ドリーム小説




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赤灑灑


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やがて大行人に連れられて入ってきて官を、は知らなかった。

戴からの官は額(ぬか)ずいて形式的な挨拶から始まる。

やがて段上の王から許可がでて顔を上げる。

そして開かれた口からは信じられない言が出された。

「泰王、崩御にございます」

驚いて勅使を凝視する

ざわりと音の立つ周辺の音を、すでにの耳は捕らえていない。

即位したばかりの、輝かしい絵が脳裏に現れてすぐ、自失してしまった。





























は大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫です。ただ精神的な衝撃が大きかったのでしょう。だから台輔、お静かに願いますよ」

「まあ、それじゃあたしが騒がしいみたいじゃない」

軽い笑い声が聞こえてきて、は瞳をこじ開けた。

二人の女官に囲まれた梨雪がそこには見えており、に気が付いて顔を近づける。

「ああ、。大丈夫?」

「台輔…」

そのままで辺りを見回す。

ついと頬を伝った自らの涙にも気が付かず、体を起こして言った。

「ご迷惑をおかけ致しました。不覚にも…私は…」

せり上がってきたもので、その後が出てこない。

それでようやく自分が泣いていることに気が付く。

それでもは振り絞るようにして声を出す。

「何が…何があったのでしょう…戴で何が起きれば…王が亡くなる事態が起きるのでしょうか…まだ、登極して一年も経っておりません…」

、今確認しているの。主上が確認しているのよ」

「確認も何も…」

「確認しなくてはならない事なの。これ以上はあたしから何も言えないわ。主上がお止めになっているから。に聞く精神的な余裕が出来たら、主上が直接お話下さるって」

「主上は今…?」

「今はって…今、聞くことが出来るの?」

「ええ、台輔。もう自失したり致しません。お願いです、台輔。知っている事があれば、教えて頂きたいのです。泰王は元々禁軍の将でありました。泰台輔はまだ年端もゆかぬ御年。一年足らずで失道するには早すぎ、何かが起こったとしか考えられません」

…分かったわ。主上はきっとすぐにお会いになられるわ。あたし、先に教えてくるわね。天官を迎えに寄越すから、少し待ってて」

そう言うと踵を返す梨雪。

女官に支えられながら、は床に足を降ろす。

体に異常はない。

簡単に身を整えて扉に向かう。

しっかりとした足取りで、廊回(ろうか)に出た

すぐにやってきた天官の案内で、王の自室へ向かった。



























中では藍滌が物静かに待っていた。

じっとの様子を窺っている。

すでに紅杜鵑(こうとけん)も、翠翹(すいぎょう)も、紫綺(しき)も身につけていない。

「主上、見苦しい所を…申し訳ございません」

ただ頷いただけで答えとした藍滌は、椅子を指さしてに目を向ける。

卓子を挟んで体面に座った王に、少し緊張が走る。

「ずっとの作品を身につけておりたかったが、不謹慎になってはいけない。簡素なものに代えさせてもらったよ」

その言葉に胸を掴まれたような心境になった。

「不謹慎…とは…」

尋ねる声は震えている。

だがしっかりと王を見据え、その返答を待った。

「分からぬ。ただ、希望を捨ててはいけない」

「希望を…?」

次の麒麟がすでに誕生しつつあるのか、それともただの励ましだろうか。

「白雉はまだ落ちておらぬ」

「白雉…が?」

こくりと頷かれた相貌を、凝視するかのようなの瞳。

「白雉が落ちれば、鳳が鳴く。じゃが我が国の鳳は鳴いておらぬ。大宗伯にも確認したが、やはり鳴いた形跡がない。つまり、戴には何も起こっていないことになろうか」

「ですが勅使が…」

「あれも本当に勅使だったのか。王亡き後、勅使と言ってしまっても良いのかどうか…それにあれは怪しいのう」

「怪しいのでしょうか?」

「そもそも王が崩御した事など、勅使が伝えずとも鳳が知らせてくれる」

「で、では泰王は…」

「亡くなってはおられぬ。鳳が鳴かぬ以上、泰王はご無事じゃ」

そう言った藍滌の目前で、静かに涙を流すの姿があった。

立ち上がった藍滌はの側に寄り、そっと涙を拭って頭を撫でる。

掌(てのひら)の温もりが伝わってくると、涙が止まらなくなってしまった。

「も、申し訳…ございま、せん…」

よい、とだけ言った藍滌はそのままをそっと抱き寄せる。

あやすように背を叩き、頭を撫で続けた。

「質(たち)の悪い悪戯やもしれぬ。今は勅使と名乗った者を追っている。もう一度、泰王崩御を記した書状を確認するためじゃが」

「ありがとうございます、主上」

はなんとかそれだけを絞り出すと、再び涙の中に埋もれていった。


























それから二年。

は依然と変わらず冬官にいた。

が藍滌のために考案した装飾品も随分と増えた。

戴から来た勅使の事も、時の流れと供に風化しようとしている。

それと同時に、追った勅使が見つからなかった事も、次第に忘れられていった。

範は何事もなかったかのように毎日が過ぎている。

ただ時折戴の噂を運んで来ては、を苦しめていた。

王が亡くなったと言った使者が来てから、泰王の話は聞かなくなった。

それどころか宰輔までもが、行方知れずといった噂まである。

しかしそれを確認する術をは持っていない。

こっそり戴の大司空宛てに青鳥を飛ばした事もあったが、返事はなかった。

よほどのことがあって返事がないのか、それとも変わらずいるから返事がないのか、他に返事を送れない事情があるのか、それすら掴めずにいたのだった。



































「お〜い、。ちょっと来てくれ!」

「はい!すぐ行きます!」

呼ばれたが駆けるようにして行くと、数名が何かを囲んで見ている。

「どうしたんですか?」

「これを見てくれ」

黒銀がちらりと見えた。

覗くようにして見ると、それが帯飾りだと分かる。

金具の疾走する馬は見事なものだった。

しかし帯飾りであるのなら、帯の形を形成していなければならないはずだが、そこに見えている革は途中からがない。

「銀が燻されておりますね。ここで作られたものでしょうか」

「そうだ。だがこれは…」

気遣うような視線が、一斉にに集まった。

しかしはそれに気付かぬのか、そのまま帯を眺めて言った。

「途中で断ち切られておりますね。それにこの暗赤色の染みは…」

、それは…その帯は…」

「え?」

緊迫したような声に見上げたは、周りを囲んだ面々を何事かと見回した。

「どうしたのですか?」

「い、いや…その…」

「これは何なのです?」

「これは恐らく戴の…」

「え?」

二年前、泰王崩御の知らせに、が倒れた事を全員が知っている。

それを瞬時に悟った

しかしぐるりと一同を見回してから言う。

「大丈夫です。それよりも続きを聞かせて下さい。戴の、何なのですか?」

戸惑ったような空気が流れたが、一人がようやく口を開いた。

「泰王即位の慶賀に、主上からお達しがあって作ったものだ」

「…。では、これは泰王がお持ちだったものですか?」

「恐らくは…。見つけた者がここで作られた物だと察し、先程届けてきた」

それを受けて、は顔を帯に戻す。

手にとって詳しく観察し、そっと元の位置に戻すと言った。

「これは、やはり血でしょうか…」

「…」

答えない冬官を無視して、置いた帯の端に指をあててなぞる。

「それに、刃物で切られておりますね。この角度では…」

は瞳を閉じて考える。

帯を付けた自分を想像し、斬られる事を想像する。

「近付いてくる影、どこから?」

そう呟くと瞳を開け、確認するように問いかける。

「背後から、でしょうか」

真剣な眼差しで一同を見るに、一人が帯を手にとって見た。

「間違いないだろう」

「これは戴のどこから来たものですか?」

「近頃途切れがちだった、琳宇からの荷にあった」

「琳宇…では函養山ですね」

「そうなのか?」

「はい。他には考えられません」

…」

背後から心配そうな声が聞こえたが、は振り返らずに強く言った。

「大丈夫です。もう一度見せて頂けますか」

帯を手に取った者から、再び受け取って裏返す。

そこにも血痕を見つけ、さらに注意深く表を見た。

「表にも裏にも血痕が…これを泰王が身につけていたのだとしたら…琳宇で何かあったのでしょうか。背後から斬りつけられるような、何かが…」

二年前、泰王崩御の知らせを持ってきた使者はついに見つからなかった。

「これは主上に申し上げねばなるまいて」

一人が唸るように言うと、は頷いて立ち上がる。

「私が申し上げて参ります」

「うん、頼んだ。我々が行くよりも戴の事情に明るい者のほうが良いだろう」

しっかりとした足取りで冬官府を退出する

王に取り次ぎを依頼して呼ばれるのを待った。



続く






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