ドリーム小説




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海客と海客 〜先輩〜


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翌日、鐘の音に瞳を開ける

何の音だろうと起きあがり、牀榻―――にとっては大きなベッド―――を出て窓際へ移動した。

そこからは黎明の空が見えている。

ではこの音は夜明けを告げる鐘なのだろうかと、漠然と感じ取った。

ふと横を見ると黒塗りの小さな家具があった。

それはの腰の高さで、引き出しが何段かついている。

一番上には竹で編まれた籠があり、その中に常磐色の服らしきものが入っていた。

昨日、このようなものがあっただろうかと考える。

しかしどうにも思い出せず、途中で考えることを諦めてしまった。

城へ行くと言っていた朱衡を思いだし、自分の姿を見下ろす。

昨日のままの服装は、酷く似つかないのではないだろうか。

ここに来て出会った者は二名。

少なくともその二名の格好を考えると、この籠に入っているものを着た方が無難だと言うことはにも分かる。

「テーマパーク内をうろつくにしても、客じゃないもんね。従業員に紛れないと」

そう声に出して言ってみたものの、虚しさが通り抜けていった。

そう、これが虚しい抵抗だと言うことは薄々感づいている。

一度眠って目が覚めた。

それでも夢ではない。

むしろ徐々に明るくなっていく空から射し込む光によって、よりよく見える内装は昨日感じたものよりずっと不自然だった。

こんな所、自分は知らない。

見たこともない。

朱衡の口から聞いた名前も知らないものばかりだ。

一体自分に何が起きたのか、それすらも理解出来ないでいるというのに、遠くに来てしまったのだという実感だけが妙にあった。

「……駄目。今は何も考えない」

籠に向き直って服を手に取る。

苦労しながらもなんとかそれを着ると、寝室を出て朱衡を捜した。


























「おはようございます」

背後からかけられた声に、肩を竦ませた

しかしすぐに聞き覚えがあると気づき、振り返ると朝の挨拶を済ませた。

「よく眠れましたか?」

朱衡の問いに頷いて答えると、質問をぶつける。

「さっき、鐘の音がしていたけど……?」

「ああ、暁鐘ですね。蓬莱にはないのですか?」

「……ないわ。夜明けを告げるもの?」

「そうです。さあ、では向かいましょうか」

歩き出しながら言う朱衡。

「どこに?」

「まずは昨日の房室に戻りましょう。わたしが個人的に使っている所ですから、朝議の間はそこで待っていると良いでしょう。幾人か出入りはありますが、要だった者には事情を説明しておきます。言葉も通じるでしょうから、ゆっくりしていて下さい。朝議が終われば、タイホをお連れ致しますので」

言われている事の半分も理解出来ないでいた

しかし最も気になった事を拾い上げて質問する。

「タイホって?」

ああ、と言った朱衡は立ち止まって振り返り、同じように止まったの手を取った。

そこに自らの指を置いて“台輔”と書き、再度言った。

「台輔、ですよ。あなたが会いたがっている人物です」

持たれた手にどきりとなった鼓動は一瞬で過ぎ去り、疑問が大きく浮上してを覆う。

「六太って子?台輔って何?」

「宰輔の事です」

に耳には宰輔と聞こえず、宰相と聞こえていた。

それによって思い出すのは、歴史の教科書で知り得た知識だった。

「宰相?それって、王様の次に偉いんじゃ……」

「一応、そういう事になっておりますね」

簡単に言ってのけた朱衡を見上げ、は唖然とする。

「あの子が?だってまだ子供じゃない」

「それは外見だけの事で、実際はわたしと同じようにずっと年寄りですよ」

信じがたい事を平気で言う、笑ったままの顔がなぜか憎らしかった。




























外に出ると、昨日には見ることの出来なかった景色が広がっていた。

その全貌は驚愕するのに充分なほど圧倒的で、はしばらく立ち竦んでいた。

急斜面を描く地形に、建物が連なって見えた。

一見して崖に見える所には楼閣が、その向こうの奇岩にはどうやって建っているのか分からない建物が、さらに木々に隠されて見える煙突のようなもの。

それらはすべて繋がれている。

これが城なのかと理解したが、想像を絶する光景に何も言うことが出来ないでいた。

振り返ると朱衡の自宅が随分と小さい。

足元に気を取られ、宮城を背後に歩いていた昨夜を思い出す。

それで気付かなかったのだろうか。

もはやテーマパークだと思いこむには限界が近い。

巨大な建造物、海の下に広がる街を、テーマパークで再現出来るはずがない。

よほどの視覚効果があるのか、さもなければこれは現実だ。

の知り得なかった、もう一つの世界が目前には広がっているのだ。

だが、それを今考えることはしたくなかった。

まだ目的を果たしていない。

これから六太を叱ろうとしているのに、失意を招いてしまっては迫力に欠けるだろう。

いけないことなのだと、強く叱らなければならないのだから。

































「ではこちらで、ゆっくりとお待ち下さい」

「……はい」

宮城の全貌を見てから、脱力しそうな自分を叱咤してここまで来たが、昨日の部屋に通されると気抜けしてしまった。

昨日初めてみたはずのこの部屋が、なにやら懐かしくさえ感じる。

しかし会議に向かうと言った朱衡が、部屋を出ようとしているのに気付き、慌てて声をかけた。

「会議、頑張って下さいね」

不意に思いがけない言葉を投げられ、驚いて扉の前で止まった朱衡。

しかしすぐに振り返り、微笑みながら返事をした。

「はい、ありがとうございます」

その笑顔が、にもたらしたものは大きい。

何故かとても安堵感を運んできた。

「男の人でも、笑顔が似合う人っているのね」

一人になるとそう呟いて辺りを見回した。

本棚を見つけたは、そちらへ歩み寄って本を一冊手に取った。

適当に捲ったその頁を見て固まる。

「何これ……全然読めないじゃない」

そこにあったのは漢字らしきものの羅列。

さすがにこれでは何も分からないと、違う本を手にとってみる。

しかしそれも同じような羅列が見られ、はさらに違う本を取る。

だが何冊捲ろうと、違ったものは一切出てこない。

ついには見ることを諦めてしまった。

椅子にどかりと座り、膝を立てて頬を乗せる。

気力すら抜けていきそうだった。

だがここに来た理由や原因を考えてはいけない。

少なくとも、今はまだ……。

窓際に目を向けると、柔らかな日射しが射し込んでいた。

そこへ椅子を持っていくと、外を眺めてぼんやりと過ごす。

陽は暖かくを包み、夢の世界へと誘っていく。



続く






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