ドリーム小説
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半ば引き摺られるようにして、街についたは、乱れた髪を整え、深呼吸をした。
「しゅ…風漢。関弓までおりて来たのですから、私の言う場所に来ていただきますね」
そう言って尚隆の手を振り解き、今朝発った場所へと向かう。
安全な場所といえば、それぐらいしか思いつかなかったのだ。
すると目の前に見慣れた顔が現れた。
「り…こう…」
利広はに気付き、近寄ってきたが、尚隆に気付くと驚いて手を挙げた。
「やあ、風漢。やはり会えると思ったよ。こんな所で何をしているんだい?」
「利広!ここは俺の国だ。お前こそ、こんな所で何をしている」
「少し用事があってね」
尚隆はの顔を覗き込み、直後に利広の顔を見た。
「なるほど。やはり危惧した通りだったな…しかし、今はその事について話し合っている暇はない。ひとまず舎館に向かうぞ」
そう言って歩き出す尚隆に、2人は続いて歩き出す。
舎館に向かう道すがら、尚隆は利広に事の顛末を語った。
「ここでいい」
尚隆は躊躇なく、馴染みの妓楼へと入っていった。
「主上!」
房室についたは、青筋を立てて主に詰め寄った。
「主上が舎館と仰るのは、妓楼の事なのですか!この非常時に一体何をお考えか!これが我が国の主君だと言うのですから、私はもう、情けなくて情けなくて…」
は俯き、肩を振るわせ始めた。
「泣くのか?」
「情けなくて涙も出ません!」
「仕方がないだろう。ここが一番安全なのだ。それに色々耳に入る事もある」
「なにをお耳に入れると申されるのですか!王自ら間諜の真似事など、せずともよろしい!」
「ほぅ、久し振りに聞いたような台詞だな」
嬉しそうに言う尚隆に、の怒りは頂点に達しようとしていたが、微かに聞こえた利広の笑う声に、の怒りは急激に萎み、何ごとかと利広に注目した。
「いやぁ、ごめんごめん。仲が良いんだなぁと思って。焼いちゃうなぁ」
尚隆はむっとしたように、を手繰り寄せる。
「そうだろう。これは俺の女だからな。仲がいいのは当たり前だ」
は真っ青になり、尚隆を見た。
「主上!何を申されます!誤解されたらどうされるのですか!」
「誤解させようと思って言ったのだが?」
「、大丈夫だよ。これっぽっちも誤解していないから」
「かわいくない奴だな」
「風漢の前でかわいくしても、仕方がないだろう?」
そのやり取りに、は思わず疑問をぶつけた。
「あの…お二人は、いつからお知り合いなのですか?」
「さあな…いつからだったか」
「昔過ぎて覚えていないよ」
初めて出会った時、利広は各国を旅して回っていると言った。
その時、頭に浮かんだのは、尚隆だった。
その二人が知り合いだったとは…利広の旅も、尚隆が各国を飛び回るのと、同じような動悸なのだろう。
仕事も兼ねていると言ってはいなかったか?
「あ、では、もしや風漢として…」
「いや、泰麒捜索の折、奏に出向いている。お互い正式に挨拶を交わしているからな。問題ない」
尚隆の言に安心したは、改めて二人を眺めた。
そして盛大な溜め息をつき、わが身の未来を不安に思った。
「それで…これから、どうされるおつもりですか?」
の溜め息交じりの呟きに、尚隆は腕を組み、片眉を上げた。
「まずはに話してもらう」
「私、ですか?」
尚隆は頷き、両眼でを見据えた。
「旅の話だ。思い出せる限りの事を話せ。あぁ、一人で行動していた時の話は、せずとも良い」
何の事か判らずに、は尚隆に話し始めた。
「待て、今の所をもう少し詳しく話せ」
奏での宮中、冠禅と話した内容の所で、尚隆の指示が入る。
「続けろ」
才の話、恭での話を終え、昨日関弓で冠禅と出会った所まで、話しを終えた。
その間、何度か先程のような事を言われ、事細かく説明を要求された。
「ふん。なるほどな」
「何か判ったのですか?」
「まぁ、だいたいな。だが、最後の詰めが判らん」
「最後の詰め?」
「そうだ。敵の正体が見えんな」
「ちょっと、お待ち下さい。私の話と、台輔が襲われた話とは、関連があるのですか?」
「なければよかったのだがな」
は主を見やり、信じられないと言った視線を投げた。
「案ずるな。お前は疑っておらぬ」
今まで黙って聞いていた利広が口を挟む。
「を疑っていないと言うことは、同時にと同行した物を疑っていると言う事かな?」
に同行した者は、冬官の冠禅を筆頭に、護衛のためついた禁軍の者数名、そして、枢盃を初めとする、楽士十余人であった。
総勢二十名ほどの中から、あの惨状を画策した物がいようとは、にとっては信じられない事だった。
「主上…私をお外しになったのは、何故でございますか?」
尚隆は眉根に皺を寄せ言った。
「お前が六太を襲う道理がない。もし何か画策あって国府に潜り込んだのなら、今まで何度も好機があっただろう。六太に呼ばれて仁重殿に行く事など、特に珍しくもない。それと、禁軍の兵卒も除外する。この者達は、成笙の御墨付きだ。そうなると、残りは冬官の冠禅と楽士の誰かだ」
は真っ青になりながらも、必死に考えを巡らせ、尚隆に言った。
「冠禅は信のおけるかたです。楽士達も信じたい、とは思いますが…」
口を閉ざそうとしたに、尚隆は先を促した。
「いえ、疑っている訳ではないのです。ですが、もし楽士の誰かが動いていたとなると…私の責任です。人々を癒すような音を、奏でようとしてきました。心に闇の降りぬような、そんな音を目指したのです。その楽士の心が、闇に覆われていたのだとすると、私のやってきた事は、一体なんだったのでしょうか?」
いまや大きな瞳に、淡い水滴を溜め込んだに、尚隆は立ち上がって近付いた。
尚隆はの肩に手を置き、諭すように言う。
「。いくら心を開いて諭しても、それが全て相手に届く事はない。相手に聞く耳、聞く心がなければ、いくらこちらが真摯に解いても何も生みはしまい。しかし、お前の奏でる音は、閉ざした心にも響くのではなかったのか?」
頬を伝う涙を、拭いもせずに、尚隆の言に耳を傾けていたは、何度も頷いた。
「そう…、信じておりました。ですが、それが今、崩れ落ちようとしております」
堪えきれなくなった涙は、の頬を伝い、滑るように落ちていった。
「は楽士達を疑っていないと言ったな。それは大師としての気持ちか、それともとしての気持ちか」
は濡れた頬を尚隆にむけ、しばらく逡巡していたが、ややして口を開いた。
「大師としての、気持ちでございます」
「わかった」
尚隆はそう言うと、利広に目で合図をした。
利広は無言で頷き、をそっと引き寄せる。
尚隆はの顔が下を向くのを確認し、音を立てずに出て行く。
優しく利広に包まれ、は安心感を覚え、鬱積していた物を吐き出すように泣いた。
そして優しく頭を撫で、慈しむ様に包まれる腕の中で、涙は次第に収まっていった。
「…楽士達は何も知らないと、信じてみる気にはならないか?」
利広の言葉に、は顔を俯いたまま、残った涙を拭った。
「楽士達を…そうよね。私が信じてあげなくてはね。主上直々に、大師を拝命しておりますもの。楽士の上に立つ者として、これくらいで参っていては、叱られてしまいますわ」
最後の言は尚隆に投げかけたのだが、それに対しての返事はなく、はおもわず顔を上げた。
「主上!?」
「きっと隣じゃないかな」
「まさか、お一人で玄英宮へ戻ったのでは…」
「それはないと思うよ。まだ何も判ってないからね」
利広はの頭を撫でながら、優しく言ったが、の不安を取り除くには至らなかった。
「やれやれ…これはさすがに焼いちゃうなぁ」
の様子を見ていた利広は、諦めたように立ち上がった。
「風漢を探しに行こう。まだその辺にいると思うから」
そう言った利広に続いて、も立ち上がる。
二人が房室から出ようとした時、尚隆が戻ってきた。
「いい情報を掴んだ。一度戻るぞ」
妓楼を出ていく尚隆に、と利広は付いて出る。
「風漢、待って下さい!ここが安全なら、戻らないほうがいいと思いませんか?」
「なんだ、妓楼が嫌だと言ったのはだろう?」
「そうですが…」
言葉に詰まったに、利広の慰めるような手が肩に伸びる。
「、あきらめたほうがいいよ」
「でも…」
「そういえば利広。お前は何故付いてきているんだ?」
尚隆の言いように、利広はさらりと返す。
「が心配だから」
それに対し、尚隆は意地悪く笑い、
「俺が傍についているから大丈夫だぞ」
と言って利広を見た。
「きっと私が必要になるよ。ほら、さっそく」
利広はそう言って前方を指差した。
広途に匪賊のような風体の男が数名、三人の行方を遮っていた。
「一、二…二十八か。十四ずつだね」
「、下がっていろ」
二十八なら余裕であろうと、は尚隆の言うままに下がったが、二人と同じように抜刀していた。
匪賊達は五人ずつ束になって切り込み、利広と尚隆は背を合わせる様にして戦っていた。
やがて広途には、野次馬の人垣が出来だし、はやし立てる者まで出る始末だった。
ほんの短い時間で、匪賊の数はわずか八人になっていた。
八人など、物の数には入らない。
は心中でそう呟いた。
が見守る中、二十八人の匪賊はあっという間に倒れ、三人は剣を納めた。
「役人の来ぬうちに、逃げるぞ!」
尚隆の言を合図に、駆け出した三人は、禁門の入口まで一度も止まらずに走った。
「はぁ、はぁ…」
禁門に着いたとたんに、立ち止まり肩で大きく呼吸を繰り返した。
「、大丈夫?」
利広の心配そうな声に顔を上げると、一糸乱れぬ様子の利広と尚隆が、を見下ろしていた。
「だ、大丈夫です…。急ぎましょう」
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