ドリーム小説




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ゆらゆらと心地のよい揺れに、意識が覚醒する。

「う、ん…」

頬に当たる髪の感触が擽ったくて、は少し顔を逸らす。

頭上からくすりと笑う声がし、その音が何か判らないまま、再び目が廻ってくるのを感じた。

しかし、身を包む甘い香りに安堵し、再び意識を手放した。

次の瞬間には、柔らかい感触の上に横たわっている。

その感触に、牀の上だと言う事が判る。

そっと目を開けると、黒い物が渦を巻いていた。

なんだろうと手を伸ばしてみると、肌色のものが混じり、何か温かいものに包まれる。視界が徐々にはっきりしだし、の目前には、自分の手を握りしめた、黒髪の顔があった。


「利広…?ここは…?」

「ここは霜楓宮だよ。掌客殿の一室で、私がお借りしているんだ」

はぼんやりとした頭で、利広が言っている事を考えた。

霜楓宮の掌客殿に利広。

霜楓宮とはどこの国であったか?

ここは奏?才?

いや、その2国はすでに発っている。

ここは…恭?

そう、恭だ。

その恭の霜楓宮になぜ利広が?

「珠晶に頼んで逗留させてもらってる。が心配だったからね。恭では倒れると思ったよ。なんとなくだけどね」

まだぼやけた頭で、その言葉に対しは薄く微笑み、仙だから大丈夫だと言った。

「そういう問題ではないんだよ。私はね、心配なんだ。が演奏して倒れてしまうのは仕方が無いのかもしれないけれど、倒れた時に誰かが支えなくては、怪我をしてしまうよ。それに…」

次の言葉を待つが、利広は次の言葉を出さず、に口付けを落とした。

甘い口付けに解けそうになりながらも、言葉の続きを促す

「それに?」

「それに…私以外がを支えるのは、少し嫌だと思ったのでね。実は恭の文官に紛れてあの場にいた。駆けつけ易い場所に陣取ってね」

そう言った利広をよく見てみると、文官の衣を着用していた。

だんだん意識がはっきりとしだし、演奏直後に倒れた事に気がつく。

「不覚…だわ。冠禅や楽士達も驚いたに違いないわね…みんなに謝ってこなきゃ」


起き上がろうと体を起こしただったが、再び激しい眩暈に襲われ、利広の腕の中に倒れ込んだ。

いや、正確に言うと、牀榻に倒れそうになったを、利広が腕の中に引き寄せたのだった。

「今日は一日ここから出てはいけないよ。養生するようにと、供王からのお達しがあったしね。それに冠禅達はもう発ってしまったよ」

「冠禅達が発った?」

「そう、冠禅はの赤虎に乗ってね。他の者は舎館に戻って明日発つ者と、すぐに立つ者と別れたようだったけど、の事はすべて一任してくれたよ」

「え?それって…つまり」
「さすがに見覚えはあったようだね。ばれてしまった」

そう言って微笑む利広をは見つめ、これは確信犯ではないだろうかと思う。


は冠禅の驚いた様子を思い浮かべ、心の中で密かに謝った。

そして、利広に向かって、まだ言ってなかった言葉を思い出す。


「あの、利広。支えてくれて、ありがとう。そのまま倒れたら、死にはしないけど、やっぱり痛かったと思うから。それに、運んでくれたのも利広よね?とっても落ち着いたの。守られているって、きっとこの事なんだなって感じたわ」

利広は何も言わず、の髪をそっと掻き揚げ、額に唇を寄せた。

続いて頬にも寄せ、最後に唇に寄せる。


の瞳がうっすらと潤みを帯びて、利広の瞳を見つめていた。

「いい顔だ…

利広は再び口付けを落とし、何度も何度も繰り返す。


そして、を包むように腕の中に抱きしめ、彼女の浅い寝息が聞こえるまで、利広は身動ぎ一つせずにいた。

が眠りに落ちるのは、そう遠くなかった。

まだ気だるさの残る体は、容易くを深い眠りへと、誘っていったからだ。

「いつまで自制心が持つかな…」

利広は寝入った愛しい者の顔を眺め、溜め息と供に呟く。









体を休めるために数日間、霜楓宮に滞在した二人は、雁に向かって旅立った。

恭からは、利広の騎獣に二人で騎乗する。


スウグの足は速く、瞬く間に雁につくかと思われる程だった。

今まで赤虎に合わせて、かなりゆっくり進んでいた事が判る。

「ごめんね。あなたにはとっても遅くて、大変だったでしょう」

背から手を伸ばし、スウグの白い毛並みを撫でる。

スウグは答えるように低く鳴き、その足をいっそう速める。


丸五日をかけて、二人は雁州国、関弓へと戻ってきた。

利広は雁についたら、その後どうするつもりなのか。

五日の間には聞くつもりでいた。しかし、いざとなってみると、怖くて何も聞けない自分がいた。

あまりにも身近にいるため、ついつい忘れがちになるのだが、利広は宗王が第二子、太子 卓朗君なのだ。

いつまでも一緒に居ていい訳は無い。利広には帰るべき国がある。

雁に腰を落ち着けてもいいような人物ではない。

では、自分が奏に行けば?王はそれを許してくれるだろうか?

いや、自分自身、それを許すと言うのか?

雁には大きな恩恵がある。

王にも宰輔にも…だ。

それを捨てて行く事は、の矜持が許さないような気がした。

、顔が怖いよ。私は少し用事があるから、街に逗留するよ」

そう言って、利広はスウグを街に向ける。

は一先ず考えるのを止め、帰省の挨拶のため、玄英宮に向かった。

そして、国府が見えてきた頃、は利広の逗留先を聞いていないことに気がついた。

さっき交わした、何気ない挨拶が今生の別れだったかのように感じ、不安が身を過ぎっていく。


の傍らを、北東からの季節風が掠め、思わず身を小さくした。

「戴の風…」

恭も寒い国だったが、さらに冷たい雁の季節風は、に帰って来たのだという、実感を与えて過ぎ去っていった。


!」

不安感を抱いた顔のまま、呼ばれた声に振り返るは、そこに冠禅の姿を見つける。


「早かったな。俺のほうが先に出たのに…今ついたばかりなんだ」

笑いながら冠禅は赤虎の手綱を手繰り寄せ、駆け寄ってくる。

の赤虎は国府からの借り物であった為、誰が騎乗していても問題なかった。

冠禅はの周りに何かを探すような視線を投げかけ、そして聞いた。

「奏の太子は?何と言ったっけ…あ〜、そうだ、卓朗君」

はぎくりとなり、冠禅を見た。

「いや、俺も驚いたけどさ。まさか奏からご一緒だったとは…しかも、話を聞いていると、に惚れ込んでいるようだし…まぁ、気持ちは判るがね。は奏に行くのか?」


「え?」

そう聞かれて、は固まった。

は卓朗君がお嫌いか?俺はてっきり、2人で奏に行くものとばかり…いや、もちろん一度主上にお許しを得るため、戻ってくるとは思っていたが」

「そ、そこまではまだ考えてなかったの…」

「それで?卓朗君はしばらくご滞在か?」

「どうかしら?逗留先も聞かずに別れてしまったわ…」

「そうなのか?そうか…ま、でも卓朗君の受難はここから始まるぞ。玄英宮の華をもぎ取るんだ。相当の覚悟は必要だぞ?」

「玄英宮の華?なにそれ」

は噴出しながら冠禅に聞いた。

「へ?お前、自分がそう呼ばれている事を知らないのか?」

は間抜けな顔で冠禅を眺めていた。

「まったく知らないわ」

は元々海客だ。

流されて二年で仙籍に入り、まだ八年しか経過していない。

最初の頃は、王の覚えもめでたく、一位や二位の上官にちやほやされるは、女官の嫉妬の炎を一身に受けていたが、その問題は初めて二胡の演奏を披露した瞬間に消えてしまっていた。

今では文官、武官を問わず、の才能を認めただけに留まらず、その音色に洗い流された嫉妬心は愛唱へと変わっていた。

元々美人の部類に入るは、もちろん官の人気を集めていたが、あまりにも上位の人間が常に周りにいるため、泣く泣く諦める者も多いというのが現状だった。


それにには大師と言う身分には、余りある特権を与えられていた。

の特権とは、正寝へ許可なしで入っていけると言うものだった。
雁では王と宰輔以外にも、一部の人間がそれを許可されていたが、それでも指折って数えられる程度のものだ。

そのような人物だからこそ、冠禅は妙な納得をしていた。

納得とはもちろん、一国の太子がの惚れ込んでいるという事実だった。


そして、喉頭礼をしなくてもいいのも、特権の一つだった。

海客だと言うこともあり、慣れない喉頭礼をしなくても、いいようにとの配慮なのだとは解釈していたが、それは少し違っていた。王が気に入った人物の殆どが、伏礼をしなくていいことを、冠禅は知っていたのだ。


自覚のないを見やって、冠禅は溜め息をつく。

「さて、俺はこっちで、はあっちだ」

内宮と外宮を指差し、冠禅は言った。

「また後でね」

冠禅と別れ、内宮へと入ったは、まっすぐに内殿を目指した。

今の時間なら政務の真最中だろう。

うまくいけば、全員に土産物を手渡す事ができる。

宮道を歩きながら、土産物を渡したときの反応を考え、一人微笑んでいただったが、次期いかに自分の考えが、愚かしいものだったのかを、思い知らされる事になる。

「朱衡!いたぞ!」

ばたばたと足音がして、風のように2人の影が過ぎていく。

はすべてを理解したかのような溜め息を一つ落とし、迷った末そのまま内殿を目指した。

内殿には六官を纏める、冢宰 院白沢が、困ったような表情で立ちすくんでいた。

は開け放されたままの扉を潜り、白沢のすぐ後ろまで進んだ。

「冢宰」

「おぉ、か。早かったな」

「はい。冢宰もお変わりなく」

そう言って、は気付いたように何かを取り出した。

「お土産です。冢宰のお気に召しますか…」

白沢は微笑んでからの土産を受け取った。

それは綺麗な装飾の施された、文鎮だった。

「これは、範の物だね?」

「さすがは白沢様。なんでも新しく考案された形のようですよ。ところで、先ほど一陣の風が私をすり抜けていったのですが…」

白沢は何の事かと首を傾げたが、ややして理解したように頷き、に風の正体を教えた。

「朱衡様と帷湍様ですか…やはり」

呆れ顔で白沢と目を見合わせ、しばらく待つ覚悟をした時、何かを引き摺る音を耳にしたは、先ほど自らが入って来た場所に目をやった。

朱衡と帷湍に両腕を押さえられ、後ろ向きに引き摺られているこの国の王と、先程はいなかったと思われる成笙に、襟首を引っ掛けられて、猫のように運ばれている台輔だった。

「主上…台輔まで!」

は呆れ顔で2人見やり、これが自国の王と台輔だと思うと情けなく思い、大きく息を吐く。


そして2人を無視し、3人の上司達に帰還の挨拶をした。

「朱衡様、成笙様、帷湍様。ただ今戻りました。こちらを受け取っていただけますか?」

朱衡には薄く青みを帯びた霞披を渡し、成笙には剣を(渡したが為に、成笙は六太を落としてしまう)、そして帷湍には珠帯を渡した。


そして王と宰輔に向き直り、しばし逡巡した様子を見せた。

、お帰り!」

取り落とされ、尻餅をついた六太は立ち上がりながら、晴れやかな笑顔で言う。

「何?!?」

まだ腕を押さえつけられていた尚隆は、首だけを後に向けてを確認した。

その顔に、は懐かしさを感じ、それと同時に怒りを呼び覚ました。

懸命にそれを堪え六太に歩み寄って、は土産を渡した。

「台輔。私の帰ってくる時に宮を抜け出そうとは…そんなに私がお嫌いですか?」

「ち、ちがっ…ごめんなさい」

土産を手に持ったまま、シュンとなった六太を微笑ましく思い、は許さずにはいられなかった。

、俺に土産は?」

「主上…」

笑んだまま振り返った、の顔色が変わったのを、瞬時に察した朱衡と帷湍は、さっと尚隆を放し、その身を引いた。

「主上…奏での一件、一体どうゆうおつもりですか!」

「奏での一件?」

この場の事で顔色が変わったのではないと気付いた朱衡は、に問いかけるようにして、同じ音を連呼する。それに対しては頷いたが、朱衡のほうは向かず、王の目を見据えていた。

「雁からわざわざご予約頂いたようですが…、音を奏でる前夜に、楽士たちが精神統一せねばならない事をご存知か!それなのに、雁の国王は妓楼を宿にせよと仰る。冠禅や護衛の者は楽しむこともできましょうが、楽士達にとっては可哀想な一夜でございました。まして、私などは妓楼で何を楽しめと仰るのでしょう!?奏という大国での演奏に失敗して、雁の名に傷をつけてはいけないと思った私は、莫迦だったのでしょうか?それとも、失敗する事を望んでおいでか!」


さすがの剣幕に、王以外の人間は身を竦ませていた。

しかし王は笑いを堪えるように肩を震わせ、あまつさえ、その通りだと言う。

その言葉に反応したのは、朱衡の方が早かった。

「その通り?どうゆうことです!」

「失敗しても良いと言ったのだ。そもそも奏に行くのに、俺は反対だったんだ。もし万が一あいつが…いや、とにかく。奏ですばらしい演奏を見せて、足止めをくらってはいかんと思ってな」

「足止めをされるような、無粋な方は奏国にはおられません。折角主上の為に各所のお酒を買って参りましたのに…どうやらこれは必要ないようですわね」

はそう言って、最後に残った包みを掲げる。

「折角の土産だ。ありがたく受け取るぞ?」

は飄々と言う主に向かって睨んでいたが、やがては諦めたように目を逸らした。

そして尚隆に近寄り、包みを渡す。

中からは三国で入手した、酒瓶が出てきた。

「さすがは、いい物を選んできてくれた」
満足気に笑う尚隆に、はにこりと微笑み、

「今後、丸1年間。どのような事があっても、主上の御前では演奏いたしませんゆえ、そのおつもりで」

ぴしゃりと言い放ち、その場を辞した。


「お、おい、!それは許さんぞ!!」

追いかけようとした尚隆は、当たり前の如く朱衡によって阻まれ、政務の為に扉は重々しい音をたてて閉まった。



続く






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あああああ、怒り爆発!

でも、効果なし。

さすがです。さすが延王です。

ここから、この人は最期まで登場します。

お相手誰だっけ?と間違わないで下さいねぇ☆

(かなり不安…)

美耶子