ドリーム小説
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=10= 「桓タイ!」
「!?」
明郭では桓タイと再会した。
久し振りに見るその顔を、愛しげに見つめる。
桓タイが居院にしている民居の正房に通され、待つことしばし、駆け足で飛び込んできた桓タイを認めて、思わず名を叫んだのだ。
それは桓タイも同じだった。
二人は固く抱き合った。まるで離れていた間の時間を埋めるように。
「何故、こんな所に…ここは危ない。早く出たほうがいい」
そう言われて、はぎゅっと目を閉じた。
桓タイを頭目に、和州で乱が起きる。
しかし乱を起こした所で、王が気づかなければ意味のない事。しかも逆賊だ。
生きて再会する事は、難しいだろう。
「俺はどうやら、を泣かせてばかりいるな…」
困ったように桓タイは呟く。
そう言われては、自分が泣いている事に気がついた。
「どれぐらい、集まったの?」
桓タイが傭兵を集めている事は知っていた。
しかし、その数の程は判らない。
は泣きながらではあったが、それを聞く。
「一万五千の兵が集まっている」
傭兵と州師を入れて、一万五千。
「桓タイ、約束して欲しいの」
「なんだ?」
「必ず、生きていて。そして、乱を起こすなら、必ず成功させて」
「…難しい事を言う」
「どんなに卑怯者でもいい。私は桓タイに生きていて欲しい。だけど、桓タイは絶対に卑怯者にならないだろうから、難しくても何でも、これだけは約束して貰わなければ、私は浩瀚様の元に帰れない…」
莫迦な事を言っているのは、重々承知していた。
だが、言わずにはおれない心情というのもある。
「判った。必ず生きて、の元へ帰る。もう一度再会できるまで、絶対に死なない。約束、する」
その言葉を受けて、は夢中で桓タイに縋りついた。
力の限り抱きしめて、その存在を刻み付けるように、体に押し付ける。
涙が溢れて止まらなかったが、桓タイはの肩と頭を交互に撫で、落ち着くのを根気強く待った。
「約束、破ったら嫌いになってやるから…」
「それは困るな」
やがて涙の止まったは、桓タイを見上げて言った。
その顔には笑顔が戻っており、桓タイは心の中で安堵の息を漏らす。
「何か困った事はない?足りない物があれば、こちらで出来る限りはすると、浩瀚様から言付かっているの」
「困った事は女気がないぐらいだな。軍の連中ばかりなんで、厳つい女はいるが、目の保養になるような者が…」
そこまで言って、桓タイはすぐさま後悔した。
「どうして、乱を起こすのに、軍の女では、いけないの」
「い、いや、いけないと言うことは、ない…その、なんだ…茶を沸かす事すら、出来ないんでな…」
「そう…それくらい…」
息を吸うために、は一拍置いた。
「自分でしなさい!」
「はい…」
小さくなった桓タイを見て、は唐突に噴出す。
「か、桓タイ、かわいいわよ」
「なんだと」
桓タイは少し怒ったような表情で、笑い転げるを掬い上げた。
小さな悲鳴と供に、の笑いはおさまり、一気に顔が赤くなる。
抱え上げられた体制のまま、間近になった桓タイの顔を見て睨む。
「お、降ろして!」
「嫌だ」
赤い顔のまま睨むには、迫力などあるはずもなく、桓タイの悪戯心を擽るだけだった。
「いいから、降ろして…」
少し気弱になったは、まだ赤面したままだった。
恥ずかしさで瞳が潤む。
「、かわいい」
見上げた桓タイの瞳の中に、愛しさが込められているのを見つけて、は抵抗するのを止めた。
そのまま桓タイの顔が近付いてきて、そっと唇が重なる。
「恥ずかしいから…降ろして?」
唇が離れた直後、は懇願するように言い、それに負けた桓タイは素直にを降ろす。
「ああ、そうだ」
何かを思いついたような声に、は振り向いた。
「冬器を集めてはもらえないだろうか」
「冬器を?どれほど必要なの?」
「そうだな、少なくとも百は欲しい。傭兵を集めているんだが、それだけで手がまわらない。身一つで出てきた連中もいるからな」
「判ったわ、集められるだけ、集めてみる」
「頼む」
は軽く頭を下げた桓タイに、任せてと言って和州を後にした。
瑛州の館第に戻ったは、架戟の娘を呼んだ。
架戟に“つて”のある彼女を筆頭に、冬器を集めるよう指示を出す。
彼女に国府の高官から、使いがあって冬器を所望しているとの書状を書かせ、それを持った者に銀貨を持たせた。
娘の顔が利かない所には、兵士から選んだ十人ほどの集団を向かわせた。
近く妖魔が出たので、退治するために売ってくれと言う作戦をとる。
すくなくとも、それで五は手に入る。
一つの町で、悟られぬ範囲で架戟を巡り、また町を変えて同じ事を繰り返す事によって、相当の数が手に入る。
浩瀚に銀を工面してもらい、それぞれが翌朝には館第を発った。
数日の内に、かなりの量が手に入った。
は冬器の山を満足気に見る。
桓タイに言われて、その時が近付くまで保管していたのだった。
数日後、久し振りに柴望が戻ってきた。
「柴望様。ご無事でしたか」
は出迎えに外へ出ていた。
しかし、久し振りに見る柴望は、険しい表情をしていた。返事もそこそこに、館第に入っていく。
は不安に身を包まれ、柴望に着いて行く。
「浩瀚様、遠甫が」
浩瀚の姿を認めた瞬間、柴望から発せられた音に、浩瀚が眉根を寄せるのを、は見逃さなかった。
遠甫と言う言葉を、は記憶の中から掘り起こした。
あれは、そう…浩瀚から聞いたのではなかっただろうか。
浩瀚が通っていた、松塾の…そう、老師だ。
松塾は焼き払われたと聞いた。
遠甫は誰かに狙われており、それを何とかするために、どうしたものかと相談された。麦州城に来て頂いて、保護をしてはどうかと言ったのを覚えている。
しかし結局は台輔に頼んで、瑛州のどこかに匿って貰ったと言っていた。その遠甫がどうしたと言うのだろうか。
「今朝、遠甫がおられた瑛州、固継の里家が、何者かによって襲撃されました。年頃の娘が一人殺され、弟の子童は行方不明。遠甫のお姿は何処にも見つからなかった、との事です。私も独自に調べておりますが…」
あ、と声を上げたを、柴望は見て言った。
「何か知っておるのか?」
はこくんと頷き、お待ち下さいと言って退出した。
しばらくして、は二人の女を連れて戻ってきた。
「昨日の報告を、もう一度してもらってもいい?」
女達は頷いて報告をした。浩瀚の指示で、拓峰に向かっていた女達だった。
女達は拓峰に向かった後、追って浩瀚からの指示により、瑛州の固継の様子も伝えるように言われていたようだった。
確か、里家の閭胥が良く出来たかたで、とても人望があついと噂だった。
「不振な者が頻繁に、固継をうろついていたようです。それを見た者の話によると、夜に里家の周りを嗅ぎ回る様に詮索していたと…朝になると馬車で帰っていくそうですが、それが拓峰への馬車だと言っておりました」
「なるほど」
柴望がうなり、浩瀚がぽつりと言った。
「昇紘か…。柴望」
「はっ」
「一人で調べて手遅れになってはいけない。桓タイにも協力を仰げ」
柴望は肯定の返事をして、付け加えた。
「それともう一つ。実は労から冬器を二十、頼まれました。実はこれが少し面白いのです」
「面白い?」
浩瀚とかぶるようにも聞いた。
柴望はにやりと笑って続けた。
「頼まれた冬器は全部で三十。拓峰の人間から受けたそうです。ああ、もちろん、昇紘や呀峰は関係ございません」
「と言うことは…」
が言った続きを、浩瀚が引き継ぐ。
「拓峰でも乱を起こそうとしている者がいる、と言うことだな」
はい、と柴望は微笑んで言った。
「そちらも、支持してやれればいいのだが」
柴望はますます笑顔になり、早速明郭に向かうと言って、館第を後にした。
もすぐに動き、二日後までには必ず届けるように言って、冬器を乗せた荷台を見送った。
「拓峰では、決起が近いのかもしれない…」
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