ドリーム小説




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白い石の階段を登り、国府へと赴く3人は、待ち構えていた帷湍と鉢合わせた。

「この非常時に、一体何処に行っておったのだ!」

どうやらカンカンに怒っているようである。

「帷湍様、申し訳ございません。私がついていながら…」

が謝る必要はない!どうせこいつのことだ。無理矢理ひっぱっていったのだろう!」

見ていたのか、と思わせるような帷湍の言に、は脱帽する思いで頭を下げた。

「まあ、そう怒るな。何か判ったか?」

帷湍は憮然とした様子ではあったが、それに首を横に振って答えた。

帷湍を入れた四人は、内殿に赴き、朱衡、成笙と合流した。

奏からの客人を交えたその会合は、朱衡の報告から始まった。

朱衡の報告によれば、冠禅を呼びに言ったという女官は、今だ見つかっていないようだった。

「少し脅してみたのですけどね…」

そう言って溜め息をつく朱衡を見て、は味方でよかったと改めて思う。


帷湍は、自害した人物を突き止めてはいたが、下官の官服を着た、浮民のようだと言って、どの国の浮民なのかは、判らないと報告した。

「刃物や冬器はやはり見当たりませんでした。陶器の瓶を割り、それを使用して自害した模様です」

仁重殿では護衛でさえも、帯刀を許されていない。

そこで凶器が陶器だったのだろう。

成笙の報告もあまり大きな、進展がないようだった。

「台輔はまだ昏倒されております。お話を伺うことができれば、あるいは…」

「いや、実行したのが誰なのかは、もう判っている。が教えてくれた」

そう言った尚隆に、一同の視線が一斉に向けられる。


「私…が?」

「そうだ。あの場で自害を命じた者は、と行動を供にしていた人物に他ならない」

楽士の誰かの事を、尚隆は言っているのだ。

しかし、どうやって特定したのだろうか?

「旅先から戻って次の日に動くとは、何かに対して焦ったのか、あるいは…」

そう言って尚隆は利広を見据えた。

「主上!利広をお疑いではないでしょうね?」

は血相を変えて尚隆に言った。

しかし利広は尚隆を見据え、なるほど、と呟いた。

「ちゃんと説明して頂けますか」

話の見えない朱衡が口を挟む。

「まず、女官だが。これはどれだけ探そうとも出て来ないだろう」

「それは、何故ですか?」

「元々いないからだ」
女官が元々いない。

それがただ一人の人物をさしていることに、全員が気付いた。

「そんな…冠禅が?狂言だったと言うのですか?」

の悲鳴にも似た声に、尚隆は冷静に頷いた。

「楽士達を信じるのだろう?それなら、残るは冠禅しかいない」

「そんな…」

は絶句して尚隆を見つめていた。

「お前が楽士を疑っていないと言ったのは、個人の感情だけではなかろう?楽士の一人一人が脳裏を過ぎったはずだ。その者の動向までを思い出し、その上で疑わないと言ったではなかったのか?」

「ですが、冠禅に対しても同様に思っておりました!そのような大事を画策できるような人物ではございません!」

必死に訴えるを、利広の腕が辛うじて前に出る事を、押しとどめていた。

。申し訳ないけど、私も風漢と同意見だよ」

「そんな…利広まで…。何故ですか?冠禅のどこが…」

。ひとつ気になっていたのだけど…冠禅はの演奏が嫌いなのかい?」

利広の質問に、はぽかんとする。

「え?私の演奏?」

聞き返すが、利広は黙っての言葉を待っている。

「いいえ。冠禅は二胡を作ってくれたもの。完成した時にはもちろん、初めてここで演奏した時にも聞いていて、よかったと褒めてくれたわ。いつも、心が洗われるようだと、口癖のように言っているわ。自惚れる訳ではないけど、嫌いだとはとても思えない」

それを受けた利広は、を見ながら言った。

「私はね、恭の文官に紛れてあの場にいたんだよ。そしておかしな事に気がついたんだ。私は演奏を聞くよりも、が倒れまいか心配だった。だから絶えず気を張っていたんだ。だけど他の人間は全て、演奏に聞きいってるようだった。もちろん冠禅も目を閉じていたので、私は聞き入っているのだと思っていた」

利広はそう言って、だけを見つめながら続ける。

「演奏が終わって、が倒れそうになった時、私は駆け寄って支えたけど、その時冠禅を見ると、彼はまだ目を閉じたままだった。私の気配を感じたのだろう、目を開き、倒れているを見ると、とても動揺した素振りをしていたよ。そして、奏での様子を思い出してしまったんだよ」

「奏での様子?」

の問いに、利広は頷くとさらに話を続けた。

「奏での演奏の際、私は何度か冠禅を目にしていたんだよ。なにしろ、知った顔が2つしかなかったからね。演奏が始まってしまえば、に注目していたけど、途中で独奏に変わる折、ふと宴席についた雁の官を見ようとして、やはり冠禅に目が行った。その時も冠禅は目を閉じたままだった。まるで何も聞こえていないようだと思ったけど、演奏のすばらしさに恍惚としているのだろうと、勝手に納得していたんだ。何しろ奏の官の中にも、同じようなのは何人かいたからね」

にはそれが何を意味するのか、判らなかった。

「演奏を聞いてしまうと、画策しようと走り回っていたのを、躊躇うからだろう」

判断しかねているの変わりに尚隆が言った。

「それはつまり、どういう事なのですか?」

成笙が利広に問う。

「耳に栓をしていたようだよ。彼には何も聞こえていなかった」

利広の言った事を、は心中で反復し、そして思いあたった。

「そう言えば、恭での演奏前に冠禅に話しかけたの。もし倒れるような事があったら、楽器をお願いって。でも気分を害したのか、声が届かなかったのか、返事はもらえなくて…あの時すでに、何も聞こえていなかったかしら…」

「恐らくそうだろうね。恭では単に、私の顔を見て驚いたのだと思ったのだけれど、その後色々と質問を受けたのでね」

「決まりだな」

尚隆は皮肉気に笑い言った。

に清漢宮の配置と、玄英宮の配置が同じなのか、聞いていたのだろう?恐らく今回の事は、清漢宮で企んだのだろう。ところが恭で奏の御仁と対面する。冠禅としては、焦ったに違いない。利広が何かを掴んでいるかと思ったのだろう。利広に探りを入れ、そうではないと判ってもなお、知らせを飛ばしたはずだ」

「それでは、奏国が関わっていると言うことですか?」

は利広を見ないようにしながら、尚隆に問うた。

とても見る勇気がなかったのだ。

「いや、奏がどうと言う問題ではない。元々は雁の問題だ」

朱衡は主の顔を見て、溜め息と供に言った。

「主上は誰が命じたのか、お判りのようですね。ならば、をあまり虐めてないで、さっさと仰ってください」

尚隆はわかったと手を挙げ、眼差しをするどく変えて言葉を繋ぐ。


「恐らく裏で糸を引いているのは、夾莞だ」

「夾莞!」

と利広以外の三者が、同時に叫んだ。

はきょとんとして、三者と主を見上げた。

それを補うように朱衡の説明が入る。

「夾莞。三十年前に主上自らが更迭した、元・大司空です」

元・大司空…冬官の長。

冠禅との、この上もない共通点に思えて、は顔を青く染めた。

「何故、更迭を?」

利広の質問に、尚隆が答える。

「技師を抑え、新しく生み出される技術を売って、私腹を肥やしていた。それどころでは飽き足らず、今度は玄師、匠師をも押さえ、物品までも他国へ流していた。国府にそれと図れぬように、上手くやっていたつもりだろうが…事が発覚し、すぐに更迭して現在の大司空を据えた。位を剥奪し、仙籍からも除名した」


尚隆が言い終わるのを待って、利広が問う。

「それが今回の黒幕って訳だね。…それで?何故その夾莞が奏にいると判ったんだい?」

利広は尚隆に視線を向け、仕入れた情報とはこの事かと問うた。

「その通りだ。悪人というのは、自らの作を何処かでひけらかしたいようだな。得意げに話しをしていたようだぞ。何処の国とは言っていなかったようだが、の話と結びつけると、宮城の位置を確認していた事から推測して奏だな。もし才なら、わざわざ奏でにその事を聞かずとも、たやすく想像できただろう。それに聞くのなら、一国を見終わってからの方が、不自然ではないと思わんか?」

確かにその通りだとは思った。

雁、奏、才と同じような構図ならば、に聞くまでもないだろうが、聞いたとしても不思議ではない。

それに、は冠禅に問われるまで、その事に気が付かなった。

正門から掌客殿に通されただけでは、位置が同じなどと気付きはしまい。

その後、宮道を歩いたので考えが正しいと確信を持ったが、それならもっと後でその話しになっても、よかったように思えてきた。


「その元・大司空が、今は奏で技師をしているそうだ。盗んだ技術を最大限に活用しているわけだな。なんでも巧から逃げてきたと言って、哀れみをかったようだが…。それが今度は、関弓に姿を現した」

「関弓に…」

考え深げに言う朱衡を、は視線だけで捕らえた。

「そうだ」

尚隆はそう言って利広を見た。

(これは宗王に奏上しなければいけないな。官吏の整理も進言してみよう)

利広はそう考えながら、尚隆に向かって頷いた。

「奏で上手くやっているのなら、何故今更雁に戻ってまいったのでしょう」

帷湍の問いに答えるのは、やはり延王その人だった。

「大事を企てるのに、遠く離れているのは心許なかったのだろう。恨みがましい奴だ。いずれにしろ、夾莞はまだ関弓に居るはずだ。また何かしらの動きがあるだろう」

「そうだね。冠禅によって、私が雁に来ていることは判っているし…ばったりと出会わない内に、行動に移したのだろうね」

利広が溜め息混じりに言ったのを受け、朱衡も口を挟む。

「それにしても…思い切った事をしてくれましたね。台輔を襲うなどと。どうやって潜り込んだのやら」

「まぁ、大体の予想はつくがな」

尚隆はそう言ってを見た。

しかし視線を向けた先で、はただ呆然としていた。

は、もはや口を開く事が出来なかった。

二胡を作り、その出来栄えを喜び、が演奏しお褒めを賜るのを自分の事のように喜んでいた冠禅。

いつも楽器に気を使い、三国への長旅も申し出てくれた。

その冠禅が、知らない内に心を闇に染めてしまった。

改めて自分の力不足を、思い知らされるようだった。

は自らの手をじっと見つめていた。

それに気が付いた尚隆は、に向かって言った。

「あまり自分を責めるな。お前は春官であって、秋官でも夏官でもない。それでももし、自分を責めるのを抑えられないのなら、利広の言った事を思い出すんだな」

は掌から眼を逸らし、主の顔を見上げ、利広に視線を移した。

「冠禅は少なくとも奏と恭で、の演奏を聞くまいと必死だったはずだ。それと悟られぬよう、芝居を打っていたようだけどね」

奏と恭で聞いていないのなら、才でも同じだろう。

「音色も思い出せない程、闇に覆われてしまったのですね…可哀想な冠禅」

は両手で顔を覆い俯いた。

しかし、泣いてはいなかった。

「それならば、すぐに冠禅を捕らえましょう」

そう言って出て行こうとした朱衡を、尚隆が止める。

「まて、まだ泳がせたほうがいい。冠禅には夾莞の元へと導いてもらう」

尚隆はそう言って、の名を呼んだ。

、危険だが、やって欲しい事がある」

は両手を下ろし、主を見て頷いた。



続く






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※参照してください。

夾莞=きょうげん

舞台を雁に移す際、危惧していた事がありました。

その危惧の通りになってしまいました(涙)

延王の独壇場です。

もう、何も言えません。ごめんなさい☆

ちなみにお相手は利広さんです。忘れそうですが…。

                                 美耶子