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海客と海客 〜先輩〜


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件(くだん)の海客が玄英宮へ到着したのは、丁度祭祀を終えた翌日だった。

朱衡から許しを得たは、さっそく海客の許へ向かう。

客殿の一郭、扉を開けたその奥に、拠り所もなくぽつんと佇んだ女がいる。

そこに向かって足を進める。

八年前の記憶を探りながら近付いたが、あどけない少女でしかない記憶の中の後輩と、大人の色香が漂う目前の人物が、どうにも結びつかない。

しかし相手の方がを分かって口を開く。

「先輩……」

そのまま絶句した表情が、昔の面影を思い起こさせた。

「レギーナって……やっぱり貴女だったのね」

「先輩、全然変わってないんですね……八年前と同じ……」

「貴女は大人になったわね。それに、八年の間に夢を叶えたのね。凄いわ」

不思議な感覚だった。

自分より大人になった後輩。

「いえ……先輩……生きて……いたんですね……私、心配して……よかった……」

みるみる涙が溢れてくる後輩に、少し驚いては言った。

「泣いてくれるの?私のために……?」

「だって先輩。事件に巻き込まれたって警察が聞きに来て……私のせいで田中さんと喧嘩してくれて……そのまま消えてしまったから……」

「自分を責めたのね……ごめんなさい」

「いいえ、謝るのは私のほうです。あんな些細な事で喧嘩させて、そのせいで先輩はこっちに来てしまったんですね」

「それは違うの。私がこちらへ来てしまったのは偶然。貴女が原因になったわけじゃないわ。それにこうして生きているんだもの。だから何も泣くことないのよ」

「は……い。でも、嬉しい……んです。こうして、先輩が生きていた……事が」

の目前で、後輩の顔色が見る間に悪くなる。

よく見れば、肩が激しく上下していた。

「少し……座っても……いいです、か……」

ぐらりと傾き始める後輩の体を慌てて支えた

そのまますぐに人を呼び、運ぶよう指示をだした。




























倒れた後輩の側について、その日は暮れようとしていた。

春官府を気にしつつ、それでも側を離れることが、どうしても出来なかった。

後で朱衡に謝ろうと考えていると、瘍医が小宗伯と声をかけてくる。

薬湯を用意した瘍医は、そのまま退出していく。

それを待ってか、先輩、と呼ぶ微かな声がの耳に届いた。





















春官府へ戻ると、朱衡はまだ残って作業を続けていた。

「大宗伯、申し訳ございませんでした。後は私がやりますから」

「いえ、もう終わりますから大丈夫ですよ。それより、どうでしたか」

「はい。間違いありませんでした。私の後輩です。あの子は……私よりもずっと強くて、びっくりしてしまいました。泣いてくれたんですよ、私が生きていた事に」

「そうですか……」

そう言うと、朱衡は立ち上がって卓子の前に進む。

に近寄り、その顔色を窺(うかが)った。

「それが嬉しくて、泣いているのですか?」

の頬に、朱衡の手が当てられた。

泣いている事に気付かなかったは、驚いて朱衡を見つめる。

しかしすぐ口を開いて答えた。

「そうなのかもしれません。いえ……彼女に同情しているのかも……自分と重ねてしまい、自分が哀れで泣いているのかもしれません」

答えると、朱衡の手が頬から離れる。

濡れた頬が外気にあたり、冷たい空気に触れる。

しかしそれは刹那で消えた。

朱衡の腕がの背後に廻り、引き寄せられて温もりに触れたからだ。

「貴女の涙は綺麗ですね」

「大宗伯……?」

「お泣きなさい。理由など関係ありません。ただ悲しいのなら、今は何も考えずに泣けばいいのです。その為にわたしがいるのですから」

言われてようやく、涙の理由に気が付いた。

自分に対しての哀れみでも、後輩に対しての哀れみでもない。

ただ喪失してしまった過去の世界に対する涙だった。

「申し訳ございません……大宗伯は……いつも優しくしてくれて……私はいつも護られていて……辛いことなどないはずなのに……少なくとも彼女や内史ほどの苦労を……私は体験していないのに……だから……泣くつもりなど……なかっ……」

最後まで言えずに、の体が動かされた。

朱衡が腕を解き、の顔を上向かせる。

自然な事のように重なった唇。

そこから優しさと慈愛が溢れて流れ込んでくるようだった。

頬を伝っていた涙が朱衡の手を流れ、袍に染みこんでいく。

無言のまま離れた相貌を、薄い視界の中で見た。

驚きと同時に、陶酔していた自分を自覚せぬまま、力が抜けて床に座り込んでしまった。

朱衡は屈んでの肩に手を置く。

「貴女はいつでもわたしを気遣ってくれますね。こんな時ぐらい、我が儘を言ってもいいのですよ。風邪か御酒で意識が朦朧としなければ、そうなってくれないのですから、困ったものですね」

「……風邪……?」

赤い顔のまま朱衡を見上げる。

いつか見た夢を思い出した

さらに赤らめた顔を背けて立ち上がった。

「あ、あれは夢では……」

そう呟くと、逃げるように退出していった。







































春官府を出るところで、ふと立ち止まった

冷静になろうと深呼吸を繰り返した。

朱衡の口振りを考えてみると、の気持ちに気付いていたのではないだろうか。

それでも何も言わずにいたのは、気持ちを受け入れられないからではなかったのか。

いや、それなら先程の行動と結びつかない。

受け入れられないのであれば、口づけなどするはずない。

だが、と思考は二転三転する。

「思いを寄せているのを知っているから、口づけた……?」

朱衡は優しい。

だからの意を酌んで口づけたのだろうか。

それが涙を止める方法だと知っていたから?

「分からない……」

「何が分からないんですか、小宗伯」

弾かれたように背後を見た

そこに山岡の姿を見つけた。

「あ……山……内史……」

最後に飲んだ夜、告白されてしまったあの瞬間から、山岡とは疎遠になっている。

ゆえに小宗伯と内史として以外で、話をする機会がなかった。

また、小宗伯として接点は皆無ではないが、必要以上に長い時間を共有しない。

「山岡と、捨て呼んで頂いて結構ですよ」

「では、私の事もで結構ですよ、山岡くん」

「そっか。よかった、変わってなくて」

にこりと笑った顔が少し懐かしかった。

「なあ、この間の他国の台輔がどうのって話、どうなった?」

ふと後輩が脳裏を掠めていく。

辺りに視線を送り、誰もいない事を確かめると山岡に向き合って言う。

「ねえ、少し時間ある?」

「あるけど?」

「じゃあつきあってよ、お酒」

「久しぶりだな。例の店に行くか」

頷いて歩き出す二人。

夜の関弓へ降りていく。



























「後輩?お前のか?」

「そう。バイト……仕事先の新人の子でね。とても大変だったみたい」

バイトと未だに言いかける自分が少し不思議だった。

山岡はアルバイトという言葉を知らない。

「まあ、そうだろうな。ん?って事は、この間の蝕で流れてきたのか?あの横流郷(おうりゅうごう)で起きた」

「そうみたい。どうやら沛乎島(はいことう)に流れ着いたみたいよ。壊滅した里を見たって」

「それは……辛かったろうな。うん、分かるよ」

同じような経験をしてきた山岡には、共感できるものがあるのだろう。

しかしは共感してやることが出来ない。

蝕を知らないのだから。

「彼女、今は占い師でね、髪を金に染めているの。それでどこの台輔かって横流郷ではちょっとした騒ぎだったみたいよ」

「へえ、そりゃ大変だ」

海客が増えた事を山岡に報告した。

かつて山岡がを見て感じた気持ちが、少し分かったような気がしたからだ。

「でもよかったな、そいつ。上手いことここに流れ着いて。間違って巧なんかに行ってたら、それこそ凄い騒ぎになったんじゃないか?騒ぎが起きたって、何の事だか分からないだろうし、気付いた時には後戻り出来ない状態かもしれないだろう?」

「それは確かにそうね……」

髪が金のうちはいいだろう。

どの国に行っても養護される可能性は高い。

しかし黒に変化していったら、間違いなく養護は失う。

それどころか、民を謀ったとされて処刑されてしまう可能性だって出てくるのだ。

「これは聞いた話だけどな、国によっては、あるいは人によっては、麒麟について誤解している奴も少なくないらしいぞ」

「それは……?」

「俺らは多分同じ事を雁の国から教えられている。仁の獣。神の意志を聞く者。民意の具現。まあ、あの台輔を見てれば本当かと思う時もあるが、基本的には間違っていないだろう。実際、台輔は酷く血に弱いそうだし、それによって病むこともある」

「神籍にありながら、病むの?」

「そう、血の臭いで病むらしい。もちろん殺生は無理だし、基本的には慈悲深い。延台輔はただ政務が嫌いなだけなんだ」

「それが問題なんじゃない。まあいいわ。それで?」

「麒麟の特徴はなんだ?」

「髪が金で、二形を持つ?」

「そう、それと王を選ぶ。それも俺達はこう習っているはずだ。王は麒麟によってしか選ばれない。麒麟が選ばなかった者は、どれほど王の器であっても王ではない。逆にどれほど貧弱な器しかなくとも、麒麟が選べば王である」

「ええ、そう聞いたけど……」

「ここを誤解している者もいるって事だな。麒麟を捕らえれば王になれると思う者が、稀にいるらしいぞ」

「じゃあ、間違ってそんな者に助けられたら……」

「そう、お前の後輩は利用されるだろうな。だから幸運だったんだ、まだ」

真剣にそう言った山岡の顔をちらりと見た

ふいに思い出して笑った。

「なんだ?」

「麒麟を捕らえれば王になれる?じゃあ山岡くんも王になれるわね」

「?」

不思議そうな顔をした山岡に、は大卜の翫習(がんしゅう)と一緒に、六太の襟を掴んでやってきた時の話を思い出させた。

「ああ、確かにその通りだ」

そう言って大きく笑った山岡。

なかなか笑いが納まらないも、酒を飲む手が止まっている。

久しぶりにうち解けたような空気が生まれ、気まずかった一年間がまるで嘘のように流れ去って行くのを感じていた。



続く






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