ドリーム小説
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海客と海客 〜先輩〜 =6= 「さま、起きて下さいませ、さま」
ふっと意識が浮上し、顔を上げる。
どうやら椅子に座ったままで眠っていたらしい。
気が付くと、と同じような格好をした女性がそう言って微笑みかけていた。
慌てて椅子から降りたは、ごめんなさいと言って頭を下げる。
「大宗伯から言付かっております。外朝へお越し願えますか」
「ダイソウハク?ガイチョウ?」
「はい、こちらでございます」
不思議そうなの表情に気付かなかったのか、すでに歩き始めている女性。
は慌ててそれに着いてく。
一際豪華な部屋へ通され、そこで待つようにと指示を受ける。
しばらくその場で立ったまま待っていると、先程の女性が戻ってきて告げる。
「台輔がお渡りになります」
いよいよかと身構えた。
常磐色の服を見下ろして、整えるようにひと払いする。
その直後、扉が開かれ朱衡の姿を見つけた。
前には金の髪をした少年がいる。
「こちらがさまですよ」
「誰だ?」
少年が歩み寄ってくる。
「どっかであったっけ?」
「……」
じっと六太を見つめる。
昨日の少年を重ねて見るも、昨日の少年とは似てもにつかぬ。
しかしその瞳の中、僅かに光る悪戯好きそうな表情が、を答えに導いた。
「やっと見つけたわ……」
「あ!昨日の……」
その反応で確信する。
「やっぱり!随分と感じが変わってるけど、あなたなのね。子供のくせに、万引きをするなんて!!駄目じゃない!」
「な……何でこんな所にいるんだ!?」
その言葉が、不安に思っていた心を怒りに変えた。
「好きでいる訳じゃないわよ!」
の剣幕に驚いたのか、六太は一歩下がって俯き、ぽそりと言った。
「あっちの通貨を持ってれば、黙って持っていくなんて事しない」
「持っていかなければいいじゃない」
「う……で、でも、必要な物なんだ!蓬莱の文化を知ることは、この国の発展に繋がったりするし……」
「ふうん……あのね、他に方法はいくらでもあるでしょう?誰かに買って貰うとか、事情を説明してみるとか。黙って持っていく事はね、犯罪なのよ?この国もそれは変わらないんじゃないの?」
「……」
「何か言うことがあるでしょう?」
「……ごめんなさい」
素直に謝った六太を見てしまえば、これ以上怒る事など出来なかった。
肩に手を置くと優しく言う。
「うん、いい子ね。もうしちゃ駄目よ」
黙ったままで頷いた六太を確認すると朱衡に向き直った。
「ありがとう。運良く目的を果たすことができたわ」
「では、戻りましょう」
朱衡はそう言うと、背後に控えていた官吏に目を向けて合図を送る。
三名ほどが宰輔を囲み、なんだと叫ぶのを無視して運んだ。
「あの子はどこに連れて行かれたの?」
朱衡宅へ戻りながら、そう問いかけたに対し、微笑みとともに答えた朱衡。
「今から主上とともに写経して頂きます。罰の一環ですよ」
罰の一環だと言った瞬間の微笑みが、少し恐いようにも感じた。
「写経?なんだか仏教みたいな事をするのね。どれぐらいかかるの?」
「十巻ですので、本来ならば半月もあれば充分でしょう」
「元々全部で十巻のものなの?」
「いいえ。全部で二十巻のものですね」
歩きながら上を見て、数字を数えて朱衡に言う。
「じゃあ、一巻から十巻まで?」
「それも違います。今回は七巻から始めますので」
「七巻からだと十六巻まで?」
「さあ、そこまで保ちますかどうか……」
「え?」
「これまでにも何度も同じ事を繰り返しておりますからね。一通り反省したところで、止めさせます。次に何かしでかした時には、また同じように申しつけます」
それが罰になるのだろうかと考えたの表情を、読みとった朱衡が付け加えて言う。
「ただ、あの方々はこの作業がとてもお嫌いですからね」
「へえ、じゃあその二十巻が完成するのはまだまだかかりそうね。完成したものはどうするの?処分しちゃう?」
「いいえ、添削して大学に寄付致します。学生達も王や宰輔が綴ったものを見ることが出来れば、嬉しいでしょうから。もちろん学生は王や宰輔の実状を知らぬ者ばかりです。まあ……知らぬというのは幸せな事ですね」
「なるほど、一石二鳥ってわけね。どうして王様も一緒に写経してるの?」
「昨日帷湍が報告に来ていたでしょう?あれは主上の事だったのですよ」
「イタンさん……ああ、賭博場が何とか」
朱衡は自らの手を差し出して指をなぞる。
帷湍と書いてに教えた。
「そうです。宮城を抜け出して遊んでいたのですよ、賭博場で」
「王様が?」
呆れた表情が朱衡に向かった。
ちらりとに目を向け、困ったように微笑んだその顔に、この人物の気苦労が見えるような気がした。
そうこうしている内に、朱衡宅へと辿り着いた。
昨日は大きな所に住んでいると驚いたが、昼の陽の中で宮城の全貌を見てしまえば、さほど気にならない。
むしろ妙な納得があった。
「結構偉い人なのね、朱衡さんて」
「……どうでしょうか」
「隠さなくてもいいじゃない。王様やあの子に対する態度で分かるわよ。常務って所かしら。ま、偉くないって言うんなら、部長でもいいわよ」
の中ではまだ日本の観念が残っている。
言い換えてはいるが、実際王と呼ばれる人物は社長。
六太はその子息で、朱衡や帷湍は部長なのではなかろうか。
帷湍と朱衡は昨日の様子から察するに、同等の立場であることは間違いなかった。
朱衡は考え込んでいるを促し、官邸の中へと進んでいった。
書斎のような所へ連れていかれた。
そこに一人の女性が立っているのを見つけた。
「わたしは一度宮城へ戻ります。夕刻には戻ってまいりますから、それまでここでお待ち下さい。質問があればこの者がお答え致します」
を自宅へ残し、内宮へと戻る朱衡。
途中で帷湍と合流して、王と宰輔が写経する所へ戻った。
「よしよし、真面目に進めているようだな。ひとまず中断して決裁に目を通してもらうぞ」
帷湍が言い終わった直後、朱衡は六太を見て言った。
「その前に、台輔。昨日の事をお聞かせ願えますか」
「昨日?何で昨日の事を言うんだ?」
「どのようにして、あの方を連れて来たのか、そこをお聞かせ下さい」
「え?おれが連れて来たって?」
その会話に、尚隆は興味を示して六太を見る。
「昨日は蓬莱に行っておったのか。連れて帰ったとは?」
「おれじゃな……」
ないと否定出来ずに固まった六太。
昨日の違和感を思い出したのだった。
「う……嘘だろ?しょ、蝕は?蝕は起きなかったのか?」
「昨日話を聞いてすぐに手配しましたが、蝕が起きたと言う報告はないようです。彼女の話によると、台輔を追ってきたと仰っております。蝕には巻き込まれていないようですが、ただの人にこれが可能なのでしょうか」
そのように問いかけたのは、六太に口を開かせる為だった。
「おれはただ……戻ろうとして……。そうだ、風だ。すごい風が吹いて、飛ばされそうだったんだ。目も開けてられないぐらいの風で、何だか足が重くて……でも気が付いたら露台にいたんだよな」
「何だ、それは?」
王が横から問うが、六太に明確な答えが出せるはずもなく、ただ頭を捻るだけだった。
しかし双方の話を聞いていた朱衡が口を開く。
「彼女は海岸で台輔をお見かけしたと申しております。捕まえようと手を伸ばした瞬間、強風に吹かれてこちらに渡ったのだとか。偶然が重なったのでしょう。蝕が起きなかった事が唯一の救いですが」
「……」
黙りこくって何も返さない六太の横から、のんきな口調が聞こえる。
「なんだお前、ただ人に虚海を越えさせたのか?」
王がそう言った直後、帷湍もまた思い出したように口を開く。
「ああ、昨日の……」
なるほど、こうゆう事情だったのかと納得して頷く。
「一国の宰輔が異界へ渡って犯罪を起こし、あまつさえその世界の者を間違って連れ帰って来たと言うことだな」
帷湍が冷たくそう言い放つと、六太の体が少し縮まった。
「その主は同じ頃、賭博に興じていたという情けない話。これが我が国の王と宰輔だと思うと、情けなくて言葉も出ぬわ!」
何を今更と言った王の表情が帷湍に向けられた事によって、その怒りが頂点に達しようとしていた。
しかし朱衡が素早く口を開いてそれを制す。
「ともかく、彼女はまだこの世界の事を信じるまでに至っておりませんから、今後どのようにしていくのかもまだ決まっておりません。しばらくわたしがお預かり致しますが、よろしいですね?」
「朱衡に、一任する。頼んだ……。それと、六太がもっかい謝ってたって言っといてくれ……」
「かしこまりました。では帷湍、後をよろしく頼みましたよ」
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