ドリーム小説
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海客と海客 〜先輩〜 =21= 横流郷(おうりゅうごう)からの知らせは、実際には州城から放たれたものだった。
州でも補いきれないほど、被害が大きいのだろう。
内殿に向かいながら、はそう考えて朱衡に声をかけた。
「大宗伯、沛乎島(はいことう)について私は詳しくないのですが、大きな島なのですか?」
「大きい、とは言えないでしょうね。ですが人は住んでいます。北東に里が一、それだけですが、蝕がどこを襲ったのか知る必要がありますね」
北方に抜けたとされる蝕。
北東にある里。
不安を抱え込んだように、は胸元に手を当てた。
握り込んだ拳が、真っ白になっているのに気付かず口を開いた。
「無事だといいのですが……」
ただ無言で頷く朱衡と内殿へと入っていった。
「失礼致します」
二人がそう言って入室した時、王は真面目に債務をこなしていた。
両脇には天官と夏官が見守るように……いや、見張るようにして立っている。
これらの人材は、が太宰、大司馬に請うて配置したものだった。
卓子を叩いた直後、これを指示した。
次の祭祀までは、絶対に逃がさないつもりである。
朱衡が進む一歩後ろから、も従う。
朱衡が卓子の前につくと、王は手を止めて顔を上げた。
何事かを瞬時に読みとったのか、小さく頷くと聞く体勢を整えたようだ。
書面を広げて現状を報告する朱衡の後ろ姿を見ながら、詳細に耳を傾けた。
すぐに現状を把握できるほど小さな被害ではないようだった。
その影響か、沛乎島(はいことう)まで調査出来ないとある。
「そうか。では慶の被害はまだ分からぬか」
説明を受けた王が、ちらりとを見た。
「凰をご用意致しましょうか?ついでに沛乎島への手配も」
問うに、ただ頷く王の顔が映る。
では、と短くいってその場を退出した。
そのまま夏官府へ向かい、沛乎島への調査を依頼する。
今も続いているであろう話の詳細は、後に朱衡から聞けるだろう。
慶からの返事には二日を要した。
調べたところ、被害はさほどでもない、自国で対処出来るとの事だった。
それを追って三日後、横流郷(おうりゅうごう)からも返答があった。
こちらは被害が甚(はなは)だしい。
さらにその翌日には、沛乎島へ送った夏官が戻ってきた。
「沛乎島は……壊滅だったようですね。北東の里を蝕が直撃している。生存者は皆無。家畜すらも生き残れなかったと」
現状を持って朱衡が春官府へ戻ってきたのは、夕刻が過ぎて辺りが暗くなった頃だった。
蝕の影響か、戴の方から妖魔が流れて来たという報告もあったようだが、雁には近付くことなく退避している。
「そうですか……」
何か得体の知れない重いものがを覆った。
見知らぬ土地に住む、見知らぬ人々。
それでも誰も生き残らなかったと聞けば胸が痛い。
自らがこちらへ渡って来た時に、蝕が起きなくてよかったと今更ながらに思った。
自分のせいで人が死ぬ……その危険を孕んでいたのろうと考えていた。
「大宗伯」
暗い顔を隠すようには顔を上げる。
笑うでもなかったが、努めて明るい声を出して朱衡に言った。
「お疲れのようですね。もう、お帰りになってはいかがですか?後の事は私がやっておきますから」
「いえ、大丈夫ですよ。次の祭祀も近いことですし、も何かと忙しいでしょう」
祭祀に関しては朱衡から引継を受け、今は全てが采配している。
「私はさほど……」
「貴女はいつもわたしを気遣ってくれますね。しかし貴女に無理をさせてまで、楽になりたいとはどうしても思えないんですよ」
「それは……」
少し頬が赤いようにも思う。
それを隠すように書面に向かっているところに、来訪者があった。
「よう、二人とも」
「台輔……?」
「ちょっと緊急。内殿まで来てくれ」
六太は入口に立ったまま動かない。
少し背が高くなったように感じたは、目をしばたいて宰輔を見る。
よく見ると、背伸びをしているようである。
「わざわざお迎えに来て下さったのですか?」
朱衡がそう言うと、六太は背後を振り返る。
朱衡とに向き直り、溜息をつきながら言った。
「……いや。そこで掴まった」
物陰から礼をしたままの人物が現れる。
一人は六太の襟を掴んでいる。
もう一人はただ礼をして控えている。
も朱衡も、その双方に面識があった。
「岡亮(こうりょう)に翫習(がんしゅう)ではありませんか。これは変わった組み合わせですね」
岡亮は内史、翫習は大卜(だいぼく)である。
同じ春官とはいえ、春官府と内宮に勤める者同士、接点は薄い。
「偶然だったのです」
そう言ったのは大卜の翫習だった。
本当にと頷いたのは内史の山岡。
ちなみに六太の襟を掴んでいるのも山岡であった。
そのまま山岡が口を開く。
「いかにも不審でしたので……次の祭祀まであと幾日もありません。ここで逃げられたとあれば、大宗伯、小宗伯を始め、春官府がまた揺れる事になります。失礼を承知で捕まえさせて頂き、大宗伯の許へお連れしなければと思って移動をしていたところでした。そこへ大卜が駆け込んで参ったのです」
さらに翫習(がんしゅう)がそれを引き継いだ。
「横流郷から連絡があったのです。それで台輔にまずご報告致しました。これは我々だけで解決出来る事態ではないと判じたのです」
「そーゆう訳だから、朱衡もも来てくれ」
六太がそう言うと、山岡の手がようやく離れた。
立ち上がりながら、は問いかける。
「ちなみに台輔、何をなさっていたのですか?」
完全に山岡と翫習(がんしゅう)から聞こえない場所に移動してから、ようやく六太はその返答をした。
「……なんでもない。ちょっと散歩」
「散歩で不審な行動ですか。普段の行いが悪いから、些細な事でも不審がられるのです。少し自重なさいませ」
「……」
声を殺して笑っている朱衡を横目で盗み見ながら、六太は憮然として前に進んだ。
「他国の台輔だと?」
大卜が持ってきた横流郷からの知らせ。
その書面を広げ読み上げるのは朱衡であった。
太宰もその場におり、宰輔を含め五名が房室にはいた。
「そのように書いてありますね。年の頃は二十代半ばで女性。明るい金の髪をお持ちだそうでです。蝕によって海に流された人々を救済する……あるいは死体を回収していた船に拾われておりますね。まだ本人の意識がありませんから、どこの国に送り届けてよいものなのか分からないようです。出来れば他国へ確認して頂きたい、何か進展があればまた知らせると記されております」
朱衡が書面から顔を上げると、は首を傾げて言った。
「他国に確認するまでもなく、消去法で考えていけば分かりそうなものですが……。該当が二つ以上あれば、確認が必要ですが、これはそう言った問題でもないような気が致します」
最初に賛同し、頷いたのは王だった。
次いで六太も頷いて言う。
「芳と巧は空位になってまだ二十年も経過していない。慶、戴、恭、柳は麒だし、範、才の麒麟はどう見たって二十代じゃない。舜はどうだろうな。確実に外見だけ考えて可能性があるとすれば、漣か奏だが……ま、の言うとおり、そう言う問題じゃないんだろうけど」
「ええ。蝕に巻き込まれたとするのなら、漣や奏は遠すぎます。台輔が一人で他国をうろくつなど、本来ならないでしょうし」
はそう言うとちらりと六太を見た。
しかしそのまま続ける。
「そうなれば蝕でこちらに流された事になる。胎果である麒麟となれば、台輔以外には泰台輔だけのはず。消去法はこの時点で台輔ではないと指し示しているのです」
ただ、とはさらに続ける。
「芳の麒麟が蓬莱へ流されている可能性があることも聞いております。麒であるのか麟であるのか、それを確実に知る者は?もし卵果が蓬莱へ流され、その際女怪も一緒に流されたのなら、適当に言っているのかもしれませんよ。それに麒麟とは聡いものなのでしょう?それならば随分と大人びて見えるのかもしれません。所詮は人の目、確かな事は言えないのではございませんか?」
これに同意したのも、王が最初であった。
「の言う通りだ。しかし空位の国へ問いかけるのは、下手な猜疑心を煽ることになりかねない。これは麒麟だと確証を持ったのなら、まずは蓬山へ届けるのが筋だろうな」
ああ、そうか、と頷いたのは太宰だった。
朱衡が王とを見比べて口を開く。
「は麒麟ではないと考えているのですか?金の髪を持つのに?」
「はい。倭から流れて来た方だとすれば、ただの海客です。その方が、他国の麒麟であるよりも、可能性としては大きいでしょう」
「倭の方は皆、黒目黒髪だと聞いているが」
帷湍がそう言って口を挟む。
「基本的にはそうです。倭では親と似たような特徴を持って子が生まれます。ですが現在の倭は外交の非常に進んだ国です。金の髪を持つ種族との交流もあるのです。同じ人ですから、子を成すことも可能です。それ以外にも、今は簡単に染める事が出来ます。本来ならないはずの、赤にも金にも」
ただし、とは口を挟む。
「年齢が正しいとするなら、稀であることは否めません。元々黒が通常なのです。それを薄くして茶にするものは多いのですが、純然たる金にすれば相当目立ちます。それを好んで染める者はおりますが、社会がそれに肯定的とはいきませんので」
太宰が首を傾げてに問う。
「髪の色が社会の秩序に反する事なのか?」
「そうではありません。秩序の範疇ではないと言ったほうが正しいですね。社会の目、人の目を気にしない者なら、好きなように髪を染めるでしょう。ですが黒が当たり前の世界に、金の髪で現れたら、それが異常であることは嫌でも目に止まります。良かれ悪かれ、目立つことは避けられません」
「なるほど、蓬莱とは複雑なところなのだな」
「常識の違いだと思われます。学制一つとってもそうなのです。義務教育が九年ある。さらに余剰として三年が付加される。お話を伺った限り、景王や泰台輔はこの余剰で修学中だったのですね。しかしながら、この余剰分は義務教育ではありません。それでも殆どの者はここまで進みます」
「義務ではないのに、何故殆どの者は進むんだ?」
「それが常識として君臨しているからです。もちろん義務ではありませんから、そこから逸脱することは可能ですし、中にはそういった者もおります。そう言った常識に基づいて少し申し上げますと、二十代半ばであれば社会人です。仕事を持っているのが当たり前ですし、社会の一員として存在していると見なされます。その社会の中では、倭人であれば黒髪黒目が常識だと言うことですね」
ですから、とは続ける。
「今回の金の髪と言うのは、逸脱した例ではないか、と私は思うのです」
「他国の宰輔と考えるよりは、可能性が高そうだな」
王はそう言って少し考える風を見せた。
ややして再度口を開く。
「ともかくまだ昏倒しているようだから、目を覚ましたら郷長から問いかけるよう言っておけ。蝕があった以上、海客である可能性は高いが、まだそれも満足に確認していないのだろう」
頷いたのは朱衡もも同時だった。
采配の為に、春官の二人はその場を退出した。
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