ドリーム小説




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荷が着いただろうかと思われる頃に、柴望は再び戻ってきた。

「柴望様!いかかでございましたか」

浩瀚と話をしていたは、思わず立ち上がって、柴望に駆け寄った。

「桓タイに調べるように頼んだ。その桓タイが言うには、労の周囲でも何やら嗅ぎ回っている者がいたようだ。労は居所を変えたらしい」

「大丈夫なのでしょうか?」

「何、労の事なら心配なかろう。それよりも、桓タイの所に面白い者が居たぞ」

前回、柴望の言った面白い事というのは、拓峰の事だった。そこの仲間にでも会ったのだろうか。やはり、それらが近々決起すると言うのでは…。

柴望はを見ながら、面白そうに口許を歪めた。

「実は桓タイの所に、傭兵でない者が一人居てな。それがなかなかの別嬪で、器量も良い。桓タイの信頼を受けているので、恐らく冬器を運ぶのも彼女に任せるだろう」



『女気がないのが困った』『目の保養になる女が…』



桓タイの冗談で言っていたであろう声が、の頭を駆け抜けた。

「…柴望」

浩瀚の嗜めるような声に、柴望はを見たが、は顔を柴望に向けたまま、遠くを見つめているようだった。

「いや、驚いた。これほどまでに動揺するとは、思っていなかった…しかし、面白いのは、その事ではない」

柴望は改まって言った。それをぼんやりと眺めながら、は座る。

「なんでも磔刑の場で、官吏に石を投げたのだと言う。そこから逃げるのに、桓タイが手を貸したのがきっかけで、そのまま逗留しているそうだ」

そこまでをに向かって言い、次に柴望は浩瀚に向き直る。

「あまり説明していなかったようですが、我々の事情をよく理解しておりました。討たれてしまうかもしれないと言っても、その子は王が気付いてくれると信じております。しかもその子は芳国、蒲蘇の出身だそうです。名を祥瓊と言いました」

「祥瓊…」

浩瀚は考えるように指を組み、柴望をじっと見た。

「なるほど、それは確かに面白い」

何やらの判らない所で、話がなされていて、一人首を捻るばかりだった。



突然呼ばれて、は飛び上がって返事をした。

「は、はい!」

「集めた冬器を、荷台に積むとなると、どれぐらい馬車がいる?」

浩瀚に問われて、は気を取り直し、にこりと微笑んで言う。

「馬車は危険ですので、華軒に積んではどうでしょう?華軒なら中を改めて見る者もおりませんし、草寇にさえ気をつければ、荷馬車を使うより安全です。華軒に少し細工をした物を、用意してございます。護衛のために三名ずつ乗せて、計三台ですべての冬器を運べます。念のため、三方向から向かわせましょうか?」

「恐れ入った。ではその様に手配してくれ。柴望は再び明郭に戻り、指揮をとってくれ。無事を祈っている」

柴望は深く頭を下げ、と供に退出した。












「これは…本当に、恐れ入った」

五百もの冬器を目の当たりにして、柴望は浩瀚と同じ事を呟いた。

茅軒をあけると華軒があり、台座の下にぎっしりと、綺麗に並べられた冬器が詰まっていた。

もちろん冬器は隠れるようになっており、人が座れば何処にもおかしな所など見当たらない。

は、華軒に乗って明郭に赴いた柴望を、轍が消えるまで見送り、館第に戻った。


















準備も、指示も、何もかも、のやるべき事は終わった。

戦いに参加できないは、ただ待つしかなかったのだ。

それからは、眠れない夜が続いた。

誰かが館第に入ってくるたびに、何かの知らせかと神経を尖らせて、一日を過ごした。

その尖った神経は、睡眠を妨げる。

ようやく寝入ったと思うと、悪夢にうなされて飛び起きる。

しかも悪い事に、悪夢には二種類あった。

一つは乱が失敗に終わり、桓タイが討たれてしまう夢。

もう一つは、桓タイが祥瓊と言う女の子と幸せに過ごす夢。

しかしそのどちらにも、の姿はない。

浩瀚はそんなを気にかけてくれるので、元気に振舞って見せるのだが、ふと現実に戻ると、酷くそれが虚しい。


























そんな事が続いて、数日が経過した。

が待っていた知らせがついに届いた。

それは、柴望からだった。

止水郷拓峰にある、昇紘の屋敷が焼き討ちされ、さらに郷城の義倉が襲われた。

殊恩党という者の仕業だという。それで桓タイは明郭の主要人物を集めた。

桓タイは三名の師帥に命じ、五千を拓峰に向かわせたのだという。

それと同時に、自らも拓峰に向かったらしい。

祥瓊を連れて。

和州師が拓峰の鎮圧に赴くのを見計らって、柴望の指示で明郭でも乱を起こすつもりだと。

それを聞いて、は一層落ち着きを失った。

悪夢が二つとも現実に近付いたような気がしてならなかった。

祥瓊の事も気がかりだったが、それ所ではないと頭を振る。

乱が起きてしまう。

ついに、引き返せない所まで、来てしまっている。

もし乱が失敗に終われば、桓タイは逆賊として処刑は免れない。

うまく逃げ仰せなければいけない。

でも、とは思う。

もし、包囲されてしまったら?

もし、逃げる事の出来ない事態が起きたら?

偽王軍と戦った時にも心配はしていたが、今回の比ではない。

それは身近にいたからだ。

その気になれば、はいつでも駆けつける事が出来る距離にいた。

だが、今は実状が判らない程遠い。

それを考えると、もう祥瓊の事はどうでもいいように思えた。

生きて帰ってくれさえすれば、祥瓊と供に生きると言われてもいいとまで思う。

…」

後ろから投げかけられた声に、はびくっとした。

しかしすぐに笑顔を作って、ゆっくりと振り返った。そこには全てを見透かす、浩瀚の瞳があった。

「無理をしなくても良い。今日はもう退がっていなさい」

そう言われて、は笑顔を引いた。しかし、首を横に振る。

「一人で過ごすと、悪い事ばかり考えてしまいます…何か…私にできる事はございませんか?」

しかし浩瀚は静かに首を振る。

「信じて、待つしかない」

「そう、ですわね…」

はうな垂れて、自分の足先を見つめる。

その足先が細かく震えている事に、この時気がついた。

足先だけではない。

足全体が震えていた。

「ああ、そうだ」

浩瀚は思い出したように声をあげる。

「柴望の言った、祥瓊と言う子の話だが」

ははっと顔を上げて、浩瀚を見つめた。浩瀚は真剣な顔をしている。

。芳国の蒲蘇と言えば、何処だか判るか」

は首を傾げて浩瀚を見る。

祥瓊と言う娘は芳の出身だと聞いた。

それと何か関連のある話なのだろうか?

「芳国の首都ではなかったかと…」

浩瀚は頷いて続ける。

「芳極国の蒲蘇には鷹隼宮がある。三年間に峯王は州候に誅された。恵州候だったと記憶しているが…恵州候は、峯王と王后、さらに峯麟を討ち、その朝に終止符を打った。峯王は民を苦しめた。それは…そうだな、今の和州のようなものであったと聞く。課役を休んだ、夫役に行かなかった。そんな些細な理由で、処刑が行われたという。しかも残虐な方法で」

は驚いて浩瀚を見た。

昇紘のような輩が国の頂点にいたとは、驚き以外の何者でもなかった。

和州のような事が国中で起これば、民は死に絶えるに違いない。

「あぁ、だから恵州候が起たれたのですね…」

「そのようだ。ところで、峯王には公主がおられた。確かその公主が、祥瓊と」

「え…」

では桓タイと行動を供にし、乱に参加しているのは、芳国の元公主?

峯王が身罷り、慶にその公主がいる。これはどうゆう事なのだろうか?

「どういった経緯があったのかは知れないし、公主だと言う確証もない。ただ名が同じだと言うだけなのだが、これが本当に元公主だとすると、柴望が面白いと言ったのも、頷ける」

「確かに…それにしても乱に参加するとは…何が彼女をそこまで動かしたのでしょう?」

「さて、それはわたし達には、知るよしもない所だが…」

浩瀚はそう言って自室に戻っていった。

一人残ったは、前院に出た。

外は暗闇。

月のない星月夜であった。

父と母を失って、遥々慶にやってきた少女。

優しい桓タイは同情するだろう。同情して、のように助けるのだろうか…

助けて、引き取って、そして…

そこまで考えて、は深みに嵌っている事に気がついた。

「私は、なんて醜いのかしら…」

煌々とした星に照らされて、は一人笑った。

祥瓊にやきもちを焼いている自分が、ひどく醜く思ったのだ。

もっと桓タイを信じる事が出来るのだと思っていた。

それよりも、もっと案じるべき事があるというのに。

こうやって、が見上げた空の彼方で、桓タイは戦っているのだろう。

明郭ではなく、拓峰で。

戦力の乏しい、拓峰で。

「どうか…無事でいて…」

呟いた声の飛沫は、星の海に飲み込まれ、やがては消えた。



続く






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柴望の意地悪?炸裂。

それを咎める浩瀚…

う〜ん。麦州万歳!!

                   美耶子