ドリーム小説




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海客と海客 〜先輩〜


=17=




ほろ酔い加減で外朝へ戻ってきた二人。

それぞれの帰途へつくために途中で別れた。

一人になると、山岡の存在は瞬く間に消えていく。

変わりに朱衡が脳裏に現れて、に語りかけるようだった。

しかし朱衡が外朝に現れるはずもない。

それが何故か寂しい気がして、少し酔いが醒めたように感じた。

「五百年……か……」

それだけの間生きて来たのなら、過去に一度ぐらい野合していてもおかしくない。

ひょっとしたら、頻繁にしていたのかも。

「いいえ……野合だけじゃないわ……婚姻していても、なんら不思議はない」

相手が官吏ではないとすれば、子を望み、婚姻することもあった……かもしれない。

どのような女性とともに過ごしてきたのだろうか。

やはり、頭の良い人物であろうか。

朱衡が選ぶのなら、きっと美人に違いない。

それを想像すると、何やら消化しきれぬ感情を覚えた。

ふと足を止めた

首を傾げて一人呟く。

「ああ、そうか……私は……」

朱衡が好きだと、はっきり認識したのはこの瞬間だった。

どうして一緒に居る間に気が付かなかったのだろう。

今にして思えば、あの時からすでに好きだったのではないだろうか。

「でも、あの時は……」

むしろ好きになってはいけないと、何かが警告していたように感じる。

迷惑をかけないため、情けをかけさせないため……。

考えすぎて身動きが取れなかった。

それが唯一素直に現れたのは、高熱に浮かされていたあの時見た夢ではなかろうか。

あの夢は、まさにそれを表していたではないか。

「半年もかかったのね」

出会ってから好きだと気付くまで、半年もかけてしまった。

しかし気付いたからと言って、自らの状況が変わる訳ではない。

むしろ離れてしまった今となっては、動きに制限が出来てしまった。

「今更気付くなんて……」

深夜の外朝。

それに答える声はどこからもなかった。

























いつしか季節は春を迎え、日増しに過ごしやすくなっている。

人一倍書くことに専念してきたは、随分と文字を覚えた。

夏が近付き、史官の仕事にも慣れ、ようやく人並みに出来るようになった頃、移動を言い渡された。

「寂しくなるな」

そう言ったのは同じ海客である山岡。

隣でより長く務める史官、偃松(えんしょう)が同意するかのように頷いている。

「蓬莱の話に花を咲かせる者がいなくなるんだな」

「内史、それでは今生の別れのようですよ。移動と言っても春官内の事でしょう?」

「所属は春官でも、今後は春官府での債務ではない。内宮へ行く事になるんだ」

「え?そうなんですか?」

「そうなんですよ、くん」

内史がと同じ出身であることは、ここでは全員が知っている事だった。

しかし他に人がいる場合、同級生といえども位が違う。

おいそれと気安く言葉を崩すことはなかった。

朱衡と話す時がそうであるように。

この程度の軽口はあったが、崩しすぎる事はない。

今ここにはもう一人、とは別の史官がいる。

その偃松(えんしょう)もまた、二人のやりとりを聞いて口を開く。

「梧桐宮(ごどうきゅう)は西宮ですよ。内宮の西宮。確かに春官の管轄ではありますが、許可のない者がおいそれと足を踏み入れることの出来ない所です」

「どうしてそんな所に私のような者が配属されるのです?」

偃松は困ったような顔で答えた。

「それは大宗伯にでも聞いてみないことには……わたしなどでは分かるはずもない事です」

「そ、そうですか。ひょっとして、春官府には立ち入り禁止になってしまうんでしょうか?」

「いやいや、それはないですよ。春官なのだし、用事があればいつでも来ればいい。特に禁止している場所など、各官府でもないだろうし」

「それを聞いて安心致しました。では煎茶が恋しくなったら、お邪魔しに来ますね」

「そうか、では……手伝ってもらいましょうか。議録の作成を」

「もちろん、手伝いますよ。その代わり、おいしい茶菓子も付けて下さいね」

同僚である史官にそう言ってが笑ったところに、山岡が笑いながら偃松(えんしょう)に言った。

「言っただろう?餌付けしていれば良いことがあるって」

「まあ、餌付けですって?酷い!」

笑いあう三人の官吏。

いつの間にか馴染んでしまったその風景に別れを告げて、新たな場所へと向かった。































途中まで迎えに来た大卜に連れられ、西宮に向かった

大卜は字を翫習(がんしゅう)と言った。

翫習から薄緑の袍を受け取って説明を受ける。

麹塵の袍と言う。

内宮に入ることの出来る者は限られているが、門衛等に顔を覚えてもらうまでは、これを着て梧桐宮に詰める官だと示さねばならない。

すぐに覚えてくれるだろうと言って笑った大卜は、柔和で恰幅のいい男だった。

霊鳥を見て回り、どのような世話をするのかを聞いてその日を終えた。

























それから数日後。

梧桐宮から退出し、内宮の走廊を歩いていた

密かに動くような影を見つけ、足を止めて目を細めた。

その人影が何かも判らないまま、は足音を忍ばせて近寄った。

物陰に入り込み、様子を窺う。

「はあ……」

大きな溜息をついた何者かは、物陰に入り込んだとは逆に姿を現す。

「もう、やだ……」

そう言いながら、疲れた表情で庭院へ向かったのは、紛れもなく宰輔である。

内宮にいるのだから、遭遇する事があってもおかしくないのだが……





「逃げちゃおうかな、いっそ……」

ぐっと伸びをする六太。

物陰からが現れて、その腕を掴んだ。

「あ……」

呟いたのは二人ともほぼ同時で、六太は驚いた表情でを見た。

「な、なにしてんだよ、こんな所で」

「ああ、逃げるんじゃないかと思ったわ。これは失礼致しました」

丁寧に言って頭を下げるが、その手は掴まれたままだった。

「台輔こそ、こんな所で何をしていたのですか?まさかまた蓬莱へ行くおつもりですか?今この瞬間でしたら、今度こそ蝕が起きたかもしれませんわね」

「おれ一人なら……大丈夫なんだ」

「ですから、この瞬間と申し上げましたでしょう?今は私の手が、台輔の腕を捕まえている。あの時のように、偶然強風を起こし、蓬莱へ連れ戻してくれるのを期待して持っているのかもしれませんよ」

「!……。」

黙ったまま俯いてしまった六太に、は軽く吹き出して腕を解放した。

「冗談ですよ、台輔。それより、何が嫌なのですか?」

「ああ、それは……え〜っと……何がって言われても、あれだよ……」

「まさか、州侯としての務めがお嫌なのですか?それとも宰輔としてのお勤めが?」

「えっと……それは……」

「伺っておりますよ、色々と。では台輔、良いことをお教えしましょう」

「良いこと?」

「はい。私は移動がございまして、この度梧桐宮に配属されました。ですから、もう史官ではありません。よって明日も明後日も、朝議の議録をとらなくなりました」

「え?本当か?」

「はい。ですから、気を遣って出席なさる必要はありません。もちろん、気を遣わずとも出席なさるのが当たり前ですが」

少なくとも、とは続ける。

「私の顔を見て、ひやひやする事はなくなりますよ」

「そ、そんなつもりは……」

慌てて顔を背けた六太に、ころころと笑っては言う。

「では本当に良いことをお教えしましょう。台輔、私はもう何も気にしておりません。大宗伯も良くして下さいますし、思った程生活が困難でもないし。両親や友人は気になる所ですが、今更戻っても驚かれるだけでしょう。この国のことを言っても信じてくれないだろうし……」

「本当に?もう……平気か?」

「ええ。周りが思っているよりはずっと平気だと思いますよ。いつからかと問われると困りますけど」

それに、とは続ける。

「こちらに来て、台輔が何故筆ペンを持って行きたかったのか、よく分かりました。本当に、墨を刷るのって、腕が疲れて面倒な作業ですよね。今台輔が蓬莱へ渡られるのでしたら、良い方法を教えますから、私の分の筆ペンを頼みたいぐらいです」

情けなさそうな声を出すに、六太は少し警戒しながら笑った。

(万引きを怒った人物から、何を教えられるって?そもそもこいつは朱衡に庇護されていたんだから……。それだけで要注意だと言う気がするぞ。迂闊に何かを言うには、まだ知らない事も多いし……)

「しかしそれにしても……」

そう言いながらは月を仰いで溜息を落とす。

自ら和ませた空気を打ち崩すかのような、そんな溜息を。

「五百年も宰輔でいながら、未だに政務がお嫌いとは……困ったものですねえ」

(きたっ)

大仰に溜息をついた

(この横顔がどことなく朱衡に似ているように見えるのは気のせいだろうか)

「一体何が嫌なのです?奏上ですか?采配ですか?それとも椅子にじっと座っていることですか?」

「……全部」

「全部!全部と申されましたか?……それはまた難儀な」

「い、言っとくけど、これはおれだけじゃねーからな。尚隆だってそうゆーのは嫌いなんだ」

「主上のご気性と台輔の所業は関係ないことです」

ぴしゃりと言い切ったに、六太は閉口した。

何も言い返す事が出来ない様子の六太に、は優しく微笑みかける。

「こんな所でじっとしていては体が冷えてしまいますよ。春になったとは言え、まだ明晩は肌寒い季節なのですから」

はそう言うと六太の腕を掴む。

ぎょっとした六太を無視して、内宮へと戻ろうと足を踏み出す。

先日聞いたばかりの宮道を辿りながら、六太が逃げてきたと思われる場所まで送り届けると、微笑みを一つ残して退出していった。



続く






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