ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
=11=
白い石の階段を登り、国府へと赴く3人は、待ち構えていた帷湍と鉢合わせた。
「この非常時に、一体何処に行っておったのだ!」
どうやらカンカンに怒っているようである。
「帷湍様、申し訳ございません。私がついていながら…」
「が謝る必要はない!どうせこいつのことだ。無理矢理ひっぱっていったのだろう!」
見ていたのか、と思わせるような帷湍の言に、は脱帽する思いで頭を下げた。
「まあ、そう怒るな。何か判ったか?」
帷湍は憮然とした様子ではあったが、それに首を横に振って答えた。
帷湍を入れた四人は、内殿に赴き、朱衡、成笙と合流した。
奏からの客人を交えたその会合は、朱衡の報告から始まった。
朱衡の報告によれば、冠禅を呼びに言ったという女官は、今だ見つかっていないようだった。
「少し脅してみたのですけどね…」
そう言って溜め息をつく朱衡を見て、は味方でよかったと改めて思う。
帷湍は、自害した人物を突き止めてはいたが、下官の官服を着た、浮民のようだと言って、どの国の浮民なのかは、判らないと報告した。
「刃物や冬器はやはり見当たりませんでした。陶器の瓶を割り、それを使用して自害した模様です」
仁重殿では護衛でさえも、帯刀を許されていない。
そこで凶器が陶器だったのだろう。
成笙の報告もあまり大きな、進展がないようだった。
「台輔はまだ昏倒されております。お話を伺うことができれば、あるいは…」
「いや、実行したのが誰なのかは、もう判っている。が教えてくれた」
そう言った尚隆に、一同の視線が一斉に向けられる。
「私…が?」
「そうだ。あの場で自害を命じた者は、と行動を供にしていた人物に他ならない」
楽士の誰かの事を、尚隆は言っているのだ。
しかし、どうやって特定したのだろうか?
「旅先から戻って次の日に動くとは、何かに対して焦ったのか、あるいは…」
そう言って尚隆は利広を見据えた。
「主上!利広をお疑いではないでしょうね?」
は血相を変えて尚隆に言った。
しかし利広は尚隆を見据え、なるほど、と呟いた。
「ちゃんと説明して頂けますか」
話の見えない朱衡が口を挟む。
「まず、女官だが。これはどれだけ探そうとも出て来ないだろう」
「それは、何故ですか?」
「元々いないからだ」 女官が元々いない。
それがただ一人の人物をさしていることに、全員が気付いた。
「そんな…冠禅が?狂言だったと言うのですか?」
の悲鳴にも似た声に、尚隆は冷静に頷いた。
「楽士達を信じるのだろう?それなら、残るは冠禅しかいない」
「そんな…」
は絶句して尚隆を見つめていた。
「お前が楽士を疑っていないと言ったのは、個人の感情だけではなかろう?楽士の一人一人が脳裏を過ぎったはずだ。その者の動向までを思い出し、その上で疑わないと言ったではなかったのか?」
「ですが、冠禅に対しても同様に思っておりました!そのような大事を画策できるような人物ではございません!」
必死に訴えるを、利広の腕が辛うじて前に出る事を、押しとどめていた。
「。申し訳ないけど、私も風漢と同意見だよ」
「そんな…利広まで…。何故ですか?冠禅のどこが…」
「。ひとつ気になっていたのだけど…冠禅はの演奏が嫌いなのかい?」
利広の質問に、はぽかんとする。
「え?私の演奏?」
聞き返すが、利広は黙っての言葉を待っている。
「いいえ。冠禅は二胡を作ってくれたもの。完成した時にはもちろん、初めてここで演奏した時にも聞いていて、よかったと褒めてくれたわ。いつも、心が洗われるようだと、口癖のように言っているわ。自惚れる訳ではないけど、嫌いだとはとても思えない」
それを受けた利広は、を見ながら言った。
「私はね、恭の文官に紛れてあの場にいたんだよ。そしておかしな事に気がついたんだ。私は演奏を聞くよりも、が倒れまいか心配だった。だから絶えず気を張っていたんだ。だけど他の人間は全て、演奏に聞きいってるようだった。もちろん冠禅も目を閉じていたので、私は聞き入っているのだと思っていた」
利広はそう言って、だけを見つめながら続ける。
「演奏が終わって、が倒れそうになった時、私は駆け寄って支えたけど、その時冠禅を見ると、彼はまだ目を閉じたままだった。私の気配を感じたのだろう、目を開き、倒れているを見ると、とても動揺した素振りをしていたよ。そして、奏での様子を思い出してしまったんだよ」
「奏での様子?」
の問いに、利広は頷くとさらに話を続けた。
「奏での演奏の際、私は何度か冠禅を目にしていたんだよ。なにしろ、知った顔が2つしかなかったからね。演奏が始まってしまえば、に注目していたけど、途中で独奏に変わる折、ふと宴席についた雁の官を見ようとして、やはり冠禅に目が行った。その時も冠禅は目を閉じたままだった。まるで何も聞こえていないようだと思ったけど、演奏のすばらしさに恍惚としているのだろうと、勝手に納得していたんだ。何しろ奏の官の中にも、同じようなのは何人かいたからね」
にはそれが何を意味するのか、判らなかった。
「演奏を聞いてしまうと、画策しようと走り回っていたのを、躊躇うからだろう」
判断しかねているの変わりに尚隆が言った。
「それはつまり、どういう事なのですか?」
成笙が利広に問う。
「耳に栓をしていたようだよ。彼には何も聞こえていなかった」
利広の言った事を、は心中で反復し、そして思いあたった。
「そう言えば、恭での演奏前に冠禅に話しかけたの。もし倒れるような事があったら、楽器をお願いって。でも気分を害したのか、声が届かなかったのか、返事はもらえなくて…あの時すでに、何も聞こえていなかったかしら…」
「恐らくそうだろうね。恭では単に、私の顔を見て驚いたのだと思ったのだけれど、その後色々と質問を受けたのでね」
「決まりだな」
尚隆は皮肉気に笑い言った。
「に清漢宮の配置と、玄英宮の配置が同じなのか、聞いていたのだろう?恐らく今回の事は、清漢宮で企んだのだろう。ところが恭で奏の御仁と対面する。冠禅としては、焦ったに違いない。利広が何かを掴んでいるかと思ったのだろう。利広に探りを入れ、そうではないと判ってもなお、知らせを飛ばしたはずだ」
「それでは、奏国が関わっていると言うことですか?」
は利広を見ないようにしながら、尚隆に問うた。
とても見る勇気がなかったのだ。
「いや、奏がどうと言う問題ではない。元々は雁の問題だ」
朱衡は主の顔を見て、溜め息と供に言った。
「主上は誰が命じたのか、お判りのようですね。ならば、をあまり虐めてないで、さっさと仰ってください」
尚隆はわかったと手を挙げ、眼差しをするどく変えて言葉を繋ぐ。
「恐らく裏で糸を引いているのは、夾莞だ」
「夾莞!」
と利広以外の三者が、同時に叫んだ。
はきょとんとして、三者と主を見上げた。
それを補うように朱衡の説明が入る。
「夾莞。三十年前に主上自らが更迭した、元・大司空です」
元・大司空…冬官の長。
冠禅との、この上もない共通点に思えて、は顔を青く染めた。
「何故、更迭を?」
利広の質問に、尚隆が答える。
「技師を抑え、新しく生み出される技術を売って、私腹を肥やしていた。それどころでは飽き足らず、今度は玄師、匠師をも押さえ、物品までも他国へ流していた。国府にそれと図れぬように、上手くやっていたつもりだろうが…事が発覚し、すぐに更迭して現在の大司空を据えた。位を剥奪し、仙籍からも除名した」
尚隆が言い終わるのを待って、利広が問う。
「それが今回の黒幕って訳だね。…それで?何故その夾莞が奏にいると判ったんだい?」
利広は尚隆に視線を向け、仕入れた情報とはこの事かと問うた。
「その通りだ。悪人というのは、自らの作を何処かでひけらかしたいようだな。得意げに話しをしていたようだぞ。何処の国とは言っていなかったようだが、の話と結びつけると、宮城の位置を確認していた事から推測して奏だな。もし才なら、わざわざ奏でにその事を聞かずとも、たやすく想像できただろう。それに聞くのなら、一国を見終わってからの方が、不自然ではないと思わんか?」
確かにその通りだとは思った。
雁、奏、才と同じような構図ならば、に聞くまでもないだろうが、聞いたとしても不思議ではない。
それに、は冠禅に問われるまで、その事に気が付かなった。
正門から掌客殿に通されただけでは、位置が同じなどと気付きはしまい。
その後、宮道を歩いたので考えが正しいと確信を持ったが、それならもっと後でその話しになっても、よかったように思えてきた。
「その元・大司空が、今は奏で技師をしているそうだ。盗んだ技術を最大限に活用しているわけだな。なんでも巧から逃げてきたと言って、哀れみをかったようだが…。それが今度は、関弓に姿を現した」
「関弓に…」
考え深げに言う朱衡を、は視線だけで捕らえた。
「そうだ」
尚隆はそう言って利広を見た。
(これは宗王に奏上しなければいけないな。官吏の整理も進言してみよう)
利広はそう考えながら、尚隆に向かって頷いた。
「奏で上手くやっているのなら、何故今更雁に戻ってまいったのでしょう」
帷湍の問いに答えるのは、やはり延王その人だった。
「大事を企てるのに、遠く離れているのは心許なかったのだろう。恨みがましい奴だ。いずれにしろ、夾莞はまだ関弓に居るはずだ。また何かしらの動きがあるだろう」
「そうだね。冠禅によって、私が雁に来ていることは判っているし…ばったりと出会わない内に、行動に移したのだろうね」
利広が溜め息混じりに言ったのを受け、朱衡も口を挟む。
「それにしても…思い切った事をしてくれましたね。台輔を襲うなどと。どうやって潜り込んだのやら」
「まぁ、大体の予想はつくがな」
尚隆はそう言ってを見た。
しかし視線を向けた先で、はただ呆然としていた。
は、もはや口を開く事が出来なかった。
二胡を作り、その出来栄えを喜び、が演奏しお褒めを賜るのを自分の事のように喜んでいた冠禅。
いつも楽器に気を使い、三国への長旅も申し出てくれた。
その冠禅が、知らない内に心を闇に染めてしまった。
改めて自分の力不足を、思い知らされるようだった。
は自らの手をじっと見つめていた。
それに気が付いた尚隆は、に向かって言った。
「あまり自分を責めるな。お前は春官であって、秋官でも夏官でもない。それでももし、自分を責めるのを抑えられないのなら、利広の言った事を思い出すんだな」
は掌から眼を逸らし、主の顔を見上げ、利広に視線を移した。
「冠禅は少なくとも奏と恭で、の演奏を聞くまいと必死だったはずだ。それと悟られぬよう、芝居を打っていたようだけどね」
奏と恭で聞いていないのなら、才でも同じだろう。
「音色も思い出せない程、闇に覆われてしまったのですね…可哀想な冠禅」
は両手で顔を覆い俯いた。
しかし、泣いてはいなかった。
「それならば、すぐに冠禅を捕らえましょう」
そう言って出て行こうとした朱衡を、尚隆が止める。
「まて、まだ泳がせたほうがいい。冠禅には夾莞の元へと導いてもらう」
尚隆はそう言って、の名を呼んだ。
「、危険だが、やって欲しい事がある」
は両手を下ろし、主を見て頷いた。
|