ドリーム小説
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港に戻るために、林の外を目指す。
が先に港町に入り、袍を調達する。
それを着て、が使っていると言う、民居に通された。
その民居は、臥室が二間と客房が一間あり、起居と花庁もあった。
花庁では組長達が集まって、議会を開くのだと言う。
は臥室の一間で充分だったが、この民居には逃げてきた女が逗留するのだと言う。
客房で足りないときは、臥室を使うが、起居を臥室に当てる事もあるそうで、それでも足りないときは花庁を使う。
さらにそれでも溢れる時には、組長の居院に引き取って貰う決まりになっている。
女達は居院を決めるまで、の居院に逗留するが、現在は誰もいなかった。
妖魔等の対策のために、人は集団で旅をする。
到着する時には一気に来るのだが、ここしばらくは誰も訪れていなかった。
旅の道中に、妖魔にやられているのではと危惧する声もあったが、多方向からやってくる者を警護する事はできず、町周辺を守る事で精一杯だったのだ。
がらりとした花庁に、桓タイはぽつりと座り、背を丸めていた。
「ここの様子はどうだ?」
桓タイは茶を入れて運んで来たに問うた。
「ええ、組長達がとてもよく頑張ってくれているわ。ここの女達は、昼間には外に出ないようにして、なるべく夜に行動するの。町全体がとても協力的で助かっているわ」
そう言って微笑むを、桓タイはただ感心して見つめた。
浩瀚から聞いて、多少の情報は知っている。
始めは苦労しただろう。すべての人間が味方であったはずはない。
女が国からいなくなれば、子を授かる事が出来なくなる。
誰も本心から出て行って欲しいなど、思ってはいないが、国を相手にやりあおうと考える勇気のある者も少なかった。
それをなだめすかして、統率を取ることがいかに難しい事なのか、桓タイにはよく判っていた。
実際、将軍になってみて、ひしひしと感じている。
「国を出たいと言う者は、何名ほどいる?」
は少し考えて答えた。
「そうね…日に幾人かは出て行くわ。ほとんど他州の人間だけどね。この国に見切りをつけて、家族揃って出て行く人もいるわ」
「そうか…」
「そう言えば、桓タイは何故ここに居るの?州城を空けてよかったの?」
そう問えば笑いを含んだ声がする。
「実は、浩瀚様に追い出された」
驚いたは問い返した。
「追い出された?」
「そうだ。追い出された。将軍が落ち着いていないと、軍の統率が取れない。それにが心配だから、護衛を兼ねてここに行けと言われた」
「落ち着かない?」
何に落ち着かなかったのだと問えば、恥ずかしそうに顔を赤らめた桓タイと目が合う。
どうやら、原因はのようであった。
「州城にいれば、が何処で何をしているのか、大抵は判っていたし、安否を気遣う事もなかった…。だが、遠くはなれてしまえば、気になって仕方がなかった。それも、こんな大任を背負っているとなれば、落ち着けと言うほうが無茶だ」
赤いなりにも、真面目くさって言う桓タイが妙におかしい。
「ありがとう。嬉しい…」
は笑んで桓タイに言った。
桓タイはその肩に手を置き、そっと頬に手を添える。
見詰め合った二人は、徐々に距離を縮めていったが、それを邪魔する者がいた。
ガラリと音がして、二人は弾かれるように離れる。
女が一人花庁に入ってきたのだ。
組長の一人だった。
「今日は、会議の日なの。紹介するわね」
は桓タイにそう言って、女に笑顔を向けた。
茶を出そうと立ち上がったを、女はとんでもないと止め、自分でやりますと言った。
その者を筆頭に、次々と女が花庁に現れ始めた。
やがて花庁は女でごったがえし、人の熱気で暑いほどだった。
現在の慶国で、これほど女の集団を見かけるのは、ここ以外にないだろうと、桓タイは思った。
「それでは始めましょう。まず紹介をさせてね。こちらは、麦州の州師将軍で在らせられます。この港の護衛の為に麦州候から任じられ、本日到着いたしました。敵ではありませんから、いきなり殴りかかったりしないようにね」
くすりと笑って言を結んだに、桓タイは苦笑しながら自己紹介をした。
「麦州師将軍を拝命しております、青辛と申します。ここでは、軍人は殴られるようなので、これを機によく覚えておいて頂きたい」
どっと笑いがおき、桓タイを歓迎する声が花庁に響いた。
一通り静まった所で、会議が始まる。
「昨日見慣れない男に訊ねられたと、組の一人が言っていました」
組長の一人が言った。
「それは、軍人でしたか?」
は丁寧に問い返す。
「いえ、農夫のようでしたけど…女が多い町だと言って、港に向かっていました。そのまま国を出るのかと思って、組の女総出で見張っていたのですけど、男は町に逗留しています。西の舎館に逗留している模様で、舎館の主人に協力してもらって、見張りをさせています」
はそれを受け、にっこりと微笑んだ。
「とても的確な判断ですね。やはりあなたを組長にして正解でした。では今後どうするか、もう決めていますか?」
そう問われて、女は困った表情をした。
「それなら明日、私が話をしてみましょう。もし、女を匿ってくれというのなら、喜んで受け入れましょうね」
そう言ったを、組長は尊敬の篭った眼差しで見ていた。
すると、他の組長が手を挙げて聞いた。
「もし、国の間諜だったら、どうするんですか?」
「その時には一芝居うちましょう。そうね、では協力して下さいますか?」
手を挙げた組長は、はい、と歯切れの良い返事をした。
「悲壮な女を演じましょうね。奏に逃げると言いましょう。殺されたくはないから、一刻も早く出たいけど、船が来ない。その男に、助けてくれと縋ってみるぐらい見せれば、信じるでしょう」
何人かの組長がそれに頷き、それを頭に閉まったようだった。
明日になればその組長達から、組の女にこの案が行き渡るのだろう。
今度は別の組長の手が上がる。
「昨日、あたしの組から五人が国を出ました。巧国に逃げるのだそうです」
力不足でごめんなさいと謝る女に、は優しく話しかける。
「そうですか…気落ちしないで。あなたのせいじゃないわ。あなたが組長として、よくやっている事はみんなが認めています。ここが危険な事に変わりはないもの。よく踏みとどまってくれて、みんなには感謝しています。組を纏めるのは大変でしょうけど、全員が生き抜いていけるように、これからも頑張りましょうね」
「はい…ありがとうございます!」
涙ぐんだ女は、を見てそう言った。
「では、新しい人が来たら、受け入れてもらえますね」
「もちろんです!お任せください!」
「ありがとう」
満足気に笑ったを、桓タイは誇らしげに見つめていた。
それからも組長たちの報告は続き、その度には的確な指示を出す。
組長を労い、褒める事も忘れていなかった。
やがて会議が終わり、女達はぽつり、ぽつりと去っていく。
個人的な相談事、悩み事のある者が残っていたが、その数も少しずつ減っていく。
すべての女が帰る頃には、すでに夜明けを迎えようとしていた。
桓タイはの肩に手を置き労った。
は肩で大きく息を吐き、ありがとうと答える。
「それにしても、軍も顔負けの統率力だな。呆れるほど凄い」
それに対し、は思わず噴出した。
「凄いのに、あきれるの?」
「ああ、凄い。浩瀚様が何故を任命したのか、ようやく判ったよ。あれほどの人数を纏め上げるのは、並大抵の事じゃない。規律が厳しい軍とは違って、一糸乱れぬ統率など、ほぼ不可能だ。それを可能にしたは凄い」
は力なく笑って、それを否定した。
「すごくなんてないわ。浩瀚様のお力よ。私は保護するなんて事すら、思いつかなかったんだもの。それに、組長達がとても頑張ってくれているのよ」
無意識にしているのだろうか。
それでも、女達の顔を思い浮かべると、全員がを頼って、信頼を預けている。
何か問題があっても、がいればなんとかなると、そう信じているようだった。
だからこそ、の為に動くし、間違った事もしないだろう。
それはがよく方針を提示しているからだった。
策をたくさん与え、自ら判断するのを認めている。
それを間違わないように、方針を提示しているが、決して強要しているわけではない。
褒める事で、良いというのを示し、問い返す事で足りないものを示す。
自ら考えさせ、何が正解なのかを悟らせている。
それを無意識にやってのけるのだから、呆れてしまう。
桓タイはとても誇らしく思い、を見つめていた。
見つめられたは、桓タイの視線に気がつかずに問うた。
「州城のほうは?浩瀚様はお元気?」
会議の為に、聞けなかった事を、は訊ねた。
桓タイはふいに視線を逸らし、天井を仰いだ。
「浩瀚様はお元気ではあるが…実は国府のほうがそろそろやばい」
は黙って桓タイが話すのを聞いていた。
「台輔の失道が甚だしい。主上は王宮の奥に閉じこもって、姿をあらわさないと言うし、官吏はそれを諌めもしない。だが、国を出ない女は相変わらず殺される。それが和州では一番多いと聞く。ここもいつまで無事なのか、正直判らないと言った所だ」
桓タイはそう言うと深く溜め息をついた。
「俺は幾度となく浩瀚様に、王を討ってはいかがですかと進言した」
は口許に手をあて、小さく叫んだ。
「桓タイ!なんて事を…」
「しかし、浩瀚様は、それはしないと仰る。このままでは、民が哀れでならないが、王を討つのは大罪だと言って、諌められた」
「当然よ…桓タイ、お願い。そんな恐ろしい事言わないで。もし誰かに聞かれたら…」
「それでも放っておけば、ここの港も危険にさらされたままだ。が危険だと言うのに、俺は何もできないんだぞ。大体、は無茶をし過ぎだ」
はそう言う桓タイを驚いて見つめ、その悲壮な顔を見つめる。
どれほど心配しているのか、その顔から伺う事ができた。
嬉しく思ったは、桓タイの腰に腕を廻し、その胸に頬を預けた。
「私はここへ来る時、浩瀚様に言ったの。今まで三度の死を覚悟しました。それに比べれば平気だと。そして今日、四度目の覚悟をしたわ。とても幸運な事に、やはり助かった。四度の内、二度までも桓タイが助けてくれた。その桓タイが今ここにいるのに、どうして危険な事があるの?」
「そうゆう事じゃない…」
否定した桓タイを、は首を振って答えた。
「そうゆう事なのよ。桓タイが傍にいるなら、私は幾らだって頑張れるの。桓タイを近くに感じるなら、どんな事だって平気よ。離れている間の事を思えば、何も辛くないもの。でも、もう少し現実的な事を言えば、これまでなんとか切り抜けてきたわ。これからだって、切り抜いて見せる。それに…」
は声を落として、囁くように言った。
「台輔が失道しているなら、そう長くないわ。王も、もって二年でしょう…むしろ、その後のほうが問題よ。妖魔や天災が待ち受けているもの」
そんな先の事まで見通していたのか、と桓タイは感心してを見た。
それでも開拓のため、妖魔の跋扈する林の中を彷徨うを、心配するのは仕方がない事だろう。
桓タイはその事を諌めようと、顰め面を作って、の顔を見た。
しかし、眉間に寄った皺を不思議そうに眺める、の顔を見て、桓タイの意思は脆くも崩れ去る。
「そんな顔で見るな。何も言えなくなる」
そう言って、背中に手を廻した。
ぎゅっと苦しくない程度に力を入れ、を自分の体に押し付ける。
「国が落ち着いたら…」
桓タイはそこまで言って、の顔を持ち上げた。
「一緒になろう」
は桓タイの真剣な瞳を覗き込み、
「嬉しい」
そう言って瞳を閉じた。
一筋だけ、涙が零れ、頬を伝う。
やがて温かいものが唇に触れ、と桓タイは長い間そうしていた。
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