ドリーム小説
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赤灑灑 =5= やがて大行人に連れられて入ってきて官を、は知らなかった。
戴からの官は額(ぬか)ずいて形式的な挨拶から始まる。
やがて段上の王から許可がでて顔を上げる。
そして開かれた口からは信じられない言が出された。
「泰王、崩御にございます」
驚いて勅使を凝視する。
ざわりと音の立つ周辺の音を、すでにの耳は捕らえていない。
即位したばかりの、輝かしい絵が脳裏に現れてすぐ、自失してしまった。
「は大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫です。ただ精神的な衝撃が大きかったのでしょう。だから台輔、お静かに願いますよ」
「まあ、それじゃあたしが騒がしいみたいじゃない」
軽い笑い声が聞こえてきて、は瞳をこじ開けた。
二人の女官に囲まれた梨雪がそこには見えており、に気が付いて顔を近づける。
「ああ、。大丈夫?」
「台輔…」
そのままで辺りを見回す。
ついと頬を伝った自らの涙にも気が付かず、体を起こして言った。
「ご迷惑をおかけ致しました。不覚にも…私は…」
せり上がってきたもので、その後が出てこない。
それでようやく自分が泣いていることに気が付く。
それでもは振り絞るようにして声を出す。
「何が…何があったのでしょう…戴で何が起きれば…王が亡くなる事態が起きるのでしょうか…まだ、登極して一年も経っておりません…」
「、今確認しているの。主上が確認しているのよ」
「確認も何も…」
「確認しなくてはならない事なの。これ以上はあたしから何も言えないわ。主上がお止めになっているから。に聞く精神的な余裕が出来たら、主上が直接お話下さるって」
「主上は今…?」
「今はって…今、聞くことが出来るの?」
「ええ、台輔。もう自失したり致しません。お願いです、台輔。知っている事があれば、教えて頂きたいのです。泰王は元々禁軍の将でありました。泰台輔はまだ年端もゆかぬ御年。一年足らずで失道するには早すぎ、何かが起こったとしか考えられません」
「…分かったわ。主上はきっとすぐにお会いになられるわ。あたし、先に教えてくるわね。天官を迎えに寄越すから、少し待ってて」
そう言うと踵を返す梨雪。
女官に支えられながら、は床に足を降ろす。
体に異常はない。
簡単に身を整えて扉に向かう。
しっかりとした足取りで、廊回(ろうか)に出た。
すぐにやってきた天官の案内で、王の自室へ向かった。
「」
中では藍滌が物静かに待っていた。
じっとの様子を窺っている。
すでに紅杜鵑(こうとけん)も、翠翹(すいぎょう)も、紫綺(しき)も身につけていない。
「主上、見苦しい所を…申し訳ございません」
ただ頷いただけで答えとした藍滌は、椅子を指さしてに目を向ける。
卓子を挟んで体面に座った王に、少し緊張が走る。
「ずっとの作品を身につけておりたかったが、不謹慎になってはいけない。簡素なものに代えさせてもらったよ」
その言葉に胸を掴まれたような心境になった。
「不謹慎…とは…」
尋ねる声は震えている。
だがしっかりと王を見据え、その返答を待った。
「分からぬ。ただ、希望を捨ててはいけない」
「希望を…?」
次の麒麟がすでに誕生しつつあるのか、それともただの励ましだろうか。
「白雉はまだ落ちておらぬ」
「白雉…が?」
こくりと頷かれた相貌を、凝視するかのようなの瞳。
「白雉が落ちれば、鳳が鳴く。じゃが我が国の鳳は鳴いておらぬ。大宗伯にも確認したが、やはり鳴いた形跡がない。つまり、戴には何も起こっていないことになろうか」
「ですが勅使が…」
「あれも本当に勅使だったのか。王亡き後、勅使と言ってしまっても良いのかどうか…それにあれは怪しいのう」
「怪しいのでしょうか?」
「そもそも王が崩御した事など、勅使が伝えずとも鳳が知らせてくれる」
「で、では泰王は…」
「亡くなってはおられぬ。鳳が鳴かぬ以上、泰王はご無事じゃ」
そう言った藍滌の目前で、静かに涙を流すの姿があった。
立ち上がった藍滌はの側に寄り、そっと涙を拭って頭を撫でる。
掌(てのひら)の温もりが伝わってくると、涙が止まらなくなってしまった。
「も、申し訳…ございま、せん…」
よい、とだけ言った藍滌はそのままをそっと抱き寄せる。
あやすように背を叩き、頭を撫で続けた。
「質(たち)の悪い悪戯やもしれぬ。今は勅使と名乗った者を追っている。もう一度、泰王崩御を記した書状を確認するためじゃが」
「ありがとうございます、主上」
はなんとかそれだけを絞り出すと、再び涙の中に埋もれていった。
それから二年。
は依然と変わらず冬官にいた。
が藍滌のために考案した装飾品も随分と増えた。
戴から来た勅使の事も、時の流れと供に風化しようとしている。
それと同時に、追った勅使が見つからなかった事も、次第に忘れられていった。
範は何事もなかったかのように毎日が過ぎている。
ただ時折戴の噂を運んで来ては、を苦しめていた。
王が亡くなったと言った使者が来てから、泰王の話は聞かなくなった。
それどころか宰輔までもが、行方知れずといった噂まである。
しかしそれを確認する術をは持っていない。
こっそり戴の大司空宛てに青鳥を飛ばした事もあったが、返事はなかった。
よほどのことがあって返事がないのか、それとも変わらずいるから返事がないのか、他に返事を送れない事情があるのか、それすら掴めずにいたのだった。
「お〜い、。ちょっと来てくれ!」
「はい!すぐ行きます!」
呼ばれたが駆けるようにして行くと、数名が何かを囲んで見ている。
「どうしたんですか?」
「これを見てくれ」
黒銀がちらりと見えた。
覗くようにして見ると、それが帯飾りだと分かる。
金具の疾走する馬は見事なものだった。
しかし帯飾りであるのなら、帯の形を形成していなければならないはずだが、そこに見えている革は途中からがない。
「銀が燻されておりますね。ここで作られたものでしょうか」
「そうだ。だがこれは…」
気遣うような視線が、一斉にに集まった。
しかしはそれに気付かぬのか、そのまま帯を眺めて言った。
「途中で断ち切られておりますね。それにこの暗赤色の染みは…」
「、それは…その帯は…」
「え?」
緊迫したような声に見上げたは、周りを囲んだ面々を何事かと見回した。
「どうしたのですか?」
「い、いや…その…」
「これは何なのです?」
「これは恐らく戴の…」
「え?」
二年前、泰王崩御の知らせに、が倒れた事を全員が知っている。
それを瞬時に悟った。
しかしぐるりと一同を見回してから言う。
「大丈夫です。それよりも続きを聞かせて下さい。戴の、何なのですか?」
戸惑ったような空気が流れたが、一人がようやく口を開いた。
「泰王即位の慶賀に、主上からお達しがあって作ったものだ」
「…。では、これは泰王がお持ちだったものですか?」
「恐らくは…。見つけた者がここで作られた物だと察し、先程届けてきた」
それを受けて、は顔を帯に戻す。
手にとって詳しく観察し、そっと元の位置に戻すと言った。
「これは、やはり血でしょうか…」
「…」
答えない冬官を無視して、置いた帯の端に指をあててなぞる。
「それに、刃物で切られておりますね。この角度では…」
は瞳を閉じて考える。
帯を付けた自分を想像し、斬られる事を想像する。
「近付いてくる影、どこから?」
そう呟くと瞳を開け、確認するように問いかける。
「背後から、でしょうか」
真剣な眼差しで一同を見るに、一人が帯を手にとって見た。
「間違いないだろう」
「これは戴のどこから来たものですか?」
「近頃途切れがちだった、琳宇からの荷にあった」
「琳宇…では函養山ですね」
「そうなのか?」
「はい。他には考えられません」
「…」
背後から心配そうな声が聞こえたが、は振り返らずに強く言った。
「大丈夫です。もう一度見せて頂けますか」
帯を手に取った者から、再び受け取って裏返す。
そこにも血痕を見つけ、さらに注意深く表を見た。
「表にも裏にも血痕が…これを泰王が身につけていたのだとしたら…琳宇で何かあったのでしょうか。背後から斬りつけられるような、何かが…」
二年前、泰王崩御の知らせを持ってきた使者はついに見つからなかった。
「これは主上に申し上げねばなるまいて」
一人が唸るように言うと、は頷いて立ち上がる。
「私が申し上げて参ります」
「うん、頼んだ。我々が行くよりも戴の事情に明るい者のほうが良いだろう」
しっかりとした足取りで冬官府を退出する。
王に取り次ぎを依頼して呼ばれるのを待った。
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