ドリーム小説




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海客と海客 〜先輩〜


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牀に横たわって眠るの横。

腰掛けたままの朱衡は顔にかかった髪を、かき分けながら寝顔を見つめていた。

泣いている間に体力が尽き、本当に倒れてしまったを抱えてここまで来た。

どれほど心に痛手を負ったのか、聞かずとも明らかである。

郷里に繋がる扉を一つ、失ってしまった。

その喪失感を埋める事が出来るだろうか。

ただ時が癒してくれるのを待つより他に、手だてはないのだろうか。











































葬送(そうそう)の鐘が響いていた。

はそれを聞きながら、ぼんやりと送られるものを見つめていた。

燃やすべく体のない、その棺。

だが確実に死んだのだという事実。

……。じゃないか?」

驚いた表情は今でも覚えている。

「まあ、今となってはいい思い出さ。あんな状況でも生きてこれた。だから努力して来られたし、今が幸せだと思うんだよ」

海客だから追われたと、そう笑顔で語った。

「俺とならたぶん大丈夫だ。俺も胎果じゃない。間違いなく、女の体内から生まれた人間だから」

子を成す過程を想像して赤くなった事もあったか。

「そうか……やっぱり、伝わらないか。いや、の言うことの方が正しいのかも知れない。だけどまあ…………好きだってのは本当だからな。それが錯覚であろうとなかろうと、そんな事は関係ない」

真剣に好きだと言った山岡。

「まだ慣れないのか。こんな冗談を言えるのも今日が最後なんだから、乗ってくれてもいいだろうに。まあ、無理だったらいつでも内史府に戻ってくればいい」

小宗伯になるのを、快く送り出してくれた。

「日本の事なんて、日々を重ねる毎に忘れていく。今は特別帰りたいと思わないし、懐かしいと思った事もなかった。山岡と呼ばれるよりも、岡亮と呼ばれるほうが自然となってたし、内史と呼ばれる事に喜びを感じる」

あの時飲んでいたのは、酒だったか、煎茶だったか……。

「でも、こうして日本の人と向かい合っていると、切ないくらいに懐かしい気がしてきたよ。が知っている人だからかな」

一人、長い時間この世界で生きてきた。

それを受け入れられなかった自分。

は深く罪悪感を覚えた。

死して尚、その気持ちを受け入れてやれない事に。

葬送は続く。

遠ざかってゆく棺は、山岡の気持ちそのものだった。














































「朱衡さん」

その日の夜、は朱衡が帰って来るのを起きて待っていた。

体調はまだ完全ではなく、葬儀を終えて一層疲れたように見えるのだろう。

あるいはもう眠っていると思っていただろうか。

朱衡はが声をかけると少し驚いてこちらを見た。

「体のほうは……」

「ええ、大丈夫よ」

「何か、話したいことでもありそうですね」

こくりと頷いたが、表情は強張っていると自分でも感じ取る。

昨日のような強張りではないが、緊張で喉が痛かった。

「話したいと言うよりも、聞きたいの」

「お答え出来る事なら、出来る限り答えましょう」

朱衡がそう答えると、は神妙な面持ちで頷いた。

大きく息を吸い、それを吐き出すようにして言う。

「私の事、どう思ってるの?」

山岡の事がきっかけとなった。

死して尚、その気持ちに答える事が出来ない。

だからこそ、これ以上逃げる事は出来ないと思った。

の気持ちを知っていた山岡に対して、それは失礼に当たると考えたのだ。

真剣に問うの視線に、にこりと笑って見せる朱衡。

そのままの表情で答えた。

「大切に思っておりますよ。今も昔も」

「それはどう言う意味で?」

「全てにおいてです」

は困ったように俯いた。

「私は……朱衡さんが好きです」

「ありがとうございます。わたしもですよ」

驚いて顔を起こした

まじまじと朱衡の顔を見て呟く。

「うそ……」

「どうして嘘だと思うのです?」

「えっと……それは……その、どう言う意味で好き……なの?」

「女性としても、人としても、官吏としても、全てにおいてです。始めに気にかかっていたと言ったのを覚えておりますか?初めて出会った瞬間から、貴女を護(まも)ろうと思ったと、そう言った事を覚えておりますか?」

「……覚えています……だって、本当だったらいいのにって……何度も思ったもの」

「本当ですよ。貴女を護りたいのも、側にいたいのも、全てわたしの勝手な思いです。ですが、そこに嘘偽りはございません」

これほどの事をさらりと言ってしまえるのは、この人物の長年培ってきたものなのだろうか。

それとも、それほど深い意味がないから、簡単に言う事が出来るのだろうか。

「じゃあ……口づけたのはどうして?」

震える声で問うの目前に、朱衡が移動してきて言う。

「愛しいと思うからですよ、貴女を」

の頬に、朱衡の手が当てられる。

そのまま優しく降りてきた唇が、掠めるように触れて離れた。

「知りたいことは、これで以上ですか?」

優しく問われて、ただ頷く事しかできないを、朱衡は抱きしめて言う。

「では、今度はわたしの知りたいことを満たしてくれますか?」

「朱衡さんの知りたい事……?私で教える事が出来るの?」

「貴女にしか、教わる事は出来ません。何故ならわたしが知りたいのは貴女なのですから」

「私……?私の何を知りたいの?気持ちなら……」

そう言いかけたの唇を、朱衡の口づけが遮った。

「知りたいのですよ、の全てを」

その意味が分からぬほど、幼くもない。

だが赤くなるのを止められるほど、大人でもなかった。

甘い吐息が首筋にかかると、何も考えられなくなる自分を感じた。

瞳を閉じると瞬く間に酔ってしまう。

甘美な世界が、すぐそこに見えていた。



























翌日から、二人の欠員を出した春官府は忙しい。

しかしその日、は手近な荷物だけを持って引っ越した。

もちろん、朱衡宅へと。

やらねばならぬ事は山積していたし、解決していない問題もまだある。

だが、朱衡がいるのなら、きっと自分は大丈夫だと思えた。



























臥室の窓際に立ち、僅かに欠けた月を見上げて物思いに耽(ふけ)っていると、背後から名を呼ぶ声がする。

「朱衡さん……」

「今は貴女も辛いでしょう。ですが、いつでもわたしが支えるつもりでいることを、忘れないで下さい」

歩きながらそう言った朱衡は、言い終わる頃にはの目前にいた。

その首筋に縋って腕を絡めると、優しい口付けが降り注ぐ。

寒い冬が訪れようとしていた。

しかし今年からは、一人凍える事はない。

優しく暖かい腕がそこにあるのだから。

切望すれば、いつでも差し伸べてくれる優しい手。

八年間、ずっと変わらずそこにあったはずなのに、ようやく手に入れる事が出来た。

その喜びを噛みしめるように、朱衡の胸元に顔を埋める。

優しく撫でる手は、今日もの心を洗う。

煌めく星も、輝く月も、瞳を閉じた二人には見えない。

どちらともなく牀榻へ入ると、甘い時が訪れる。

は朱衡の手をしっかり握りしめ、幸せの福音に浸って眠りについた。








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