ドリーム小説
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次の日早朝に、柴望と桓タイは出立した。
は見送って、一つ溜め息をつく。
どうぞ、無事でいますようにと、祈るような気持ちで、今は消えた轍を見ていた。
「様」
呼ぶ声に振り返ると、瀞織が立っていて、気遣わしげな表情をしていた。
は心配させてはならないと、笑顔を作って返事をする。
「なあに?」
「さっそくで申し訳ないのですが、女達の配置を決めて頂きたいのです」
それに対し、は首を捻った。
「まだ誰も、何の任についておりません。今までは全員が同じ位置で、適当にやってきたのですけど、浩瀚様の事もございますし…指揮をとって頂きたいのです」
なるほどと頷いて、は答える。
「では、昼過ぎに皆を集めてくれますか?まだ、お会いしていない者もおりましょうから」
「はい!」
歯切れの良い返事と供に、瀞織は踵を返して館第の中に入って行った。
昼過ぎになると、瀞織は言われた通りに皆を集めた。
まず初めに、は全員に生い立ちを聞いた。
港にいる時に聞くのは、出身の州ぐらいなもので、生い立ちによって、差別をしたりする事がないよう、あえて言わないようにと申し渡してあったからだ。
しかし今回は別だ。
生い立ちを知れば、適所が判ると判断したのだった。
様々な者がいた。
瀞織のように商家の者や、架戟の者、農民から、官府勤めの者まで居た。
もちろん国府に働いていた奚もおり、人選は意外と楽に行われた。
その中から、はまず浩瀚の、身辺の世話をする人間を選んだ。
その長に瀞織を据える。
次に厨房の者や、掃除の者、ようは館第と生活の管理の者を決めた。
その次に、伝令、間諜を決める。
それぞれに、港でやったように長を設け、次いで長を補佐する者を決めた。
伝令は麦州、和州、国府を繋ぐ事ができた。
そして簡単な組織にまで纏め上げる。
全員がその結果に満足したように見え、はほっと安堵した。
伝令に選出した長を三人、浩瀚の元に連れて行く。浩瀚はさっそく指示を出す。
国府の者は、実状把握のため、首都に向かう。
麦州の者には何やら書状をしたため、渡している。
和州の者に関しては、明郭ではなく、拓峰の実状をさぐれ、との事だった。
「それにしても…」
とは溜め息をつく。
その溜め息に浩瀚は振り返り、何事かと問うた。
「いえ。どうも麦州の方々は無茶をなさると思いまして」
「ほう、それはどうゆう事だろうか?」
「浩瀚様は罷免されたのにも関わらず、和州をなんとかせねばと仰る。もう国に仕える必要はないのに、です。柴望様も同じく罷免された。にも関わらず、浩瀚様に従っておられる。もちろん恩義あっての事でしょうが、それは浩瀚様が国を憂いて動くからですわ。桓タイにしたって、きっと和州を見れば、何かしらの行動を開始するでしょう。それはとても尊敬すべき事ですし、反対する事など思いもよりませんが…心配する事を止められません」
そう言うと、浩瀚は少し笑い、
「それにはもちろん、も含まれておるのだろう」 と言った。
は昨日、桓タイに言われた事を思い出し、恥じ入って俯いた。
「結局、皆同じなのだよ。規模の大きさこそ違えど、民を思う気持ちは同じ。国を良くしようと思う気持ちは、誰もが持っているのだ。それを実行できる立場にあって、実行しないと言うのは、無責任と言うものではなかろうか」
そう言う浩瀚には微笑み、同意した。 それから数日が経過した。
麦州から戻ってきた者は、数名の兵卒を従えて戻ってきた。
「将軍は麦州に残る事をよしとせず、野に下ったと聞きました。将軍が野に下ったのを合図に、州師左軍の殆どが将軍に同行する事を望みました」
兵卒はそのように報告した。浩瀚の書状はこれだったのかと知る。
その中から数十名が、浩瀚との護衛のために此方に来たのだと言う。
「これもの力だな」
浩瀚はそう言うが、はそれを怪訝に見た。
「何を申されます。麦州候を差し置いて、私を護衛したがる者がいるなど、とんでもない話でございます」
「では、その者達に聞いて見るといい」
意地悪い笑みで退がった浩瀚を見て、は兵卒に聞いた。
「あのように仰るのだけど…」
「はっ、その、それは…その通りでございます」
遠慮がちに言う兵卒に、は驚いた表情を向けた。
「その、わたくしどもは麦候が、こちらにいらっしゃるとは聞かされておりませんで。用心のために、使いの者は何も言わなかったのでございます。ただ、様に何かあっては、将軍に申し訳が立たないと思いまして…」
なるほどと呟いて、は感心した。ここまで下の者に思われている桓タイに、とても感心し、同時に誇らしい気持ちでいっぱいになった。
しかし柴望の言った通り、州城に二人の事を知らない者はいなかったのだ。
少し気恥ずかしいのを悟られぬよう、は真顔を維持するのに苦労した。
その日の夕方、拓峰に向かっていた者も帰還した。
拓峰の実状は、思ったより酷く、民は恐怖に支配され、陰口を言う気力もないのだと言う。
止水郷の郷長である昇紘による、圧制だという事だった。
これはいよいよ和州をなんとかせねば、とは思う。
実際、自分が何か出来る訳ではないが、桓タイ達がこれを知れば、決起するに違いないと思った。 軍の者も増えて、館第が賑やかになった次の日、国府からの伝令が戻った。
「三公と浩瀚様の、国外追放が決定いたしました!」
駆けつけた伝令は、息も荒くそう告げた。
さらに、浩瀚を逃がした罪で靖共は降格。
冢宰は宰輔が兼務し、空いた三公に六官から三名が任じられた。
勅命だったそうだ。
「これではっきりした。王は、信じるに値するかただ」
浩瀚の言った事がよく飲み込めないは、思わず聞き返した。
「国外追放とされても、ですか?」
「恐らく、靖共と反靖共の一派が衝突したのだろう。それを見かねて、王が勅令を下した。靖共を大宰に降格させただけではなく、今回三公に叙されたのは靖共と反靖共一派の要の人物だ。三公は政に参加しないから、慶の朝廷は白紙に戻った。さて、これからどうでるか」
浩瀚は考え深げに言った。
その答えは近日中に報告される。
王が行方をくらましたのだと言う。
雁に遊学に向かわれたとの事だったが、色々な事が囁かれていて、どれが本当の情報なのか判らない、と言った所が実状だった。
「これで、時間を稼いだのでしょうか」
そう問うに、浩瀚は恐らく、と答えた。 そうしてさらに数日が過ぎ、桓タイから知らせが来た。
和州の実情は最悪。
呀峰を野放しにしておくと、和州の民は死に絶えてしまう。
磔刑を黙って見ているのは、そろそろ限界だと言った内容だった。
そうなれば、道は一つ。
乱が起きる。桓タイを頭に据え、和州で乱が起きるのだ。
そこでは、初めて怖いと思った。
「桓タイ…」
そう呟いたの肩に、浩瀚の手が置かれた。
「しばらく空けてもかまわないから、和州へ行って桓タイに会ってきなさい」
は驚いて浩瀚を見たが、すぐに頭を下げ、和州に向かった。
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