ドリーム小説




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海客と海客 〜先輩〜


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翌朝、いつもよりも過敏になっていたのか、暁鐘の音で目覚める。

すでに冬のまっただ中、床には冷気が沈着しており、身震いするほどの寒さだった。

しかし素早く身支度を整えたは、すぐに居院を出て朝堂へと向かう。

朝堂にはまだ誰も来ていない。

もちろん偃松(えんしょう)の姿もなく、は緊張した面持ちで、固まったように立っている。

そうして待つ事しばし。

初めにその場へやってきたのは、いつか朱衡宅の庭院で出会った男だった。

「あ……、帷……太宰。いつかはとんだご無礼を」

「?」

帷湍は不思議そうな顔をしたが、すぐに破顔して頷く。

「ああ、いつぞやの。史官になったとは聞いていたが」

「はい。おかげさまでなんとか。あの時は太宰だと知らず、本当に失礼致しました」

「いやいや。事情は聞いている。難儀だったな」

「いえ、朱……大宗伯がよくして下さいましたから」

がそう言ったところで、違う男が入ってきた。

それを合図に、互いが口を閉ざす。

身成からすると、帷湍や朱衡と似たような印象を受けた

六官長の一人だろうと目算を付けていると、また違う男が入ってくる。

それからは次々と人が増え、偃松(えんしょう)も両手に紙を抱えて入ってくる。

を誘導し、先に移動を始めた二人。

朝堂を一瞥したが、その時朱衡はまだ来ていなかった。

全員が揃った合図なのか、遠く鐘の音が聞こえる。

これで移動が開始されると説明してくれたのは、すでに待機している隣の偃松(えんしょう)だった。もうじき朱衡がここへやってくる。そう思った直後、ふと視線が前へ注がれた。その時になって、はようやく六太の存在を思い出した。

堂室の前方は段上になっており、大きく豪奢な椅子が置かれている。

あそこに王が座るのだろうと考えて、宰輔の存在を思い出したのだった。

そう考えながらしばらく待つと、王が段上に現れ、六太が横に立つ。

初めて見る王は、と同じ海客だとは到底思えなかった。

それは六太も同じである。

生まれた時からこちらで育った人間だとしか思えない。

何の違和感もなく、風景のように存在する。

それは五百年を生きてきたせいだろうか。

六太に関してだけ言えば、その髪の色からしておかしい。

五百年前の日本で、こんな髪の人間がいたのなら異質で疎まれたかもしれない。

『だから万引きなんかしたのかしら。昔の恨みをはらすため?』

そう思って凝視していたせいか、ふと六太の視線がに向けられた。

ぎょっとしたのが遠目にも分かった。

それににこりと微笑むと視線を逸らし、紙に向かって記録の体勢を取る。

六太に対して、恨む気持ちは生まれなかった。

ただ驚いたような動作が少しおかしく思ったに過ぎない。

これほど心境に変化が現れると、自分でも少し不思議に思う。

だが、いつまでも恨んで何になるだろう。

この国に仕えると決めたのだから、もう忘れるべきだ。

始まった朝議を書き綴(つづ)りながら、はそう思った。





























朝議も無事に終わり、すべてを書き付けた紙を持って春官府へ向かう

これからそれを纏めて、偃松(えんしょう)のとったものと摺り合わせる。

間違いが少なければ、次からは一人になるとのことだった。

そしてそれを纏め、大宗伯……朱衡へ提出しなければならない。

久しぶりに話が出来るだろうかと考えると、一刻も早く会いたい気持ちに駆られた。

しかしまだ書くことが完全ではないは、苦労しながらの作業となった。

議録を書き付けた紙は日本語も多く含まれ、それらをこちらの言葉に直していかねばならない。

なかなか思うように纏まらない紙を見ながら、頭を抱えこんでしまった。

小さく呻いていると、内史の山岡がやってきて手伝ってくれる。

「……これは日本語かな?俺は小さい頃からこっちにいるから、逆に日本の文字をあんまり知らないな」

少し寂しそうにそう言った山岡。

しかし気を取り直したのか、に意味を問うとすぐ文字に直してくれた。

「この場合は、こう書いた方が分かりやすい」

そう言いながら教えてくれる。

文字が分からなくとも、口答で理解することが出来る。

山岡の存在に感謝しない訳にはいかなかった。

苦労しながら書き上げ、それが終わったのは夕刻を過ぎた頃である。

急いで持っていかなければ、朱衡は帰ってしまうかもしれない。

まだ一緒にいた頃、これくらいの刻限には帰ってきたのだから。

































朱衡が政務を執っている房室に入ると、多くの書面に囲まれた姿が中心にあった。

周りには誰もいない。

「お疲れ様ですね、。苦労したでしょう」

「いえ。内史が手伝ってくれましたから。もしあの方が海客ではなかったら、未だ格闘中でしょう」

「史官の仕事には慣れましたか?」

「まだ全てを理解している訳ではございませんが、とりあえず今のところはなんとか」

「次回の朝議には?」

「内史が許可を下さいまして……。次回からは私一人で向かう予定でございます」

そう答えたに、朱衡は一度会話の律動(りつどう)を切った。

一間置いて、口を開く。

「なんだか別人のようですね」

「そうでしょうか?」

言葉使いが変われば、受ける印象も変わる。

「前のままでよいのですよ」

しかしここは春官府の中である。

加えて朱衡とは久しぶりに話をする。

それでどうにも崩す事が出来なかった。

すでには何も知らなかった海客ではない。

自分と朱衡の間に、大きな隔たりがあると理解した官吏であった。

「誰か他の方に聞かれると、あまり印象が良くありません。大宗伯とお話させて頂いているのですから、適切な言葉かと思われます」

丁寧な口調は、二人の間に距離を作る。

ふっと小さく吐いた朱衡の息は、それを貫き通そうとするへの諦めだろうか。

「内史とは上手くいっておりますか?」

「いつも迷惑ばかりかけております。気を遣って煎茶……蓬莱にもあるものを出して下さるのですが……」

はそう言うと、少しの間黙った。

何だろうかと待つ朱衡の方を向かず、顔を俯けて続きを言う。

「青茶が時に……懐かしくもあります」

「では、飲みに来ますか?」

「え……」

驚いたをよそに、朱衡は微笑んで言う。

「少しお待ち願えますか」

「あ……はい」

笑んだ朱衡の顔が、懐かしくもあり、眩しくもあった。

に座って待つように言うと、両脇を書類で固められた朱衡は、処理を進めようとに手を動かしていく。

言われるまま、椅子に腰を下ろした

しかし身を乗り出して朱衡に声をかける。

「何か手伝える事があれば申しつけて下さいね」

身を乗り出したのは、朱衡が書類に囲まれて見えなかったからだ。

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、すぐに終わりますから」

そう言って、本当にすぐ終えた朱衡。

参りましょうとと促し、春官府を退出した。



続く






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