ドリーム小説




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海客と海客 〜先輩〜


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数日後、横流郷(おうりゅうごう)から追加報告があった。

「女王だと?」

前回と同じ顔ぶれが夜の内殿に集まっている。

「横流郷からの書面には、そのように書いてあります」

朱衡がそう言うと、六太から質問が飛んだ。

「本人がそう言ったって事か?」

「ええ、倭から来たことと、女王であると言ったのはご本人のようですね」

それによって、横流郷長は混乱したと言う。

この国で育っているのだ、無理もないだろう。

金の髪であれば麒麟である。

それがこの世界の常識だ。

どんなに小さな子童(こども)でも知っている程の常識。

書面で違うかもしれないと簡素に説いたところで、その常識が根底にあるのだから納得しようがない。

ただの海客だと言って失礼をし、後々他国の宰輔であったらという危惧は、どうしても拭えなかったらしい。

そこに女王だと言われてしまえば混乱もするだろう。

だがとて混乱しそうだと思う。

金髪に染めた海客だと思っていたのに、そうではなく女王だと言う。

では倭人ではないのかもしれない。

「本人が女王だと言ったのなら、そうなんだろうが……」

どうにも腑に落ちない、と言った表情でそう唸ったのは太宰だった。

しかしそれはも同じように感じている。

「で、その後の経過はどうなんだ」

場の空気を読んでいなかったのか、尚隆が軽い口調で問いかける。

「まだ療養中だそうです。とにかく起き上がる程度には回復したようなので、郷長が話をしたのだとか」

「そうか。ではもう少し回復したら、小宗伯を派遣するのだな。ここで詮索しているよりも、その方が早いだろう。俺が行ってもいいが、ここから出させてはもらえぬだろう?」

「え……?」

驚いたのはだけではなかった。

帷湍や六太までもがそれに気付いていなかったのだ。

当の本人が驚いている状態では、仕方がないのかもしれないが。

「そりゃあ……そうだ。うん、それがいいだろう」

驚いたままの表情であったが、帷湍はそれに同意して頷いた。

六太も同意を見せ、朱衡だけは仕方なくと言った様子で口を開く。

「では次の祭祀が終わったらを向かわせましょう。これより三日、春官は忙しい時期ですから」

「あ……え、ええ。そうですね。祭祀が終わったら……横流郷へ参ります」































内殿を退出して春官府へ戻る道々、は違和感の正体を探していた。

王がを指定した時、誰もが驚いた顔をした。

しかしこれまでの話から考えてみれば、が向かうのが一番自然な流れである。

それが王以外の誰も気付かなかった事は不思議としか言い様がなかった。

「あの、大宗伯」

前を歩く朱衡に声をかける

もう春官府はすぐそこである。

「どうしたのです?」

立ち止まって振り返る朱衡を見て、も足を止めた。

「横流郷へは……どうやって行けばいいんでしょうか。やはり……騎獣で空を?」

そう言うと、朱衡は何も言わずに目線でを促した。

無言であったが、それは着いてくるよう声に出すのと同義である。

この一年でが学んだ事の一つだった。

朱衡は春官府へ戻らず、官邸の方へと足を進めている。

それもまた不思議に思いながら、何故かそれに従うのが一番良い方法なのだと、漠然と感じていた。

朱衡宅へ着くと、何も言わない内から酒を出された。

しかし大好きな青茶を出されるよりも、酒の方が受け入れやすい心境であることに気が付く。

それにも疑問を感じたのか、は酒杯を持ったまま首を傾げた。

「あの……大宗伯」

「貴女は自らの心の暗さを知りたいですか?それとも、知らずに立ち直りたいですか?」

「え?それはどういう意味ですか?」

朱衡宅へついてしまえば、敬語を使わずとも良い。しか

し普段の癖とは簡単に抜けないもので、こうやって春官府で話すように言葉を選んでしまう時もある。

それがいつもの癖によるものなのか、朱衡の出している何とも言えないこの場の雰囲気のせいかは分からなかったのだが。

「そのままの意味ですよ。己の暗き心。暗澹(あんたん)たる心の闇を見る勇気がありますか」

「暗澹たる……心の闇……?私の?」

「それとも、無垢なままでいたいと思いますか?光だけを見つめて、綺麗なままの世界で生きていたいですか」

「えっと……あの。よく、分からないわ……でも、両方、と言ったら……怒ります?」

少し見上げるようにして朱衡に目を向けると、ふっと和らぐ表情があった。

「光も闇も同等に受け入れると言うことですね」

「それもよく分からない……でもそれって、闇を知っているか知らないかってだけで、持っている事は確実なんでしょう?それなら、知らないでいる事の価値が分からないわ。自分は醜くないんだって叫んでしまうような闇だとしても、持っているのなら目を逸らすべきではない。だって、そうでしょう?」

「何故……そう思うのですか?」

「闇を知らなければ、己を御す事など出来ないもの。知っておかなければ、それに振り回されるだけだわ……現にさっきも……何か得体のしれない感情が渦巻いているのを察知した。でも、それが闇なのだとしたら、私は知っておく必要があるわ。だってこれから必要なものなんでしょう?」

だから朱衡は自宅へ連れて来たのではないだろうか。

「そう、そうですね。こういう問いかけに対して、予想を超えた返答が来たことは少し嬉しく思いますよ。大抵の者は、気になって聞くという程度でしょうから。闇と対峙する事に積極的ではないものです」

にこりと笑った顔がに向けられる。

試された事には気付かず、頬を染めて下を向く

「大宗伯に褒めてもらえると、とても嬉しく思います。他の誰に褒められるよりも」

「貴女のそう言うところは、大変素晴らしいと思いますよ。しかし誤解を招く事もあるかもしれませんね。特に今の言は」

朱衡はそう言うと刹那の間を作り、再び口を開いた。

「大変可愛らしいし、わたしを有頂天にさせる呪力を伴っているようですね。いけないことを考えてしまう前に、先の話題に戻りましょうか」

が驚いて目を丸くするよりも早く、朱衡はそもそも、と始める。

「貴女は特殊な海客でした。蝕を経験せずして海を渡る者は極めて稀だと言えましょう」

「え……ええ。……だから、私は人に……いえ、内史にそれを話していない……」

蝕に巻き込まれ、言葉の分からない人々に囲まれ苦労した話を聞けば、とても口に出せるものではなかった。

恵まれていたのだと感ぜずにはおれなかった。

「岡亮(こうりょう)に悪いと思った事はありますか」

「それは……はい」

蝕の事だけではない。

気持ちに答えられない事も含め、幾度か申し訳ないと思った事がある。

「それはが恵まれている事を自覚しているからですね。とても不幸な事が我が身に起こったのに、それ以上の苦労をしている者がいた」

そう、確かにそうだ。

自分は不幸だ、可哀想だと、一度も考えなかったと言えようか。

涙を流した瞬間に、それを容認していたはずだ。

故国に帰れない寂しさ、その境遇に置かれた自分。

それが不幸だと感じたからこそ、涙が出たのではないのか。

だがそれよりも辛い経験をしてきた者がいた。

「自分が小宗伯になるのなら、岡亮も同じく高い位に就いてもおかしくない。あれだけ苦労しているのだから、もっと認められてもいいのではないか。だけど、その地位を譲ったりはしない自分がいる」

はただ頷いた。

その通りだと……。

山岡はより苦労して、努力して宮城に上がっている。

自らの力によって、夢を叶えたのだ。

それなのに、はただ敷かれた道を訳もわからず歩き、同じ場所へ入り込んだ。

そしてそのまま歩き続け、気が付けば山岡を追い抜いてしまった。

ただ朱衡と縁があったと言う理由だけだったが、その縁を切ってしまうのが嫌で辞去はしない。

少しでも側にいたいと思う恋心など、生き死にを体験した者には、口が裂けても言えないような事だった。

それを自覚しているだけに、後ろめたさはあった。

せめて山岡の気持ちを受け入れる事が出来れば、それも薄れたのだろうが、自分に嘘をついて取った行動が、さらなる悲劇を呼ばないと誰が言い切れるだろう。

「貴女はそんな自分が許せない。それが貴女の闇であり、無垢な心なのです」

「え……?」

「分かりませんか?無垢であるからこそ、闇が出来るのです。これ以上海客が増えれば、その闇が大きくなるのではないかという危惧。岡亮以外の海客に会うのが恐いのでしょう。関弓を離れた事がないというのも、それを幇助(ほうじょ)している」

確かに、関弓を離れるのは恐い。

朱衡宅を出るのが恐かったように、関弓へ降りる事が恐怖であったように。

見知らぬ場所は混乱を招きそうな既視感を抱いている。

経験の乏しさが露見しそうで、恐い。

ようやくこの世界を受け入れたのに、それが崩落するような事があってはならない。

自立しているつもりでいたけども、朱衡の庇護の許で安丹と暮らしている事にようやく思い至った。

これでは八年前と何も変わっていないのではないか。

「そう……かもしれません。駄目ですね、私って」

小さな人間だ。

自覚のないまま、気勢で隠していたけども、朱衡には全て見えていたのだ。

軽蔑しただろうかと、意気消沈して卓子を眺めていた。

「駄目ではありませんよ。人であるのなら、当たり前の事です。確かに岡亮は苦労してきたでしょう。ですが、海客だけが人並み外れた苦労をするわけでもないのです。蝕によって家を失う者もいれば、荒れた国で飢餓に苦しむ者もいる。暮らしが裕福でも闇を持つ者は吐いて捨てるほど多いのですよ」

顔を上げて朱衡を見た。

少し首を傾げて問う。

「裕福でも……?」

「そうです。王でも闇を持っているものです。でなければ、短命の国などございませんよ。この国はまだ、生き延びておりますが」

「では、恥ずべき事ではないのでしょうか」

「恥じる事はありません。人はある程度自分の欲求に正直ですから」

「大宗伯も?大宗伯も自分の欲求に正直ですか?」

「わたしは正直なほうだと思いますよ。手段を選びませんから」

そう言って笑った顔は一見して柔和であったが、油断ならないものが瞳の奥に隠れている。



「は、はい」

「横流郷に行きたくなければ、行かなくともよろしい。初めて出会った時から、わたしは貴女を護ると決めたのですから。不必要な辛い思いはさせたくない」

「大宗伯……ありがとうございます。でも、私なら大丈夫。大宗伯がそう言ってくれただけで、なんだか頑張れそうな気がするもの」

そう言い終わると、急激に酒がまわってきたような気がした。

頬が異常に熱い。

秋風に当たろうと、庭院へ出ると言った

朱衡の返事を待たずにその場を離れた。



続く






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