ドリーム小説
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五日ほど揺られて、一軒の館第に着いた四人は華軒を降りる。
館第には人影も少なく、僅かな女がちらほら見える。
その女の一人が、に駆け寄ってきて、深く頭を下げた。
「瀞織!」
「はい、様。覚えてくれていたんですね」
女は嬉しそうに笑う。瀞織はあの港町で組長を務めた女だった。
元は商家の娘だそうだが、出身は瑛州ではなかっただろうか。
「では、ここは瑛州ですか?」
瀞織は微笑み、そうですと答えた。
「ここは瑛州の北部、麦州を東に越えてすぐの所です」
「瀞織の里?」
瀞織は三十人ばかりの、麦州を東に行き瑛州に抜ける旅団で発った。
首都堯天から逃げ出した者も港には多く、中には国府の人間もいた。
比較的仙の多い瑛州行きの旅団で、安心して送り出した一団でもあった。
「私は堯天に住んでいました。ですから、ここは私の里ではありません」
「では両親の元を離れて?」
瀞織は悲しげに微笑んで、その顔を俯けた。
「両親は、妖魔に襲われて死んでおりました」
まぁ、と言っては口を噤んだ。瀞織に近付き、そっと肩を抱きしめる。
「ごめんなさい。酷い事を聞きましたね」
「いいえ、国が荒れていたのです。同じように両親を亡くした者は、まだまだおりますが、私は恵まれておりました。それに、命があっただけでも、よかったのです。だってそのおかげで、こうしてお役に立てるのだから」
そう言って瀞織は館第を示す。
四名は瀞織について中に入って行った。主楼に案内され、客庁に通される。
中に入っては驚いた。外からは窺えなかったが、大勢の女が居る。
しかもどの顔を見ても、知っている者ばかりだったからだ。
みんながを見ては頭を下げる。
浩瀚や柴望よりも頭を下げられ、は次第に落ち着きを無くして行った。
「それにしても、すごい人気だな」
呆れたように言う柴望に、は詫びて頭を下げた。
「謝らずとも良い、褒めているのだ」
そう言って笑う柴望に、浩瀚は同意する。
港でその光景を見ていた桓タイは、誇らしげにを見ている。
「さて、には一通り、説明しておかなければいけない」
浩瀚が話を切り出し、は息を詰めて聞いた。 罷免された折、この時の為にすでに動き出していたのだと、浩瀚は語り始める。
「新王は予王と同じく官の言いなりだそうだ。しかし、それを操っているのは靖共だ。新王は胎果であらせられるから、この国の事がまだ、よくお判りでないのだろう。そして、靖共の手足となっているのが、和州候呀峰だ。和州をこのままにしてはおけない。そう思っている矢先に今回の事だ」
浩瀚はしかし、いい機会だったと言って、再び語りだした。
「和州では七割の税が取られている。明郭では税を納めることが出来なければ、磔刑になるそうだ。もちろん七割など、収められるはずもなかろうが、これをきっちりと七割取りたてる所もある。和州止水郷だ。この止水郷の郷長は昇紘と言うが、昇紘は呀峰と完全に癒着している。呀峰をなんとかしなければ、昇紘を諌める事もできないだろう。このままではいけない。天命が失われる前に、王には気がついてもらわねばならない」
「磔刑…」
そう言って絶句したは三人を見やった。
「王は本当に気がついていないのでしょうか?」
柴望が言った言葉に、桓タイも同意を示した。
「それはどうゆう事だ?」
「浩瀚様を貶め、和州を野放しにする。予王なら、ありえる話だったでしょう」
「現在の王は、予王ではない。民が王を信じなくては、誰が王を信じると言うのか」
そう言われた柴望は口を噤んだ。桓タイもまた、何か言いかけた口を閉じた。
「柴望」
呼ばれて、はっ、と返事をする柴望に、浩瀚は言った。
「詳しく和州の実状を調べてもらいたい」
「御意」
「桓タイ。明郭に赴き、呀峰を監視せよ」
「かしこまりました」
「。この館第に留まり、連絡役を引き受けてくれまいか」
「畏まりました。あの、浩瀚様は…」
「私もここに残って指示をだそう」
それに安堵の息が三つ聞こえた。しかし、はふと気付く。
「それなら、私がいなくてもよろしいのでは?」
「ここの者は、に恩義を感じている者ばかりだ。中には国府からの情報を運んで来る者もいる。私が言うよりも、が指示を出したほうが良い事は、誰の目を借りても明かなのだよ。なにしろ、の役に立てるのならと言って、志願した者ばかりなのだからな。州城を空けている間、培った物を最大限に生かしてもらいたい。桓タイと引き離すようで、申し訳ないが」
それにはだけではなく、桓タイも慌てた。
桓タイは茶杯をひっくり返し、は顔を真っ赤にした。
「わ、私と桓タイはそのような…」
言いかけたを、制したのは柴望だった。
「隠さずとも良い。何も言わなくとも見ていれば判る。知らない者など、州城にはおるまいて」
「え?」
唖然とした二人に呆れた視線と、笑いを堪える視線が投げられる。
「の視線はいつも桓タイを追っている。桓タイの視線もまたしかり。だが、避けているようにも見える。にも関わらず、が軍の者と楽しそうに話をしていると、いつの間にか桓タイが近隣に潜んでいる。思わぬような所ではちあうと、必ず動揺する。これで何もないと思うのは不自然と言うもの」
柴望はそう言ってにやりと笑った。
「よく…観察しておいでですね」
決り悪そうに言った桓タイに、柴望は大きく笑った。
「十年も続けば誰の目から見ても不振であろうよ。だが解決したようではないか」
柴望の言ったそれに、ますます顔を赤らめる二人がいた。 その日の晩、は桓タイと供に廂房に居た。
は明日発つ桓タイに、くれぐれも無理はしないようにと言い聞かせている。
「判った判った。無理はしない。気をつける」
「桓タイだって麦州師の左軍将軍だったんですからね。顔が知られているのだと思うと…本当に…気をつけて」
桓タイはふっと笑って、の後ろに回り込み、そっと包んだ。
「俺はのほうが心配だがなあ。港にいる間、女達のためにと、寝る間も惜しんで働く。土地を探して妖魔のいる山野を巡る。ひょっとして何かあった時には、女達の盾になるつもりだったんじゃないのか?」
それに対しては何も反論できなかった。
「何も知らないと思うなよ。の考えそうな事は、手をとるように判る。なにしろ…」
そこまで言って口を閉ざす。
桓タイの悪い癖だ。しかし、こんな風に桓タイが口を閉ざすのは、照れからだとは知っていた。
「ちゃんと言ってくれないと、判らないわ」
「昼間、柴望様が言っただろう…その、なにしろ、十年以上も見続けていたんだ。が何処で何をしているのか、常に気になった。気がついたら、の後を追っていた。出会わないようにしていたが、の目に触れていないだけだ」
頭に顔を埋める感触がし、は桓タイが照れている事を知った。
きっと耳までも赤いはずだ。
「桓タイは私の考えを判っていないわ…」
それを否定するような言に、桓タイは顔をあげた。
「そうか…」
少し寂しそうに言って、から離れる。
「ほら、今だって」
え、と言った桓タイには向き合い、今度は自分から手を伸ばす。
「私がどれだけ桓タイに触れたいと思っているのか、どれだけ桓タイを愛しいと思っているのか、まるで判ってない。今だって、ずっと抱きしめていて欲しいと思ったのに、桓タイは簡単に手を離してしまった」
そう言って、桓タイの顔を見上げた。
見る間に赤くなった顔を、愛しげに眺め、その逞しい胸に頬を埋める。
「半獣だからと言って私を避けた。熊だから恐ろしかろうと私から逃げた。だけど、桓タイがどんな姿でも、私にとっては何も変わらない。心優しい、逞しい将軍である事に、何の変化もない」
「…すまなかった。辛い思いをさせて」
「ううん。もういいの。だって、同じ気持ちだったんだもの。桓タイに向けている私の気持ちだけ、桓タイは判っていないの。でも、一番判っていて欲しい。いつでも桓タイが私の心に居る事を。忘れようとしても、忘れられない人だって事を」
「…」
を抱く腕に力が入る。
きつく抱きしめられ、少し苦しかったが、幸福感が勝ってしまって、さほど気にはならなかった。
このまま、夜が明けなければいいと、人知れず思うであった。
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