ドリーム小説
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次の日は連檣が一望できる場所に行こうという話になり、利広とは街道を進んでいた。
しかし昨日に引き続き、利広は無口なままだった。
(私、何かした?)
は頭を捻って、利広の後姿を眺めていた。
そのまま時間は経過していき、昼過ぎに利広は突然足を止め、を庇うような仕草をした。
何事かと、利広の腕の間から垣間見ると、人相の悪い男が数人、2人を囲むように近付いていた。
「草寇かしら?」
「そのようだね。、下がって。怪我をしてはいけない」
は背後を確認し、首を振った。
「囲まれているし、下がっても無駄のようよ?私なら大丈夫。自分の身くらいはなんとか守れるから」
その言葉に、利広は頷き、自らも剣をかまえる。
冷静な利広に、は少し安心し、腰に携えていた短剣を抜く。
「へっへっへ。有金を全部置いて行くんなら、命まではとりゃあしねぇよ。どうする?言っとくが、俺達とやり合おうなんて考えは捨てた方がいいぜ」
草寇の頭領らしき男が、卑下た笑みと供に言った。
それに対して、はせせら笑うように言い返した。
「ご冗談を。そちらこそ、怪我をしたくなかったら、早々に立ち去ることね」
男はむっとした様子だったが、手下の匪賊に合図をして、2人の距離を縮めていった。
匪賊は男の合図で、一斉に飛び掛ってきた。
利広は太刀筋を読み、素早く交わしている。
さすがに旅なれているだけあって、その顔には余裕の色が浮かんでいた。
しかしも負けてはいない。
十二国一と詠われる延王が、直々に叩き込んだ剣勢は、匪賊ふぜいに負けるはずはなかった。
そうでなければ、1人旅など許してはくれなかっただろう。
あっという間に、草寇を倒し、目的地へと再び歩き始める2人を、頭領らしき男は遠のく意識の中で、恨めしげな目で見送った。
「利広はやっぱり強いね。そんな風には見えないけど、相当実戦を経験しているようね」
そう言ったに、利広は薄く微笑み言った。
「六百年も生きているからね。あれくらいはなんとかなるんだよ。だって強いじゃないか」
「私は教えてくれた人がよかったのね。でも、今のを一人で倒せと言われたら、無傷では無理ね。あれだけの人数を相手にすれば、本当になんとか切り抜けるのが精一杯だったと思う」
の言に驚いた利広は、目を丸くして言った。
「その割には、怖い事を言ってなかったかい?」
は顔を少し赤くして、
「利広を信じていたもの。それに、利広の背中や、私を庇ってくれていた時の手が、大丈夫だと言っていたわよ?大丈夫なら挑発して、頭に血を登らせたほうがいいと思わない?」
と言って微笑んだ。
「確かに、そうだけどね。あまり心配させないでくれるかな?さっきくらいの人数なら、庇いながらでも戦えるから」
そう言った利広に、はふと無言であった理由が判った気がした。
ちゃんと話さなければ、きっと誤解している。
しばらく歩いて、2人は連檣が一望できる場所にたどり着いた。
小高い山の頂上で、木が多く見晴らしが良いとは言えなかったが、それでもは満足気な笑顔で連檣の街を眺めていた。
「この国も、美しいわ。国としては、これからもっと発展して行くんでしょうけど、今でも充分に生きた国だわ」
地面から突出した木の根に座り、街を眺めるの言葉に、利広は聞き返す。
「生きた国?」
「そう、生きた国。王が健在でも、死んだ国はあるの。利広なら判るんじゃない?」
確かに、倒れそうな国を幾度と無く見てきたが、それは街を一望して判るような事ではなかった。
街に溶け込み、人々と対話し、様子を充分に検分し、今までの経験を合わせてようやく結論に結びつく。
それは利広の重ねた年輪を意味していたが、30年程しか生きていないに、しかも海客で、この世界に来て数年のは、どうやって判断しているのだろうか?
「あのね、。私は正直、の事が判らない。出会ったばかりだし、当たり前なのは判っているんだけどね。それでもの事を知りたいと思うのは、私の我侭だろうか?」
「私の事?生きた国の話じゃなくて?」
「そう。いや…国の話からしようか。私がその国をどう見るのかは、今までの経験からなんだ。それは600年もの歳月が背景にあるんだよ。はどうやってそれを見抜く?」
あぁ、やはり。とは思った。
「利広が無口だったのは、そうゆう事?うん。ちゃんと言わなかった私がいけないのよね。…国の話からね?生きた国の話からすると、街を見れば見えるの」
街を見れば見える?それはどうゆう意味だろうか?
利広は少し首を傾げ、の次の言葉を待った。
「なんて言ったらいいのか…街全体が明るい色に包まれていて、とても鮮明で美しいの。奏や雁は、街が整備されていて、見た目にも美しいけど、そういう事じゃないの。才や慶って、ずっと波乱の国だったでしょう?才はまだ13年。慶は3年。まだまだ土地も荒廃していて、妖魔だっている。でも、明るい光で包まれているの。王の加護の光なのか、人々の活気が生み出す光なのか、私には判らないけど、それが街に見えるのよ。それに妖魔はたじろいて、進入を躊躇する…。ね、利広も見えるんでしょう?」
驚いた表情の利広は首を横に振り、
「私は光が見えている訳ではないよ」
と言ったが、すぐに付け加えた。
「はとても良い、第三の目を持っているんだね。仙になったときに、開いたのだろう。貴重だよ」
そう言って微笑んだ。
は自分だけが見える事を知らず、利広の言葉に驚いていた。
だが、利広の褒め言葉に頬を染めていた。
そして恐る恐る聞いた。
「あのね、緊張の話、途中で切っちゃったから、無口だったの?」
利広は少し笑い、
「心配なんだよ。なにしろ、私が初めてそれを見たのは、雲海の中に落ちようとしていた時だからね。その原因が私を見て動揺したのであれば…」
そう言って、の大きな瞳を覗き込んだ。
「ごめんなさい。あのね、利広のせいじゃないの。全然関係ないとは言えないんだけど…その、やっぱり驚いたし…落ち着けるために集中しなきゃって…でもね、違うの。そんな事じゃなくて、もっと大勢なの」
大勢と言ったを、聞き返すように利広は見つめる。
「宗王のご一家がいたからなの。そして、長年仕える方々も。隆洽の丘で言った事を覚えてる?」
「だから音を奏でる…かな?」
「そう、そうなの。国の衰退は、時に見えない事があるでしょう?それは王の乱心であるかもしれないし、内乱であるかもしれない。でも、人は思いとどまる事のできる生き物だと思うの。そしてその感情を呼び起こすのは、ほんの些細な記憶なの」
「些細な、記憶?」
「うん。それはね、人肌の温もりだと思うの。父、母、兄弟、姉妹、恋人、同僚、民。人それぞれだけど、大切な物を思い出す事によって、頑張れると思うのね。二胡の音色は、そう言った感情を呼び起こすらしいのよ。それに、私の演奏がまた聞きたいと思って貰えれば、それも一つの支えになって欲しいと、強く願うの。特に長い時間を生きる人達にとっては…そんな些細な事が心を癒すときがある。だから、悠久の時を生きる人々の前では、知らず知らずの内に、音に魂を込めてしまう。どうかこの音を忘れないで、この音を思い出して。そう思って演奏していると、息をするのも忘れて没頭してしまう…」
は連檣の街を眺めながら、利広にそう語った。
采王は息子を亡くしていると聞いた。
采麟も今の王は二人目だと言う。そのためだろうか、どことなしに憂いを感じたが、それでも才は美しい光に満ちていた。
悲しみを乗り越え、国の礎になった静かな決意と、強い意思を感じたのだった。
聞き手に、受け入れるだけの心構えがあり、同調し易い―お人柄もあるのだろうが―感性をもった人達であったため、は没頭するまでもなく、その音色は深く心中に届いたように感じたのだった。
が癒すまでもなかったのかもしれない。
そうなれば、ただ美しい音楽を奏でる一楽士として、演奏をすればよかったのだ。
利広は瞳を閉じて話しを聞いていたが、静かに瞳を開け、を横から抱きしめた。
「り、利広?」
「は、私が独占していいような存在じゃないのかもしれない。一国に留まらず、いつかこの世界に、広く必要とされる時が来る。とても、私の手の届かない所へと…行ってしまいそうだよ」
「利広…私はただの春官よ。雁から来た、ただの大師。そんな大層な存在じゃないわ。奏の太子の方が、私には手の届かない存在よ…とても、遠く感じるわ…」
「私はの横にいるよ。こうしてを腕の中に閉じ込めておきたい。ずっと、永遠に」
「私も利広の腕の中にいるよ?この温もりは…私の大切な物になってくれる?」
「もちろん、そのつもりだよ。は私の温もりになってくれるのかな?」
「もちろん、そのつもりよ。だから、この手を離さないでね」
利広は破顔し、に軽く口付けを落とす。
2人は夕闇が街を包むまで、ずっとその場に留まっていた。
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