ドリーム小説
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赤灑灑 =4= 翌朝。
は箱に入れておいた玉を取り出す。
「まずは硬玉…」
翠の石を取りだし、道具を手に細かい作業に入った。
これはの言った『翠翹(すいぎょう)』の作成だった。
翡翠(しょうびん)の尾羽に見立てたものを作っていく。
尾羽を幾重にもあしらい、巧妙に重ねて一本の天蚕糸(てぐす)に取り付けていく。
あまりにも集中して続けていたため、眼が痛くなってようやく、は体を解すために匠師府を後にした。
しかし、あ、と小さく叫ぶと天官府へと駆けるようにして向かう。
「作って頂きたいものがあるのですが…」
何やら天官に耳打ちすると、再び駆けて冬官府へと戻っていった。
戻るとすぐ続きにかかる。
残りの時間を同じ作業で費やす。
全体の装飾を施すのに、約一ヶ月を要した。
そっと完成したものを置いて眺める。
長細い木箱を出してそれに収め、紫紐(しちゅう)をもって締めた。
翌日からは『紅杜鵑(こうとけん)』にかかる。
紅い玉をもって掘り出し、花の形を作っていく。
薄く削られた、幾重もの紅色。
硝子のようでもあったが、その光沢は間違いなく玉のものであった。
同じような花を何枚も作り、それを繋ぎ合わせていく。
紅杜鵑(こうとけん)は完成までに一ヶ月半を要し、最後には全体の均衡を見て微調節をする。
翠翹(すいぎょう)よりも大きな箱に収めて、やはり紫紐で閉じた。
そして残りの半月。
まだ取りかかっていないのは『紫綺(しき)』である。
は朝から天官府へと足を運ぶ。
頼み事をしていた官に会うと、赤紫、薄桃、薄藤の布を受け取った。
冬官府へ戻ると、その布に呪を施しながら、半月をかけて最後の仕上げにかかる。
そしてようやく、の思い描いた作品は出来上がったのだった。
「さて、これをどうやって主上に届けよう…」
政務の終わりを見計らって、面会を取り付けることが出来るほど、身近な人物ではない。
だが、会わなければ、これらを渡すことも出来ない。
思い悩んでいると、背後から声がかかった。
「、主上がお呼びだそうだが」
「え?」
絶妙の間合いに、驚いただったが、呼び出されることはそう珍しい事ではない。
三ヶ月前の事もあることだしと、は大小の箱を三つ抱えて内宮に向かった。
内宮を案内する天官は、を正寝の一郭へと連れて行く。
大きな扉の前で止まると、中に声をかけて手の塞がったの変わりに扉を開いた。
中では藍滌が待っている。
丁寧に礼をして中に進んだは、形式的な挨拶を簡素に済ませて王へ向かう。
「出来たようだね」
「よく、お分かりですね」
驚いたように言ったに、藍滌は微笑みかけて言う。
「の事じゃ。気に止めていれば簡単に分かろう」
少し照れたような表情がそれに答えたが、すぐに真顔に戻って言う。
「主上、こちらを」
その場に跪きながら大小の木箱を三つ差し出す。
「三ヶ月の成果かえ?」
はい、と答えた声が震えている。
「もし、お気に召しましたら、そちらを着て頂きたいのです。もちろん、気に入らなければ結構でございます」
そうか、と言った小さな声が聞こえたが、それからはしばらく沈黙が続いた。
どれ程の時が経過したのか、にとっては長いその終着。
「明日、朝議の後、正殿に来なさい。そこでの答えが分かろう」
「は、はい!」
その日は眠れない夜となった。
三ヶ月の苦労が報われるのか否か。
その答えが明日待っている。
これまでが学んできたことの全て、そして初めての完全な独創であった。
今のにあれ以上のものを作ることは出来ない。
自分の感想を言ってしまえば、最高の出来だと思うのだが、冷静に他人の目で見た場合、それがどう映るのか分からない。
ましてやあの御仁だ。
そう簡単に納得しないことも、すでに知っている。
横になってじっとしているのにも関わらず、に眠りが訪れたのは外が明るくなった頃だった。
約束の刻限。
は緊張した面持ちで正殿へと向かう。
中にはまだ数人残っており、他官府の六官長も数人控えている。
その中には冬官の長、大司空の姿もあった。
しばらく待つようにと大司空から言われ、固まった表情のまま、ぴんと背筋を伸ばして待つ。
王は一度退出したとに教えたのもまた大司空だった。
そしてようやく開かれた扉。
そこに立つ藍滌に目を向けた一同。
その立ち姿に圧倒され、全員が跪いた。
自身、その出来栄えを疑ってしまった。
あまりに想像を超えたその立ち姿。
神々しい光に身を包んだ王。
昨日、差し出す前に見た完成品が、数段も素晴らしいものとしてそこにはあった。
周辺から漏れ聞こえる、感嘆の溜息がそれを証明している。
「、耳墜はなかったが、そのほうが良いかえ」
そのままの体勢で見上げるに、藍滌は優しく問いかける。
「はい、翠翹(すいぎょう)の妨げになりましょう」
「これは翠翹と言うのか」
髪に飾られた簪を、軽く手でなぞりながら言う藍滌。
その手は胸元に移動し、問いたげな視線だけがに向かう。
は頷いてそれに答える。
「胸元の飾りは紅杜鵑(こうとけん)で、お召しになられておりますのが、紫綺(しき)でございます」
翠翹の正体。
翡翠(しょうびん)の尾羽に似せた玉を幾重にもあしらった簪。
複雑に光を取り込む、薄く加工された翡翠(ひすい)である。
一番小さな箱に入っていたもので、これを一番に開けた藍滌は、しばらく見入ってしまったほどの逸品だった。
その細部に至るまで彫り込まれた尾羽。
それを惜しげもなく折り重ねてある。
煌びやかであるが、下品ではない。
簪としての全体像は見事の一言に尽きる。
紅杜鵑(こうとけん)は紅つつじの花を見立てた首飾りである。
しかし遠目に全体を見ると、杜鵑(ほととぎす)が羽を広げているようにも見える。
翠翹よりも少し大きな箱に入っており、これを開けたときもしばらく見入ってしまった。
一つの花は五枚の花びらで構築されており、間近で見ると巧妙な花の技巧品である。
それが杜鵑(ほととぎす)になるのだから驚きだった。
最後の紫綺(しき)は一番大きな箱に入っていた。
赤紫色で織られた綾絹の袍。
中には薄桃色、薄藤色の重ねをあわせる。
「紫綺には冬器を容易に通さぬよう、呪が施してあります。賓客…他の誰かではなく、主上に似合うものを考えておりました。それがずっと出来なくて、悩んでいたのです。戴へ行っていなければ、未だ悩みの渦中におりましょう」
「これだけのものを作り出すことが出来るとは、戴でを見かけたときには想像だにしなかったよ。しかしわたしの眼に狂いはなかったのだねえ」
感慨深くそう言うと、満足げに頷いてに向かう。
「あの時、ぶつかっていて良かったと、近頃頓に思う」
藍滌は顔を伏せたの耳が、赤くなっていることに気がついた。
しかし小さく笑って、続きを言う。
「悩んでいたのも知っていたよ、随分と前からね」
ちらりと大司空に目を向けた藍滌。
それを受けた大司空が口を開く。
「才能がありながら、自ら殻を作っていることに、は気が付いてなかっただろう。だがわたしでは、に的確な助言をする事が出来なかった。冬官として長い方ではなかったし、わたしの想像を超えた感受性の持ち主だと分かっていたからな。それで恐れ多くも、主上に助言して頂いたのだ」
大司空はそう言うと、飾りに眼を向けて溜息をつく。
「この技術は範の宝だ、」
「大司空…ありがとうございます。それもこれも、すべて主上の采配によるものです」
藍滌はそれを軽く否定してから口を開く。
「これはおぬしが培ってきたものだよ、。ただ戴の冬官長なら、何か良い意見をに与えてくれようとは思っただけのこと。わたしは何もしていない。じゃが、を戴へ行かせるのは少々嫌じゃったのう。ゆえに随分と迷ったものだよ」
「…?え?」
驚いたが藍滌に目を向けた。
戴へと言ったのは、他でもない藍滌の指示からだ。
それを行かせたくなかったとは、どうゆう事か。
しかしすぐに思い当たった。
三ヶ月前、寂しいと言っていた藍滌を思い出したのだった。
戻って来ないのではないかとも言っていた。
「皆様にはご迷惑をおかけ致しまして…」
恥じ入ったようにそう言うと、はそのまま問うように続ける。
「これで、私は三ヶ月前の答えを聞かせて頂くことが出来ましょうか?」
他の眼があったため、聞こうかどうか迷っていた事だった。
しかし緊張が複雑に働いたの口からは、滑るようにしてその質問が出されていた。
「もちろんだとも」
藍滌が笑ってそう言った時だった。
「失礼致します!」
何やら緊迫した声が正殿に響く。
何事かと顔を上げる一同の前に、転がるように駆け込んで来たのは、天官の男だった。
「何事か」
大司空の横に控えていた太宰が眉根を寄せて問う。
「戴から勅使が参っております」
戴からと囁く声と同時に、訝しげな視線がに集まった。
戴から勅使が来たと言った官の、緊迫した声が不安を運んで来たのだ。
しかしそれを遮るような声が響く。
「すぐ通すがよかろう」
そう言ったのは段上の王。
が見上げた藍滌は、凛と佇み威光を放っていた。
畏怖すら覚えそうなその表情は、立ち去る天官を見送ってからに向けられる。
ゆっくり頷いて見せると、玉座に腰を下ろした。
その頷きが、心配しなくとも良いと言われたように感じ、抱いていた不安が少し和らいだ。
太宰と大司空はを連れて脇に避け、その他残っていた六官長と官吏達は逆側にそれぞれ別れ、玉座の前を空けた。
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