ドリーム小説




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海客と海客 〜先輩〜


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どこか清々しい面持ちで宮道を歩いていると、背後から呼び止める声。

はっと立ち止まり、自然と笑顔になるのは自覚があった。

「大宗伯」

振り返ったを、朱衡が笑顔で迎えた。

「拝見しておりましたよ。やはりわたしが見込んだだけはありますね」

何の事だろうかと首を傾げた

しかしさきほどの一部始終を見ていたのだと瞬時に悟った。

口元に手を当てたは、恥ずかしげに面伏せる。

「とんだところを……」

「内宮に配属した時、こういった事も視野には入れていたのですが……まさかこんなに早く期待に応えてくれるとは。なかなかそこまでは出来ないものですからね」

「お……お恥ずかしい」

「恥じることなどございませんよ。台輔が萎縮(いしゅく)されるのは、貴女の立場に立てば些細な事。それを利用してほしいとは、勝手なこちらの願いですから」

そんなことまで考えていたのかと少し驚いたが、ちらりと覗くように朱衡を見て言った。

「利用……してしまいました。……あまりにも目に余りますからね」

「そうですね。それと戦って早五百年が過ぎようとしておりますが……それでも終着点はないのですから困ったものです」

「五百……本当に」

困った顔を作った朱衡に、は顔を上げ、思い切ったように言う。

「大宗伯、これは私が海客だからこんな事を言うのかもしれませんが、皆は少し台輔に甘いのではございませんか?いくら神獣だからと言って、御年五百を過ぎようかというお方の取る行動ではありませんよ。今後、改善がみられないとあれば、例え台輔と言えど、厳重に罰するべきだと思うのです。特に今は周辺の国が落ち着かない時。こんな時だからこそ、しっかりとして頂かねばなりませんよ」

強くそう言い切った後、まだ内宮にいることを思い出したのか、はっと口を噤んで下を向いた。

ややしてちらりと朱衡を見ると、小さな声で付け加える。

「そう、思うのですが……」

「何故そこまで思うのですか?天官や州府の者は切に思っている事でしょうが、史官ではさほど関係もなく、ましてや梧桐宮の債務では台輔の所業など無関係でしょうに」

確かに朱衡の言うとおりだった。

この国で生まれ育ってきた者なら、自国の憂いを我がものとするだろう。

しかしはまだこちらへ来て浅い。

そこまでの思いが芽生えるには、まだ時間がかかるのだと思っていた。

「それは……大宗伯が……」

後半は口中で呟かれ、朱衡の耳に到達することはなかった。

「いえ、出過ぎた事を申しました」

はそう言うと、その場から逃げるようにして去る。

「わたしも常々そう思ってはいるのですが……」

が去ってから、朱衡はそう言うと大きな溜息を吐きだした。

しかし将来的にが有望であることが垣間見えた。

それだけでも良しとしようと、大きく頷いてその場を去っていった。






































朱衡が困っているのを見ている。

だからは台輔に対して腹立たしいと思う。

朱衡を困らせる者は台輔であり、王である。

しかし王は面識が薄い。

対して六太の方はこうして遭遇することがある。

そうなると自然、六太を責める方に傾倒していく。

それに初めの出会いからして、六太は分が悪い。

ゆえに威勢良く返す事が出来ないようだった。

まだ史官の頃、朝議で王がいないのに驚いた事があった。

それもが議録を執り始めて三回目ではなかっただろうか。

これでは進まないだろうと思っていると、朱衡を始めとする六官長は何事もなかったように、淡々と議題を進めていった。

しかし王の決裁を仰がねばならない事も多い。

その度に議題が止まるのだ。

加えて王や宰輔が逃げ隠れしている間の仕事が、朱衡らに廻ってくるような印象を持っていた。

それが今まで続いて五百年。

通常の事例や、他国の事は詳しくないが、この国は王や宰輔よりも、官吏全体がしっかりしているのではないだろうか。

国中から精鋭が集まってくる。

そんな印象もあった。

ゆえにも気を抜けない。

常に知識を掘り下げてゆかねば、この国で生まれて国府を目指している者に申し訳ない気がしていた。

「私はとても運がよかったんだわ」

一人そう呟くの元に、ふわりとした夏風が通りすぎていった。

















































がこの国へ来て、七年が経とうとしていた。

その間、さまざまな所に移動があった。

今では御史として再び内史府へ戻っている。

位だけを見ると、上下を繰り返している。

一番始めに位が下がった時、普通は下がらないものだと、同情した山岡から聞いたが、あまり頓着なく受け入れた。

特に嫌な事もなかったし、それなりに内容も覚えた。

そうやって移動を続けていたため、春官の中を一巡したのではないだろうか。

「御史!」

内史府へ向かっていたは呼び止められて足を止めた。

背後から史官の一人が早足で近寄ってくる。

この史官はや偃松(えんしょう)のように国官ではなく、山岡が個人的に雇った府史である。

今、内史府は全体的に人手が足りない。

大学から新たに登用する者を、今か今かと待っている状態だった。

近頃、国官ではない史官が増えたな、とそう考えながら目前まで来た史官を見る。

「ああ、よかった。さきほどから探し回っていたのです」

そう言うと、史官は息を整えるために大きく呼吸した。

「内史がお呼びでございます。なんでも緊急とかで」

「緊急?分かりました。すぐに伺います」

内史府へ着くと、足早に山岡の元へと向かう。

用件を告げた史官も後ろから着いてくる。

何事だろうかと扉を開き、山岡がいるのを見つけて軽く礼をする。

手に持っていた書面と荷物を、右端にある卓子の上に置いて、山岡の座る中央にある卓子の前に立った。

「内史、お呼びでしょうか」

卓子の上で書面を広げていた山岡が顔を上げる。

その横には偃松(えんしょう)もおり、が入って来たのを見ていた二人は、同時に一つ頷いた。

「昨夜、大宗伯に呼ばれた」

「な、何事かあったのですか……?」

そう問いかけるをちらりと見た山岡は、広げてあった書面に目を落とす。

「以降、大宗伯が申された言葉だ。岡亮(こうりょう)、を内史府から引き上げたら、あなたは困りますか」

「……え?」

訝しげな表情で山岡を見るも、当の本人は書面から目を上げない。

「おめでとう」

山岡はそう言って、ようやく顔を上げた。

偃松もそれに続いて言う。

「上へ行ったり下へ行ったり。春官の中とは言え、これだけ転々とした者は少ない。適所が分からず、六官を転々とする者は過去にもおりましたが、そういった者は一年続かないもの。同一府の中で移動を繰り返していた理由が、ようやく分かった気がします」

「ど、どういう……」

意味なのかと問いたかったが、遮るようにして山岡が口を開く。

「明日から、小宗伯の任に就く。しっかりとな」

「小……宗伯?」

「大宗伯の補佐、しっかりと頼みましたよ」

偃松(えんしょう)までもがそう言う。

「ど、どうしてそんな話が?」

「俺が思うに」

山岡は卓子の肘をついて手を組み合わせ、その上に顎を軽く置いて語る。

「始めからそのつもりであったと読んでいる思う。読み書きを覚えるためには、必要に迫られる史官は適所だ。梧桐宮(ごどうきゅう)は内宮を把握するのに加え、内宮に詰める者に顔を覚えさせるため。その他にも春官の中を一周すれば、知識は自然と深まっていく。大宗伯が何を見ているのか、何を考えねばならないのか、それを見せたかったんじゃないか。あまり急激に上位に行くと、妬(ねた)みや嫉(そね)みもあるだろう」

唖然と山岡を見るに、偃松は軽く笑って言った。

「内史の仰る通りですよ。小宗伯は数年前に辞去された方を最後に、空席となっていたのです。誰がそこに入るのかと思っておりましたが……。まさに、春官を纏めるべく大役ですね」

「纏めるって……それは大宗伯が」

「大宗伯は春官だけを見ている訳ではない。ここだけの話、主上に振り回されることも仕事の内だと聞いた。だから大宗伯がおらずとも、春官府を纏める事が出来る者が必要となる」

「そんな大役……私にはとても」

「無理だと言っても、もう遅い。決まってしまった事だから、一度はその任に就かねば」

どこか突き放すような言い方に、は何も返すことが出来なかった。

常に下にいた者が、いきなりの抜擢で浮上してきた。

それは気持ちの良いものではないだろう。

山岡がそうだとは言わないが、誰もがちらりと考えそうな事だ。

しかし朱衡と近付くのではないかと考えると、少し嬉しいような気もした。

これで責任が重くなければ、手放しで喜んだものを……。

「では内史。明日から上位に行ってしまうを、今日中にこき使っておきますか」

「ああ、それは良い考えだな」

ぎくりとした表情で二人を見る

それに吹き出したのは山岡も偃松も同時であった。

「まだ慣れないのか。こんな冗談を言えるのも今日が最後なんだから、乗ってくれてもいいだろうに。まあ、無理だったらいつでも内史府に戻ってくればいい」

くくっと笑いながら言う山岡に、偃松もさかんに頷いている。

「偃松……内史の悪い癖が移りましたね」

恨めしそうに偃松を見ると、また吹き出す姿が映る。

「もう、酷いわ二人とも!……でも、変わらないでいて下さいね。何処に行っても私は私ですから、また煎茶を飲みに来ますからね」

「茶菓子を食べに、ではなくて?」

もう、と頬を膨らますを見て、また笑った二人。

もついには吹き出してしまった。



続く






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