」

当初、丁寧だった言葉遣いも、今や嘘のように消えていた。

ただ悋気を含んだ瞳が、痛いほどに向かっている。

「この剣と体で、あたしは将軍を守ることが出来る。貴女は将軍の為に何が出来る?ただ庇護を受けるだけと言うのは、公平ではないだろう」

見開かれたのはの漆黒。

常日頃思っていた事だけに、正面切って言われると氷の刃のように鋭い。

「私…は…」

驍宗のために何か出来るのだろうか。

その身に危険が迫った時、盾となることなど到底出来まい。

軍人ではないこの身では、その危機を感じることさえ出来ない。

仮に危機に直面したとて、恐ろしくて動くことすら躊躇われるだろう。

「おっしゃる、通りです…」

絶望にも似た声がの喉を通ったのは、女が剣を引いてしばらく経ってからだった。

女は勝ち誇ったようにそれを見て、剣を鞘に収めて踵を返す。

その影が消えるまで、はその場に立ち尽くしていた。































暗い房室の中、整経台に向かって屈む。

糸の長さを揃え、織るその人を構想しながら作業に勤しんだ。

「驍宗さま…」

この官邸のどこにもその姿はない。

確認したくとも、脳裏に焼き付いているもので、それを表現していかねばならない。

しかしそれは四季折々、風光明媚な景色を織り込む時と同じはず。

「それなのに…こんなにも難しい…」

ぱたりと落ちたのは涙。

反物に小さな染みを作って薄れていった。

「綜絖(そうこう)、筬(おさ)、綜絖、筬…」

込み上げてくる涙は、さきほど剣を向けられたからではなかった。

逢いたいと、これほどまでに強く思ったのは、これまで一度もなかったように思う。

とても逢いたい。

でも、会ってはいけない、今は…。

かたり、という音に、は驚いて顔を上げた。

驍宗が戻って来た時のような音が、遠くから聞こえている。

官邸内を誰かが歩いているのを聞けば、確信を持って驍宗だと分かった。

その足音はこちらへ向かっているようだ。

「今は…」

は慌てて立ち上がり、灯りをさらに弱めて簪を抜いた。

漆黒の髪が解け、肩を覆って表情を隠す。

扉が開いたのは、そのすぐ後だった。

機に向かって手を伸ばす

しかし、やり場に困って糸の上に置いた。



髪を解いた姿を、近頃見かけていなかった驍宗は、その流れる漆黒に目を向ける。

「お…お帰りなさいませ」

「…。どうかしたか」

「い、いえ…」

足音が背後から近付いてくるのを、半ば焦って感じていた。

「何があった」

「何も…何もございません」

「では、何故泣いている」

何故分かってしまったのだろう。

しかし驍宗に隠し事をするのなら、相当の思考を重ねなければ、いとも簡単に見抜かれてしまう。

髪を解いて振り向かねば、それぐらいは容易に想像出来ただろう。

「少し…。そう、少し、両親の事を思い出したのです」

思いついた言葉をそのまま言って顔を伏せる。

そっと涙を拭うと、跪いた驍宗が横に見えた。

驚いて隣に目を向けると、褐色の手がすぐそこにある。

それはの頬を覆い、残った僅かな涙を拭い取った。

どれほどそれが嬉しい事なのか、この人には分かるまい。

「驍宗さまは…どうして…」

優しいのかと問いかけて、続きを呑み込んだ。

差し伸べてくれる手を取って縋るのであれば、本当にあの女の言ったように公平ではない。

重荷でしかない。

「…機を…織ってしまいます。これは…驍宗さまに差し上げるためのものですから」

「今日は疲れているだろう。もう休んではどうだ」

「いえ…もう少しだけ…。もう、大丈夫ですから」

顔を背けて手を頬から離したは、静かに立ち上がる驍宗の気配だけを感じ取った。

遠ざかる足音を薄暗い房室の中で聞き、寂々とした気配の中で固まったように蹲っていた。



続く






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