ドリーム小説
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=2= 「ここ、なんだけどね」
「え?」
理解できていないの目前に、つい先日別れた冬官が居た。
「!」
「冠禅!無事に着いたみたいね。で、舎館はどこ?」
冠禅は困り果てた表情で、後ろの舎館を指した。
柱は周りの舎館と違わず、緑の色をしていた。
「へ?」
呆けた顔のを、利広は笑いを堪えながら見ていた。
「今日1日とはいえ、まさか…誰が手配したのか、間違えたらしくて…」
「間違い?違うわ(あんの莫迦殿〜〜!)」
「間違いでないなら、何故…」
「私たちの反応を見て、楽しみたい莫迦が居るのよ、きっと」
「俺達の反応って…そんなもの、雁に居たんじゃ見れないだろう?一緒に来た連中じゃないのは、様子をみてはっきりしているし…」
「簡単に言うと、嫌がらせね。あの人達は、想像するだけで楽しいのよ(自分はしばらく監禁されることだし)。せっかくだから、楽しみなさいな。お金は私の帰国後、国からではなく、この舎館を手配した張本人(莫迦殿)から、きっちり搾り取ってみせるから(もちろん可愛がってくれている上司に頼んで)」
の張りついた笑顔に、冠禅は凍りついたように固まった。
しかし、冠禅にはが何か知っているように聞こえ、それを問い返す。
だがはその場を濁し、さっさと赤虎とその背に預けていた荷をあずけて、背中の荷物一つで宿を後にした。
「なかなか良い上司をお持ちのようだね」
利広は楽しそうにそう言ったが、の表情をみて、口を噤んだ。
「お見苦しい所を…本当に恥ずかしい」
利広はくすり、と笑い言った。
「気にしないで。さて、どこから案内しようかな?女の子なら、やっぱり装飾品のお店がいいかな?」
深く追求しない利広に感謝しながら、は利広に言った。
「あの、何処か食べる所があれば嬉しいのですけど…今日はまだ何も食べてないんです。早く着きそうで、急いできたものですから…」
「それなら、飯堂に案内するよ。安くておいしい食事を振舞ってくれる」
「では、よろしくお願いします」
「あはは。そんなに改まらなくてもいいよ」
は微笑んで利広に答えた。
花道から外れ、利広が連れてきたのは、安価の飯堂だった。
「こういうところは嫌いかな?」
「とんでもない!かえって心地いいくらいです」
「それならよかった」
そう言って利広は框窓を開け、中に入って行った。
飯堂の中は意外と人が少なく、ゆったりと座る事が出来た。
聞くと昼の忙しい時は少し前に過ぎ去ったとの事だった。
「お昼を随分と回っているのね。気がつかなかったわ」
は奏の強い日差しのせいで、時間の感覚が少しずれていた。
雁ならまだ昼前ほどの日差しだったからだ。
国が違えば、こうも違う物なのか、と妙に感心する。
「ねぇ、奏は一年中緑があるのね」
注文を終えた利広に、は質問する。
「そうだね。二期作ができるからね」
「二期作!それは、すごいわね」
素直に感心し、自国を思い返す。
雁ではもちろん、気候上無理がある。
南の国だからこそ、出来ることなのだ。
「その代わり、夏はとても暑くなるんだ。だから私は、夏は北の国に行きたくなるんだよ。例えば、雁、とかね」
だから雁に何度も訪れているのだろうか?
それなら、本当に道楽だ。
一体何を仕事にしている人なんだろう。
「利広のお仕事って何?」
「奏に来た美しい客人を、案内すること。の仕事は?」
はぐらかされたと思いながら、背中を指差し、自らも答える。
「私はこれで人を癒すのが仕事」
利広の興味が、の仕事から背中の荷物に移ったのを感じ、荷を解く。
中からは二本の弦が張ってある、胡弓が出てきた。
「それは?」
「これは蓬莱…いえ、崑崙の楽器で二胡って言うの。この弓で弾くのよ」
そう言って蒼い弓を利広に渡す。
利広は弓をまじまじと見つめ、の顔を見た。
「は山客なのかい?」
「いいえ、私は海客よ。でも、崑崙の楽器を知っていたの。それで、さっきの冠禅に頼んで作ってもらったのよ。あぁ、彼は匠師なの」
海客だと告げたのにも関わらず、そんな事は関係ないとばかりに、利広の顔は二胡に釘付けになり、弾いて欲しそうな表情に変わっていくのを、は少し嬉しく思いながら見ていた。
「お待たせしました」
料理が運び込まれ、卓子の上から二胡は姿を消した。
「この弓は三騅の鬣を貰ったの。とてもいい音色がするのよ」
食事を食べながら、は二胡の説明を始めた。
とても音色が重要となるこの楽器は、崑崙に昔からある弓奏楽器で、とても難しい楽器だった。
「わぁ、これ、とってもおいしい。雁にはないわね。初めて食べたわ」
「そうかい?よかった」
利広はあまり食べず、酒を飲みながらの食べる姿を眺めていた。
綺麗に食べ終わったは、やっとそのことに気がつき、顔を赤らめて聞いた。
「ひょっとして、昼餉の後だった?」
「構わないよ。珍しい物を見せてもらったしね」
そう言って、勘定を持ってくれると言う利広に、は駄目だと言った。
「ここは私の国だからね。折角の雁からの客人を、おもてなしさせてくれないかな?」
さっと支払を終え、店を出る利広の後について、慌てて二胡を背負い付いていく。
「さて、どこに案内しましょうか?」
「そうね…では甘い物を売っている所にお願いしてもいいですか?」
「お土産だね?こっちだよ」
は自国の麒麟のため、甘い物をお土産にと思っていたのだ。
六太にお土産を買うのは、ラクで楽しい。
甘いものならなんでも喜んでくれるし、必ず一緒に食べようと声をかけてくれるからだ。
自分が食べたい、と思う物を選ぶのとなんら変わりは無いような気もするが、それでも主のみやげ物に比べれば、苦労することはない。
利広に案内された店で、六太のために饅頭を買った。
次に向かったのは、霞披の置いてある店だった。
肩にかける飾りの布を、念入りに選び、薄く青みを帯びた物を選んだ。
「いい感性をしているね。これを貰える人はとても喜ぶと思うよ」
「そう?ありがとう。これは帰国した時に、味方になってくれる(意外と沸点の低い)上司にあげるの」
「の上司?」
「そうよ。とても良いかたなの」
宮中に置いて、彼の影響力は強大だ。
味方についてこれほど心強い人物はそうそういまい。
次には冬器のある架戟に連れて行ってもらった。
「も戦うのかい?」
「護身程度にはね」
「あぁ、でも、相当自信があるのではないかな?」
「なぜそう思うの?」
「一人で来たんだろう?女性が一人で旅をするのは、安全とは言えないよ」
鋭い、と思いながら、は微笑んで言った。
「そうね。でも赤虎で来たから、何もなかったわよ?」
の騎乗していた赤虎は、国府からの借り物だった。
「なるほどね。何もないと言うことは、雲海を渡ってき…とと。そんな事はどうでもいいか」
「くすっ。利広は読みが鋭いね。そうね。十二国でも屈指の剣豪が師匠だから、それなりに大丈夫だとは思う。でも、過信はしてないわ。あくまでも護身のためだし、私が戦うのは勝つためじゃなくて、逃げるためよ」
「そうか。それでいいと思うよ。それでなくては、守りがいもないしね」
片目を閉じて合図をする利広に、少し赤くなりながら、はごまかすために武器を選び始める。
(主上にと思ったけど、いい物を沢山お持ちだし…やっぱり主上はお酒のほうがいいかしら?)
そう思い主の為ではなく、夏官の長、大司馬成笙の為に一振りの剣を購入した。
利広に奏の一番おいしいとされるお酒を教えてもらい、主にはそれを買った。
その後、各所を回り、一通りのお土産を買い、は満足気に微笑んでいた。
「お土産は終わり?自分の物は買わないの?」
そう言われて、はまったく自分の物など考えてなかった事に気が付く。
「それはいけない」
利広はそう言って、の手を握った。
「こっちだよ」
手をひいて歩き出した利広を、赤く染まった顔のまま付いて歩く。
利広が向かったのは飾り物の沢山置いた店だった。
「これなんかどう?とても似合うよ」
耳墜を手に取り、に差し出す。
「そんな高価なもの、私には似合わないわ」
「そんな事無いよ。はとても綺麗な顔立ちだからね。なんでも似合うよ」
さらりと言う利広に、赤い顔はますます色濃くなり、眩暈すら覚え始める。
「あぁ、これなんか、いいな」
花鈿を手に、に近付く利広。
造花の簪で、赤い花が連なって下がっている。とても華やかな花鈿だった。
「赤い紅をさして、結った髪にさしたらとても似合うよ」
そういって、の髪に花鈿を挿す利広。
髪に挿した花鈿から、造花の花が頬をくすぐり、とても気持ちのいい感触が伝わってくる。
「これはにあげよう」
そう言って、花鈿を買う利広。
「え、そんな!駄目よ。自分で買うわ」
そう言っても、利広はさきほどの飯堂と同じように、聞きいれてはくれない。
「今日会ったばかりなのに、何から何まで…なんだか申し訳ない」
「気にすることは無いよ。私が好きなようにやっているだけだからね」
「でも、それでは…そうだ。雁に来たときには、必ず私が案内しますから、ご連絡下さいませんか?」
そう言って、はふと考えた。そして、
「何度も来られてるんですよね…案内しなくても、いいくらいですか?」
と不安げに聞いた。
利広は笑みを作り、そんなことはないと言ったが、その言葉の中に気遣いを感じ、は思わず溜め息をついた。
しかし、すぐに何かを思いついたように顔をあげ、利広に言った。
「少し、人の少ない所に連れて行ってくれませんか?」
「人の少ない所?街中では難しいな。私の居院も人が大勢居るし…今日、私達が出会った場所なら、少ないけどね」
その意見に、はそこに向かうと言って、歩き出した。
「今から言ったのでは、帰るのが夜中になってしまうよ」
「そうですか…」
少し悲しそうなの様子に、利広は一つ提案をした。
「ちょっと待っててくれるかな?」
そう言って、街角に消えていく利広を、はただ眺めて待った。
待つことしばし、利広はなんと、スウグを伴って戻ってきた。
「スウグ!ど、どこでこれを?」
「宿に預けておいて、昼間の丘に向かったんだよ」
「利広のスウグ?」
「まぁ、そんな所かな?さ、乗って」
利広はスウグに飛び乗り、に手を差し伸べた。
やはり猟尸師だろうか?
しかしそのような口ぶりではない。
それならば、スウグを所有していると言うことは、相当強いか、相当金持ちという事になる。
の主もスウグを所有していたが、その他には戴国の王が乗っていると聞いたぐらいだった。
差し伸ばされた手をとり、騎獣に飛び乗ったは、背中に利広を感じながら質問をする。
「スウグに乗って各国を廻っているのね?各国…ねえ、利広も気をつけないと、危ないんじゃない?」
「そうだね。でも、それなりに用心しているよ。私も過信はしていないけどね?」
スウグに乗ると、昼に利広と出会った丘までは、すぐに到着した。
夕暮れに染まったその丘は、昼間とは違った顔を見せていた。
「やはり…とても綺麗」
黄金色に染まる、隆洽の街並みをはうっとりと眺める。
「これが見たかったのかい?私もとても好きだよ。この時間のこの景色を。この国がいつまで安泰であってくれたなら、ずっと変わらず美しいままだ」
そう言った利広の顔は、少し憂いを含んでいるように感じた。
はそんな利広を見て、それを不思議に思ったが、色々な国を見ていると言った利広の話しを思い出し、納得した。
国の衰退を幾度か目撃したのだろう。
いつだったか、主から聞いた事があった。
天命を失った国が、どうなるのか。どうやって滅んでいくのか…。
の主は五百年もの間、何度もそれを見てきた。
そして、考えずにはいられない、と言う。
王が人である以上、脆く穿かない存在だ。
国はいつか滅びる。
王の采配一つで、大きく傾く。
近年では巧国。
かの王は、慶の女王を殺そうと画策したため、天命を失った。
芳もそうだ。
悪政を敷いた為に、民が大量に殺されたと、誰から聞いた。
確か州候が反乱を起こしたのではなかったか。
しかし、いずれにしろ、天命を受けて王となった人ばかりだ。
ささいな心のずれが、恐ろしい結果を国に招く。
だが、人である以上、それを癒すことは可能だと、は信じていた。
言葉に出していえるほど、簡単な事でない事は重々承知していたが、自分の存在意義はそこにあるような気がしていた。
「だから、私は音を奏でるの…二胡が心を洗うように、心をこめて…」
は背中から二胡を下ろし、手ごろな石の上に座った。
弓を持ち、弦に当てる。
そして瞳を閉じて集中し、静かに弓を引き、音を奏でる。
「不思議な音色だ…」
初めて聞く二胡の音は、甘く切ない音色だった。
二胡の音色は、隆洽の夕闇に溶ける様に浸透し、深く心に響く。
利広は不思議な旋律が、心を洗い流していくような感覚に陥っていた。
そしてこの演奏を聞くためなら、三百年でも八百年でも、待ってしまいそうだと、そう思った。
きゅっと終わりの音がして、はゆっくりと瞳を開ける。
「今日のお礼です。こんな事しかできないけど、ありがとうございます」
「いや…とんでもない。こんないい音を聞いたのは生まれて初めてだよ。私のほうこそ、お礼をいわなければ」
黄金色だった景色は、薄暗い蒼色に変わり、奏の夜が訪れようとしていた。
このまま、もう少し一緒にいたい。
そう思ったのはどちらだったのだろうか?
利広は何かの衝動を押さえ込み、立ち上がった。
送って行くと言って騎乗する。
瞬く間に街へ戻り、は利広に礼を言った。
「。ずっと奏にいる気はない?」
「え?ごめんなさい。小さくてよく聞こえなかったわ」
「いや、なんでもないんだ。また、会えるかな?」
「もちろんです。こちらは明後日に発ちますが、私は雁におります。いつでも訊ねて来て下さい。それまでにいい穴場を見つけて、必ず案内しますから」
そう言って、主がとった(気に食わない)舎館に入っていった。
舎館の中に冠禅の姿はおろか、他の同僚の姿も見受けられなかったが、は気にも留めず、部屋に入っていった。
「冠禅達は楽しんでいるのかしら?それなら、主上に感謝しなきゃね。でも…楽士達は…精神統一しなきゃいけないもの。楽しんでいる場合ではないわね。可哀想に…」
一人肩を竦め、は牀榻に入り、香を炊き込めた牀に横たわる。
利広に貰った花鈿が頬に辺り、挿したままだということに気がついた。
花鈿をそっと外し、コトリと小卓に置き、一日を振り返る。
「利広…か。ふふ。不思議な人…」
今日会ったばかりだというのに、また会いたいと思ってしまうのは、旅先での出会い、だからだろうか?
しかし、再会は難しいだろう。
奏の住人と、雁の住人。
あまりに距離に隔たりがある。
「でも…旅を続けるのなら…何度も雁に来ているって言っていたし。そう…何度も…何度も?」
はふと気がついた。
二十代前半の男が、何度雁に来たと言うのだろう?
仕事で各国を廻っているのだとしても、よほど誼がなければ、そう何度も訪れまい。
は知らず願っていた。
利広と雁の誼が深い事を。そして、仙籍に入っていて欲しいと。
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