ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



=3=






そして三ヶ月が経過した。

「今日はこれぐらいにしておこう。も寝た方がいい」

そう言われては顔を上げた。

今日は文字の練習をしていたのだ。

桓タイの言葉は聞くものによって、都合の良いように聞こえるらしく、特に知らない単語以外は、勝手に翻訳される。

文字を書く事によって、正確な名前を覚える。

しかし慣れない筆に苦労していた。

「うん。これだけ、綺麗に書けたらちゃんと寝る」

は寝る間も惜しんで勉強していた。

ちらりと榴醒石に目を向け、よし、と心の中で自分を励ます。

今日は『青辛』の文字を練習していた。

自分の名前を連ねられると、気恥ずかしく思う桓タイだったが、同時に何か擽られるような感覚をも覚える。

「なんだか、恥ずかしいな。こうゆうのは」

が書き、失敗したそれを手にとって、照れた表情で笑う。

「そう?でも、もうどうしても綺麗に書きたいの」

そう言っては白紙に向かった。

青辛とは桓タイの姓名だった。

知らぬ文字ではないが、筆を思うように扱えない。

命の恩人である桓タイに、は感謝していた。

その桓タイの字を綺麗に書けないと言うのは、なんだか申し訳ないような気がし、必死になって練習していたのだ。

「青も辛も難しいわ。辛は綺麗に整わないし、青は滲んでしまう…」

「滲むのは慣れるしかないなぁ。でも、辛なら…」

そう言って後ろに周りこみ、の右手に自らの右手を添えた。

「こう引いて、下から少し残して止める。そして…」

出来上がった文字は均等のとれた文字で、の目指していた文字そのものだった。

「すごい!ありがとう」

は頭を後ろに向け、仰ぐように桓タイを見た。

の頭が動いたのを感じた桓タイは、顔を下に向けた。

近距離でばちっと目が合い、桓タイは弾かれたように体を反らした。

も慌てて下を向く。

沈黙が書房に下りて、気まずい雰囲気が流れた。

沈黙したまま、は持っていた筆を握り直し、先程のように書く。

先程よりはやや崩れた感じのものになったが、桓タイはそれを見て綺麗に書けていると褒めた。

「綺麗に書けたから、もう寝るね…」

そう言ったに、桓タイは黙って頷き、二人は書房を後にした。







桓タイは自室に戻って、脳裏から離れない物を直視した。

振り返ったの顔が、とてもまぶしく感じ、とても愛しく思う。

しかし、と思いなおし頭を振って忘れようとした。




もまた、自室に戻って赤い顔をしていた。

優しく包まれた右手から、情熱が駆け上がってくるのを感じていた。

しかし、頭を振って忘れようとした。




は海客だ。何も知らない世界に投げ出されて、頼るものも何もない…」

優しくされれば、気持ちが向くものだろう。

気持ちを告げると言うのは、そこに付け入るように思えて、自分がとても卑怯な者に感じる。

「そもそも、あんな姿で現れるが悪い」

水着姿のを思い出し、赤くなる莫迦な軍人が一人呟いた。




「桓タイは優しいもの。私が海客だから心配してくれているのよ」

忙しいだろうに、のためにかなりの時間を割いてくれている桓タイを思い、は溜め息を落とす。

桓タイは優しいから、妖魔に追われ、海客であるを、見捨てる事が出来なかった。

いつか、桓タイに恩を返さなければ。

好きだと告げてしまう事は、桓タイの優しさを利用するようで嫌だった。

「優しい桓タイが悪いのよ…」

気持ちの責任を擦り付け、赤くなる海客が一人呟いた。












「桓タイ」

州城で呼び止められた桓タイは振り返り、そこに麦州候を見つけた。

「浩瀚様」

軽く礼をし、浩瀚が近付くのを待った。

「例の娘はどうしている」

例の娘とはもちろん、の事である。

「とても良く勉強していますよ。飲み込みが早いので、教えるのも楽ですね」

そう言って笑った桓タイに、浩瀚は微笑む。

「では、そろそろ登用しても良い頃だろう。戸籍も用意してある」

桓タイの表情が明るくなった。

「利発そうな娘だったな。桓タイから拾ったと聞いたときには驚いたが」

桓タイは少し赤くなりながら、その時の様子を思い出した。

浩瀚はその表情を見て、意地悪く笑った。

「州城に務めなくとも、婚姻すれば、同じく仙になれると思うのだが、それではいけないのか?」

桓タイは赤い顔をますます赤くして、浩瀚に向かっていった。

「な、何を仰っるんです!彼女はこちらに来て、まだ三ヶ月しか経っていないんですよ。婚姻など…」

言葉に詰まった桓タイを、浩瀚は面白そうに眺め、冗談だと言ってその場を去って行った。

残された桓タイは唖然として、浩瀚の後姿を見ていた。







自宅に戻った桓タイは、の元を訪れ、登用が決ったと告げた。

「本当!?」

「ああ、麦候がそう言って下さった」

「ありがとう!桓タイ!!」

はそう言って桓タイに飛びついた。

喜びのあまりとった行動だったが、桓タイを凍らせるには充分だった。

しかしはそれに気付かず、頭だけを起こして桓タイに言った。

「本当に、桓タイのおかげよ。何もかも。私、本当はあの時に、死んでいたかもしれないもの。もし桓タイが助けてくれなかったら、褐狙に食べられていたんだわ」

狼に似た、巨大な獣が褐狙だと教えてくれたのも、もちろん桓タイだった。

桓タイは見上げたの背に手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめた。






あの時、麦州の端にある里に人妖が出たと聞いて、林の中を探していた。

するとなにやら悲鳴が聞こえ、そちらに向かうと人が襲われていた。

よく確認する間もなく、褐狙が襲い掛かろうとするのを止め、振り返ってみれば裸同然の女が座り込んでいた。

これは人妖だと思い剣を向けてみるが、とても妖魔らしくない。

格好を除けば、人間に見えるし、ひどく惹きつけられるような気がした。

しかしその惹きつけられる感じが、ますます人妖のようだと思った。

確認のために問うてみれば、人語を話す。

流されてきたのだと聞き、海客だと判った。

桓タイの知る海客とは違った格好だったが、そんな格好の海客もいるのだと納得した。


その出会いから三ヶ月。


初めて胸元に抱きしめるを、放すことが桓タイには出来なかった。

抱く腕に、自然と力が入る。

「…い」

の掠れた声が聞こえ、桓タイは下を見た。

「…くる…しい」

苦しいと言われて、慌てて手を離す。

「す、すまない」

決り悪そうに言って、から離れた。

がいなくなった胸元が、妙に寒く感じるのは、秋が終わろうとしているからだろうか…。

「ううん。桓タイってとても力が強いのね」

「あ、ああ。力だけはあるんだ。なにしろ俺は…」

そこではっとなって口を噤む。

は不思議そうに首を傾げ、桓タイの言葉を待った。

桓タイは後悔していた。

懸命に言い訳を探す。

こんな些細な会話で漏らしてしまうなど、今までなかったことだ。

「どうしたの?」

問われて何も言えないでいると、は少し悲しそうな顔をして言った。

「聞いちゃいけない事?なら、言わなくてもいいよ…」

そう言って、自室に戻ろうとするの腕を、桓タイは反射的に掴んでいた。

は掴まれた腕と供に振りかえり、再び桓タイを見た。

「い、いや。その…」

怪訝そうに見つめるに、桓タイは思い切って言った。



「俺は半獣なんだ」



そう言って、桓タイはから手を離し、慌てて踵を返した。

は言われた事を反復する。

半獣?いつか桓タイから聞いた。

半分は獣で、半分は人だと言う。

それが桓タイ。

そう言われても、にはよく理解出来なかった。

しかし、桓タイが言いにくくしている理由は判った。

ここ慶東国では、海客も、半獣も認められない。

それは、差別だ。

は人妖に間違われたが、海客であるだけでも何をされたか判ったものじゃないと、いつか桓タイが言っていた。

桓タイは半獣だったから差別しなかったのだろうか?

半獣だから、桓タイは差別されると思ったのだろうか?

は消えた桓タイの後を追った。

自室に戻っているだろうと思ったが、桓タイは戻っておらず、は探す当てを見つけられなかった。








そのまま次の日を迎えたは、もやもやした気分のまま桓タイが来るのを待った。

勉強の時間になれば、必ず来るはずだと、そう思っていた。

しかしその日、桓タイは現れなかった。

変わりに州城からの使いだと言う者がやってきて、はそのまま州城に移動することになった。

桓タイに何も言えないまま、州城に行く事は気が咎めたので、使いのものに頼んだのだが、急ぐと言われて仕方なく出る。







麦州候の浩瀚が住む所を与えてくれ、ますます桓タイと遠ざかった。

それから桓タイとはあまり会う機会がなくなった。

州城でたまに出会うが、を見つけると桓タイは逃げるようにその場を去る。

次第には諦めて行った。

露骨に避けられると、嫌われているとしか思えなかった。

最後に半獣だと告げたのは、海客だから嫌いだと言うのではない。

差別ではなく、一男として好きではない。

そう言いたかったのではないだろうかと、思うようになっていた。

何度も泣いたが、年月がそれを忘れさせた。










が州城に務めだして、約十年が経とうとしていた。

戸籍を用意されたは、慶の生まれという事になっており、州司徒にまで昇格していた。

どうやって戸籍を偽造したのかを、聞いた事はなかったが…州司徒の任は、州城に上がって約半年の時に、浩瀚から適任だと言って任命されていた。

ある日、州城に朗報が届いた。

慶に新しい王が立ったのだと言う。

新王の名を舒覚と言った。

「これで慶も良くなろう」

浩瀚はそう言って微笑んだ。

は麦候を尊敬していた。

目端のよく聞く、いい州候だと思っていた。

実際、浩瀚はとても民に慕われており、よく善政を敷いていた。

出自で人を判断せず、自らの目を持って接する。

海客のを登用した事をとっても、それはよく判る。

国の方針に背くような事はしないが、それが良いことなら上手くやる方法も知っていた。

は漠然と思う。

新王の事は知らないけれど、浩瀚が良くなると言えば、本当に良くなるような気がしていた。

それが儚い夢と消えるなど、この時誰が思っただろうか。

新王の登極まで、随分待ったのだ。

が流された時、すでに国は荒廃していたが、他州にくらべて麦州は豊かだと知った。

それは浩瀚の手腕だろうというのも、州城に来て知った。

そして、浩瀚が桓タイを気に入っている事も知っていた。

そこで思考が止まる。

桓タイとは相変わらず顔を合わせていない。

同じ州城に務めているのだから、もっと出会っても良さそうに思うのだが、三ヶ月間姿を見ない事もあった。

故意に避けているのだろうが、それがには辛い。

しかし長い歳月の間に、は考えないでおく、と言う方法を見つけ出していた。

いや、辛さをなくす為には、そうするしかなかったのだ。

十年の間に、に言いよる男もいたが、どうしてもそれを受け入れる事のできない自分がいた。

いつまでたっても、の目はただ一人を追っている。

そして、本人のあずかり知らぬ所では、に言い寄ると痛い目を見る、など囁かれていた。

そのせいで、言い寄る男の数は徐々に減っていった。

しかし、そのような事は問題ではなく、は胸の痛みを肌に感じながら、過ごしていた。

仕事に集中する事で、それを忘れようとしているのに、こんな些細な事で、すぐに脳裏を過ぎる顔がある。

知らず溜め息を零し、は頭を振って忘れようとした。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





なかなか思うようには行かないものですね〜。

しかもこれからちょっとづつお相手が…とと。

とにかくもうしばらくお付き合い下さいね。

ってかまだまだ続きますが☆

                                美耶子